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2日目

 温かくて、心地いい。柔らかいものに包まれ眠っていると分かる。そうだ、あれは夢だったんだ。目を覚ませばいつもの部屋の天井がある筈。眠い目を何とかこじ開けると徐々に視界が開けてくる。そこにはいつもの天井はなく、見知らぬ薄暗い部屋の天井があった。そしてこちらを覗き込むシシルの顔に気付く。がっかりしつつもどうして寝ているのかを思い出す。


「お目覚めですか、キラン様。よかった、目を覚ましてくれて。大分お疲れだったのでしょう、5時間は寝ていたと思いますよ」


 シシルに言われ、虚無の時とかいうのに遭遇して、その後倒れた事を思い出す。5時間。この世界の時間の定義が分からない。


「シシルさん、この世界も24時間で1日なの?」


「はい。蒼い星が出ているのが12時間で、その後紅い星が出ている12時間が過ぎて1日です。今は紅い星になって5時間ほど経っています」


 自分がこの世界に来た時は赤い星が出ていたので、丸1日は過ぎたのかもしれない。となると残り九日だ。寝ている場合ではない。


「無理しないで下さい。ちゃんとした食事もしていませんよね。今食料を持ってきますので待っていて下さい」


 起き上がろうとしたところをシシルに言われ、そのまま寝た姿に戻る。この小屋はなりそこないの小屋だろうか。見た感じボロボロで木で出来た天井の隙間から赤い光が漏れている。寝ている布は綺麗な青い色をしていて、匂いも触り心地もいい。正直小屋とは合っていない。シシルの持っていた物なのだろう。


「キラン様が倒れたので、空いているセダの小屋を借りて携帯用の布団に寝て頂きました。一応消毒と消臭はしましたが、それでもキラン様が寝るには少し不衛生かもしれません」


 シシルが何か持ちながら小屋に戻って来て説明してくれる。私としては屋根のあるところで眠れただけで十分だった。


「シシルさん、ありがとうございます。すみません、ご迷惑をかけて」


「いえ、キラン様が気になさる事ではございません。これは携帯食で、味は落ちますが、栄養は十分だと思います」


 私が上半身を起こすとシシルが細長いパンのような物を手渡してくれる。この世界の物が食べられるのだろうか。匂いは焼いた香りがして、食欲はそそられる。どっちみち何かしら食べる物が必要なので、ここはシシルを信じるしかない。


「うん、美味しい!」


 パンを想像していたので思っていたより硬く、食感は煎餅みたいだった。味は薄いが、噛めば砕け、柔らかくなり、甘さと塩気が程よく感じられる。私はいつの間にか夢中になって食べていた。


「お気に召したようでよかったです。あんまり急いで食べると喉に詰まります。お水も飲んで下さい」


 シシルに水筒のような物を渡され、私は今度は疑わずにそれを飲む。少し果物の香りがするただの水に思えた。でも、久しぶりに飲む水は美味しく、携帯食も水も一気に胃袋に入っていった。


「ご馳走様でした。この世界に来てから殆ど食べて無かったから生き返ったみたい」


「それは良かったです。おかわりもありますので、必要でしたら言って下さいね」


 お腹が膨れた事で頭も回ってくる。そうだ、まだ何も解決していない。というか、以前より状況は悪化している気がするのだ。そうして倒れる前の出来事を反芻し、シシルの以前の対応が気になってくる。


「シシルさん。やっぱりセダの人達の件はおかしいと思います」


「キラン様がおっしゃりたい事は分かります。確かに無駄に命を落とす事は良い事ではありません。ですが、セダの民は自ら選んでこの地に住んでおり、彼らは青の力も赤の力も受け入れられないので、他の土地に逃げる事も出来ないのです。

わたくし達アギ族も万能ではありません。今は崩壊が始まり、アギ族と周囲に住まう動植物を守る事で精一杯なのです。キラン様にもその事は理解して頂ければと思います」


 確かに自分が言っているのは綺麗ごとなのだろう。まだこの世界の事も何も分かっていない余所者が突然非難してもその言葉に重みは無いと。でも、だからといって自分の考えを閉じ込める必要は無いと思った。逆に、外から来たから分かる事もある筈だと。


