154.不吉な縁
「…恐らく私の知っているヘルエス様では無いのですね」
「リコ…コイツハ私ガ…」
「…承知致シマシタ」
リコと呼ばれた片割れは先ほど異形と化した子供を真っ二つに切断してそのままどこかへ消えた。
「ッ!」
とっさに盾を前方に構えると間髪入れずに重い攻撃が4発打ち込まれる。
「騎士が人を襲うなど…!」
「ナニヲ言ッテイル…魔族ハオ前ダ…」
次の瞬間にはもう眼前にヘルエス様は居なくなっていた。
そしてふと思う事があり頭上に盾を構えると案の定盾に重い衝撃が4発伝わった。
間違いない、金級冒険者ネイラさんに似た戦い方…本物のヘルエス様なのだろう。
「まさか貴女がそちら側に行くとは…!思いもしませんでしたよッ!」
「グッ…!オ前ハ…ナンダ…!」
転移魔術を行使した際に生じる歪みを魔術で探知してカウンターを決める。
盾で殴り飛ばされたヘルエス様は石造りの家に衝突し、瓦礫に呑まれる。
「私の事も忘れたのですね、残念です」
すかさず瓦礫に向かって凝固魔術を行使し、瓦礫から脱出できないようにする。
「ガアアアアァァァァッ!!!」
「…」
凝固した瓦礫から逃れようとするヘルエス様に火炎魔術を行使する。
並みの生き物であれば一瞬で炭化する火力の筈だがヘルエス様は身体が焼ける度に内側から再生している様で不本意ながら生きたまま長時間焼き続ける事になってしまいそうだ。
「熱イ熱イ熱イ熱イ熱イ痛イ痛イ痛イ痛イ!!!」
「…死ねば楽になりますよ」
凝固魔術と火炎魔術に続き圧縮魔術を行使する。
地面と瓦礫に挟まれたままのヘルエス様を中心として円形に圧縮する。
あっという間にヘルエス様の姿は瓦礫と土に包まれ見えなくなり、球体に呑み込まれた。
「----!!!」
「懐かしいですね…訓練を思い出します」
そして更に圧縮魔術を行使する。
グジュ、という音が聞こえ球体の小さなすき間から青い液体が噴出した。
「また呑もうという約束は…果たせなさそうですね」
「ー…ーー…」
直剣に強化魔術を行使して球体に突き刺す。
運よく心臓に当たってくれればあの厄介な再生能力も発動しないと思うのだが…そもそも心臓を貫いた所で再生は止まるのだろうか?ヘルエス様を殺したことは一度も無いので分からないな。
「…なんだ?」
数回直剣を球体に突き刺したところで違和感を覚える。
球体の内部から今までとは違う強力な魔力反応だ。
「不味いッ!?」
とっさに距離を取り防護魔術を最大出力で多重行使する。
それとほぼ同時に辺りが強い黄金の光に呑まれる。
「ゲホッ…はぁ…はぁ…」
「ア、アア…!」
全身を襲う強烈な痛みに吐き気を催すが、きっと血しか出てこないので耐える。
辺りを見回すとラマルラだった街はもうほとんどが瓦礫すら残っていなかった。
「こうなってもヘルエス様は…はぁ…変わらないですね…」
「ナゼ…!オ前ハ私ノ名前ヲ知ッテイル…!」
ヘルエス様だったものは俺を濁った眼で睨みつける。
ああ、死体の目だ。
「…ッ!」
拘束魔術を行使してヘルエス様だった者の足を捕まえる。
これ以上転移魔術で一撃離脱戦法をされても面倒だ。
「アアアアアああああっ!!止めろ!!ヤメロ!!その魔術デ私ヲ縛ルナァァァッ!!」
「それは無理な相談だ!!」
ヘルエス様だった者は狂ったように直剣で俺を攻撃してくる。
その直剣は見覚えがある、俺が使っていた直剣だろう。
「その剣は墓替わりだったんだがな!!」
「ウルサイウルサイウルサイ!!!」
俺を切りつける度にヘルエス様だった者の剣はボロボロになっていく、一体どれだけの力で殴りつければ重装騎士用の直剣が欠けるというのか。
「ぐっ…!死人が生きている人間の邪魔をするな!!」
「私ハ!私ハ!復讐スルンダッ!!魔族二!魔族ニィィィ!!!」
いくつか防ぎきれずに直撃を食らってしまい、俺の重装鎧にはヒビが入り始めている。
あまり長くは打ち合えないだろう、そろそろ決着をつけるべきだ。
「ッ!いい加減にッ…!」
「私はッ…!」
鎧に強化魔術を行使し、そして重装鎧自体に魔力を巡らせる。
ヘルエス様だった者は重装騎士用の直剣が真っ黒に変質するほどの魔力を剣に注ぎ込む。
「現実を受け入れろおおおおオオッ!!!」
「まだ生きていたかったんだああああああああ!!!!!」
ぶつかり合った直剣は折れ、フェイスアーマーを砕き。
そして直剣は黒い身体を真っ二つに切り裂いた。
××××××××××××××××
「なぁ…カロン…覚えてるか…」
「…」
「昔さぁ…私が…王国に…反旗を翻したら…」
「…」
「どうする…って…言ったの」
「もう…覚えていません」
「そっ…か…」
「…」
「…ありが…とう…」
「安らかに…眠って下さい」
××××××××××××××××
「…」
折れた直剣を少し盛り上がった土に突き立てる。
そして祈りを捧げる。
願わくば来世では幸せに人生を全うできる様に。
「…」
「…終わったか」
声に気が付き振り返るとそこには黒い片割れ、そして戦友だった男、リコが立っていた。
「…気にするな、俺ももうじき消える」
「そう…ですか」
敵意は無い。
もしかするとリコは全て分かっていたのだろうか?自分たちが魔族だと思って居た者が人間であり、自分達こそが魔族側になってしまっていたことに。
「…これが死の縁というものなのかもな」
「不吉な縁ですね」
リコの輪郭が揺らいで消えてくる。
まだ、話したい事があるのにいなくなってしまう…それはよく知っている感覚、死別。
ならばどうしても一つ言いたいことがある。
これだけはずっと、ずっと言いたかったのだ。
そしてリコも俺と同じように口を開く。
「ヘルエス様を止めてくれて…ありがとう」
「皆を救えず…すまなかった」
リコは何も言わずに消えてしまった。
これで良かったんだろうか?いや、今更戻ることは出来ない。
これで良かったのだろう、こうすることが最善だった。
俺は騎士なのだから。
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「少しだけ、意地悪な質問を…してもいいだろうか?」
「構いませんよ」
「もし私が王国に反旗を翻したら…どうする?」
「…必ず殺します」