122. ----、---------
…しばらくあまり整備されていない道を運転し続けていると辺りにゆっくりと夜の闇が広がって来る。
ラマルラから出発してもうだいぶ経った。
車のライトを点灯して完全な夜に備える。
「…」
車内ミラーで後部座席を見ると姫様と目が合う。
姫様はニッと微笑まれると少しして外の景色に目を移された。
「騎士君、そろそろ運転変わるよぉ~」
…運転資格は…聞くまでもなく持っているのだろう。
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」
「はいよぉ~」
車をゆっくり止めてドアを開ける。
「降車します、注意して下さい」
姫様はサッと天井に手を添えられる。
「へ」
俺は降車する。
と、同時に車体が小さく跳ねる。
「グべッ!」
別に跳ねると言っても空中に舞うほどでは無い。
俺という重りから解放された車体はまるで押さえつけていた手を離したバネのように弾んだのだ。
「痛ッてぇ~…そういうことねぇ~…」
「申し訳ない…」
次にスタンが降車する。
…車体は少し揺れた程度でやはり跳ねるほどでは無かった。
「乗車します、ご注意下さい」
姫様はサッと先程までお飲みになられていたカップに蓋をされる。
「へ」
俺が片足を車内かけてに乗り込もうとするとガクッと車体が下がる。
「ごべぇっ…!」
そして俺とほぼ同時に車に乗ろうとしていたスタンの頭部に車体の天井が振り下ろされる。
重装鎧を装着した俺の体重が乗った一撃を食らったのだ…片足分とはいえさぞかし痛かっただろう。
「ぞういうごどねぇ…」
「申し訳ない…」
姫様のお飲み物はぱしゃんと音をたてるが、蓋をしてた為無事だったようだ。
「えぇ~と…アーレン製だったよね…」
スタンは車内のスイッチやペダルを一通り確認している。
実は魔動車は作成したギルドによってスイッチの配置や運転の方法が微妙に違う。
「おっけおっけ。これでも満点卒業だったから安心してねてていいよぉ~」
きっと俺に言っているのだろう。
「いえ、突然襲われたら危険ですので…」
「その時は起こすからぁ、少しでも休憩していいよぉ~」
…正直眠たかったので助かる。
「…ではお言葉に甘えて少し仮眠を取らせていただきますね」
「はいよぉ~」
あまり変わり映えのしない道を何時間も走っていた為少し眠たい。
すぐにでも眠ってしまいそうだ…
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『これは正義の戦いであるッ!!!この戦いに負ければ王国や家族が踏みにじられる事になるッ!!』
第二騎士団長ヘルエス様が飛翔魔術を行使し、空に舞い皆を鼓舞する。
『それだけは絶対に阻止しなければならないッ!!我々の命はッ!愛する国と家族の為にッ!今日!燃やし尽くすのだッ!!!』
その美しき声は魔術によって拡張され王国軍全体に聞こえているのだろう。
『だが恐れるなッ!皆の命は燃え尽きようともその灰は王国の栄養となり、未来という果実をもたらすのだッ!!!』
開戦が近づいている。
王国軍の最前列に位置する我々第三騎士団からほんの少し離れたところにいる魔族たちがあざ笑っている。
恐怖は…無い。
強いていうのならば…この度の戦に参戦されている姫様に何かあったらと思うと…恐ろしい。
『その果実は王国と我々の家族に豊かな生活を約束してくれるだろうッ!!』
ヘルエス様が皆を鼓舞している間、魔族たちは一向に襲ってくる様子がない。
…そもそもこの戦に応じている時点で優秀な統率力を持つ個体がいると考えられる。
ただでさえ強力な魔族に策が加わればそれはもう脅威以外の何物でもない。
『今一度言う、この戦いは正義の戦いであるッ!!国の為!家族の為!そして未来の
ボンッ
「なっ…!」
攻撃してきた!?
ヘルエス様は…!
