174.あら怖い顔。兜越しでもわかりますわ
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「…そろそろ部屋に戻られた方がよろしいかと」
「嫌ですわ」
事情聴取も終え、姫様も無事に王国まで護送するという大任を全うした"私"は今、王国内最大の牢獄ヴァース最下層に居る。
別に無理やり入れられた訳では無い、むしろ例の兵器暴走事件で一部の要人達が死亡したせいで私は何の特別処置も無く解放されそうになったのだ。
そんな事を私自身が許せるわけも無く、勝手にヴァース最下層の牢屋にて暴走しても大丈夫なように引きこもっていたわけなのだが…。
この通り姫様までヴァース最下層の牢屋におられる、いて心地よい場所でも無いし空気も悪いので早く地上に戻って頂きたいのだが。
「身体は大丈夫ですの」
「その件についてなのですが…」
身体の状態は…正直相当悪い、だがここで治療してしまっては私が狂気に呑まれた時に対処が難しくなってしまうだろう。
私が気を強く持っていれば良いだけの話だが…狂気はもうすぐそこまで迫ってきている。
今も視界の隅に死体のような物が生きているのが見えるし頭の中ではずっと暗い太陽に優しく話しかけられている、だがまだこれを異常だと理解できる程度には俺の理性は残っているらしい。
思い出せない事も非常に多くなってきている、どうして私が生まれたのかが分からない父親はどこにいる?
だがこんな事を正直に姫様に伝える事など出来るわけが無い。
「"姫様"ご安心ください。今はこうして自分に治癒魔術を行使していますので」
「そ…う、ですの。もうそこまで忘れて…」
姫様の表情を見て失言に気づく。
迂闊だった、何を間違えた?私は何をしてきた?たとえ記憶が無くなろうと姫様を心配させない様に騎士であることを徹底してきたはずだ。
騎士であることを徹底していれば今の会話でおかしなことなど何も…無い筈…いや…何か大切な事を忘れている、何だ?今度は何を忘れてしまったんだ?恐ろしい…私は過去に一体何をしていたのだ。
…ははは、大切な事を忘れている?笑えてしまうな、もう何もかも忘れすぎている…今更では無いか。
「はは…ははははっはははは、はははは…」
姫様は瞳にうっすらと涙を浮かべられる。
何故?私は今こんなにも楽しいのに。
あ、いやそうだな…面白いと感じる事柄は人それぞれ違うものな。
「カロン…」
姫様に何と声を掛けるか迷っていると階段側から足音が聞こえてくる。
音から察するに重装騎士1人に中装騎士1人軽装騎士3人…程…だろうか?もしかしてやっと姫様を連れ戻しにやって来てくれたのだろうか?全く対応が遅いものだ、こんなところに姫様を何時間放置するつもりだったというのだ。
そして異様に大きな合金製の扉の前で足音が止まったと思うと扉が開かれる。
「私は第一騎士団所属ルード・ザンだ。こちらにサリン・シャンカ・バルトルウス・センス様はおられるか」
「第一騎士団か、良い人選だ」
「む、そちらが件の…カロン殿か、お勤めご苦労だったな。して姫様は?」
「こちらにおられる」
姫様は何時の間に私の後ろに隠れていたのか、姿を現される。
「メチル様の仰る通りここにおられたか。お疲れの所申し訳ありませんが貴女に国家反逆罪の疑いがありますのでご同行願いたい」
「何…?それは撤回されたのでは?」
どういう事だ?姫様への国家反逆罪の疑いは撤回されたはずでは?…いや、違うまだ覚えている、そうだ撤回されたのは捜索だけか!?
「気がついたか。そうだ捜索は取り消しになったが姫様への疑いは晴れていない」
「そういう…事か…!」
「姫様の創られた魔動兵器で国の要人が何人も死んだ。更に、それによって締結しようとしていた停戦条約は破棄された…」
ルード殿は若干声に怒りを含ませて続ける。
「何故かわかりますね?貴女の兵器で死んだ要人の殆どは戦争反対派だったからです。反対派が極端に減れば停戦条約は覆る…!それが姫様…貴女の狙いだったという訳だ」
「へぇ…」
後ろ姿からでもわかる…今姫様は確実に"いつもの"表情をされている…!きっと私と…旅をする前からずっと使って来たであろう表情、誰も信用せず誰にも本音を話さない…微笑んでいるのに何処か冷たく孤独な…。
いやまて…なぜそれを私は覚えているんだ…?なぜ今になってそれを思い出して理解したのだ?
