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騎士と狂姫は歩く  作者: 御味 九図男
第7章:狂姫と天才
198/226

198.騎士団の物は長くてな


「今の音はっ!?」


「儀式の部屋からだ!」



 儀式の部屋へ続く扉の前で待機しているとサリン様の仰っていた通り銃声が聞こえた。


 事前に聞いていた物と同じ二十二式散弾銃で5式実包を使用した際の銃声だ。


 扉を挟んでいるからか音は鈍いが、間違いないだろう。



「王族の方々に何かあったのか!?」


「不味い、儀式は中止だ!」



 メチル様の近衛騎士が聞き覚えのある声でそう叫ぶと扉の方へ走って行く。



「待て」



 勢い良く扉を開こうとした近衛騎士の腕を掴んで止める。



「放してもらえるかな」


「王位継承の儀式を執り行っている最中は儀式の部屋に王族以外入ってはならない」



 近衛騎士は一瞬動きを止めたが、結局それどころでは無いと判断したのか俺の腕を振り払って扉を開けようとする。


 勿論騎士である俺がそれを見過ごすわけにも行かないので近衛騎士を引き剝がして扉の前に立つ。



「……規定を守るのは大切だけれど、今はそれどころじゃないと思うけど?」


「言いたいことは分かるが、規定を守るのが騎士だろう」



 やはりこの声…いや、しかしあいつはパナシア王の近衛騎士だった筈。


 だがこの魔力は視覚えがある。



「どいてくれないなら斬るよ」



 近衛騎士は直剣に手を掛ける。


 ぱちぱちと小さな火の粉が彼の周りを漂っている。



「……皆さんこの部屋から避難してください」



 俺の言葉を聞いたお偉方や執事達が足早に部屋から去って行く。


 皆不安げな顔だ。



「ご安心ください。儀式は規定通り行われます」


「いやいや…皆さんが心配してるのはその事じゃないと思うんだけどね」


「だとしたら非国民だな」



 そう返すと部屋に残ろうとしていた一部の者達もぎょっとして部屋から出て行き、もう部屋の中には俺と近衛騎士しか残っていない。


 そうこうしている内にも儀式の部屋からはまた銃声が聞こえてくる。



「っ…悪いけど僕は君を切ってでもそこを通るよ」


「ならば儀式が終わるまで俺に付き合ってもらおうか」



 近衛騎士は抜剣する。


 抜き放たれた直剣は青い炎を纏っている。


 中盾を腕に固定して両手で直剣を構えるその背中には二対の炎の羽根が生えていてまるで天使の様だ。


 …いや悪魔か?


 まぁそんな事は今どうでも良い、もし彼が俺が思って居る通りの人物だとしたら…もし本当にそうならば俺に勝ち目がないからだ。



「…」



 覚悟を決めて抜剣し、直剣と大盾を構える。



「…死んでも文句は無しだよ」


「はっ…何をいまさら」



 お互いにじりじりとすり足で距離を徐々に詰めながら見合う。 


 相手は中装騎士、警戒しなければならないのは俺よりも早い速度と高い貫通力の魔術。


 大盾を正面にしていれば大抵の魔術は防げるが、大盾を弾かれて魔術を行使されれば重い一撃を食らう事になる。


 今まで戦って来た敵とは格が違うのをひしひしと感じる…が思えば変質したヘルエス様も相当強かった気がする。


 若干記憶が怪しいがあのヘルエス様に勝てたのはヘルエス様が正気を失っていたからだろう、もし理性を保っているあの魔力量の敵と戦えば…俺が勝てるかは怪しい所だ。



「…ッ!」


「!」



 燃える近衛騎士が想定以上の速度で正面から俺の懐に飛び込んでくる。


 蒼い炎を纏った直剣で刺突を繰り出してくる。


 既に大盾の内側まで接近してきた刺突を大盾で防ぐ為に一歩分だけ後ろに後退して無理やり距離を作り、俺の身体と蒼く燃える直剣の間に大盾を滑り込ませる。



「ぐっ…!」



 信じられない程の衝撃だ。


 大槌で殴られたのでは無いのかと思ってしまう程の重い刺突だ。


 しかも大盾を突いた筈の直剣は逸らされる事無く突き刺さっている。


 貫通こそされていないものの流石に肝が冷える。


 大盾は若干斜めに滑り込ませたというのに突き刺さるというのは異常だ。



「おっと」



 突き刺さった直剣が抜ける前にこちらも切り返すが柄を握ったまま半身を逸らして躱されそのまま突き刺さった直剣を引き抜いて距離を作られる。



「…結構強いみたいだね」


「…」



 流石に強いな。


 刺突を受けた左手が痺れている。


 その細身からいったいどうやってあれだけの重みを出しているのだ。


 ……そうか、背中の炎の翼は飾りでは無いと思って居たが…それを推進力にしているのか。



「あまり…時間は掛けたくないんだけど」


「つれないな」



 直後背中の翼が太さを増して轟音をあげ近衛騎士が接近してくる。


 構えは…袈裟切り。



「…!」



 今度は大盾での防御が間に合い、袈裟切りを大盾で受け流し反撃するが避けられる。


 しかし今度は間隔を開けずにそのまま切りかかって来る。


 剣の向きと腕の動きを見て大盾で防ぎつつ反撃を加える。


 防ぐ、切り返す、避けられる。


 防ぐ、切り返す、避けられる。


 防ぐ、切り返す、避けられる。


 次は…右切り上げが来る。


 いや、魔力の流れを感じる!?



