106.んっうん…毒味したからさぁ
「おかえりなさい」
「騎士君、もうご飯のじかんだよぉ!」
風呂から上がり重装鎧を再び装着し部屋に戻ると既にスタッフが夕食を並べ始めていた。
「お待たせしました」
食卓には色とりどりの料理が並べられており、特に肉料理が多い。
俺も何か手伝おうと思ったが、スタッフが手早く準備しているので逆に邪魔になりそうだ。
「ああ、どうぞお気になさらず席でくつろいでおいて下さい」
「…そうさせて頂きます」
そうこうしている内にもう食卓には大量の料理がズラッと並んでいる。
どれもこれも旨そうだ。
「それではごゆっくり」
スタッフが素早く丁寧に退出する。
あのスタッフは元軽装騎士だったりしないだろうか…
「ちなみに毒の心配は要らないよぉ〜さっきつまみぃぃ……んっうん…毒味したからさぁ」
「そうですか、では夕食を頂きましょう」
つまみ食い云々はスルーしておこう。
「姫様、お酒はいかがですか?」
姫様は現在16歳のはずなのでお酒は飲める。
だが、もしかするとあまりお好きではないかもしれないので一応聞いておくのだ。
「いただきますわ」
「承知いたしました。お注ぎ致します」
姫様の杯に酒をお注ぎする。
「ありがとう」
次に姫様のご友人ことスタンにもお酒をお注ぎしようとする。
「あー。ワタシは自分で注ぐからいいよぉ」
「承知いたしました」
それを言うとスタンは自分の杯に酒をドバドバと注いだ。
…二日酔いとか大丈夫なのだろうか?
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「ギャヒー!!!」
「あまり騒がれない方がよろしいかと…」
スタンは悪酔いしていた。
「大丈夫ダイジョーブぅ!ギャヒヒヒ!」
「ふふっ、可笑しいですわ」
それをご覧になられて姫様が可愛らしく微笑まれる。
「アアッ!サリン様が笑顔に…!生きてて良かったねぇ~!!」
さらに微笑む姫様を見て泣き始めるスタン。
…なんだこの状況は。
「ううっ…!ううううぅ…ヴォエェッ!ぎぼじばるい…」
「だ、大丈夫ですか!?」
突然顔色が悪くなったスタンの背中をあわててさする。
「ヴん…大丈夫…寝たらなおるぅ…」
本気で気持ち悪そうだ。
自業自得だが放っておくわけにもいかないので寝室へ連れていく。
「姫様、私が寝室まで運びますので少々お待ちください」
スタンを抱えて寝室へ行きベットに寝かせる。
「ありがどう…うっ…」
「はぁ…ゆっくり休んでください」
寝室から姫様の元へ戻る途中で既にいびきが聞こえ始めたのでとりあえずは大丈夫だろう。
「姫様、お待たせしました」
「介抱お疲れ様ですわ」
姫様の前の席に座る。
「…姫様は…中々お酒にお強いのですね」
姫様はスタン程ではないが普通にお酒をお飲みになられている。
それでも顔色は一切変わっておらず、酔っている様子がない。
「そうみたいですわ。16歳の誕生日パーティーでも結構飲んだけれどあまり酔いませんでしたの」
どうやら姫様は相当お酒に強いらしい。
でもパーティーで一人だけ酔えないというのは少し寂しい気もする。
「…そうだったのですね…それでは今日は姫様が満足なされるまで酒に付き合いますよ」
姫様は少し穏やかな表情になられる。
「ありがとう…でもカロンも無理をしないでね?」
「はい。姫様もご気分が悪くなられましたらお知らせくださいね」
俺は姫様の杯に酒を注いだ。
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「カロン…なんだかふわふわしますわ…」
…あれから3時間は酒を飲み続けている。
姫様は本当に酒にお強いようでやっとほろ酔い…といった様子だ。
「酔い始めるとそのような感覚になりますので恐らく酔ってきていらっしゃるのだと思いますよ」
姫様はぼーっとしていらっしゃるが顔色はいまだに変わっていない。
「ふふっなんだかおもしろいですわね」
俺はまだ全く酔っていないが姫様が楽しそうでなによりだ。
そもそも俺は酔う前に酒で腹がいっぱいになってしまうのでほとんど酔えたことがない。
「まだお飲みになられますか?」
「ええ、もちろんですわ」
自らの杯に酒を注ごうとすると、姫様に止められる。
「今度はわたくしがカロンの杯に注ぎますわ」
「ありがたき幸せにございます」
本当は申し訳ないので自分で注ごうと思ったが、それを言うと雰囲気が台無しになる気がして止めることはできなかった。
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…流石に俺も少し酔ってきた。
非常に美しい姫様と共に酒を呑んでいるからであろうか?
