203.死んでも目的は果たせ
「死ねッ!!」
「あぁあ!もう仕方ねぇな!」
雷光を纏ったスタンが軽装騎士に迫る速度で騎士に殴りかかるが躱されて直剣で斬られそうになる。
だが素早くその斬撃をカコルネルが魔術で弾いた。
あそこまで感情的になっているスタンは初めて見た。
きっと、私の為に怒ってくれているんだ。
「サリン様、こちらへ」
「貴女は…」
静電気で逆立つ白髪を手で直しながら私の元へと駆けつける人。
見覚えは…あるけど名前は知らない。
「第三魔術師団副団長リインです。さぁこちらへ、私の夫は強いですが相手は第一騎士団の団長ですから」
「…」
手を差し伸べられる。
彼女にも大切な人がいる。
「…」
「どうされましたか?」
手を取れない。
この手を握ってしまえばきっと…また私のせいで失わせてしまう。
大切な人を失う事の恐ろしさを知ってしまった私には…この手を握り返すのは難しい。
ズドン
大きな音がする、壁を叩き壊したような音だ。
音の方を見るとぱらぱらと石片がこぼれる壁の奥にスタンとカコルネルが立ち上がろうとする姿が見える。
きっと吹き飛ばされたスタンが壁にぶつかる前にカコルネルが庇ったのだろう。
「その電撃魔術で身体能力を無理やり向上させるやり方、身体への負担が凄いだろうによくやるね」
「はぁ…はぁ…うるせぇよ…」
「僕が手を下すまでもなく自滅しそうだな」
壁から這いずって出てきたスタンはどこからか短剣を取り出し両手を前に出すとまた電撃魔術を行使し始めた。
「僕は早くカロンを弔いたいんだ。だからさっさと死んでほしいんだけど」
騎士はどこか諦観した様子のなかに苛立ちを見せている。
このままではスタンが、と思った直後。
激しい雷、いや光の槍とも言える閃光が騎士へ向かって射出される。
「電流と磁界を発生させて短剣を射出、すごいね…でもこれ以上付き合う価値もなさそうだ」
「まじかよ…」
だが凄まじい速度で射出されたソレはあっけなく直剣で叩き落された。
強い、これが第一騎士団団長の実力…。
「おいおい…強いとは聞いていたが…バケモンじゃねぇか」
苦しそうにしているスタンに肩を貸しながら立ち上がったカコルネルは冷や汗を流しながらそう話す。
それはそうだ、カロンを殺せる者が弱いはずが無い。
「これ以上は危険ですね、失礼します。よいしょ」
「え…?」
急に視界が高くなる。
リインが私を抱きかかえたのだ。
まさか逃げるのか?私を連れて?カロンを置いて?
生き延びてどうする?カロンの居ない日々を生きろと?
絶対に無理だ、不可能だ、嫌だ。
これ以上カロンの居ない苦しみを味わいたくない、もう終わりたい。
「まって、わたくしはもう」
「駄目です。あの騎士はサリン様に生きてほしくて頑張ったのでしょう?」
「……」
声が出ない。
どうして…頭の中がぐちゃぐちゃになる。
死んではいけないの?生き続けなければならないの?
どうして?
「カロン…なぜこんなわたくし守るために、死んでしまったの…」
「それは精一杯生きて、死んだときに本人に聞きましょう」
リインは私を抱えたまま走り出す。
「そろそろ潮時です、撤退しましょう!」
「その言葉を待ってた!行くぞスタンちゃん」
カコルネルがスタンを小脇に抱え、防壁魔術を騎士と私たちの間に行使する。
「もって数秒だ、行くぞ!」
私たちを抱えた二人が出口のドアへ向かって走る。
そしてドアに手を掛けた瞬間。
「な」
ドアごとカコルネルが切り裂かれる。
「団長!!!」
リインが悲痛に叫びカコルネルの元へ駆け寄り…
ドアとカコルネルを切った張本人が切り裂かれたドアを蹴破って現れる。
この騎士…アトロの…。
「死んでも目的は果たせ、先輩の教えだ」
直後、先ほどカコルネルが騎士を分断するために行使した防壁魔術が砕け散る音が聞こえる。
「命令だ、そいつらは生きて返すな」
「黙れ、私に命令していいのはアトロ様だけだ」
完全に挟み撃ちだ。
しくじった?いや私にお似合いの末路だ。
「団長!団長っ!」
「ぐっ…いってぇ…な…骨ごとばっさりいきやがって…」
あぁ結局こうだ、また私のせいで誰かの大切な人が失われようとしている。
カロンがいたら結末は違ったのだろうか?
