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騎士と狂姫は歩く  作者: 御味 九図男
第5章:死の縁
131/226

131.それはダメだよぉ騎士君


 姫様の素晴らしい説明が繰り広げられた。


 大戦の結果とこれまでの事を濁した説明はところどころに噓が入り混じっていて姫様の慎重さが伺える。


 やはり幼いころから演説などのレッスンを受けていらっしゃるのだろうか?今までの柔らかいながら芯のあるお話し方とは打って変わり、聞く人間の心を揺さぶり記憶に良く残るような独特のお話し方をなされた。



「魔族との大戦が行われる事は知っていましたが…そうですか…そのような結果に…」



 ボスと呼ばれていた女もとりあえず状況は理解したようだ。


 本当に理解しているかは不明なのだが。



「ええ」



 ボスと呼ばれていた女はなるほど、とつぶやいて頷いた。


 そして眠るサラマンダーの横を通る村人のように慎重な表情で口を開いた。



「でしたら…先ほどこちらの騎士が連行してしまった私の仲間達も連れていけばより安全に王国へたどり着けるかと…」



「必要ありませんわ。現状大人数を連れて行動速度を落とすのはあまり得策ではありませんもの」



 確かにこのボスと呼ばれていた女だけならば魔動車に乗れば良いが大人数となると全員は乗せられない為必然的に余った者たちは馬や馬車での移動となる。


 魔動車は基本的に魔力があれば走行できるが、馬は生き物なのでそうはいかない。


 一々馬を休ませるために立ち止まるようでは本当に行軍時と同じく時間が掛かってしまうだろう。


 行軍時は歩兵含む大群だった為、コストの高い魔動車を全員分用意するわけにもいかず馬車を用いた。


 結果は賢人会議での予測通り5か月も掛かってしまったのだ。


 ちなみに歩兵や俺含め前衛の騎士団は予測より早く到着する為必死に走ったのだが……まぁ流石賢人と呼ばれるだけはある、きっとそれすらも予測していたのだろう。



「………わかりました。ギルドのみんなにこの事を伝えてきます、明日の朝には先ほどの魔動車の前で待っています」


「別れを告げるのは良いけれど、あまり深い話はしてはいけない…という事は理解していますわね?」



ボスと呼ばれていた女は姫様の問いに頷き、答えた。



「はい。私もこの機会を無駄にするつもりはありません」


「ええ」



 姫様は柔らかく優しさすら感じられる声音で続けられる。



「期待しないで待っていますわ」



///////////////////////////////////////




「よろしかったのですか?」



 俺と姫様は宿屋に戻りスタンと合流した後、借りた部屋の一つに集まっていた。



「ええ、問題ありませんわ」



 姫様の答えを聞いて安心する。


 あの場でボスと呼ばれていた女を一度自由にしてしまうと不確定要素が絡んでしまうのではないかと思っていたのだが、姫様がそうおっしゃるのであれば問題は無いのだ。



「なんの話ですかぁ~?」



 いてほしい時に居なかった人物の問いに何とも言えない気持ちになるが、こればかりは仕方のない事なのでその事は気にせず返答する。



「あの後、ボスと呼ばれていた女…本当にグレーギルドのボスかは定かではありませんのでこの場では…ボス子と呼びますがよろしいですか?」



 一々ボスと呼ばれていた女、などと呼んでいては会話がしにくいので適当に命名する。



「へぇ?ボスコぉ~?まぁ良いと思うけど、それでその…ボスコと何があったのさぁ」



 スタンが怪訝な表情をしながら俺に問いかける…が、その問いには姫様がお答えしてくださった。



「同行者が増えますわ」


「んひッ…!ど、同行者が増えるってぇ~…つまりボスコがですかぁ?」



 スタンは一瞬で表情を硬くする。


 …恐らく俺に問いかけていたつもりが、突然姫様にお応えしていただいたので驚いただけなのだろう。


 その気持ちは若干分かる。


 俺も同僚と気軽に会話したつもりが、突然近くにいらっしゃった目上の方に返事をされると緩んだ気持ちが一気に締め上げられてぎょっとする。



「ええ」



 スタンはほへーとわざわざ口に出しながら考えるような仕草をした。



「仲間が増えるのはうれしいですねぇ~、協力者は多い方が良いですしぃ」



 どうやら素直に喜んでいる様子だ。


 このスタンという人間は案外単純かつ善人なのかもしれない。


