205.悪いちょっと怖え事思い出しちまってな
「ッかぁ~~!まともに稼いだ金で飲む酒は旨えってな!」
「おいおい。まだ夕暮れ前だってのにもう呑んでんのかよ、ドルティ」
顔見知りの男が酒場に入ってきて私の顔をみるなりそう言ってからかってくる。
とはいえ不愉快ではない、私はこういう軽口を言い合える関係がとても大切だと知っている。
ああ…身に染みて知っている。
うん、マジで本当についこの間まで気が抜けない状況が続いていたからやっと日常に帰ってきた気分だ。
「そういうお前も呑みに来たんだろーがよ」
「へへ、まぁな」
男は当たり前のように私と同じテーブルに着くなり酒とつまみを注文する。
よくある事だ。
この男の名前はロゼス、筋肉モリモリで顔はいかついが…パン屋を営む二児の父で良識もある割とまともなヤツだ。
「んで?今日はもうパンは売らねぇのかよ」
「…それがな、町の方でちょっと騒ぎがあってよ。危ねえからって騎士様に店を閉めるよう言われたんだよ」
「はぁ?王国で騒ぎだぁ?とんだ命知らずだな」
ぞくりと脳裏に嫌な予感が迸る。
思い出しただけでも気絶しそうな程恐ろしい記憶が脳みそを支配する。
あのイカれ騎士と多少言葉を交わした今となってもあの時言っていた王国伝統の拷問とやらを本気でやる気だったのか脅しだったのかすら分からない。
いまも私の首元から消えない綺麗な紋様…もとい"裏切ると即座に爆死する魔術"とやらを仕掛けた姫様もそうだ、まーじで怖い。
初めのうちは何とか解除できないかとも思ったが何が条件で発動するかもわからんから怖すぎて何も試してない。
だって…いざ本気で解除するぞ!って決めた瞬間に模様がピカーって光って爆発とかしそうだし。
「おーい。聞いてんのか?」
「え、あぁ。悪いちょっと怖え事思い出しちまってな」
「なんだそれ…とにかく今日は王城付近に近づかないほうがいい、あとコウリン通りにもな」
「へー」
蜂蜜酒をくいっと呑んでつまみをぽりぽりと食べる。
あーうまい。
やっぱ酒よ。
嫌なことは忘れるに限るってな。
「まさか騎士様が暴動とはなぁ」
「あ?」
「マジで聞いてなかったのかよ…」
まただ、また嫌な予感だ。
平和な日常が崩れ去る予感。
「だから」
首元の紋様が、掴まれた腕が痒くなる。
「重装騎士が一人で暴れてるんだって」
「ぁ…」
紋様がぼんやりと光を放つ、そんな錯覚を覚える。
かつてカロンの野郎につかまれた腕が何かに引っ張られている様な気がする。
「…」
「ドルティ?」
代金をテーブルに置いて立ち上がる。
せっかくあの頃の生活より今みたいな普通の生活のほうが良いって思えてきたってのによ…。
ハイハイ、わかったわかった。
「ちょっと…用事思い出したかもしれねぇわ」
「はぁ?」
行けばいいんだろ!行けば!
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「んで。武器まで持ってきたわけなんだけど」
倒壊した建物、壁にめり込んだ騎士達、おびえる人々。
道の先にどこまでも続いている血の道。
「これ別にアタシいらねぇんじゃねぇかな」
とりあえず王城からまっすぐコウリン通りを歩いているわけだが…酷い惨状だ。
しかも未だに私が進んでいる道のずっと先の方で爆発音やら建物が崩れる音が聞こえる。
「あ」
遠めに見える時計塔が倒壊していく…。
え?あそこにいかなきゃダメ?マジで嫌なんだけど。
ピカー(裏切ると即座に爆死する魔術が発動しそうになる音)
わかったわかった!行くから!光るな爆発しそうになるな!
「ハァ…なんか、もう…泣きそう…」
なんか走って行かないと爆発しそうだったからめっちゃ走った。