「でも、消えてしまった子供は私に助けてって言ってたと思う。余所者の私が口出す事じゃないとは思うけど、そういう人達を蔑ろにするのは間違ってるんじゃないかな」


「分かりました、きちんと説明しておきます。

セダの民はアギ族やデオ族で禁忌を犯し、追放されたか、自ら出て行った人達の末裔です。彼らは死すべき定めを温情で生き残っただけの存在です。アギ族は本来であれば関わる事を禁じられております。わたくしはキラン様の願いという事で、それを優先して村に接触しただけです。我々の種族にはその掟があるのです」


 そこまで言われてしまえば何も言い返す事は出来ない。私にはセダの人達を救う力は無いし、それをシシル達アギ族に強制する事も出来ない。そもそも私は元の世界に帰る事を最優先にすべきだった。ここで口論している場合ではない。が、次はどこへ向かえばいいのだろう。そこでセダの少女が指差した山の事を思い出す。


「シシルさんの言う事は分かりました。何も知らないのに生意気な事を言ってすみません。

それで、あの時少女が指差した山がありましたよね?あそこには何があるんですか?」


「山ですか?あの辺りは変獣が多く住み、特に何があるとは聞いた事がありません」


「私の勘でしかないんですが、あそこに何かあるんだと思います。頼りっぱなしで申し訳ないんですが、そこまで連れて行ってもらえますか」


 そろそろシシルに愛想を尽かされるのではと思っていた。自分達の役に立たない人間にそこまでする理由は無いからだ。私の行動は計画性のあるものでも無いし、危険はシシルに排除して欲しいと思っているのだから。


「また無駄足になるかもしれませんよ。それでもいいのでしたらご案内致します」


「はい、お願いします」


 色々私が言ってもシシルは私の願いを聞いてくれた。彼女は種族の事以外なら本当に優しい人間なのだろう。

 そうして移動の準備をしてから崩壊が激しいセダの村を私達は出ていった。


 空には赤い星が高く輝き、山への道は険しくなっていった。私が断固としてホワスに乗る事を拒んだ為、進みは遅く、変獣がたまに襲って来るようになった。それをシシルは銃のような武器で撃って倒し、守ってくれた。お守りを出せば追い払えるかもしれないが、シシルには捨てた事にしているので、出す訳にもいかない。結局、道案内も変獣退治もシシルに負担ばかりかけてしまった。


 数時間歩き、赤い星が沈み始めた頃だった。シシルに少し休もうと提案され、それを受け容れ、休みの準備を始めた時にそれは現れた。


「何あれ?サイ……?」


 それはとてつも無く大きかった。10メートルぐらいあるんじゃないかと思う。顔の形はサイに似ていた。でも、顔から伸びてる角は長く、剣みたいに鋭そうだ。何より人間みたいに直立して2足で歩いていて、腕は4本あった。足だけは人間の足みたいで毛が生え、他は全体にトゲのある紫色の蟹みたいな質感の肌だった。


「なんで凶獣きょうじゅうがこんなところに。キラン様はホワスに乗って逃げて下さい。わたくしが注意を引きますので」


 シシルの言葉で相手が只者ではない事が伝わる。でも、ホワスに乗れと言っても。操作方法は分からないし、今まで拒否してきたので戸惑ってしまう。シシルは銃のような武器を構えるとサイもどきに向けて青い光を放った。今まではそれで相手は倒れるか、逃げていった。しかし、サイもどきはよろけもせずにこちらに近付いて来る。


「え?」


 一瞬だった。私はシシルに突き飛ばされ、後ろに倒れた。目の前のシシルの身体は宙に浮いていた。私を庇って攻撃を受けたのだ。そしてかなりの高さからシシルは地面に落下する。胸に付けていた鎧は弾け飛び、その下の服も破け、下着に包まれた大きな胸とその下の白い肌に青い血が流れる大きな傷が見えていた。地面に落ちたままシシルは動かない。


