212.逃げませんわ
レイナスおばさんに連れられて王城を歩く。
城内は前に来た時とは比べ物にならない程にバタバタしている。
書類の入っているだろう大きな箱をいくつも抱えて走り回る人だったり、ワタシ達が壊した部屋を修理している職人だったり…。
とにかく様々な人とすれ違い、その誰もが忙しそうだった。
こんなにのんびりと歩いているのはワタシ達だけ。
なんだか平日に休んでいる時のような感覚を覚えてしまう。
ズルしてるわけじゃないんだけどさぁ…、なんかこう申し訳ないよね。
実際修理の原因作ったのワタシ達だし。
「…まさかまた王城に入れる日が来るなんて…」
「別にデケェ家みてェなもんだろ」
隣で縮こまって歩いているドルティがぼそっと零した言葉にジオネ氏がとんでもない事を言い返す。
まじかよこの人すっげぇな。
…そういえばドルティって昔は貴族だったんだっけ?
王国に到着してからは良く一緒に行動する事が多かったけどいっつもワタシばっかり喋ってたからなぁ。
あんまりドルティの事しらないや。
そうだなぁ全部終わったら…ゆっくりとお酒でも飲みながら沢山お話しよう。
ジオネ氏とかリインとかも呼んでさ。
うんうんいいね、楽しくなりそう。
「ぶべ」
ワタシの前を歩いていた髭おじの背中にぶつかった。
いってて…いきなり立ち止まるの止めない?
そんなに面白い物でもあった?
「…何か御用でしょうか」
レイナスおばさんが誰かにそう問いかける。
誰?
髭おじの小脇から顔を出してみてみる。
「うわぁ」
そういえばどうなったんだろう、と思って居た。
"アレ"は置いて来てしまったな、と思って居た。
でもなぜかこうなる気はしていた。
「ジオネ、お前はどの面下げてそっち側にいるんだ」
騎士がいた。
豪奢な廊下の真ん中に。
文字通り"頭"を抱えて。
「ソニ…てめェ。死ぬ気は出来てんだろうなァ」
ジオネ氏がサメのような歯をむき出しにして前に出る。
二人とも滅茶苦茶キレてるのが一目でわかる。
「…」
そしてジオネ氏を庇う様に騎士君が間に割って入った。
「お前がついて居ながら…何故カロンがこうなった。誰がカロンをこんな化け物にしたんだ」
「散々私達を守るとか言ってた癖によォ、自分で殺したんじゃ世話ねェよなァ」
…っ息が詰まるような圧を感じる。
これが俗に言う殺意とかいう奴なんだろうか。
とにかく冷や汗が止まらないのに動けない、迂闊に動けば何かが始まってしまう。
「…あの時カロンは本気で僕を殺そうとしていた。本気の殺意を感じた、だから僕は気づけなかった」
ソニは抱えた物を大切そうに抱きしめながら話す。
「カロンが僕を本気で殺そうとするわけが無い…」
ソニの鎧から火がちらちらと零れ始める。
熱い…!距離があるというのにここまで熱が伝わって来る!
「お前が…カロンに何かしたんだろ…あぁカロン…可哀想に、死しても屍を弄ばれて…」
やばいやばいヤバい!!
どんどん火力が強くなっていってる!
「サリン様おさがりを」
「レイナス卿手伝いますよ。リイン、補助を」
レイナスおばさんと髭おじとリインが三人がかりで分厚い防護魔術を行使する。
凄い…ここまで強固なのは城壁に施されている防護魔術くらいなんじゃないの?
よし、今ならサリン様に逃げて頂く時間はありそうだ。
「サリンしゃまぁぁ!!今のうちに逃げましょおおお!」
「そ、そうですよ!サリン様ここは一旦逃げましょう!?」
ドルティと二人でサリン様とソニの間に立つ。
ってあれ!?防護魔術ペキペキいってない!?熱だけで破壊されそうじゃない!?
炎が濃すぎてもうソニの姿すら見えないんですけど!!?
「あー…駄目ですね!やっぱ第一騎士団やべぇわ!」
「ちょっ!カコルネルさん!?これ私達も危ないですよ!」
「やややややばいですよぉッ!!?サリンしょもあ!!にげにげにげ」
「逃げませんわ」
サリン様の鈴のような声と同時に騎士君が抜剣する。
…え?
逃げない?
どうして?
城壁クラスの防護魔術ですら熱だけで壊れちゃうのに。
「!?」
背後から足音が聞こえる。
凄まじい重圧、いわゆる怨嗟の念。
魔力では無い筈のそれは膨大な憎しみでまるで質量を持っている様。
「殺してやる…殺してやる…」
「あ、あの時のぉ…」
振り向くとそこにもはや前に見た時とは別人のような形相でゆらゆらと歩んでくる一人の近衛騎士。
アトロ様の近衛騎士だった人だ。
ど、どうすればいい?今レイナスおばさん達が攻撃されたら全員真っ黒こげだ。
もうこんな事をしても何の意味も無い筈なのに。
何故二人はここまで。
「カロン…」
「」
みんなが茫然としている最中、サリン様は騎士君にきゅっと抱き着いてそう呟かれる。
かわいい…そうじゃなくって!一体何を。
「"ソニ"を倒して」
直後騎士君はソニの方へ歩き出す。
「おいィ!この期に及んでまだ」
「」
サリン様に抗議しようとしたジオネ氏の頭に手をぽんぽんと置いてそのまま歩いて行く。
あの灼熱地獄の中へ。
歩いて行く。
そしてそのまま誰も何も言えないまま騎士君は炎の中へと消えて行った。
「スタン、ドルティ手を貸して下さる?」
いつになく冷たい目をしたサリン様がそう要請された。
答えは勿論。
「ハイ喜んでぇ!!」