173.やっぱりお前は
「はぁ…いつからこんな頑固になったんだ…」
「貴方に…っ、そう教わったん、ですよ…!」
団長は星々を背に浮遊して嘆く。
表情は、見えない。
「…そうだったな!ハハハ」
「はぁ…フゥ……何処へ行かれるつもりですか」
顎鬚を手でいじりながら団長は答える。
「自宅」
「……」
"嘘"だ。
団長は嘘をつくときに顎鬚を触る癖がある、つまり家へ帰るつもりは無い…という事は何処へ?別荘なんて持ってるという話は聞いた事が無い。
魔術士団の詰所…そんな訳無いか、ならば何処に…いいや違う分かる筈だ、私なら…私になら分かる筈。
「……大戦跡地…ですか」
「自宅だって」
またそんな分かりやすい嘘を…癖が出てますよ団長。
でも本当に大戦跡地へ行くとしたら何故?やはり弔い?カロンの報告によると遺体は埋葬してないという話だったけれど。
もし本当に弔いだとしたら…時間の経過具合的にもうアンデット化しているのでは?……そうか…!アンデット化して死した後もさまよい続ける騎士や兵達を一人で殺して回るつもりなんですね…!!?
「成程…その気持ちは分かりますが…」
「は、はぁ…そうかい」
きっと…かつての仲間達を殺すのは相当辛い。
だから私達にそんな思いをさせない為にたった一人で…。
第三魔術士団の団長が弔いとはいえ長期間不在になるわけにはいかない、だからこそ団長の座を…。
「…ですが!やはり一人では危険です…何故私達を頼ってくれないのですか…?」
「いや自宅に帰るだけだぞ!?」
この期に及んで嘘をつき通しますか、それ程まで…やはり団長は未だに私を子供だと思って居るらしい。
ならば…それならば、実力を示すしかありませんね。
「私と…模擬戦をしてください。団長私はもう子供ではありません、貴方の隣で戦えます!」
「なんでそうなるんだ!?」
ふふ、そんなに驚きますか。
それも仕方の無い事でしょう、ですが私はもう貴方のいう事を聞くだけの利口な子供ではありません。
きっと一筋縄ではいかないでしょう…ですが別に勝つのが目的ではありません、足手まといでは無いと…一緒に戦えるのだと思わせる…!そうすればきっとこれからも…!
「…行きます…!はぁあああああああッ!!」
魔術長銃を取り出して魔術弾を行使、そして幾何学模様に光輝く銃身から音速の二倍以上の速度で魔術弾が発射される。
「ちょ!?まてって!うおっ!?危ねェっ!?」
流石団長ですね、私の魔術弾を躱すとは…ですがそれだけで墜とせるとは思って居ませんので。
勿論…その魔術弾は帰ってきますよ。
そして勿論それでも墜とせると思って居ませんので更に布石を。
「おい話聞けって!」
「次弾です、どうぞ」
団長の右腕を狙って魔術弾を行使。
発射。
「うお!」
当たり前のように躱されますが…団長は予測通り左側に躱している。
そして一発目の魔術弾は団長の少し左側へ帰って来るのです…!
「ッ?!っぶねぇ…!ほっ!とぉ…」
「何で!?」
団長は後頭部に目でも付いているのか、背後から襲来する魔術弾を躱した…!二発目を躱した直後にもう一度同程度の回避行動を取るのは難しい筈なのに…!しかも二発目の帰る魔術弾は防護魔術で防ぐなんて…!
いや…!違う!そうだ、"難しい"だけ…!団長が規格外なのは知っていた筈なのに…!
「……!流石ですね、団長」
「いやいや結構危なかったぞ…」
これは、本当に。
私も本気以上を出さないと…団長に一発入れる事すら出来なさそうね。
だから…今、ここでこれまでの限界を超える…!
