191.分からないというのは…とても、恐ろしい事ですわ
隠れ家に到着し、珈琲を啜りながら待っていたカコルネルさんとも合流した後4人でテーブルを囲む。
「…さて、取り合えず情報をすり合わせましょう」
そしてこれからの為に話し合おうとした矢先スタンが何やら居心地悪そうに口を開く。
「え…まってぇ誰なんですかぁ?このおっさん…」
「おっさん!?」
「第三魔術士団の元団長です」
やっぱり俺はおっさんに見えるのか…と哀愁を漂わせているカコルネルさんには悪いが話を進める。
「…今日一日街を散策していましたが、やはりアトロ様の死はすでに王国民の大半が把握しており様々な憶測が飛び交って居ました」
休暇とは言え全く何もしていなかったわけでは無い。
あの事件があってから数日経った今、王国の民が何を思って居るのかをそれとなく聞いていたのだ。
「おっさん…まぁいいか…。それで?サリン様は疑われていたのか?」
「残念ながら。やはりメチル様が仰っていた複数人で国を導くつもりだったという話を信じている民が多いようです」
「してやられましたわね」
サリン様は表情一つ変えずにそう仰られる。
民衆からどう思われていようとあまり気になされていないご様子だ。
流石はサリン様だ。
「そんなぁ…サリン様がアトロ様ぁを殺したぁって疑われてるんですかぁ…ヒドイ…でもメチル様もアトロ様を狙うって事も考えられないんよねぇ…」
「…」
実際アトロ様を毒殺したのは俺達なのだが…今ここで真実を告げてしまうとスタンが記憶魔術を使われた時に不味いので話さないと事前に決めてあるので何も言わない。
まぁ記憶魔術抜きにしてもスタンならぽろっと情報を零してしまいそうというのもあるが。
「わたくしが思うに、王族三姉妹による王国の統治案とやらは自分の潔白を証明する為に用意した物ですわ」
「成程…つまりメチル様は初めからアトロ様やサリン様を殺害する事を計画に入れていたという事ですか」
「俺も団長として何回かメチル様にはお会いしているが…あのバケモンならやりかねないな」
"王族三姉妹による王国の統治案"は昔からメチル様が計画していた物らしい。
昔からというのが重要で、三姉妹で統治するという案の名称通り三姉妹が皆そろって居なければ成立しない案を昔から計画していたという事で計画者本人であるメチル様がアトロ様を殺める理由が無いと身の潔白を証明する一助になる、実際それがあったからこそ今メチル様よりサリン様が疑われている。
「えぇ…じゃああの掲示板にあった内容は全部それの為に作られてたんですかぁ?ワタシすっごい真剣に読んでたのバカみたいじゃないでぇすか…」
「いや、多分あの統治案が実際に本採用されてたら上手くいっただろうよ」
「だからお姉様は天才と呼ばれていますのよ…忌々しい」
あの日王国中に張り出された紙に書いてあったは非常に細かく優秀であり、相当長い時間考えて計画されていた事が分かるというのも厄介だ。
…きっとあれ程の統治案ですらメチル様からすれば片手間に…そして使い捨てに出来る程度の物だったのだろう。
「メチル様は一体何を狙っているのでしょう…」
「最終的には人間と魔族の共存…だと思いますわ。確信はないけれど」
「…」
「成程…サリン様が戦争反対派を一掃したのはそれを阻止する為なのですね」
人間と魔族の共存と聞いてカコルネルさんは顔を顰める。
そしてサリン様が俺の言葉を否定しないという事は事故を装って戦争反対派を殺したのは本当だったのだろう。
そこまで読んで行動を起こしていらっしゃっていたとは…流石サリン様という他無い。
「人間と魔族が仲良くなったらぁ…やっぱぁ駄目なんですかぁ?」
「駄目に決まってるだろう」
空気を読まないスタンにヒヤッとするが、流石カコルネルさん…この程度では怒らない。
「人間と魔族の共存が実現すれば時代が一つ進みますわ」
「良い事なんじゃぁ…」
サリン様は続ける。
「戦争が無くなり、人々の生活は安定し向上する。その日何事も無く家に帰り家族とかけがえのない時間を過ごして幸せを感じていた人々は次第により良い生活を求めるようになりますわ」
「…」
「暴力でしか自分を証明できなかった人々は行き場を無くし自分を失い、それが格差を生み、その格差がまた人々を向上させる…そして更に格差が生まれていく」
サリン様は淡々と語られる。
「新たな幸せを知った者達はいずれその幸せに満足できなくなり更に新しい幸せを求める…そして更に時代が進んでいく。いずれ積み重ねた格差により生まれた頂点に住まう生き物が戦争を始めますわ」
「争いは繰り返していきますわ、そうしてまた人が大勢死にますわ。そうなるなら魔族と小競り合いを続けて定期的に数百人程度死ぬ方がまだ死人が少ないでしょう?」
「そんな未来までぇサリン様は見通してるんですかぁ…?」
スタンはサリン様の瞳に魅入られるようにそう問う。
「いえ未来なんて分かりませんわ。でもそうならないとは言えないでしょう?未知の幸せを知らなければ現状の幸せで満足できるのに、わざわざ得体の知れない未知へ歩むなんて…そんな恐ろしい事わたくしには理解出来ませんわ」
サリン様はテーブルの下で俺の手を強く握り窓の外へ視線を移される、その先に薄暗く月を隠す王城を見つめながら仰る。
「分からないというのは…とても、恐ろしい事ですわ」