 同行者が増えると聞いてうれしそうな表情をしている姿は策略やら裏切りやらの気難しい事情を知らない純粋な子供の様だった。


 もちろん、良い意味でだ。


 俺は…姫様が俺だけでは不安なのだと思ってしまい新しい仲間が増える事を素直に喜ぶことが出来ない。



「その通りですわ。動ける人間が増えればカロンがわたくしの傍を離れて動く事も少なくなりますもの」



 姫様は兜越しに俺の目を見てそう仰った。


 勿論、そのお言葉を素直にそのまま飲み込んでいいのかは分からない…だが、少なくとも俺を傍において下さるという事がとてもうれしく感じる。



「私としても同行者が増え、今までより姫様をお守りしやすくなるのは大変安心致します」



 だが一つ、気掛かりなことがある。


 それは俺の身体を蝕む大量の魔力だ。


 もし何らかの形で俺が他者にとって危険な存在になり果てたとしたら…一番お近くにいらっしゃる筈の姫様を俺の手によって危険に晒してしまうかもしれない。


 それだけは何としても避けなければいけない事だ。


 恐らく俺の"誓い"が正常に発動すれば俺の命が尽きようとも姫様をお守りする事はできるだろうが…何事も絶対とは言い切れない、もっと対策を練る必要があるだろう。


 どうすればいい…?どうすれば姫様を完全にお守りすることが出来る?


 "もしもの事"なんてあってはならない事なのだ、確実に…完全に、完璧にしなければならない。



「カロン…?」



 姫様に声を掛けられて想定の連続から意識を掬い上げられる。



「申し訳ございません。少し考え事をしておりました」



 はぁ…情けないものだ、こういう事は一人の時に考えれば良いものを…よりによって姫様の御前でしてしまうとはな。



「騎士君、なにか悩みがあるなら聞くよぉ~?」



 スタンは優しい微笑みを浮かべて俺にそう言った。


 確かにこういうことは皆で話し合って対策を取った方が良いのだろう。


 せっかくの好意だ、助言を頂くことにしよう。


 そうだな…もし俺が姫様を守れない状況に陥った時の対策法を聞いてみよう。



「実は…私が死んだ後どうすれば姫様を守れるかを考えていまして…」


「騎士君…それはぁ……」



 …


 沈黙が訪れてしまった。


 確かに若干重たい話ではあるかもしれない、だがこれは考えておかなければいけない事なのだ。


 妥協案など許されない。



「私は人間です、いつか必ず死にます。何が原因で死ぬかもわかりません、なので私が死んだ後の事も考えておくべきだと思うのです」



「そりゃ…そうなんだけどさぁ…」



 そう、そりゃそうなのである。


 俺は死んでもいいが、姫様にはこれ以上苦しむ事無く幸せに人生を全うして頂きたいのだ。


 こんなに素晴らしいお方が道半ばにして亡くなられるなど絶対に駄目だ。



「…私としては死霊魔術を私自身に行使して死亡後にもアンデットとして敵勢力を少しでも削る…という手段が良いと思っています。恐らく自我はほとんど失いますが、私は騎士ですので多少はアンデットと化しても戦えるでしょう。敵勢力を殲滅した場合は姫様の魔術でもう一度殺していただければ幸いです」



 "誓い"の事は話さずに、今思いついた方法を話す。


 本当は"誓い"についても話した方が良いのだろうが、"誓い"はあまり他人に話すようなことでは無いので止めておいた。



「それはダメだよぉ騎士君、アンデットになんかなっちゃったら天の国に行けなくなってしまうんだよぉ?」


「構いません。私がどうなろうと良いのです、今は姫様の安全だけを考えましょう」



 俺は本当にそう思っている。


 騎士にとっての一番は国では無い。


 自らが仕える主人なのだから。


 きっとカーンも同じだったはずだ。



「その案は無しですわ、アンデットになってしまったら生き返らせることが出来ないかも知れませんもの」



 いき…かえらせる?そ、そんな事できるのだろうか…?



「ささささりんさまぁ?な、なにをおっしゃってぇ…」



 スタンが酷く動揺している、勿論俺も動揺している。


 もし本当に死者の蘇生が可能ならば…それはもはや神と言える。



「もしカロンが倒れたら…必ず生き返らせて差し上げますわ」



 そう語る姫様の表情は恐ろしい程に美しい微笑みをいつも通り浮かべていらっしゃる。



「ええ、必ずですわ。"もしもの事"なんて…あってはなりませんのよ」

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