『クッ…やはり獣か。総員突撃ッ!!!!』
…防護魔術でとっさに防いだようだ。
『第三騎士団!前進!!』
先程とは違い別人の声が聞こえる。
そしてその声にあわせて俺も前進する。
勿論魔族もだ。
「全力を尽くそう」
右隣に並んでいるエルミに声を掛ける。
こいつは俺の同期で長年様々な戦場を生き残って来た友だ。
「ああ!勿論だッ!」
まもなく最前列の魔族と衝突するという時に魔術で拡大された声が聞こえる。
『第三騎士団防護魔術用意!!』
「「防護魔術用意ッ!!!」」
第三騎士団の皆と声を合わせて叫び、防護魔術を多重展開する。
一度写真で見たことがあるが、傍から見るとまるで城壁の様であった。
…来るぞ。
『ッ!?総員退避ィィィーーー!!!!』
「なんだッ!?」
「伏せろ!!」
エルミに背中を押されて地に伏せる。
それとほぼ同時に地面から影が一瞬消え去る。
"背後から"凄まじい爆音が聞こえる。
あまりにも爆発音が大きく耳が痛い。
「----!!--!?」
耳鳴りが酷く音がうまく聞こえない。
耳は聞こえないが目は見える。
すぐに起き上がるともう魔族が目の前に居り、見るからに危険そうなかぎ爪を振りかぶって来きていた。
「ッ!!」
重装鎧に魔力を巡らせ、高速で直剣を振る。
するとまぬけな顔をした魔族の頭が吹き飛ぶ。
そしてとっさに隣を見るとエルミが盾で魔族を叩き潰している。
「----、---------」
よかった、まだ生きていたか…と俺は言った。
「ッ!--!」
エルミが右肩辺りを抑えて何かを言っている。
少しずつ耳鳴りは収まって来たものの、まだ完治はしていない。
エルミの右肩を見ると、肩のあたりからごっそりと右腕が無くなっていた。
「------!」
後方へさがれ、と俺は言って俺たちに迫る魔族たちを切り捨てる。
前線にいる魔族はまだ弱いようでまだ簡単に殺せる。
「-まない…!」
少しづつ音が聞こえるようになってきた。
エルミはそれだけ言うと後方へ退避した。
早く治療しなければ失血死してしまうだろう。
「ハァッ!!」
エルミを追いかけようとしていた魔族を切り殺して振り返る。
エルミが無事後方に下がれるか心配だったからだ。
「…馬鹿な」
…俺が振り返って目に見えたのは俺達重装騎士に続いて突撃する一般兵団と後退するエルミの姿ではなく…
絶望的なまでに広がる一般兵団の死骸郡とその中を走るエルミの姿だった。
「あの一撃で…全滅したのか…?」
後方には生き残っている騎士達が見えるが、そこまで力のない一般兵団は一人も立っていなかった。
「危ねぇ!ボサっとするな!」
「グッ…!すいません、ありがとうございます」
魔族側に振り向くと槍をもった魔族が切りつけられて地面に倒れるところが目に入った。
どうやら左隣にいた重装騎士がカバーしてくれていたようだ。
「フッ!ハァッ!!」
どんどん押し寄せてくる魔族を流れるように切り殺していく。
様々な魔術が飛んでくるがほとんどが防護魔術に阻まれている、たまに直撃しても全く問題は無い。
殺しながら前線を歩み続けていると少しづつ強い魔族が参戦し始めたのか前線が崩壊し始めてきた。
魔族は強い。
故に魔族が現れた時は数人がかりで対処するのが基本だ。
その為前線から漏れ出した魔族は後方に控えている身軽な騎士達で囲んで対処している。
ではなぜ前線の重装騎士はそうしないのかと問われれば答えは一つだ。
重装騎士は強いから。
それだけだ、移動力こそ低いが戦場では味方を守る盾として重要な駒なのだ。
「グッ…よくもまぁこれだけの魔族を動員したものだ」
魔族の大剣を盾で受け止め、その大剣をへし折って切り殺しながらつぶやく。
魔族は本来群れないはずだ…やはり統率者の影響なのだろうか。
