181.お前こそな
「…」
開いた窓から静かな夜の空に煙草の煙を吹きかける。
窓際の椅子に腰かけて(しかも重装鎧も装着せずに)煙草を呑気に吸うなど随分と久々だなと思う。
また昔のように王国で煙草を吸えるとは思っても居なかった、死ぬ覚悟をしていたつもりなのに今となっては生きるためにどうするかという事ばかり考えるようになった。
「…」
煙草の先端でちりちりと音を立てる火が些か眩しい。
抱いてしまった…抱いてしまった。
抱いてしまったのか。
「…あぁ」
俺はあのお方を抱いたのか。
そうか…そうか。
実感は…ある、もはや変わらぬ事実だ。
「…」
すぐ後ろのベッドで寝ているサリン様の寝息が俺に強い実感を感じさせるのだ。
何とも言えない達成感とこれで本当に良かったのか?という複雑な感情…これも久々だ。
強い満足感と脱力感に苛まれて何もかも面倒に感じる。
「…」
これで全て投げ出してしまえるのなら俺は騎士にはなっていないのだろう。
煙草を灰皿に押し付けて火を消し、部屋の中から匂いが無くなったのを確認して窓を閉める。
「…お疲れ様です」
「お前こそな」
音も無く部屋の中にカコルネルさんが現れる。
カコルネルさんはそう俺に返すと魔動冷蔵庫からカップごと凍った珈琲を取り出して魔術で温める。
凍っていた珈琲が完全に溶けて薄く湯気を立たせ始めたのを確認すると長椅子に腰かけてそれを啜り始めた。
「……見張りは俺がやるから寝てていいぞ」
「助かります」
カコルネルさんの言葉に甘えて重装鎧を装着しなおしてサリン様のベットの隣に座り目を閉じる。
このベッドは一人用だから添い寝する事は出来ないがこうしてすぐ隣に居ればサリン様が目覚められた時安心して下さるだろう。
「隣の部屋にもう一つベッドあるぞ」
「いえ…ここで大丈夫です」
俺はカコルネルさんを信用していないと言うのもあるが…。
サリン様は俺が離れるとたとえ寝ていても何故か分かられる様なのだ。
例えご就寝なさっているとは言え近くで煙草を吸えばサリン様の身体に害だと思い、何度かこっそりと隣の部屋へ行こうとしたのだが…全て失敗に終わった経緯がある。
最終的にサリン様が「離れるくらいならわたくしも煙草を吸いますわ」とか仰り始めたので流石に折れた。
「良くそんなところで寝れるな…」
「慣れですよ」
まぁ本当に寝てしまう程俺は馬鹿では無い。
カコルネルさんが信用できないのもあるが突然襲われでもすれば一瞬の隙が命取りになる。
これが俺だけであれば全く問題は無いが、今は守るべき人がいる。
「…」
明日は忙しくなるだろう。
もしかしたら知り合いを殺すかも知れない同志を殺すかもしれない友人を殺すかも知れない。
…はたまた俺が殺されるのか。