「シシルっ!!」


 叫んで近寄ろうと思ったが、サイもどきが再びこちらに攻撃をしようとしている事に気付く。私は近くにあるホワスの所へ起き上がって走る。もう少しでホワスに触れるかと思ったら、今度はホワスが吹き飛んでいた。サイもどきが角でホワスを攻撃したのだ。

 私のせいだ。私が無理を言わなければシシルはこんな目に合わなかった。それにシシルの言う通りホワスに乗っていればサイもどきに会わなかったかもしれない。変なところに連れて来られて、私だけが不幸だと思ってた。でも、セダの村の人達も消えてしまい、シシルも大怪我を負った。それは私が我儘を言わなければ起らなかったかもしれないのだ。

 目の前にサイもどきが迫る。もう逃げる事も隠れる事も出来ない。それでも私は死にたくないと思った。


「レレリ、助けて……」


 私はあの魔王の顔を思い出す。心のどこかで助けてくれると言った彼女の言葉を覚えていたのだ。結局私は自分勝手で我儘なのだ。


「やっと呼んでくれたか」


 目の前に女性が立っていた。レレリかと思ったが、それにしてはとても小さい。角も尻尾もあるのでデオ族なのには間違いない。


(女の子?誰?)


 レレリと同じ褐色の肌で長い赤髪の少女は数十倍の大きさのサイもどきに向かって駆け出す。危ないと思ったが言葉が出せない。サイもどきは私から少女に目標を変更し、彼女に向かって角を振り下ろす。しかし、角は地面を抉っただけだった。少女の背中からはコウモリのような大きな羽根が生え、空を飛んでいた。サイもどきは4本の腕でそれを捕まえようとする。しかし、少女はツバメのように素早く飛び、それを掻い潜った。


「凶獣はやっぱり愚かだな。こんな奴も倒せないなんてアギ族は弱いな」


 少女は空中に止まったかと思うと、両手を鋭い刃のような形に変形させた。そしてサイもどきに突っ込む。サイもどきの腕が一本ずつ斬り落とされていく。サイもどきはそのスピードについてこれず、手や角を振り回して暴れるだけだ。


(凄い……)


 私は少女の華麗な動きに見とれる。見た目は悪魔で、やっている行為も残酷そのものなのだけど、その動きは優雅に見え、とても尊いもののように感じられた。

 そして最後にサイもどきの首が斬り落とされ、少女の動きが止まった。

 少女は私の前に降りてくると羽根を消し、手も元の形に戻す。


「キラン、怪我は無いか?」


「助けていただきありがとうございます。ところであなたは誰ですか?レレリさんから私の事を聞いたんですか?」


「別れて数時間しか経って無いのに、もう顔を忘れてしまったのか?あたしがレレリだよ」


「え??」


 確かに声はレレリに近い気がする。顔もよく見ると似ているような気もする。でも、どう見ても小学生、よくて中学生ぐらいにしか見えない。髪型や服装はレレリと確かに同じなのだが、胸がぺったんこの為、とても同じ服には見えない。元のセクシーさの欠片も無いのだ。


「まあ、この姿じゃ気付かなくてもしょうがないか。あたしも色々考えたんだ。キランがどうしてあたしを信用してくれないのかと。それはあたしが姿を偽ってるからかもしれないと。それに、もしかしたらこっちの姿の方が好みかとも思ってな」


「本当にレレリなの?その姿が本物?」


「ああ、魔王たるものある程度威厳が必要でな。おのずとあの姿でいる事が当たり前になったのだ。というか、今いる者でこっちの姿を知っている者はいないかもな。で、どうだ?可愛いだろ?」


 確かに可愛いと思う。顔は前の大人びた感じが無くなり、少し釣り目の大きな瞳も小悪魔的で、クラスに居たら妹みたいにみんなに可愛がられるだろう。胸もお尻も辛うじて女性らしさがある程度には膨らんでいるけれど、圧倒的に私の方が大きい。本当はこんな姿なのに私の胸を馬鹿にしたと思うと少しだけイラっとした。

