188.聞いておられます?
大変お待たせ致しました。
リハビリ頑張っております。
「ああ…アトロ…そんな…」
メチル様はつぶれたアトロ様のご遺体に寄り添って涙を流される。
まさにサリン様がお創りになった舞台をそれどころでは無いと言いたげに…そうなさっている。
「聞いておられます?」
「サリンは悲しくないのですか…?アトロが…こんな…」
はぁ、とサリン様は小さくため息をつかれる。
そしてその問いにお応えになられた。
「いえ?勿論悲しくってよ?態度に出していないだけですわ」
「そう…ね。サリンは昔からそうでしたね…まさか血のつながった妹がこうなってしまっても"そう"だとは思いませんでしたが…」
姫様方が"平和"に話を進めておられる内にパーティーに参加している者達を観察する。
混乱している者、嘆き悲しんでいる者、酒を注いだウェイターを取り押さえる者、復讐すべき怨敵を見定める者。
少なくとも今すぐに行動を起こすような馬鹿は居なさそうだ。
「いざという時に混乱して何もできないよりは良いでしょう?」
「…サリン、自分の気持ちを無視してはいけません。それは人間のする事では無いわ、困った時こそ誰かの手を借りるべきなんです」
メチル様は涙を拭い、立ち上がられる。
ほんのりと赤くなった目元が本当に悲しんでおられるのだという証拠のように見える。
「へぇ、王族が誰の手を借りるんですの?お姉様のような天才が解決できないような難問を誰が解決できると仰いますの?」
「昔…お父様が仰っていた事を覚えていますか…?私達三姉妹、一人では足りなくとも三人そろえばどんな問題でも解決できると…三人とも別々の長所があるのだと」
…なんだ?何か引っかかる。
嫌な予感がする。
「あら、わたくしを殺めようとしたお姉様がよくそんな事を言えますわね」
「愛する妹を殺そうとだなんて…そんな事していません」
「でも死んでますわよ?ほら…そこでアトロが死んでいる」
サリン様はアトロ様のご遺体へ視線を送る。
そんな言い方に不遜にも不快感を示したのかユヒサは顔をしかめる。
「でも事実です。なぜなら…私は」
「…」
メチル様は控えていた騎士に目線を送ると、騎士は会場の舞台上に"初めから"用意されていた垂れ幕を降ろす。
あぁ…つくづく嫌な予感は当たるものだ。
「今日ここでこの国の在り方を大きく変えるつもりだったのですから」
「…!」
「…流石はお姉様」
やや壮大に垂れ下がった垂れ幕にはこう書かれていた。
『王族三姉妹による王国の統治案』
「王がたった一人で国の統治をする時代はもはや時代遅れです、今後は複数人で国を行く末を決めて行くべきなのです。」
あぁ、本当に天才という存在は恐ろしい。
王位継承権を持つメチル様はただ一人で王になるつもりなど無かったのだ。
王という存在を心から愛している王国民とはいえメチル様派やサリン様派アトロ様派等、多少の派閥がある。
それらの派閥全員が納得せざるを得ない案だ、メチル様が王になるのは初めから変えられない事実とは言え、支援している者達からすれば自らが好感を持っているお方が王になれば…という思いは決して捨て去ることは出来ない。
俺達は今まで王は一人だという固定観念に囚われていたのだ。
そして恐らくこの案は前々から計画されていた物なのだろう。
メチル様という天才が何年も練っていた案なのだろう。
「つまり私がアトロやサリンに毒を盛る理由は無い事を分かってくれましたか?」
「っ…ではわたくしを殺してでも連れてこいと騎士達に命じたのはどうしてですの?」
不味い、完全に場を支配されている。
いつからだ?どのタイミングで場の支配権を奪われていた。
「ただのイジワルです」
メチル様はニッと微笑まれる。
「…その意地悪でわたくしが死んでいたらどうするつもりでしたの」
「いえ?死にませんよ?」
メチル様はすこし困ったような表情で言い聞かせるように話される。
「万が一がありますわ」
「ありませんよ?万が一なんて」
サリン様の表情から余裕がなくなっておられるのが分かる。
「私が出来ると言って出来なかったことが一度でもありました?」
「……………」
サリン様は何も仰らない。
無いのだろう、きっとメチル様は本当の意味で失敗したことが一度もない。
もしかしたらアトロ様がお亡くなりになられたのも…この状況も…いや、考え過ぎだろうか?
「大方アトロに毒を盛ったのを私になすりつけ、大戦の責任を追及して…私の力を削ごうと考えていたのですね?分かりますよ」
「………」
サリン様はやはり何も仰らない。
ここで不用心に言い訳などすれば怪しまれるのはご自身だと分かっておられるのだろう。
…致し方ない、こうなってしまっては反撃は難しい。
「サリン様」
「…」
「どうやって魔族の因子がアトロ様のお身体に入ったのか分からない今、この場にとどまるのは危険です。会場の皆さんも一度この場はお開きにすることを進言いたします」
「……そう、ですわね」
「あら、優秀な騎士ですねサリン。貴女には少しばかり勿体無いくらいです」
メチル様は不用心にも俺に近づいてこられる。
見れば見る程美しい方だ。
「貴方、私の近衛騎士になってみませんか?今なら名誉と大金も付いてきます。しかも…私は勝ち馬ですよ」
「…っ!」
サリン様は今まで見たことの無いような表情でメチル様を睨まれる。
あぁサリン様、そのような表情もまたなんと凛々しく美しい。
「申し訳ありませんメチル様。私は重装騎士ですので馬とは無縁なのです、潰してしまいますので。ははは」
「……………………そうですか、残念です」
メチル様の表情は変わらない…が若干不機嫌そうである、皮肉と騎士ジョークを組み合わせたハイブリットお断り文句だったのだが…やはり高貴なお方には伝わらないのか。
「行きましょう、サリン様」
「…ええ、そうですわね」
サリン様を庇う様に会場を後にする。
…が、後ろから声をかけられた。
「ねぇサリン。追い詰められた貴方には今、何が見えるのかしら?」
「大きくて頼もしい騎士の背中ですわ」
サリン様は俺の後ろで振り返らずにそう仰った。
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