215.そのまま、ですわ
俺は今何をしているのだろう。
灼熱の中を歩んでいる。
熱くはない。
「」
いつからだったか、思考の抑えというか枠が入れ物が無くなったのは。
ぼんやりと広い思考のなかで良さげなものを選んで身体を動かしている。
自分がどうなっているのかはいまいちわかっていない。
…だがまぁ…そんな事はどうでも良いのだ。
命じられたのだから、サリン様が彼を倒せと。
ならば騎士である俺はその命を忠実にこなすだけだ。
「ーーー」
彼が何かを言っている。
なんて言っているのかはわからない、知る必要は無い。
どうして俺は騎士になったんだったか。
どうして俺はサリン様と共に歩んできたんだったか。
というか俺の重装騎士用直剣はどこにいったのか、なぜこの剣をもっているのか。
誰のだったのか。
思考が次から次へと大きな渦のように流れて回って帰ってくる。
実に不便だ、今まではどうやって過ごしていたんだったか。
どうだったろう、わからない。
「ーーーーーー」
強い悲しみの念のような物が彼から流れ出てくる。
対象は俺だ、何故俺を憐れむんだ?俺は彼にとって敵なのだろうに。
彼は、いったい誰なんだろう。
考えるがわからない。
だが考えていると何やらひきつける様な力を感じる。
サリン様に何かあった訳ではない、俺はずっとサリン様を見ている、大丈夫だ。
ではどこから?
「ーー」
あった。
彼が持っている物だ。
あれが俺を惹きつけてやまない。
あれが欲しい、あれが必要だ。
あれがあればきっと俺は思考を取り戻せる気がする。
奪えばいいのか。
だからサリン様は彼を倒せとおっしゃったのか。
流石はサリン様だ。
彼を倒せるかどうかは分からない、だがどうやら俺は一人ではないらしい。
ずっと業火の外からジオネの魔力を感じる。
きっと何かしらの補助魔術を俺に行使してくれているのだろう。
また…お礼を言おう。
「ーーーー!」
誰に何を言うんだったか?分からない、だがそれもあれを手に入れれば全てわかるだろう。
お前が誰なのか、俺が何者なのか…全て。
「ーー!」
剣を構えて知覚ギリギリの一瞬でとびかかってくるのが分かる。
躱すことのできない速度だ、ならば躱さない。
"大盾"で防ぐ。
…いや大盾では防げない、そう俺の何かが訴えかけている。
とっさに体制を変えて直剣を構える。
「ー!?」
見えた、ここだ。
一気に直剣を振り上げて彼の腕に切り返す。
が、信じられない事にまるで残像のように一瞬で姿がぶれたかと思うと次の瞬間すり抜けるように俺の胴体が切り付けられた。
成程、強い…。
半歩前に出て俺を切り抜けた彼の背中に向かって直剣を走らせる。
だがまたしても残像のように躱されてしまった。
少し距離が開いて彼の顔が見える、驚いた表情だ。
何を驚いているんだ?
俺には解らない、音も聞こえなければ視界も無い。
炎の外で起こった爆発に驚いているのか?
俺を差し置いて外の心配とはずいぶんとなめられた物だ。
大盾と直剣を構えて彼へと距離を詰める。
「ー」
よそ見をしていた割には異常な反応速度で俺のシールドバッシュを躱した彼にそのまま弱い拘束魔術を行使する。
彼目掛けて放たれた魔力の鎖は業火によってあっけなく融解する。
その隙を見逃さなかった彼は即座に衝撃魔術を自分自身の背後に行使し、その衝撃をもってまたしても俺の胴体を切り抜ける。
だが俺もまた同じ個所を切り付けられるのは予想していた、もう片方の腕で行使していた本命の拘束魔術で彼の身体に魔力の鎖を巻き付ける。
重装騎士相手では同じところを何度も攻撃し装甲を破壊する、なんともお手本と通りな戦術だ。
だがその対策を知らない重装騎士は騎士団に入団したばかりの新米だけだ。
当然重装騎士はそのやり方に対する答えを持っている。
狙われる場所が分かっているのなら対処は簡単だ。
「ーーー!!」
終わりだ、返してもらう。
その頭は俺の物だ。
「」
咄嗟に大盾を外へと投擲する。
防護魔術を貫通した俺の大盾はギリギリのところでサリン様の身に迫る凶刃を砕く。
危なかった、王を取られればすべて終わりだ。
やはり無理やりにでもサリン様の傍にいた方がよかったかもしれない。
肝が冷えた。
「ーーーーーーー」
突如体の自由がきかなくなる。
意識を目の前の彼に戻す。
そこには異様な姿の彼が居た。
全身が炎に包まれ体の内側から生える大きな炎の槍は俺の身体を何か所も突き刺している。
道理で体が動かないわけだ、そんなトゲトゲになりやがって。
だが重装騎士をなめてもらっては困る。
「ッーーー」
体中からあふれる血と痛みを無視して無理やり両の腕を動かし、彼を捕まえる。
全身がじゅうじゅうと焼けていくのが分かる。
それでも放しはしない、俺は騎士なのだから。
何故か懐かしい気がする、俺は以前にもこうして彼を
「そのまま、ですわ」
声が聞こえた気がした。
そして青黒い光線が彼の頭を消し飛ばす。
一拍おいて辺りを焼き尽くしていた灼熱の炎が消え去る。
俺の身体を突き刺していた大槍も何事も無かったかのように消えた。
後方で防護魔術が消滅する音と数人の座り込む音。
まだ消え切っていない残り火の放つ小さな光。
俺に駆け寄る足音。
そして腕の中には、まだ熱の残る頭の無い騎士の身体だけが残っていた。