 と、シシルが死にかけている事を思い出す。


「そうだ、シシルが大変なの。助けてあげて」


「そこに倒れているアギ族の娘か?戦いに敗れたのだ、そのまま死なせてやるのも戦士の情けだぞ」


「そうじゃないの。シシルは私を助けようとして。それに今までも色々良くしてくれて」


 私は必死に頼み込む。言いながら、アギ族とデオ族が争っていて、相容れない存在だと思い出す。


「知っていると思うが、あたしはデオ族の王だ。敵対するアギ族を助ける事は出来ない。それに、この娘はお前をアギ族の元へ連れて行こうとしているのだろう?どうして自分に不利になる事をする必要がある」


「彼女は私を連れて行くのを諦めてくれた。それでも賢者の所へ行くのを手伝ってくれたの。王様なんだから何をしたって問題無いんでしょ?」


「確かにあたしに口出し出来るような奴はいない。が、何をするかはあたしが決める。それに、凶獣の直撃を食らったんだ、もう死んでると思うぞ」


 言われて私は倒れているシシルの元に駆け寄る。動いてない。露わになっている左胸に耳を当ててみる。心臓の音は聞こえなかった。


「そんな……」


 私は絶望に包まれた。シシルの死は確実に私が引き起こしたものだ。言い訳なんて出来ない。


「別にキランが悔いる事は無い。この世界では弱者が死ぬのは当然だ」


「でもっ!」


 その時だった。空の色が変わり始め、赤の星が完全に沈み、青の星が世界を照らし出した。星に照らされたシシルの身体は光出した。見ると、青い血の流れていた傷口が塞がっていく。


「え?」


「ほぉー、自己蘇生が出来るのか。思ったより高位の者を見つけたのだな」


 驚いている間にシシルが動き出す。目を開け、ゆっくりと上半身を起こす。


「キラン様、無事ですか、凶獣は?」


 シシルが周りを見回し、そしてレレリがいる事に気付く。


「デオ族か。キラン様に手出しはさせません」


 シシルは素早く起き上がり、しゃがんでいた私とレレリの間に立つ。さっきまで死にかけていたのに驚くほど俊敏な動きだった。


「シシル、身体は大丈夫なの?」


「はい、ご心配をお掛け致しました。蒼の星が昇りさえすればわたくしが死ぬ事は殆どありません」


「よかった」


「いえ、危機は去っておりません。この者を排除しないと」


「キランを守れなかった奴が何を言うか。まあ、力で片を付けるなら望むところだが」


 レレリも右手を刃に変え、シシルと対峙する。


「二人ともやめて。レレリは私を助けてくれたの」


「レレリ、貴様が魔王か。キラン様、デオ族は力ずくでも貴方を連れ去るでしょう。信用してはいけません」


「それはそちらとて同じだろう。賢者など見つかる筈がないのに連れ回し、諦めたところを連れ帰るつもりだったんだろ?」


 二人は戦う姿勢を崩さない。どうすればいいんだろう。


「そもそも魔王がこんな場所にいるのがおかしいのです。別れた後どこかから監視していたに違いありません」


「確かにそうだ。どうしてすぐに助けに来れたの?」


「キランが紅い石を捨てずに持っていたからだよ。あれはあたしと繋がっている。キランが助けを呼んだ時、いつでもその場所に行けるようにと、ね」


 レレリによってシシルに嘘を付いていた事がバレてしまった。でも、捨てずに持っていてよかったと心から思った。


「そうだったんだ。助けに来てくれてありがとう」


「それは当然だ。愛する者を助けない者がいるか」


 レレリは恥ずかし気も無くそんな事を言ってくれる。見た目は変わってもあの時のレレリだと私にも分かった。やっぱり彼女の言葉は嬉しい。


「キラン様、騙されてはいけません。最初から助ける算段で石を渡していただけです。デオ族はそうやって誘惑すると聞いた事があります」


「でもレレリが居なければ私が死んでたのは本当だし。デオ族だってそんな悪い人ばかりじゃないんじゃないかな」


「そういう事だ。アギ族は何でも決めつけてかかるからな。この先は危険だ、こんな弱い奴は置いておいてあたしと一緒に行こうじゃないか」


「そんな事は断じてありえません。今は蒼の星、魔王と言えどわたくしの方が有利です」


 シシルは武器から青い刃を出す。確かにその光はいつもより強そうに見える。


「小娘がよく言うわ。本来の姿のあたしの力、とくと見るがいい」


 レレリの肩や足から鋭いトゲが生える。頭の角も長く伸び、全身凶器のように見えた。

 どちらが正しいとかどうでもいい。私の目の前でどちらかが怪我したり死んだりするのは嫌だった。私はどうしたらこの事態が収まるか必死に考える。


「分かった。二人とも戦いは止めて!!