「そうだろう?あのお方は素晴らしいんだ…」
俺の目の前にいる人型で角の生えた魔族が話しかけてくる。
「そうか、是非殺しておきたい。どこにいるんだ?」
「フッふっ!教えるわけないだろう?おい、こいつは俺が殺るから手を出すなよ」
角の魔族がそういうと俺の目の前にいた数体の魔族は別の騎士に元へと行った。
「死ね」
重装鎧に魔力を巡らせて迅速に組み伏せる。
そしてそのままの勢いで頭を握り潰そうとする。
「まてまてまて!!不意打ちは卑怯だろう!」
角の魔族は頭を潰されまいと防護魔術で俺の腕をせき止める。
「何を言っているんだ?ここは戦場だぞ?」
防護魔術で生成された魔力の盾を無理やり顔に押し付けて頭を潰した。
少しの間ビクビクと蠢いていたがすぐに動かなくなった。
「さぁ、次だ」
立ち上がると周りの魔族は恐れをなしたように後ずさる。
まるで人間の様じゃないか、畜生風情が。
「逃げても無駄だ、お前たちは今日全員死ぬんだよ」
目の前に居る魔族に拘束魔術を行使して捕まえる。
魔族は必死に魔力の鎖から脱出しようとするが、魔族が鎖から抜け出す前に俺が手前まで引き寄せて顔面を殴打してなぶり殺しにする。
…ふと大きな音が聞こえたのでそちらに振り向くと…少し遠いところで巨木のような魔族が重装騎士を薙ぎ払っているのが見える。
「あれは…」
加勢したいが俺がここを離れれば前線に穴が開いてしまう。
味方を心配する気持ちをグッと抑えて目の前の魔族を殺す事に集中する。
『第一魔術団遠距離攻撃魔術用意!!』
ここにきてやっと遠距離魔術か、ここまで遅れたのは恐らく先程の一撃によって部隊の再編制が必要になったからだろう。
なんにしろこれで魔族はだいぶ数を減らす事になるだろう。
俺のすぐ後ろにいる騎士達からも安堵の声がふつふつと聞こえる。
「…」
魔族はまだ多く残っているがこちらは数で優っている。
それに一般兵団は残念だが騎士団と魔術団はまだ健在だ。
そして、目の前の魔族を意気揚々と切り殺したとき。
それは起こった。
【女騎士団長ノ公開処刑ダァァァァ!!!】
耳を疑った。
すぐに上空を見渡すが、一際目立つヘルエス様の鎧姿が見当たらない。
まもなくして上空に魔力に形成されているであろう映像が流れる。
そこには本当にヘルエス様が映っていた。
「団長ッ…!」
背後から男の声がする。
その男は第二騎士団所属である事が鎧から分かる。
そしてその映像をみて騎士団・魔術団共々に動揺が走る。
ヘルエス様は両手両足を引きちぎられていた。
怒りが湧いてくる。
「…」
【オイ!オ前達!コイツデ遊ンデイイゾ!!処刑ハ最後ノオタノシミダ!!】
魔族がヘルエス様に群がる。
そしてその魔族たちはヘルエス様を犯しはじめた。
一部の魔族は剣や槍等でヘルエス様を滅多刺しにしている。
…まるで無邪気な子どものように。
【だっ助けてくれッ!誰かぁ…ぐぇっ…助けて…】
ヘルエス様の鎧は自己再生に長けており簡単に死なない事を知っているのだろう。
…惨い。
こんなもの許せるわけがない。
気がつくと、いつの間にか目の前で大鎌を振りかぶっている魔族がいる。
「殺してやる…」
魔力の熱を放出する魔術を魔族の顔面に発射する。
その魔術は一筋の光の線になって後ろにいた他の魔族ごと焼ききれる。
ジジ…
…怒りで魔力を制御できない。
「団長…今行きます」
後ろにいた第二騎士団の男がそう言った。
重装騎士による前線は既に動揺で崩壊しかけている。
きっと俺が居てもいなくてももはや混戦になるだろう。
…ならば。
「私も行こう」
第二騎士団の男はこちらを見る。
「助かる」
第二騎士団の男はクレイモアを構える。
「私は第三騎士団のカロン・ヴァンヒートだ、貴方は?」
「第二騎士団、リコ・クリサンセマム」