「現時刻をもってお身柄を確保させて頂きます。…よろしいですね」
「あら怖い顔。兜越しでもわかりますわ」
「まて…!」
私は何を口走っている?なぜ呼び止めた?これは姫様と同じ王族であるメチル様の命令なのだろう?ならば騎士である俺がその決定に逆らうはずが無いのに。
「…どうした。カロン殿…貴方の役目はもう終わった筈だ」
「姫様は…どうなる?」
行かせてはいけないと私の中の俺が言っている。どれが自分か分からない、自分の中は意識が多すぎる…だが…だが…。
「良くて一生幽閉、それ以下で死刑だろうな。もともとメチル様自身が生死問わずに連れてこいと言っておられたのだから」
「そうか…」
ああ、ああ。
守らなければならない、守らなければ…約束したではないか、守ると。
何があっても守ると……!自分自身がどうなろうと…記憶が無くなろうと身体が壊れようとも…あの日誓ったでは無いか…。
「…カロン。安心してくださいまし、きっと戻ってきますわ」
"俺"は姫様の"いつもの"微笑みを見た瞬間、何かが切り替わる様な感覚に襲われる。
俺の中で俺を蝕んでいた意識を強引に引きはがして押さえつける。
ふつふつと記憶が蘇り戦いに備えろと俺の勘が叫ぶ、やらなければならない、ここでやらなければ姫様を守る事は出来ない。
「ならば…行かせるわけには…いかないな」
「ほう…良い騎士だが…良い手本では無いな」
抱えていた"直剣"を抜剣して大盾を構える。
「ルードさん、ここは私が」
ルード殿の後ろに控えていた重装騎士が一歩前へ出る、見たことの無い重装鎧に聞いた事の無い声だ…女か?よく重装騎士になれたな。
「おい、シェイお前では
「止めないで下さい。老騎士にはここでご退場願います」
シェイと呼ばれた女は重装騎士用の直剣の鞘を抜いて俺に投げ渡す。
これは正式な騎士同士の決闘の作法だ、ならばそれに倣って俺も鞘をシェイに放り投げる。
シェイはそれを受け取ると構えを取る、大盾を前に構える重装騎士の一般的な構えだ。
「はぁ…決闘には口を出せん、いいか?決して相手を侮るな」
「分かっています」
「姫様…御下がりください」
姫様が離れたのを見た瞬間、シェイは高速移動モードを起動させ大盾で俺に体当たりを繰り出す。
「ふんッ!…!?なにッ!?」
俺はシェイのシールドバッシュを直剣も大盾も使わずに受け止めた。
そして…
「くそっなんて力だ…!?」
「はアあぁぁあッッ!!!」
力任せに大盾を引き裂く。
裂いた大盾を放り投げ、自分の大盾を前に構えて重装鎧に膨大な魔力を注ぎ込む。
「シールドバッシュというのは…こうやるんだ…ッ!」
「ひ」
大盾をシェイに押し付けた直後、景色が一瞬で変わる程の超速度で部屋最奥の壁に衝突する。
ぐしゃっと音がして血肉と重装鎧の破片が壁一面に弾け、広がる。
壁にめり込んだ大盾を引き剝がす、大盾の表面は血と油でべっとりと濡れるが気にせずに残りの騎士の元へと歩く。
「くっ熱いな…次はどいつだ。悪いが遊んでやれる程余裕が無い、殺す」
「く…シェイ…」
「あ、ああ…」
軽装騎士の一人が尻餅をついて後ずさりながら泣き言を言う。
「お、俺は…!人を守るために騎士にっなったんだ…!なのに騎士同士で殺し合いなんてぇえええ」
「お、おい!逃げるなッ!」
ルード殿の呼びかけも虚しく他の三人は慌てて階段を駆け上がっていってしまった。
…情けない、が仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
俺の目の前に残ったルード殿以外は最近騎士になったばかりの弱い騎士なのだろう、そういえばさっき潰したシェイとかいう女が装着していた重装鎧も見たことの無い物だった。
恐らくあれが新世代になり、人員と装備が弱体化したと聞いていたソレその物なのだろう。
「はぁ…残ったのは私一人か…」
「だが、やるんだろう?」
ルード殿は直剣を抜剣すると鞘を投げてよこす。その所作に不慣れさは無い。
間違いなく俺と同じ旧世代の中装騎士だ。
「当たり前だ」
「受けて立つ」
いつもお読みいただきありがとうございます。
これは宣伝なのですが現在【失踪勇者】という新作を書いています。
初めの方は読みやすく軽い感じで書いていきますが段々暗く重くじめじめとして陰鬱な感じにしていきますのでもしご興味があれば是非お読みください。
あ、でも本作をお好きなド変態様方には少々ヌルい物語かもしれません。
※騎士と狂姫は歩くは必ず完結させますのでご安心ください。