もし十日間の内に二人のどちらかの事が好きになったんなら、私はその人の言う事を何でも聞く。その代わり、二人は十日間の間は私を賢者の元へ連れて行く努力をする。私は二人の必死な姿を見たら好きになるかもしれない。でも、どちらかが片方に手を出したり、陥れようとしたら、その人の事は絶対に好きにならない。

どう?この条件なら納得する?」


「そんな、デオ族の言う通りになんてしたら大変な事になりますよ!!」


「そうか、お前は自信が無いのか。あたしは別にいいぞ。十日もあればあたしの魅力に気付くだろうしな」


「自信が無い訳じゃありません。むしろ、そんな幼児のような姿の者に負ける訳がありません。が、もしもの事を考えてです。

分かりました、キラン様がそれを望むのでしたら、わたくしはそれに従います」


 どうやら私の思い付きはうまく行きそうだった。別に言った通り二人のどちらかを好きになって、その言う事を聞くつもりなんて無い。むしろ、シシルは考え方が受け付けないし、レレリは見た目が変わって絶対に好きにならないだろうと確信したからの提案だった。


「よかった。それじゃあ二人は仲直りの握手を」


「デオ族と握手ですか?」


「別にこいつと仲良くなるつもりはないぞ」


「握手出来ないならこの場で帰って貰います」


「……分かりました」


「分かったよ」


 渋々と二人は握手を交わす。切っ掛けは何でもいいのだ。避けていた人が良く知ると気の合う人だと分かる事もある。といっても私の経験ではなく、漫画で見た話なのだけど。

 それに二人といれば安全だし、どちらかが嘘を付いても分かるだろう。賢者にも早く会えるかもしれない。“くぅぅぅっ”そんな事を考えていたらお腹が鳴ってしまった。


「そうでした、休憩にするところでしたね。今食事の準備をしますのでしばしお待ちを」


「そうか、腹が減ったか。あたしも飯を用意してやる」


 私の様子を見て二人がそれぞれ動き出す。結局私自身は何も出来ず、二人に頼る事になるのだ。しかも二人を騙し、利用して。だけど生きて帰りたいと思う事はいけない事なのだろうか。

 そんな事を考えているうちに段々と料理が出来始めた。シシルは移動の途中で採取した木の実や野菜のような物を道具を使って切っていた。一方レレリは手を刃物にして先程倒したサイもどきの肉を切り刻み、火を起こしてそれを焼いているようだ。あの化け物を食べるつもりなのだろうか。山の途中の広場の岩の上に座り私は二人を見守っていた。


「お待たせいたしました」


「飯を作ってやったぞ」


 ほぼ同じタイミングで二人が料理を持ってくる。シシルは皿とフォークを持ってきて、皿の上にはサラダと思われる物と前に食べた携帯食が並べてあった。一方レレリは焼いた骨付き肉をそのまま持ってくる。私はシシルの皿を受け取り、その端にレレリが持ってきた肉を置いた。


「いただきます」


 二人が見守る中、私は食事を始める。お腹が空いているのは確かなのでとりあえず食べるしかない。まずはシシルのサラダから。見た感じはレタスのような青緑色した野菜と長細い固そうな木の実を砕いたもの、あとは謎の草がいくつか混ざっている。フォークでその一部を刺して口に運ぶ。