「カロン…」
姫様はトロンとした瞳で俺を見つめられる。
「わたくしを…殺すのなら今ですわよ」
…なにを…いっていらっしゃるのか。
「貴方も、カーンや元近衛騎士達のようにわたくしを裏切るのなら…」
姫様の瞳にはほんの少し涙が見える。
「せめてわたくしが夢現のうちに…」
…酔っておられるからなのか…それとも……本心なのか。
俺も今は酔っていて頭が回らないが答えは元より一つだ。
「姫様、無礼をお許しください」
俺は立ち上がり姫様の目の前へと進む。
「…っ」
姫様は少し後ろに後ずさる。
…残念だがこれは俺が信用されていない証拠なのだろう。
きっと姫様は本当の意味では誰も信用できていないのだろう。
ならば…俺のやるべきことはやはり一つだ。
「あっ…」
正面から酔っている姫様を抱きしめる。
「何度でも言いますが姫様、私は決して貴女を裏切りません」
「カロン…」
姫様は抵抗しない。
「もし…私を信じることが出来ないのでしたら…」
「…」
「私を今ここで殺してください」
姫様は賢いお方だ、きっと俺がいなくとも王国には帰ることが出来る。
むしろいつ裏切るかわからない存在を手元に残しておく方が気が気でないだろう。
ならば…姫様の足手まといになるくらいなら…ここで死んだ方がマシだ。
「で、できませんわ」
「私は姫様になら殺されても構いません」
「…わたくしは……」
姫様は…瞳に涙を溜めて俺に何かを伝えたそうにしてらっしゃる。
なんとも…愛おしい。
「たとえ…神の意に反することになろうとも…私は裏切りません…」
この言葉は本心だ。
「…」
姫様は腕の中で沈黙なされる。
「…ごめんなさい、カロン…貴方を試すような真似をして……貴方は本当に誠実ですわね」
小さく、少し震えた声で話される。
そして初めて姫様と出会った時からずっと俺の近くにあった魔力の気配が消え去った。
「それで姫様が安心できるのなら、何度でも」
俺は姫様の背中を優しく撫でる。
「白状しますわ……わたくしは貴方を勝手に試していましたの…」
こういった話をして下さるという事は…合格だったのだろうか?
だとしたら、うれしい限りだ。
「隙を…わざと作って…その隙を突いて殺しに来るか…」
…なるほど、だから今日はあそこまで大胆であったのか。
「でも…貴方は私が隙を作れば作るほど、それの隙を埋めようとしてくださったの」
「…」
「いままでは貴方のような者は一人としていませんでしたわ…お父様や姉、妹も私が弱みを見せるとつけこもうとするのですもの…」
「姫様…」
…なんと声をかければよいのか思いつかない。
やはり酔いが邪魔しているのだろうか?
「本当に初めてですわ…わたくしをここまで大切にしてくださる方は…」
「…騎士ですから」
「…いいえ、他の騎士は貴方のようにわたくしを大切にはしてくれませんわ」
俺はその言葉に言い返せるほど他の騎士を観察してはいなかった。
…良くも悪くも俺は自分の信じる騎士道を突き進んできてしまったからだ。
「とにかく…ありがとう。その…誰かを信用するのは…人生で初めてだから…どうすれば良いか…」
人生で初めて…か、その人生はいったいどれほどの苦難に満ちていたのだろうか?常にだれかに狙われる恐怖、自分ではどうしようもないときに助けてくれる者がいない孤独…どちらも俺にはわからない事だ。
「…きっとその問いに答えはありません、姫様はするべきだと思った事をなさってください。…それがどんなことだろうと私は姫様を裏切ることは無いのですから」
「そういうものですの?…じゃあ当分は…貴方に嫌われないように努力いたしますわ」
…いや。
それはまた違うのでは…?俺は何であろうと姫様を裏切りはしないのだが…
「ひ…姫様?」
「他のいつでもできる事と、いままでの人生でたった一人わたくしを大切にして下さるお方…どっちが大切かなんて考えるまでもなくってよ?」
………なにも言い返せない!
確かにそれを聞けばその通りに思うが、姫様は姫様なのであってやるべき事の重大さが違って…いやでもそれは姫様個人の価値観によって変わるし…そもそも俺はただの騎士なので口を出せる立場ではない…
「承知…いたしました」
姫様はニッとほほ笑む。
その笑みは今までの笑みとは違い、本当にうれしそうな微笑みだ。
「(カロン…貴方だけは何があろうと死なせはしませんわ…絶対に」
とても小さな声で姫様が何かを言ったような気がしたが、よく聞き取れなかった。
「(他の騎士やスタンを殺してでも…絶対に」