「ですがまだです…!本気の110%…受けて頂きます…ッ!」
「おい…!絶対話かみ合って無いって!」
魔術長銃に規格以上の魔力を込めて魔術式を書き換える。
人類史において、作成された帰る魔術弾の最大折り返し数は3回…私が本来作成できる帰る魔術弾の最大数は2回。
通常1回以上の帰る魔術弾を使う機会が無い、何故ならばそもそも魔術弾が帰って来るという事自体が本来あり得ない事象の為、ソレを躱せる者が居ない。
躱せないなら無駄に魔力を込めて何度も魔術弾を無意味に折り返しさせる意味は無い。
だけど、団長は常識的な思考で墜とせる相手ではありません。
「くっ…」
「おいおい…とんでもねぇ魔術式だな…」
私の魔術長銃が歪な模様を浮かべて光輝く。
失敗すれば私も無事では無いでしょう。
ですが…常識を超えてこそ…不可能を可能にしてこそ…!
「げっ!何でもありかよッ!?」
「私は…魔術士ですから…ッ!」
常識を超えた魔術弾を発射する。
魔力回路が熱い、でも手を緩める余裕なんて無いのです。
「まだですッ!」
「不明魔術1!ブーメラン弾…5!?」
連続して発射した帰る魔術弾が団長へ群がる。
無理をしたせいか魔術路が暴走してはじけ飛びそう…あの魔術は実践向きじゃないかも知れないわね…。
「こいつら!全部!2回折り返しっ!かよッ!?」
「はぁ…はぁ…!」
1発2発3発と団長は躱していく。
この魔術弾は全て団長の行動を予測して発射した…けれど、それでも団長は蝶のようにそれらを躱していく。
「グッ…!正気じゃねぇ!馬鹿が!お前後で説教!なッ!」
「はは…望むところです…」
一定回数躱しきると団長は回避行動を止める。
魔術弾を躱した回数は…19回。
「ふぅ…聞いた事だけあるぜ、"3回帰って来る"ブーメラン弾」
「驚き…ましたか?」
団長はいいもん見せてやる、と言って魔術長銃を私に向ける。
「一発だけだ」
団長は魔術弾を行使して発射する。
通常より速いソレを私は勘で躱す。
「…っ!」
そして躱した魔術弾は当たり前のように帰って来ました。
やはりこれも帰る魔術弾なのでしょう。
でも一つ気になる点があります、通常なら私に避けられないであろう団長の魔術弾を避けられたという事。
「…?…これ初めから私に当たらないように撃ってませんか?」
「当たり前だろ?まぁ見とけって」
わざわざ避けるのもアホらしいので回避行動を止めて帰る魔術弾を受け入れる事にしました。
すると団長の言った通り魔術弾は私の少し隣を通過しました。
「お前のそういうとこ嫌いじゃないぜ」
「信用してるって事です」
そしてそのまま通過する魔術弾を数える。
3…4…5…6…6!?
あ、ありえない…!6回も私の隣を通過した…!?
「ご、5回も帰って来る魔術弾なんて聞いた事ありませんよ…!!」
「俺も無い」
あの一瞬で歴史の上の上を行ったというのですか…!?
「ど、どうやったんですか!?」
「勘違いしてると思うが俺が撃ったのは2回帰って来るブーメラン弾だ」
「は?」
そういうと団長は一枚の板のような物を魔術で宙に生成してこう続ける。
「単純だ、跳弾させただけだよ」
「あ…そう、いう…」
ハハハ、と団長は笑う。
「まだまだだな」
「そうですね」
私がそう返した直後、団長の頭部にソレが直撃する。
「ごっ」
「団長も、ですね」
魔力量が足りず、殺傷力はありませんが団長に一発入れるには十分です。
「4回帰る魔術弾…これが私の可能性です」
「やっぱりお前はすげぇよ…」
脳が揺れたのか団長はゆっくりと地上に降下して行きます。
そんな団長を優しく捕まえる。
「これからもよろしくお願いしますよ?団長」
「ハハハ…はぁ…まじかよ」
団長はいつもの苦笑いで笑う。
「あと帰る魔術弾に変なあだ名付けるの止めて下さい」
「……」
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暗い谷の底を一人、低空飛行で通過する。
「やっぱりお前はまだまだだな、リイン」
暫く暗闇を飛んでいると目的地が見えてくる。
こんなことにあいつらを巻き込むわけにはいかないからな。
「でもまぁ…俺の分身に一発入れたのは褒めてやるよ」
もし、次会えたら。
思う存分褒めてやろう。
「『未明を解き明かし…今、黎明へと至らん』」