120.夜景を見ていましたの
「う~んおいしいぃ!ゆでた身体にお酒がしみるねぇええ~!!」
スタンの体調が少し良くなったところで夜の宴が始まった。
「あまり飲み過ぎない方がよろしいかと…」
深夜の定期的に死にかけるスタンを思い出して思わず忠告してしまう。
「カロン、優勝おめでとうですわ」
姫様が俺の杯に酒を注いでくださる。
なんと光栄なことだろうか。
「有りがたき幸せでございます」
俺もお返しに姫様の杯に酒を注ぐ。
「ありがとうですわ」
姫様は静かに酒を飲まれる。
その美しいしぐさは見ていて本当に飽きない。
「…」
もちろんじっと見つめ続けるのは失礼だと心得ているので定期的に視線を外す。
…重装鎧越しだとしても姫様とはよく目が合ってしまうからである。
「あれもおいしいこれもおいしい。つい先日までは毎日時短のために石みたいな携帯食料ばっかり食べていたからねぇ~」
スタンが言う携帯食料は王国の中でもかなり評判が悪いものであることを思い出す。
携帯食料F…戦時中にそれが配られることを知った兵士はわざと負傷して後方の病院に粥を食べに行く…という噂話があるほどだ。
まぁ…実際に起こって問題になった事なのだが。
その気持ちもわかる…事実恐ろしいほどに硬くてまずいのだ。
俺達騎士ならば容易に噛み砕けるが一般の兵士にはまず難しいだろう。
なめるようにふやかして食べるのが一般的という時点でおかしいことに気がつかないのだろうか?
俺ですら初めてFが配られたときは直剣で叩き割って小さくしてから食べた。
逆にFが優秀なところは何十年たとうが腐らないし栄養価が下がらない…という点だけだ。
「よくそんなにFばかり食べて無事でいられますね…」
「栄養価高いしねぇ~というか私は普通に軟化魔術を行使してから食べてるよぉ」
軟化魔術!?その魔術は外殻の硬いモンスターに行使するものではないか!
そこまでしてFを食べるのか…狂っているのではないか…?
「なんですの?その…F?というのは」
「姫様、絶対に食べてはいけませんよ。もしそれを食べるように言われたらその愚者を張り倒して下さい」
姫様には絶対あんなもの食べるような窮地に陥らないで頂きたいところだ。
もしそれで歯がかけたりしてしまったらどう責任を取るのか。
「でも軟化魔術行使すれば…」
「そこまでしないと食べられない時点で異常なんです」
「かわいそうなF…」
スタンが何か言っているがこれは譲りたくない。
「カロンがそこまで言うのなら気を付ける事にしますわ」
「はい。本当にお願いします」
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「ギャヒぃ…騎士君が2人に見える…」
夕食を全て平らげても酒は飲む。
姫様と酒を飲めるなんて本当に光栄な事なのだ、この出来事は生涯俺の記憶に残り続けるだろう。
「大丈夫ですか?」
案の定スタンは酒を飲み過ぎたのか昨日と同じく寝落ちしそうになっていた。
「今日は大丈夫ッ!耐えるッ!」
本当に大丈夫なのだろうか?唐突に絶命するのだけは止めてほしいものだ。
「カロン、あまり介護ばかりしていても楽しく無いでしょう?ほっとけば良いのですわ」
「しかし…」
「何かあっても自己責任ですわ。どうせ困ったら誰かが助けてくれるとか甘い考えを持っているのでしょう」
姫様は変わらず微笑んだままだ。
…若干疎ましそうにしていらっしゃるが。
「まぁ…寝たら静かになりますよ、きっと」
「…その…わたくしがカロンと二人で静かに過ごしたいって…言ったら…」
…!?心臓が爆発するかと思った。
俺には分かる…!表情が全く変わらないのに確実に照れていらっしゃる。
な、なんと可愛らしいお方なんだ…
「ギャッ……」
スタンの首に強めの手刀を入れて強制的に眠りにつかせる。
姫様のお願いならば断わる理由は無いのだ。
許せ、スタン。
「寝室に運んできます」
「え、ええ…そうね。待っていますわ」
スタンを抱き上げ寝室へ行く。
ベットは綺麗に整えられ得ておりシーツも新しいものに変わっている。
「むにゃんむにゃん…」
何やらぶつぶつ言っているが無視して寝かせる。
あとは突然窒息死とかしない事を祈っておこう。
スタンをベットに寝かせて姫様の元へ戻る。
姫様はすっかり暗くなった窓の外を見つめていた。
「いかがされましたか?」
「…夜景を見ていましたの」
姫様の言葉を聞き、俺も少し窓の外をのぞいてみる。
窓の外には深く遠い闇が広がっているが、ラマルラの街はきらびやかに煌めいており大変美しい。
「美しいですね」
「ええ」
姫様は静かに酒を口にされる。
本当にいつまでも見ていられる…
こうして姫様と同じ時間を過ごす事が出来てとても嬉しい。
俺の努力は無駄ではなかった。
「…カロン?」
「ッ…!すみません…あまりジロジロと顔を見るのは失礼ですね」
姫様はきょとんとした表情になられる。
そしてニッと微笑む。
「わたくしだったら好きなだけ見て良くってよ」
…それは…暗に他の人間はあまり見るなと言っていらっしゃるのだろうか?
姫様は意外と嫉妬深いのかもしれない。
…そもそもその言葉自体にそこまで深い意味は無いのかもしれないが。
「ご容赦ありがとうございます」
姫様と目が合う。
俺は重装鎧を装着しているのに兜越しに目が合うのはなんだか不思議な感覚だ。
「カロンは本当にお酒に強いですわね。一度酔っている所を見てみたいですわね」
酒に強い、か。
確かに俺は酒に強いようであまり泥酔したことはない。
本当にたまに幼馴染と酒を飲むと毎回大変なことになるが…
「酔ってもあまり変わりませんが…姫様がお望みならば善処致します」
「それは楽しみですわね」
割って飲んでいた酒をそのまま呑もう。
二日酔いはしたことが無いので大丈夫だろう。
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「…………………」
結構飲んだな…
テーブルには大量のビンが並んでおり自分が大量に酒を飲んだ副産物だ。
「カロンは本当にお酒に強いですわね…」
姫様は寄りかかるようにして座っていらっしゃる。
頬に朱が入っており柔らかな表情を隠す様子もない。
「姫様も相当お強いですよ」
実際割って飲まれているものの、相当飲んでいる事に違いはない。
昨日と違い話があまりナイーヴな話題になっていないところを顧みるとやはり多少は信用してもらえている気がする。
「膝を借りてもよろしくて?」
「少々お待ちください……よし、どうぞお使いください」
膝に毛布を掛けておく、さもないと重装鎧が身体に当たって居心地が悪いだろうと思ったからだ。
「こうしていると…落ち着きますわ…」
姫様は膝…というか股の間にすっぽりと収まってしまわれた。
こうしていると反射的に抱きしめたくなってしまう。
酔っているからだろうか?
「ねぇカロン、抱きしめて…貰えないかしら」
「…承知いたしました」
姫様を後ろから抱きしめる。
俺は力が強いし酔っているから慎重に…包み込むように。
「もっと強く、わたくしが身動き取れないくらい強く」
「…これでよろしいですか」
姫様のご要望通り強く抱きしめる。
姫様の身体に跡がついてしまわないか心配だが、こうしている内は姫様を失わない気がして安心できる。
「んっ…しばらくこうして頂けないかしら…」
「姫様がお望みになられるのなら、いつまでも」