153.話を聞いてくださいまし
マガラナの舗装された道を魔動車で走る。
マガラナには人が多い為運転に集中していると姫様に声をかけて頂いた。
「カロン」
「如何なさいましたか?」
「少し話がありますの」
と姫様は仰った。
話…と言っても恐らくだが他の二人には聞かせたくない話なのだろうと理解して魔動車を道の端に止める。
「姫様、こちらへ」
「ええ」
魔動車を降りて後部座席のドアを開ける。
ちなみに俺が降車したときにドルティが頭をぶつけていたが気にしない事にした。
「こちらでお話しますわ」
「承知いたしました」
姫様に導かれるまま薄暗い裏路地へ行く。
裏路地は意外と小綺麗であり、あまり不快感は無い。
「以前大戦跡地で大きな魔力反応が突如発生したという話を致しましたわね」
「はい、記憶しております」
以前姫様が大戦跡地に行使したという探知魔術に広範囲人型消却爆弾の臨界反応に近い魔力が検知されたという話を聞いているのでそれの事だろう。
しかしそれがどうしたのだろうか?姫様をここまで焦らせているのにはそれなりの理由があるのだろうと察するが。
「あの魔力反応が大戦跡地から近い順に街や村を通ってこちらに向かっていますわ」
「…!ではもしその巨大な魔力反応が敵対者だった場合…私達が通った村の者達は…」
「もうこの世にはいないでしょう」
何という事だ…もし順を追って村や町を襲っているとしたら…いや、襲っていると決まっているわけでは無いがもしそうならば…俺は引き返して討伐するべきだろう。
だが…今の俺は姫様の護衛中だ、行く事はできない。
「そしてもう一つ、先ほど分かった事がありますの」
「つい先ほどですか」
つい先ほどという事は大型飛空艇を降りたタイミングの事だろうか?それとも本当についさっきの…運転中?いや、問題はそこではない筈だ。
「大戦跡地から近い順にと言ったけれど、それは誤りでしたの」
「途中にあった村か街を無視したという事ですか?」
「ええ、正確には…わたくし達を追っている可能性がありますわ」
「っ!?詳しく教えていただけますでしょうか」
何故か?そんな事はもはや分かっている、恐らく姫様が目的なのだろう、大戦に参戦していらっしゃる上にあの大戦の生存者でもあるのだから。
「わたくし達はエルドレインで飛空艇に搭乗してマガラナで降りましたわね?」
「はい、マガラナとエルドレインの間にはゼニアス山脈がありますので……あぁなるほど」
そういう事か、分かった。
だが一応確認しておいた方が良いだろうと思い姫様に確認を取る。
「つまりゼニアス山脈を迂回した方が数々の街や村を通る事が出来るのに、私達が飛空艇でマガラナに行ったことによって例の魔力反応も他の村や町を無視してこちらへ一直線に向かい始めたという事で合っているでしょうか?」
「ええ、正解ですわ。それもどういう訳か飛空艇乗り場の無いラマルラから一直線に…ですわ」
「ゼニアス山脈を無視してまっすぐこちらへ向かっているという事ですね…飛行能力があると考えられますね」
飛行能力のある人間なんてほとんど存在しない。
それこそ第三魔術団やその他一部の実力者程度だ、魔族だって空を飛べる奴はあまり見かけない。
「それも超高速ですわ。飛空艇の何倍もの速度でこちらへ向かっていますの」
「なんと…もう時間がありませんね…姫様だけでも転移魔術でお逃げください。私が対処致します」
「駄目、ですわ。アレ程の魔力反応…きっと第一騎士団の団長でも容易く殺されますわ」
第一騎士団の団長ですら…か。
確かにそれは分が悪そうだ…だが俺は騎士だ、やるしかない。
「カロン…二人で逃げましょう」
「姫様…」
姫様は感情が表情にあまり出ないお方だが俺には分かる、きっととても怖いのだろう。
だからこそ俺は思う、この先ずっと姫様はこの恐怖を感じたまま生きなければならないのだろうか、と。
