163.騎士だ
「その、姫様…それは一体どういう…」
益々訳が分からなくなった俺は姫様に質問する。
本来ならばわざわざ姫様にご解説頂くなど騎士として大変情けないのだが…例の件、姫様は何故兵器が暴走したことを知っておられるのか、そもそも何故犠牲になった者の素性を知っているのか…分からない事が多すぎる。
こういう事は下手にこちらで考えを巡らせるより姫様の為にも正しいご意向を確認させていただきたかったのだ。
「ふふ、何も心配ありませんわ」
姫様はニッとほほ笑まれる。
相変わらずの美しさだ、だがいつもと違って少しだけ緊張していらっしゃるようにも見える。
ならば…その緊張を解すのは俺の役目なのだろう。
「…承知いたしました。どんな結果になっても私は姫様の騎士としてやるべき事をします」
「…ありがとう」
姫様は少し遠い目をなされる。
何処か…遠い…何かを夢見る瞳だ、やっと歳相応の表情を見れた気がする。
その夢がかなう事を切に願う、高望みはしないその未来に俺はいなくてもいい、その夢をかなえる為ならば俺はどんなことだってできるだろう。
そんな事を考えているとジオネに盾を小突かれた。
「決心がァついたのはイイがなァ…おかしなことスんなよ」
「?…するつもりは無いが…」
「ハァ…サリン様、ちャんと言ッとかないとコイツいつか…」
サリン様はニッとほほ笑まれる。
いつもと変わらず可愛らしい微笑みだが…いつもよりどこか…凄味があるというか…。
「…そうはなりませんわ。何があろうと絶対に…絶対に…わたくしの培ってきた全てが正しければ」
直後、けたたましい轟音と共に周辺の木々が消し飛ぶ。
咄嗟に行使した防護魔術により俺達三人は無事だ。
「ッぶねェな…助かッたぜカロン」
「問題ない。姫様、敵襲です御下がりください」
俺は抜剣して姫様とジオネの前に出る。
周辺を警戒していると前方から二人分の人影?が近づいて来るのが見える。
「こいつぁあどろいたねぇ!」
「まだ生きてる…驚き」
一人は六本腕を持つ異形の女、もう一人は小柄で煌めく鎌を持った少女。
そして…二人ともあろうことか鎧を着ておりその胸部には…見覚えのある紋章。
「第四騎士団…!この方をどなたと心得る!返答次第では即刻切り捨てるぞッ!」
「おいカロン!こいつら味方じャねェのかよ!」
「下がっていろ!」
六本腕の女は四つの直剣と一つの大剣を構え、鎌を持った少女は何やら魔術を行使しようとしている様子だ。
「ハーン?そりゃ見ればわかるわよ。残念だけどコレも上からの命令なのよねぇ」
「生死は問わない…サリン・シャンカ・バルトルウス・センス様を連れてこい…らしい」
上からの命令だと…!?姫様の御命を奪ってもよいという命令を出せるのは王かメチル様くらいなものだ…まさかどちらかがその命を下したのか!?
「つーか、アタシ達としちゃあサリン様に護衛が居るって事の方が驚きなんだけどねぇ」
「聞いてた話と違う…」
「なんだと…?」
大きなため息をついた六本腕の女は律儀に説明を始める。
「例の大戦で騎士団と傭兵団は全滅したって聞いてたのよ」
「生き残りが居る…とは思わなかった」
「まぁ取り合えずアンタも騎士でしょ?ならこれはメチル様のご命令だよ、サリン様を渡しな」
六本腕の女は武器を降ろさない、隣の鎌持ち少女も同じく魔術は解いていない。
「…駄目だ。それが本当かどうか確かめる術が無い」
「そんな事言われたってねぇ」
「まぁ…どちらにせよ…殺した方が連れてくときに抵抗されないから楽」
正直どちらに従うべきかは分からない。
本当にメチル様がそういった命令を下したのなら無駄に抵抗するより言われた通り素直について行った方が安全なのかもしれない。
「オルシャ…あいつは重装騎士だ、油断するなよ」
「所詮人間…怖気着いたなら後ろで隠れていれば…?」
「ケッ、まぁいい機会だね。話に聞いた重装騎士がどれだけ強いか楽しみさ」
背後の姫様をちらりと見る。
俺の視線に気づいたのか姫様はニッとほほ笑まれる。
「あー…話しているところ悪いが、信用できないので私も護衛としてついて行くという事でどうだろうか?」
「へ…?ま、まぁ大人しくついて来てくれるんなら話は早いんだけど…」
「………拍子抜け」
俺が直剣を鞘に戻すと六本腕の女は剣を降ろし、鎌の少女は魔術を解いてがっかりした様な表情をする。
流石第四騎士団、戦いが相当好きだと見える。
「俺はカロン・ヴァンヒートだ。そちらは?」
俺は彼女らの少し前まで行き"両手"を差し出す。
「…アタシはケーヴ・ストライだ」
六本腕の女はまたしてもため息をついて俺の元まで歩み寄り、俺の片手を握る。
あまりごつく無く綺麗な手だ。
「?…君は蜘蛛の民のハーフだろう?蜘蛛の民は握手をするとき両手ですると聞いたのだが…」
「…よく知ってるねぇ」
仕方なさそうに両手で握手するケーヴ、といっても六本腕があるうちの二本なのだが。
握手をしながら鎌の少女にも名前を尋ねる。
「そちらの君は?」
「…私はオルシャ・ガーナ…握手は遠慮」
鎌の少女はつまらなそうにそう答える。
握手は遠慮されてしまった、残念だ。
「本当に、残念だ」
「…?」
握ったままの両腕を思いっきり掴み左右に引き裂く。
「いッ!?」
引きちぎった二本の腕を捨てて、ケーヴの肩を掴む。
「ケーヴ…!!」
事態を把握したオルシャは俺の腕に煌めく鎌を振り下ろすが、その凶悪な刃は俺の魔力を吸った重装鎧を切り裂くことは出来なかったようだ。
「ッ!!放しやがれッぇ!!!」
「おっと」
ケーヴは俺に直剣を振るのと同時に鎧に魔力を込めて高速移動し、俺から距離を取る。
俺の手の中に残されたのはケーヴの肉片だけだ、引きちぎれた肩を抑える姿は大変痛そうである、無理やり離れようとするからそうなるのだ。
「ぐぅ…ッ!私の腕が…!」
「騙した…!信じられない…お前、本当に騎士なの…!」
「騎士だ」
目的の為ならば手段は選ばない、それが騎士だろう?
まだ右手の中に残る肉片を捨てて話す。
「命令を遂行する為ならば男も女も老人も子供も友人も家族も妻も…己も、皆等しく殺す」
「そんなの…もう…人じゃない…!」
オルシャの瞳には恐怖が滲みだす。
それが同じ人間に向ける眼か?お前達が無事に生まれてきたのだって国を守り続けた騎士のおかげだというのに、それに憧れて騎士団に入団したのではないのか?
「ありとあらゆるものを殺して、殺して殺して殺して…殺した先に、たどり着くのが騎士だろう?そしてお前も…」
「違うッ…!私とお前を同じにしないで…!」
無関心、恐怖、憎しみ…次から次へと良く表情の変わる騎士だ。
お前も騎士なのだろうに、その紋章は飾りでは無いのだろうに。
「…」
「お前は…悪魔だ…!」
「失礼な、私は人間だ」
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