197.お父様。お久しぶりですわ
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もう少し続きますのでお付き合い下さい。
今しがた通った扉が閉じられる。
儀式の部屋は昔見たままの姿を保っていて何処か息苦しさを感じる。
「さて」
「…」
バケモノが気持ちの悪い声で私に話しかける。
一歩先を歩いているから顔は見えない。
それが私たちの関係を表している様で不愉快だ。
「…何から話しましょうか。ふふ、ずっとこうして話したいと思って居たのにいざこうして話すとなると…何から話したらよいか迷ってしまいますね」
「別にわたくしは話したいと思いませんわね」
「まぁ、つれないですねサリン。そういわずに少し話しましょう?」
白いカーテンが揺れる長い廊下を歩く。
私の前を歩くバケモノがノロノロと歩くせいでソレに合わせざるを得ない状況に苛立ちを覚える。
「あ、魔動兵器の暴走事件!あれには驚かされましたよ。折角色々と根回しをして戦争反対派を増やしたというのに」
「不幸な事故ですわね」
…あの事件は元々人間を辞めたカロンが王国で生きて行けるようにする為に起こした事。
上に住まう人間至上主義者達を大勢殺して王国に着いたカロンが処刑される可能性を除去するのが目的だった…がついでに後々の為、戦争の反対派も一緒に殺したのだった。
だがこのバケモノが私の真意に気づかない事なんてあるのだろうか?
殺された人物を精査すれば目的など見えてくるだろうに。
……いや、そう…確かに"お姉様"であれば気が付かないのかも知れない。
まさか他人嫌いで慎重派の私が誰かを愛してその人だけのためにあれだけの行動を起こすなんて…私を中途半端に知っていれば知っている程理解に苦しむのだろう。
「でもあれ、本当にそれだけだったのですか?私にはどうもそれ以外の目的もちらちらと見えて…ですが…そもそもサリン、貴女は全ての命は平等で価値の無い物だと…そう思って居たと思うのですが」
流石はお姉様、気づいてはいたらしい。
でも所詮バケモノ、人の心なんて分からないのだろう。
「確かに命は全て平等であり価値などありませんわ。人が勝手に価値をつけて優先順位をつけているだけ。本来は花も人間も虫も動物も全てこの大地に存在するだけの物」
「少し極端な気もしますがその気持ちは分からなくも無いです」
虫が国を作り命に価値を与え優先順位をつけていたのなら、それを見た人間はそれを愚かと嗤うだろう。
所詮は虫だ、冬には全滅するのだからそんな事に意味は無いのだと。
だがそれは人間にも適用される事だ、神からすれば人間の価値など愚かで嗤いの種でしか無い。
全ては意味の無い事だ。
そう、思って居た。
「例え話をしましょう。例えば…そう、お姉様は食事の際にスープから頂くかパンから頂くかで言い争っている者達がいれば滑稽だと思いますか」
「マナーがある場ではともかくそうで無い場でなら…まぁそう思いますね、滑稽です」
「では神への供物を捧げる時に讃美歌を歌ってから供物を捧げるのか、供物を捧げた後に讃美歌を歌うのかで言い争っている者達がいれば滑稽だと思いますか」
「それは…」
「滑稽ですわ」
「…」
「存在しない価値をあるものとして扱い、尊び、その正当性を賭けて他人と争いさえする」
「…滑稽ですね」
「…ですが、これこそ知的活動なのですわ。知性以外の何を使えばこんな事ができますの?」
「真実に従う事は誰にでもできますわ…知性の無い獣にも。ですが虚構に真実と同等の価値を与えてひれ伏すことが獣に出来るでしょうか」
「……………」
「わたくしは人間ですわ、獣ではいられない。だから…価値は自分でつける事にしましたの」
到着した最後の扉の前でバケモノが立ち止まり、振り返る。
「本当に…成長しましたね。サリン」
後ろ手で扉を開かれる。
「…」
扉を通った先は豪奢な椅子に腰かけるお父様が居た。
すかさずお父様の前まで静かに歩き、頭を下げ挨拶をする。
「お父様。お久しぶりですわ」
「…」
「挨拶が遅れた事、お許しくださいませ」
「…」
「……お父様?」
お父様からの返事はない。
なんだ…?様子がおかしい。
息はしているし、焦点は合っている。
なのに…どうして、生気を感じられないのか。
「これは一体…」
「あ、やっぱりわかりますか?」
バケモノはすたすたとお父様の傍まで歩き、肩に手を置く。
