104.湯に浸かる前に
…どうしてこうなった?
「湯に浸かる前にシャワーで身体を洗う…というのは全身洗浄魔術が無かった頃からの習慣らしいですわ」
そう言って姫様はシャワーを気持ちよさそうに浴びている。
濡れて身体に張り付いた金髪がまた何ともお美しい。
「…」
いや…流石に風呂場まで護衛というのは不味くないだろうか?
脱衣所まで…というのも十分に不味いのだが。
「カロン…?」
姫様は目を閉じてシャワーを浴びたまま不安そうな表情で俺を呼んでいる。
「ここにおります」
「ああ…良かった。居なくなってしまったのかと思いましたわ」
姫様を不安にさせてしまったようだ。
気を付けなければ…
「しっかりと見張っておりますので心配せずとも大丈夫ですよ、ご安心下さい」
姫様は掛けておいたタオルを手に取り顔を拭われる。
…ん?…もしかして姫様は化粧をしていらっしゃらなかったのか!?
化粧をせずにあの美しさだったのか…
「…不思議ですわね、貴方に大丈夫だと言われると本当に大丈夫な気がしてきますわ」
俺も少しは姫様に信用して頂けている…という事で良いのだろうか?もしそうならば嬉しい限りだ。
姫様は身体をタオルで隠して歩かれる。
そして石造りの浴槽に腰掛け、つま先からゆっくりと湯に入られた。
「…貸し切り風呂でもここまで広いものなのですわね」
姫様は湯から出ずに俺の方へ来られる。
美しい姫様が湯の中からこちらを見つめる姿はまるで物語の人魚姫のようだ。
長い黄金のまつ毛が水にぬれてきらきらときらめいていて本当に美しい。
「どうかなさいましたか?」
俺も姫様の近くに寄り、片膝をついてなるべく目線を近くする。
「いえ…なんでもありませんわ」
姫様は石造りの浴槽のふちにもたれて夜景を見つめられる。
しんなりとした金髪にやわらかそうな身体…手を伸ばせば届く距離。
どうしても触れてしまいたくなる。
「…」
「カロン?」
気がつくと俺は右手で姫様の頬を撫でていた。
「…!?申し訳ございません」
すぐに手を離そうとする。
「…まって」
離そうとした右手を姫様に止められる。
そしてそのまま俺の右手をもう一度頬に戻される。
「おおきな手…ねぇカロン…もう少し、こうしていて下さらないかしら?」
姫様は俺の手に触れながら目を閉じられる。
「わたくしに自ら進んで触れてくれる方なんて…貴方ぐらいですわ」
「…」
手甲ごしに頬の柔らかさと温もりが伝わる。
「ねぇ…カロン…貴方だけはわたくしを裏切らないでね…」
…姫様は目を閉じて無表情のままそう仰られる。
前から思っていたが姫様は裏切られる事を極度に嫌がっておられる…ように感じる。
俺だけは…か、残念だがまだ俺は信用すらされていないようだ。
ならば、姫様がそんな事を俺に言わなくても良いくらいに信用できる存在になろう。
どんな時でも信じれる存在に。
「姫様」
俺はもう片方の手で姫様の頬を撫でる。
姫様は一瞬びくっとされるがすぐにされるがままになられる。
…両手に姫様の温もりを感じる…手甲越しでも暖かい。
「カロン…?」
「これからは…もっと触れてもよろしいでしょうか?」
姫様はニッと微笑みを浮かべられる。
「ええ、良くってよ」
だが…ほんの少し…いつもより嬉しそうに見えた。