多分俺はそう思ってしまったときには既に決意していたのだろう。
「ご安心ください」
「カロン…」
「私を…信じて頂けないでしょうか」
その直後、俺の索敵魔術に莫大な魔力反応が検知された。
なるほど、これが…例の…確かにあり得ない魔力反応だ、流石にここまでの魔力反応がこちらに一直線に向かってくると心拍数があがってしまう。
「時間がありません、姫様」
「………っ……」
「姫様」
「……………」
瞳を閉じて何かを考えていらっしゃる姫様の額に一筋の汗が流れる。
きっと何か手は無いかとお考えなのだろう、あまり姫様を困らせてしまっては良くないので俺から話を振らせていただく。
「姫様、全て私がなんとかします。ご安心ください」
「安心できるはずがありませんわ…!何故わたくしがわざわざ大切な人を死なせなければなりませんの…!」
「……」
「何か手があるはずですわ…絶対的にこの状況を打破する一手が…」
「姫様…騎士である私が対処する事こそがこの状況を打破する絶対的な一手です」
姫様の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
ああ、本当に俺は幸せだ。
このお方の為に戦うことが出来るなんて。
「カロンっ!…何故…分かってくれませんの…」
「…申し訳ございません」
姫様を抱えて魔動車へ向かう。
姫様はいつも通り軽くて心配になるのだが今はそれどころでは無いだろう。
もう例の魔力反応はすぐそこまで来ているのだから。
「カロン!駄目ですわ!」
「後で懲罰でもなんでもお受けしますのでどうかご理解下さい」
魔動車のドアを開けて姫様をそっと乗せる。
「カロン!話を聞いてくださいまし!カロン!」
「え、ええぇ~!?何!?何があったの!?」
「おいカロン、どうしたんだ!?」
「運転はできますね?」
スタンの方を向いてそう尋ねるとスタンはあたふたしながら運転席に移動する。
「で、できる!できるけどぉ~…なにがどうなって
「では姫様を任せます」
魔動車のドアを閉める、ドアを閉める前に防護魔術で出口を塞いでいたので姫様の綺麗な指がドアに挟まってしまう心配は無い。
「----!---!?」
魔動車の中から姫様やドルティが何かを言っているが聞こえないので無視して魔動車に防護魔術を全力で行使する。
これだけの出力であれば何が何でも効果時間中は無事だろう、まぁ俺が死ねばその限りでは無いのだが。
ふと車内の姫様を目が合う。
姫様は涙を流していらっしゃった、大変心苦しいが仕方がない。
これさえ終われば全て丸く収まるのだから。
「…よし」
ラマルラの街に異様な魔力が降り注ぐ、これは攻撃では無いのだろう、きっと存在しているだけでこの魔力量…化け物め…。
街の住民たちもこの異常事態に気が付き始めているようで辺りから大勢の狂気じみた悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえてきている。
ふと魔力の発生源の方を見ると大量の魔力にあてられた子供が異形になっていた、まさに地獄だ。
「フッ!」
「ーーー!!??」
俺は魔動車を持ち上げる。
車内からはドルティの非難じみた声が聞こえるが諦めてもらうほか無い。
「オラアアアアッ!!!」
そして、本気で魔動車をぶん投げる。
綺麗な放物線…というかまっすぐ空に飛んで行った為まだ放物線は描いていないかも知れない。
だがこれなら2~3個の街は確実に飛び越えるだろう。
「フゥ…あとは…こいつだな」
後ろを見るとまるで陰が人の形をしているかのようなナニかがそこに2体居た。
「馬鹿な…貴女は…」
「………魔族ハ…皆殺シ…シナケレバ…」
そこにいるナニかは、霞んだ俺の記憶でも忘れることなく覚えている人の顔をしていた。
かつての同志、同期、仲間。
「…ヘルエス様」
「オ前モ…魔族…?」