それに対しお父様は何の反応も無い。
「…!まさか…!」
「あぁサリンの考えている事とは若干違いますよ。私がお父様を殺した訳ではありません」
「………死んではいらっしゃるのですね」
…お父様がお亡くなりになっていたとは。
でもそんな話が耳に入ってくることは無かった。
お父様が亡くなったことは機密事項だったのだろう。
「はい、普通に発作で。残念です…昔から心臓が悪いという話は聞いていましたしこうなる事は分かっていました」
「この事を知っている者はどれくらい居るのですか」
「二人です。私と貴女」
「…はい?」
バケモノがお父様の亡骸に耳打ちする、そうすると何処から取り出したのかチェスのボードと駒を並べ、一人でチェスを始めてしまった。
盤面は白の駒が優勢だ。
「こんな風に"お願い"は何でも聞いて下さいますし、便利ですよ」
「己の父に向って便利、ですか」
悍ましい。
一体いつからお父様を操り人形にしていた?大戦時?それともその後?私が最後にお父様にあったのは大戦の出陣の時、しかし遠巻きに見ただけ。
普段は一人で居る事が多かった、お父様と会話らしい会話などした覚えも殆どない。
わからない、知りえない。
「ねぇ、サリン」
「…」
「私とこの国を賭けて、決闘しませんか?」
「………」
決闘…あぁ成程。
初めからそのつもりだったのですね、お姉様。
「この王国に置いて現国王パナシア・シャンカ・バルトルウス・センス…お父様の言葉は絶対。私とサリン、どちらかが死んでも操り人形であるお父様のお言葉があれば案外綺麗に収まりますよ」
「…お姉様がそう仰るのならきっと本当に綺麗に収まるのですわね」
この部屋で魔術は行使出来ない。
となれば恐らくあのバケモノと接近戦をしなければならないという事。
天才とは恐ろしい、魔術だけではなく剣すら最上級に扱えるのだから。
まずまともに戦えば私は斬り殺されるだろう。
「わたくしに勝ち目がある様には思えませんわね」
「断っても良いですよ。ですが断るなら私のお願いを聞いてもらいます」
「それすら断ったらどういたしますの」
バケモノはお父様へ視線を移す。
成程、お父様を使って私を潰すのですわね。
「ちなみにどんなお願いですの」
正直…王の座に興味はない。
適当にバケモノに釘を刺してカロンと二人で暮らせればそれでいい。
元魔術士団長との約束はその後でもどうとでもなる。
…でもまずはその条件とやらが何かを聞かなければ。
「そうですねぇ、私ペットが欲しかったんです。サリン、私に飼われませんか?」
「…」
私が決闘を選ばないと分かって随分とふざけた要求を…。
でもまぁ、カロンと暮らせるなら大した問題は無い、それにバケモノの下につけば安全は保障されるだろう。
「随分と趣味が悪いですわね」
「やっぱり自分の目的の為なら手段を選ばないんですね、サリン」
「プライドと目的を天秤に掛けたら目的が重かっただけですわ」
「あぁ、それともう一つ」
…まだ何か要求するつもり?
随分と舐めた事を…。
「あの重装騎士は貰いますね。丁度近衛騎士に欲しかったんです」
「…あぁ、そうですの」
そうかそうか、私からカロンを奪おうと?
私の全てより重い彼を?
「大戦を生き残った強者ですからね、傍に置いておきたいです」
「じゃあ決闘ですわね。決闘しかありませんわ」
ならもう殺すしかありませんね。
「あら?」
「さあ始めましょうか」
「するんですか?決闘?私と?」
「ええ、そうですわ」
「魔術が行使できないこの部屋で?勝算はあるんですか?」
「戦いが避けられないのなら戦うまで、ですわ」
「えぇ…理解できませんね。まぁ貴女がそういうなら決闘…しましょうか」
バケモノは帯剣していた刺剣を構える。
そういえばバケモノは刺剣が上手だったか。
「サリン先手は譲りますよ。お父様、この決闘で生き残った方を次代国王とお認め下さい」
「…」
お父様はチェスをしながら軽く頷かれる。
成程、こうやって操れるのか。
バケモノの事だから血縁者の言葉とかそういう保険はあるのだろうけれど。
まぁ…いいか、とりあえず目の前のバケモノを殺そう。
「武器はあるんですか?」
「ええ、ありますわ。…よいしょ…っと」
長いドレスの裾から武器を取り出す。
「…………………サリン…それって」
「散弾銃ですわ。では尋常に」
「ちょっ!」
「死ね!!!!」