192.なのでその時はバッサリいっちゃって下さい
高評価ブックマークありがとうございます。
少しづつこの物語も終わりに向かって歩み始めています。
まだまだかかりますがどうかお付き合い下さい。
「それで…サリンは見つかりましたか?」
「いえ、未だ発見には至っていません」
人気のない側防塔、小さな魔動灯の灯り一つだけが薄暗く照らす一室にメチル・シャンカ・バルトルウス・センスと二人の騎士が一つの丸机を囲んでいる。
二人いる騎士の内片方は目の下に酷い隈を作っており明らかに憔悴しているのが一目で分かる。
そしてもう一方は美しい装飾の程された中装鎧を着こんでいる…メチルの近衛騎士だ。
「だと思いました。元第三魔術士団の団長がついていると考えると妥当な結果ですね」
「捜索には第一魔術士団の団長も出ていますが…魔術士としては”やはり先に準備をしていた彼らの方が有利”との事です」
「……」
魔術士同士の戦いでは大抵の場合既に研究しつくされた最上の魔術を打ち合うのが当たり前の為、基本的に勝敗を決めるのはいかに素早く魔術を行使できるかという点になる。
ある程度相性の悪い魔術であろうと大抵当たれば即死な為、先制を取った方が圧倒的に有利なのだ。
つまり戦争反対派の声が大きくなってきていた時点で準備を始めていたカコルネルがそう易々と見つかる事は無いのだ。
「第二魔術士団の団長も生きていれば良かったのですが…」
「そうね…でも彼は…その、変わったお方でしたから。サリン側に付いていた可能性もありますもの」
「……そうですね」
メチルの可愛らしい困り顔を見た騎士は何か嫌な事でも思い出したのか小さなため息をつく。
そんな第二魔術士団団長ザッテルガの口癖は”その魔術、全然エッチじゃないよ”であった。
曰く、良い魔術というのは魔術式を見るだけで興奮する魔術だから、との事。
「予定通り王位継承の式に招いて、そこで対処しましょう」
「ですが…それでは現国王様やメチル様の身が危うくなります」
「いつどこから襲ってくるか分からない状況よりは良いですよ?」
「それは…そうなのですが」
メチルの近衛騎士は強い。
それこそ全騎士団中最強と呼ばれる程には強い。
軽装騎士に劣らない速度で重装騎士と見紛う様な重い一撃を繰り出すと有名だ。
確かに彼は天才だ、しかしそれは戦闘においてというだけであり目の前の未来視じみた才能を持ったメチルという天才と比べると見えている物事の量は余りに少ない。
故にこうして提案に乗り切れずにいる。
「…私はどちらでも構いません。アトロ様を殺した奴を殺せるのなら」
ずっと黙っていた虚ろな瞳の騎士が口を開く。
彼女の名はユヒサ・アルネル…数日前までアトロ・シャンカ・バルトルウス・センスの近衛騎士だった者だ。
アトロが亡くなってからというものずっと夜も眠らず犯人を捜していた所メチルに声を掛けられ今に至る。
「…確かにアトロ様の件は私も残念だ。でも今はまだご存命のメチル様を守らなくてはならないだろう」
「私は…まだメチル様の事も疑って居ます。時が来て貴女が犯人だと確信したら…貴女だろうと殺しますよ」
「君…!それは駄目だ…自重しなさい、貴女は騎士なのだから」
近衛騎士も物分かりが悪い訳では無い、故に自身も大切な者が殺された時の事を想像するとユヒサを強く叱れない。
人の心を残している以上他人への優先順位という物はどうしても簡単には変えられないのだ。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて下さい。ユヒサ、もし貴女が私を信じれず切ろうともそれは私の落ち度です。なのでその時はバッサリいっちゃって下さい」
「メチル様!?」
「…」
「ふふっ。大丈夫ですよ、事実私はアトロを殺してなんていないもの。そうなる事は無いと思いますよ?」
「そうは仰いますが…はぁ。こんな時でもメチル様は変わりませんね…、一体何処まで予知しているんですか…」
姫は可愛らしく微笑み、近衛騎士は頭を抱え、復讐者は静観する。
「そうですね…少なくとも」
「…」
そして姫は宝石の様に美しい青空色の瞳で復讐者を見つめて予言した。
「貴女が復讐を遂げる事無く命を落とす所まで」