105.いーや…確かに悲しいけどさ
その後俺は姫様を部屋まで無事送り届け、一人で大浴場へ足を運んでいた。
「……はぁ…」
久々に重装鎧を外して湯に浸かる。
重装鎧はしっかりと鍵付きのロッカーに押し込んでいる為安心である。
…ちなみに重装鎧が大きすぎて一つのロッカーに入りきらなかったので4つのロッカーに分けて収納した。
「傷にしみるな…」
先程シャワーを浴びた時も痛かったが湯に浸かっている今はもっと痛い。
だがそんな痛みもしばらくすればなれる。
ある魔族にズタズタに切り刻まれた体を見るとなぜ生きているのか少し不思議に思うが、きっと運が良かったのだろう。
「……あの魔族たしか……ばる…バルコス…とか名乗っていたか…?」
バルコス…大戦時に仲間の重装騎士達をほぼ全員殺した魔族だ。
あいつが装備していた魔剣はどうやら盾や鎧を無視して肉体を切る事ができる代物らしく、もし一番初めに襲われていれば対処できずに俺も殺されていたかもしれない。
…仲間の重装騎士がその命をもってソレを教えてくれたおかげで勝つことが出来た。
「……」
心の中で死んでいった仲間たちを思う。
本当に地獄のような戦いだった…
とくに第二騎士団長ヘルエス様の最後は悲惨であった。
飛翔魔術に長けていた彼女は率先して前線に立ち魔族を殺していたが…敵の幹部に拘束され見せしめに戦場で犯されながら複数の魔族に槍で全身を何度も刺されて最後には…惨い死に方をした。
俺は第二騎士団生き残りのリコという男と救出に向かったが…ダメだった。
「……クソ…」
「めっちゃぶつぶつ言ってどうしたお兄さん~?」
背後から女性の声が聞こえる。
「……!?…そうか、そういえばここは混浴だったか」
振り向くといつぞやの活発な印象を与える金級冒険者だった。
「??変なお兄さんだなー」
…お兄さん…?前は俺の事をおっさん呼ばわりしていたと思うが…
「うーわ…全身傷だらけじゃん…顔も…傷が無ければかっこいいのに」
金級冒険者は俺の隣に座る。
勿論俺も彼女も湯着を着用している。
「たしか貴女は…ネイラさん…で合っていますよね?」
…ネイラさん?はこちらを見て驚いた表情のまま固まる。
「その声…昼間のおっさん!?」
この反応…ネイラさんで間違いないようだ。
「…まだ26ですが」
そう、俺はまだ26歳である。
おっさんと呼ばれる筋合いは…ない。
「その声でネイラより6歳年上なだけ!?声渋いねーお兄さん、30代後半だとおもってたよ~!」
「ネイラさんこそまだ20歳だったんですね。見た目で勝手に16くらいだと思っていました」
ネイラさんは全く赤面はしていないが恥ずかしそうな身振りをする。
「お兄さんお世辞上手いね~!!」
世辞ではない…本当に若い娘くらいに見えるのだ。
「というかさ!お兄さん体中ムキムキで傷だらけ!スゲーじゃん!?普段どんな生活してんの!?」
ムキムキか…俺が所属している第三騎士団の団長をみたら相当驚くだろう、なにしろ団長は筋肉の化身のような姿だからな。
「私は重装騎士なのでこれぐらいだと平均的ですよ」
騎士、と聞いた瞬間ネイラさんの様子が一変した。
「ききき、騎士ッ~~!?それ本当!?ヘルエス様と知り合い!?」
………これはまた……気の毒だが……嘘をつくわけにもいかない。
「……第二騎士団長ヘルエス様は…大戦時、勇敢に戦い…最後は壮絶な戦死を遂げました」
一瞬で空気が重くなる。
風呂の端でほうけている爺がうらやましくなるほどに。
「え…?…そんな…うそでしょ…師匠…」
師匠…か、もしかしてネイラさんはかつてヘルエス様の教え子だったのだろうか?
だとしたらこの若さで金級冒険者だというのもうなずける。
かつてヘルエス様も金級冒険者だったのだから。
「残念ながら…事実です。ネイラさんの大切な師匠を救えなかった私を恨んで下さい」
俺達がヘルエス様を救えなかったのも事実だ。
残された者がやるせない気持ちになるのも十分にわかる。
…一発くらいは殴られても構わない。
「いーや…確かに悲しいけどさ、お兄さんを恨むのは…違うでしょ?…むしろ師匠を助けようとしてくれてありがとう」
…そうか、流石ヘルエス様の教え子で金級冒険者だ。
善良な心を持っている。
「……私にお礼を言われる資格はありません、お気になさらないでください」
ネイラさんはしょんぼりとした様子で膝を抱えた。
「ねぇ…お兄さんが生き残ったって事はさ…大戦には勝ったの?」
もしかすると逃げて生きている魔族が居るかもしれないが…
「はい。大戦に参戦していた魔族は全滅しました」
ネイラさんはパッと表情が明るくなる。
「勝ったんだ!それなら師匠も満足して神様の元へ行ったと思うよ!師匠は王国を大切にしていたから」
「(…ネイラよりもね……」
ネイラさんが何か小さくつぶやいたが、良く聞こえなかった。
…しかしここで問い詰めるのはやめておこう、人には触れないで欲しい事があるものだ。
「…ヘルエス様の死には…国王様も悲しまれるでしょう」
いと尊いお方、パナシア・シャンカ・バルトルウス・センス様はヘルエス様をとても評価していらっしゃった。
ヘルエス様が戦死なされたことを知った国王様が悲しまれる姿を想像するだけでも…辛い。
「ねぇ、もしお兄さんが良かったらさ。ネイラと模擬戦してくれない?」
「…申し訳ございません。私闘は基本的に禁じられておりますので…」
こればかりはどうしようもない。
殴られるのは良いが、騎士として正当な理由が無いのに国民を傷つけるわけにはいかない。
「だよねー。師匠も初めそういってたわ、…じゃあさ、明日開催される闘技大会に出ない?」
闘技大会…か、それならば問題無いはずだが…
そんな事より資金調達をしなければ…いや…良い順位にくいこめば賞金が出るはず…それならば下手な事に手を出すよりも稼げるのでは無いか?
「………………わかりました」
ネイラさんは急に立ちあがり、ガッツポーズをする。
「よし来た!じゃあ絶対にネイラと戦うまで負けないでね!?」
「はい。これでも騎士ですから…そう簡単に負けるほど弱くはありませんよ」
ネイラさんは何かを思い出すように少し陰のある表情を見せるが、すぐに笑顔になった。
「そうときまれば!明日の為にいまからでも軽く運動しよーかな!」
それだけ言うとネイラさんは湯から荒々しく上がる。
「んじゃまた明日闘技大会で!!」
「はい、また明日」
ネイラさんは脱衣所に走り去っていった。
「闘技大会か…」
目立ち過ぎればきっと姫様にも迷惑がかかるだろうから…わざと負けて2位か3位になろう、それでも十分な賞金は手に入るはずだ。
「……」
ネイラさんの過去にけりをつけるのも大切だと思うが…
今の俺は姫様を無事に王国まで送り届けなければならないのだ、こんなところで目立ちすぎるわけにはいかない。
…それに、多分…俺に勝てばきっとネイラさんも満足するだろう。
「……王国に栄光あれ」
すべては王国…そして姫様の為に。