「っつつ…十分休憩できたのでワタシが囮やりますよぉ」
「スタンなにを」
「騎士君はやり遂げたんです、次はワタシの番でしょう」
「だめだ…スタンちゃん…ぐっ」
スタンがよたよたと立ち上がり電撃魔術を身体に纏う。
駄目だ、そんなのは駄目だ。
彼女すら死んでしまったら。
「お前一人で近衛騎士二人を?笑わせる」
「逃げられるとでも?」
スタンはパチパチと電流が流れる白衣の内側から見たことの無い魔道具をいくつか取り出す。
「うるせぇよ…ゴチャゴチャとよぉ…」
近衛騎士二人が構える。
どうすればいい。
頭が回らない、考えることを放棄してしまいそうになる。
「ここでやらなかったらァ!あの世で騎士君に顔向けできないんだよ!!」
両手の魔道具から雷の刀身が現れ。
アトロの近衛騎士は血に濡れた直剣を振りかぶり。
お姉様の近衛騎士は見たこともない高位の炎系魔術を行使する。
近衛騎士達が真っ先にスタンを殺しにかかる。
ああ、駄目だ。
スタンも殺されてしまう。
「カロン!!」
これから起こる惨劇を前に瞳を閉じて咄嗟に出たのは彼を呼ぶ声だった。
こんな時まで死んだ彼を頼ってしまうなんて相当どうやら本当に彼のことを―。
「がっ!?」
「嘘だろ…」
ゆっくりと瞳を開ける。
私の瞳に映ったのは。
行使途中でかき消えた高位の魔術。
無傷でうろたえているスタン。
拘束魔術で何かに捕まっているアトロの近衛騎士。
腹から巨大な直剣が突き出し血を吐くお姉様の近衛騎士。
そして。
首の無い重装騎士。
「カロン!」
あっけにとられる私たちを尻目にカロンは焼け爛れた重装鎧をギシギシと音を立てながら動かす。
左手の拘束魔術につながれたアトロの近衛騎士を凄まじい力で振り回し奥の壁に叩きつけ、突き刺した直剣から手を放し苦しむお姉様の近衛騎士を右手でつかみ地面に叩きつけると、刺さっていた直剣を引き抜き、もう一度次は背中に突き刺さす。
「どうなっているんですか…まさか魔術で?」
「ありえん…あれは魔術じゃないぞ…」
いつの間にか治癒魔術で応急処置が終わっていたカコルネルが立ち上がりそう話す。
じゃあいったい何だというのか。
でもきっとカロンの事だから何か凄いことをしているのだろう。
「気になるが…いまはいい、とりあえず撤退だ」
「はっ、えっでも騎士君が…」
「彼が俺たちを襲わない保証はないだろう?」
一瞬頭に血が上りそうになるが、なるべく平常心を保つ。
「カロンがわたくしを襲うわけがありませんわ」
「サリンさま…」
「どちらにせよ、ここから一旦逃げるのは賛成です」
…彼らの言いたいことはわかる、まずは情報を共有しなければならない。
お姉さまとの決闘で正式に王位継承者になった事も、お父様が話をつけるというのも知らないのだから当然の反応だろう。
でも。
カロンをここに置いていくしかないの?
こんな姿になっても戦い続けている彼を?
「ひっ」
リインの小さい悲鳴が聞こえて振り返る。
するとカロンがいつの間にか私のすぐ後ろにまで来ていた。
「カロンっ」
とっさに抱きしめようとしたらカコルネルにつかまり小脇に抱えられてしまう。
「あっ」
「あぶねぇ!急げ逃げるぞ!!」
「ごめんっ騎士君!」
出口のドアからカロンを残して飛び出す。
少しづつ離れていくカロンは部屋の中からこちらに手を伸ばしていた。
「何があった!」
外には何事かと集まっていた騎士達が沢山集まっていた。王位継承の儀式は関係者以外立ち入り禁止だから入れずいたのだろう、こんな時まで規律を守るのはやはり彼らも騎士だ。
「悪い!急ぎだ!」
「元団長!?」
「そういうわけにもいきません!お待ちください!」
騎士たちが大勢集まってくる、今空へ飛び出せばすぐに撃ち落されるだろう。
が、やはりきっかけは彼が作ってくれた。
「爆発!?」
「何だ…この恐ろしい魔力量は!?」
「部屋の中だ!」
とんでもない爆発音とともに冷や汗が出るほどの凄まじい魔力や火炎がついさっきまでいた部屋の中から噴出する。
それのおかげで何とか私たちを足止めしていた騎士達をかいくぐり、スタンと共に抱えられて空へ飛ぶ。
「カロン…」
凄まじい速度で王城から遠ざかっていく。
遠く、崩れた部屋の中で騎士と騎士が争っているのが見えた気がした。