193.忠義の為ならば死をも恐れない
「…」
「うぅ…緊張するぅ…あぁおぉぉ…!」
まだ空気の冷たい清らかな早朝に戦友から預かった直剣を手入れする。
隣では既に準備は終えたらしいスタンがそわそわとしている。
「…心配事の9割は起こらないらしいですよ」
「………それもしかしてワタシを勇気づけようとしてる?」
そう問いかけるスタンはかたかたと震えていて何ともみっともない。
だがしかし仕方が無いと言えば仕方が無い。
スタンと再会したあの日の翌々日、ついにメチル様側が行動を起こしたのだ。
内容は至って単純で、その日の朝刊に"王位継承の式典の開催日"が記載されていた、ただそれだけ。
しかしこれはお隠れになられているサリン様へ宛てたメチル様からの挑戦状だ。
"この日にその場で決着をつけよう"そんな意図を俺達全員が感じ取るには十分な内容だった。
「ええ、…まぁそうですね」
「…うぅ優しい…」
騎士であればどれだけ恐慌状態に陥っていても…たちまちのうちに立ち直れる俺の励ましを受けてもまだスタンの震えは止まらない。
きっとスタンの人生でここまで緊張するような大きな出来事など無かったのだろう。
それに作戦の全貌を知らされていない状態であれば尚更だ。
未知は恐ろしい、あの素晴らしきサリン様ですら恐れる物だ。
………。
「正直な話。この作戦は貴女が居ても居なくても何も変わりません、なので…恐ろしければ…逃げても誰も責める事はありませんよ」
スタンの震えが一瞬止まる。
そして俯いた。
「…………やっぱり騎士君はやさしいねぇ。」
「…騎士ですので」
「ふひっ…でもさ」
顔を上げたスタンと兜越しに目が合った。
見覚えのある瞳だ。
「やっぱりぃ…ワタシやるよ」
「そう、ですか」
死を覚悟した者の瞳。
「…べ、別に死ぬってぇ決まったワケじゃぁ無いしねぇ!騎士だろうがなんだろうがばっちしかかってぇこぉーい!!」
「いえ。騎士相手だと絶対殺されるだけなのでさっさと逃げた方が良いですよ」
「あ、ハイ」
式典の開催時刻が近づいている。
そろそろ行かなくては。
「…あのっ…!…さッ!」
「なんですか」
足を止めて振り返る。
「騎士君もっ、し、し、しし死ぬなよっ!」
「…」
「生きてればっまたやり直せるしっ…!騎士君もっ、人間なんだからっ!怖い時はさぁっ!逃げても良いんだからぁ!!」
「…騎士は、忠義の為ならば死をも恐れないからこそ騎士です」
「はぁ…はぁ…え、えぇ…」
スタンが息を切らして俺を見つめる。
「それに私は既に人間では無いので」