133.…なんで…なんで君はいつも
姫様とその他諸々を乗せた魔導車に魔力を流し込む。
魔導車の魔導力エンジンは昨日より若干控えめな音を鳴らして起動した。
恐らく流れ込む魔力量が昨日より少なくなっているからだろう。
別段俺が弱体化したわけではなく、体の内側から溢れ出していた魔族の魔力が俺の身体に定着し始めているからだろう。
本来ならばこの型式はそこまで魔力を食わないので、一般人が使用する場合はもっと静かなエンジン音を鳴らす。
…そんな事より魔族の魔力が俺の身体に定着し始めてるという事の方が不味いのだが。
本当に…人間何が起こるかわからない物だな。
いや…俺はもう人間ですら無いのかも知らないのだが。
「それで、話して頂けませんの?」
姫様に声を掛けていただいた。
いや、掛けられてしまった。
いやまぁ…話したく無いわけでは無いといえばそうなのだが…少し気恥ずかしい。
あの出来事は正直事が上手く行きすぎていて自慢話のようになってしまうからだ。
「…わかりました。お話しします」
俺は昨日街に入った時に通った門へ車で向かいながら昔話を始めた。
「あれは、私が16歳でまだまだ弱い頃の話でした…
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「カロン!いつまで鍛錬しているのー!?そろそろ休憩しなさい」
いつも通り家の庭で一人鍛錬に励んでいると、声をかけられる。
「母様!もうすぐで切りが良いのでもう少しお待ち下さいー!」
窓から母様が顔を出して微笑む。
「わかったわ、でも朝食が冷めてしまう前に来なさいね」
「はい」
賢く慈悲深い母親に、仕事でいつも居ないがいざと言うときは必ず助けてくれる父上。
いつも思う事だが、本当に良い親を持ったと思う。
「よし、早く終わらせてしまおうか」
直剣をしっかりと握りこんで鍛錬を再開する。
この直剣は刃のついている真剣だ、もちろんしくじれば怪我をするし他人に怪我をさせてしまう。
だからこそ気が引き締まる。
父上は言っていた、気の抜けた鍛錬など意味は無いと。
俺はそんなことも無いんじゃないかと思ってしまったが、父上の真剣な目を見て反論は出てこなかった。
「はぁッ!」
魔力を乗せた直剣を横に振ると背の高い草の先端がぱらぱらと地面に落ちる。
雑草が生い茂っているので地面に落ちた草の切れ端は他の草に紛れて視界から無くなった。
「…」
目を瞑り、意識を草の生えた地面に向ける。
そして索敵魔術行使する。
「…みつけた」
すると草に埋もれた切れ端の位置を理解することが出来る。
次にこの切れ端達を魔力で浮かび上がらせる。
これがなかなか難しい。
標的が一つならば魔力を太くして持ち上げれば良いだけだけど、このように目標が多数の場合は細い魔力を沢山練り上げて持ち上げなければならないからだ。
もっというと、魔力が細いせいで持ち上げた草を落としてしまうのだ。
こんなの訓練どうこうっていうよりか、やらなくてもいいだろうと思ってしまっていたが今考えるとこれもきっと役に立つのだろう。
「…よし」
索敵魔術を止めて目を開く。
まだ太陽の位置は低く、俺の目線程に持ち上げられた切れ端が丁度逆光によりまぶしくて見にくい。
だが、分かる。
そこにあるのは、分かる。
「ここだッ!」
身体強化の魔術を行使し、高速で直剣を振るう。
「……よし」
一度切断された草の切れ端はさらに細かくなって地面の草に埋もれていった。
「これで丁度100回目だ。戻ろう」
息切れはしていない。
この程度でへばっていては父上に合わせる顔が無いからな。
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俺は少し冷めた朝食を胃に収め軽い運動をした後、約束を守るために広場に来ていた。
「やぁ、ソニ待たせたな」
「おはようカロン」
待ち合わせの広場には約束通り、俺の幼馴染であるソニ・ロキラが居た。
短く切りそろえた薄い赤髪にピンク色の瞳を持つ男…だ。
よく女と間違われると愚痴をよくこぼしているが、間違われる理由は若干わかる。
幼いからとはいえ整った顔立ちにこの華奢な身体。
女物の服を着て、女子だと言われれば信じてしまうだろう。
「ジオネはまだ来ていないのか?」
もう一人の幼馴染のジオネ・レイラが居ない事に気がついたのでソニに聞く。
「まだ来ては居ないね」
ジオネは似非男子のソニとは違い正真正銘女子だ。
肩あたりまで伸ばした金髪に金色の瞳が良く似合う可愛らしい女だ。
…あの大地の牙と呼ばれるゼニアス山脈のような凶悪な歯と乱暴な口調が無ければ…
「…心配だな、探してくる」
仮にも女の子なのだ、何かあってからでは不味い。
「カロン、別に探しに行かなくてもいいじゃないか。きっと少し寝坊しただけだよ」
ソニは俺の目を見ながらそう伝えてくる。
その可愛らしい顔が上目遣いをして俺の腕をつかんでくる姿にどきりと…しない。
こいつは正真正銘男だからな。
幼馴染である俺は知っているぞ、お前の男らしい所をな。
うん、幼馴染として誇らしい。
「…うーん、まぁ確かにそうかもしれないがジオネが寝坊した事なんて無いんだぞ?心配じゃないか」
「…カロン。僕実はもう時間が無いんだ。…それに、とても大切な事なんだ」
ソニは何やら焦っているみたいだ。
何をそんなに焦っているのだろうか?
「ソニ、お前今日はどうしたんだ?何をそんなに焦っているんだ」
ジオネを迎えに行った方が良いだろうという考えと、様子のおかしいソニをどうにかしてやりたいという考えに板挟みになりもどかしくて頭を搔く。
何やら切羽詰まっているのは分かるが、目の前の…少なくとも現状把握できているソニより、完全に連絡の無いジオネの方を優先した方が良い、という事で脳内会議に決着がついた所でソニが何か小さい声で言っていることに気が付いた。
「…なんで…なんで君はいつも僕のいう事を聞いてくれないんだい…?」
「…ソニ?どうしたんだお前。本当におかしいぞ?何かあったのか?俺で良ければ解決するのを手伝うぞ」
今俺の目の前にいるソニは本当に様子がおかしい。
何があったというのか。
「じゃあ、このままここで僕と一緒にいてよ」
「それは…ジオネを迎えにいってからじゃ遅いのか?」
ソニは俺をじっと見つめている。
深く澱んだ瞳で。