190.暗い廊下の曲がり角を曲がって…廊下の先を見ると…
さんざん俺を焼く様に照らしていた太陽も地に潜り、穏やかな夜の刻が始まる頃。
サリン様の待つ隠れ家への道を歩く。
「……」
「……?へへ…」
…何故か行きにはいなかったスタンを連れて。
「……」
「ね、ねぇ…騎士君…気まずいよぉ…何か話しておくれよぉ…」
よくもまぁ気まずい等自分から口に出来るものだと感心する。
その勇気に免じてこちらから話を振る。
「…昔。とある任務で一家心中した貴族の館を訪れた事がありまして」
「…へ?…まさか本当に話してくれるとは思ってなかったなぁ…」
なにやらほざくスタンに文句を言いそうになるが…まぁ耐えて話の続きをする。
「その館を調査した前任の騎士達が皆精神に異常をきたしているという話もあり、万全を期して重装鎧を装着したまま慎重に調査を進めていたのですが…」
「え、ちょっとぉ?なにそれまさか怖い話?やだなぁこんな暗い道を歩いてる時にそんな話やだなぁ。ねぇ、騎士君?騎士君??」
スタンと歩いている道には街灯が少なく人通りも全くない。
一応隠れ家なのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。
そして真っ暗で先の見えない曲がり角に到着する、ここを曲がれば隠れ家はすぐそこだ。
「怪しいと思われる二階へ上り…そうそう、丁度このような…暗い廊下の曲がり角を曲がって…廊下の先を見ると…」
「ねぇ?やめよ?やめよう?怖いから。すっごく怖いからさ。ね?お願い、ホント。突然大きな声とか出さないでね?死ぬかもしれないから、びっくりして心臓止まるかもだから!」
「………」
「はぁはぁこわいあぁこわいこわいやめよう?もう、ね?」
「 ズ ド ン ! ! ! !」
「あばあああああああああああああああああ!?!?!??!?」
スタンが若干過剰に跳ね上がり非常に情けない恰好で地面にひっくり返る。
はは、そんな反応少し前に流行った劇の中でしか見たことが無い。
「…といった感じで私の重さに耐えきれず床が抜けてしまったんです」
「あのさああああ!!その話そんな怖い感じで話す必要あったかなぁぁ!!??しかもおっきい声ださないでって言ったじゃないかぁ!!」
「はは」
「でたでた!はー!でた!その"はは"って笑い方!!騎士ジョークとか一般人全然わかんないからぁ!伝わんないからぁ!!」
スタンは目じりに涙を溜めながら濡れた瞳で俺に文句を連ねている。
なんだろう、すごく面白い。
「そうですか…それは残念です」
「ふー、ふー。すぅ…はぁ……しかもおばけが出るとかじゃなくて床が抜けたぁってだけ…」
「でましたよ?」
「へ?」
「お化け」
「…えぇ…」
「……」
「 あ ッ ! ! ! 」
「ぎゃいいいいいいいいいい!?!?!?!?」
またしてもスタンがひっくり返る。
しかもさっきと違いゴロゴロと転がって壁に頭をぶつけた。
「大丈夫ですか?」
「ぼ、ぼう゛や゛だぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!だずげでざり゛ん゛ざま゛
あ゛あ゛!!」
「はは、人聞きの悪い事を言っているとお化けに改造されて芋虫になってしまいますよ」
「い゛も゛む゛じや゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
ぼろぼろ泣いているスタンを落ち着かせようとしたが失敗してしまった。
残念だ。
「あら、何かと思えばカロンとスタンでしたの」
「!これは…サリン様。本日は忙しい中休暇を頂きありがとうございました」
「あっしゃりんしゃまぁ!きしくんがぁ!ワタシをいじめるんですぅ!」
暗がりから現れなさったサリン様に根も葉もないことを告げるスタン。
全く言い掛かりは止めて欲しいものだ。
「話をしてとお願いしたのは貴女でしょう?あまり可笑しな事を言っていると改造して芋虫にしますわよ?」
「え…何時から話を聞いていたんですかぁ……というかい゛も゛む゛じや゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!じがも゛ざり゛ん゛ざま゛じゃな゛ぐでお゛ばけ゛だっだあ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
また泣き始めたし面倒なので強引に左手で抱える。
このまま隠れ家に向かおう。
「…」
「…?あぁ」
持ち上げたスタンをいつも通りニッとした尋常では無い程可愛らしい笑みでサリン様が見上げていらっしゃる。
サリン様が求めている行動を悟ったので行動に移す。
「サリン様。もし宜しければこちらへどうぞ」
「え?…でも二人は流石に重いですわ」
俺がサリン様も抱き上げますと提案しているのを理解した様子のサリン様はそう仰ってご遠慮なさる。
「私は重装鎧を装着していなくても大岩をいくつも持ち上げられます。人であれば数十人、スタンは一人、サリン様でしたら…何百人でも問題はありません」
「そ、そうですの?…では…お言葉に甘えて…」
サリン様を右手で優しく抱き上げる。
いつもは重装鎧越しにサリン様を抱き上げているので素手でこうするのは非常に新鮮な気分だ。
…というか柔らかい!良い香りがする!ふとした時に右手から零れてしまいそうな感じだ。
「あ…。その、いつもより。…良い…感じですわ」
「それは良かったです」
俺の胸板に顔をうずめなさるサリン様に心臓が大きな音を立てる中、俺は何とか平生を装って隠れ家に歩き始めた。
「……え。ちょっと待ってワタシ大岩数個に匹敵する重さなの?」
「…」
重さとか関係なく煩過ぎるから一人で限界という話はしないでおいた。