101.私は貴方と
サリン様の一人称視点になります。
カロンと二人で静かな道を歩く。
景色はスタンと別れた場所からあまり変わっていない為、今も川の流れる音が聞こえる。
「……姫様、足元にお気をつけ下さい」
足元を見ると木の根が地面から少し出ていて、確かに足を引っかけそうである。
「ありがとう」
軽やかにはみ出た木の根を飛び越える。
「この道は最後に整備されてから少し時間が経っているのかも知れませんね」
…確かに…道自体はしっかりと途切れずに続いてはいるけど、所々地面がくぼんでいたり木の根が這っている。
「このまま歩き続けていればどこかで足をくじいてしまうかも知れません、私が姫様を抱きかかえてラマルラまで歩きましょう」
カロンは私の目の前にひざまずいて手を広げる。
恥ずかしいけれど…正直、私はカロンに抱きかかえてほしい。
大戦後に立ち寄った村で、カロンに抱き上げられた時からもうちょっとクセになりつつある。
物心が付いた時には既に私に積極的に触れ合う人間がいなかったのもあるけれど、あの…包まれるようなカロンの温もりは私を幸せな気持ちにさせてくれた。
だから恥ずかしいがカロンに抱きかかえて欲しい、何度でもあの温もりを感じたい……
…しかしカロンはどう思っているのだろうか?カロンだってずっと歩いているし私達の為に夜も眠らず見張りをしていたのだ、疲れているに決まっている。
もし…私が子供のように何度も何度も何度も抱きかかえる事を強要し続けて、カロンに呆れられたら……見限られたらどうする?
…そうしたら…もう二度と…あの温もりは感じられないだろう、そんな事は想像するだけで血の気が引くほど嫌だ。
もしかするとこの先別の誰かに抱きしめてもらえるかもしれない…だが、未来の事なんて分からないのにその可能性に賭ける程私は大胆にはなれない。
「ええ…と…」
どうすればいい…考えなくては…
目の前にあるのは"してもらうか" ・ "してもらわないか"の2択だ。
…今カロンは疲れているはず…!ならばここは後々の事を考えて"してもらわない" という選択が正解だろう。
でも………私は"してもらいたい"
いや…しかし……ここは…諦めよう、何も今すぐでなくとも良いではないか。
……明日必ず2人とも生きている保証なんて無い…私に未来は見れない…ああ、本当にどうしようか。
考えれば考えるほどに悪いことを考えてしまう、私は昔からそうだった。
いつも何かの可能性に怯えていた、だからこそ…私は…
ずっと確信を求めていた。
せめて自分だけは信じることが出来るように努力したんだ。
今目の前の幸福を我慢すれば、将来的にさらに多くの幸福を得る機会があるのなら。
今を耐える事なんて容易い事だ。
「折角ですが、カロンも疲れているでしょうし…」
「………姫様、お恥ずかしい話なのですが。私は姫様を抱きかかえているととても安心するのです、それこそ"疲れが一切気にならない程に"」
「カロン…?」
「なのでお願いがございます。…私に姫様を抱かせてください」
「………!?」
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私は今、カロンに抱かれている。
もちろん優しく、横向きに。
「鎧が当たって痛ければお知らせください」
「…大丈夫ですわ」
カロンが腕に布を敷いてゴテゴテとした重装鎧で私が痛くないように気を使ってくれた為、全く痛くない。
それにしても…本当にカロンは気の使える男性だと思う。
私が悩んでいたのを察してくれたのだろう。
だからカロンからの"お願い"という事で、私が選択肢を選びやすくしてくれたんだと推測する。
…他の騎士ならば絶対にここまで気を使うことはできない。
やはりカロンは特別だったのだ。
「…」
それにしても…初めて抱き上げられた時は心地よいだけだったというのに何故…今、私の動悸は激しくなっているのだろうか?
正確にはグラムレインの時…だとおもう。
カーンと戦闘したとき…本来ならば広範囲人型消却爆弾が起爆したタイミングで私だけ転移で逃げるつもりだった。
だがスタン率いる警備隊と研究員たちは私の想像を超えて長時間イレスを足止めしてしまった。
だからカーンとの戦闘中になかなか爆弾が起爆しなかったのは焦った、下手に転移魔術を行使すれば魔力の残滓をたどり一瞬で追いつかれる可能性があったから迂闊に転移魔術は行使できなかった。
もしカーンが騎士であることすら辞めていれば…きっと軽装鎧に魔力を流し本気で殺しにかかっていたはずだ。
そもそも軽装騎士が鎧の効果を万全に発揮すれば街と街をものの数秒で移動できるほどに速いのだ、そんなものに人間が生身で勝てるはずもない。
………だからこそ、来るはずもないカロンが来てくれた時、本当に格好良いと…思った。
その時から…カロンに触れると動悸が激しくなってしまう。
身体に悪い気はするが…嫌じゃない。
「…どうかなされましたか…?」
「…何でもありませんわ、カロンこそ疲れていませんの?」
「疲れてはいませんよ、むしろ守るべき姫様が私の腕の中にいらっしゃるのですからとても安心しております」
それと…とカロンは話を続ける。
「…本当は…姫様に馬車に乗る事を推奨した時、とても不安だったのです」
「…」
「グラムレインでは再会できたものの、次は…次こそはもういなくなってしまうかもしれない…そう思ってしまいまして」
「…カロン」
そうか…私だけではなかった。
私だけではなく…カロンもまた私と離れるのを不安に思ってくれていた。
それが…素直に嬉しくて、気恥ずかしいけど…胸が温かくなる。
「なので姫様が馬車に乗らないと仰った時、私は嬉しかったのです……本当は…安全を考慮するとやはり金級冒険者がいる馬車に乗るべきなのですが…それでも」
カロンは話を続ける。
「姫様が…私を選んで下さったように感じてしまったのです」
「…いいえ、カロン」
これは…勘違いはしないでほしい。
「私は貴方を"選んだ"のではなく…」
だからこそしっかりと理解してもらわなければいけない。
「私は……貴方と"一緒に居たかった"」
合理的に生きる事を決めていた私に…初めて自分のしたい事をさせたという事を。