「ぐッ!」



 脇腹に違和感を感じる。


 だが視線をずらさずにそのまま大盾を近衛騎士に叩きつける。



「うっ…!」



 近衛騎士は吹き飛んで壁にぶつかる。


 だが致命傷では無いだろう。


 見たところ壁にぶつかる前に防護魔術を行使しているようだ。


 次に自身の脇腹を見る。


 脇腹には炎で出来た短刀が重装鎧を貫通して突き刺さっている。


 薄っすらと蒼く発光している血がじゅわじゅわと焼けた音を立てて溢れ出ている。


 痛みは感じない、これも人間を辞めた副産物だ。


 痛く無いのだから短刀を抜き捨てるのにも大した抵抗は無い。



「流石、大戦を生き延びた騎士だね。ごほっごほ」


「そっちもな…人類最強」



 近衛騎士…いや、もう確定だろう。


 彼はソニだ。


 普通魔術を行使して構築した短刀ごときで重装騎士の鎧を突き刺す事は出来ない。


 ソニは俺に気づいているのかどうかは分からないが、俺達が話さなくなってからもう何年も経っているのだからそういう物なのだろう。



「物凄く魔力を込めたんだけどな…」


「そうで無くては困る」



 あれで普通くらいの魔力消費だったら絶句していたところだ。



「メチル様が心配だから…そろそろ本気出すよ」


「…ならば私も真面目にやらないとな」



 ソニは青く燃える直剣を空に掲げる。


 "誓い"か。



「『己の使命の為この身を燃やし…今、暁へと至らん!』」



 魔力圧で部屋の家具が全て吹き飛ぶ程の魔力。


 これが人類最強と謂われる者の誓いか。


 先ほどまでは直剣の炎と背中の炎だけだったのが今では全身を覆う鎧すらも蒼く燃えている。


 まるで炎の鎧をまとっているかの様だ。



「君も誓いを」



 わざわざ待ってくれるとはつくづく甘い奴だ。


 だがそれは…まぁ似た者同士なのだろう。


 俺だってどうでもいい奴の誓いを待ってやるほど優しくは無いが、空気くらい読む。



「後悔するなよ」



 大盾を地面に突き立てて戦友から預かった直剣(クレイモア)を両手で握り床に着き刺す。


 あの日、サリン様を必ず王国へ送り届けると誓ったあの日。


 俺は元々の誓いを捨て去った。



「『勅命の為、常世を捨て去りいざ黄泉の果て!』」



 新たに誓ったのは地獄を渡ってでもサリン様を守る事。


 それが俺の使命であり、生きた意味のなのだ。



「オリジナルなんだ」


「騎士団の物は長くてな」



 戦場でそんな余裕は無い物だ。


 しっかりと目的と意志を持っていれば短くても問題は無い。


 流石に二文字とかだと少し怪しいが。



「そう…でも悪いけどもう終わらせるよ」


「それは困るな」



 ソニの魔力量は収まる所を知らずに少しづつ膨張し続けている。


 絨毯や家具は炎と魔力にあてられ変質して青白く発光する燃えカスへと変貌している。


 俺もそうなってしまうのは不味いので大盾をしっかりと構えて反撃の構えに移行する。



「…………」


「…………」



 お互いじりじりと距離を作りながら見合う。



「…ふッ」


「来い!」



 異常な轟音が鳴り響く。


 様々な混ざりものを使用して硬度を底上げしてる筈の大盾からだ。


 今までに聞いたことの無い鉄の悲鳴だ。


 あり得ない圧だ、もはや片手では受けきれ無い。


 ソニも小癪な手を使う気は無いのが鎧越しの目を見ると分かる。


 直剣を地面に突き刺して全体重をかけて耐える。



「はぁあああああああ!!」


「ぐッおおおおお!!」



 まるで魔動兵器が爆発したかのような熱と魔力で部屋が炭化していく。


 俺の身体や鎧も激しく赤熱して融解していく。


 もはや魔術の行使が出来る様な状況では無い。


 急速に死が近づいて来るのが分かる。


 大戦ではついぞ追いつかれなかった死が俺を掴んで離さない。


 これが俺の最後か。


 サリン様の声がもう聞こえない。


 

「これでッ!終わりだ!!」


「ハハ…やはりソニには敵わないな」



 一際大きい轟音が鳴り。


 俺の大盾は切断される。



「サリン様に栄光あれ!!!」



 はっきりと、首が切断された俺の身体と。


 赤熱した断面を残した大盾、焦げた直剣(クレイモア)


 そして。


 ひどい顔をしているソニの表情だけが俺の最後の記憶になった。


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