「美味しい」


「お口に合ったようで何よりです」


 新鮮な野菜のようで、瑞々しく、いい食感だ。一緒に食べた木の実が歯応えを増してくれる。味付けがやや薄味なのが残念だが、飽きてくるような物でもない。そして今度はレレリの肉だ。見た目は赤黒い肉でこちらの世界の動物の肉と変わらないように見える。正直焼いた匂いはとても食欲をそそる。が、先ほどの化け物の肉だというのが私を躊躇させる。


「本当にこの肉は食べられるの?」


「ああ、凶獣ノスドの肉なんて滅多に食べられない贅沢品だぞ。しかも新鮮だ。噛み応えがあって、栄養たっぷりだぞ」


 そう言ってレレリは自分の持っている肉を噛みちぎって見せる。レレリの姿が幼いのもあり、子供がとても美味しそうに食べてるように見えた。


「汚らわしい。凶獣の肉など無理して食べる必要はありませんよ」


「でもせっかく準備してくれたんだし」


 シシルが止めてくれるが、レレリの厚意を無下にするのも忍びない。私は覚悟を決めて骨の部分を持って肉を口に運ぶ。そして思い切りかぶりついた。


「!!っ、美味しい!!」


 思ったより肉は柔らかく、噛むと中から肉汁が出てきた。獣臭いかと警戒したが、そんな事は無く、味としては牛肉に近い気がした。塩と辛みのある香辛料で味付けしてあるようで、それがとても肉に合っていた。一つだけ不満があるとしたら、それは味が濃すぎる事。食べていくと喉が渇いてくる。シシルから渡された水筒の水を飲んで渇きを潤す。ご飯があったら最高なのに、と思ってしまう。


「な、美味いだろ」


 レレリはとても満足そうにこちらを見ている。と、そこで私はいい事を思い付いた。シシルに貰った携帯食にサラダの一部を乗せ、その上に骨から剥した肉を乗せ、それを携帯食で挟む。簡易ハンバーガーの出来上がりだ。そしてそれをガブリと頬張る。


「やっぱり!この方が美味しい!」


 肉の味の濃さが野菜と携帯食で薄まり、丁度いい味になる。これならいくらでも食べられそうだ。


「ねえ、二人ともこうやって食べるともっと美味しいよ。やってみてよ」


「すみません、キラン様。わたくしはアギ族の決まりで動物の肉を食べる事を禁じられております」


「アギ族の加工した食べ物なんて味が薄くて美味しくないだろ」


「そう言わずに、ね」


 シシルは無理そうなので、私は携帯食の上にサラダを乗せてレレリに手渡す。嫌そうな顔をしていたレレリだが、私がずっと見つめていると観念したように肉の一部を乗せ携帯食に挟んでみる。そしてそれを小さな口でかぶりつく。


「……。そうだな、悪くはないな」


 素直に美味しいとは言わないが、見た感じ美味しかったのだろうとは分かる。私は満足して自分の残りのハンバーガーを食べる。


「以前も言ったが、アギ族は頭が固いだろう?色々と決め事を作って食べたい物すら食べられない」


「我々は無駄な殺生をしないだけです。獣を食べずとも栄養は足りております」


 食事が終わった頃に再び二人が口論を始める。


「その考え方がおかしいんだ。食事を楽しまずに生きている意味なんてあるのか?」


「デオ族こそ畜産も農業もせず、無計画に狩りをするだけで、力の無い者は飢えて死んでいるではないですか」


「二人ともそこまで。文化が違うのは分かるけど、口出ししなくてもいいでしょ」


 二つの種族が農耕民族と狩猟民族のように分かれているのが何となく分かった。でも、先ほどのハンバーガーのように二つのいい所を合わせたらもっとうまく行くんじゃないだろうか。それは余所者の浅はかな考えなのだろうか。


「キラン様がそうおっしゃるならこの者とは会話致しません」


「こちらこそお前となんか話はせんよ」


「そうじゃなくて、もっとお互いの事を認め合ってもいいんじゃない?」


 そう言ってから、別に自分がこの二人の仲を取り持つ必要が無い事に気付く。殺し合いを始められたら困るが、それ以外なら別に大人しくしていてくれるなら問題無いのだ。


 結局話はそこで止まり、シシルは投げ飛ばされたホワスの修理に少し時間がかかると言ってそれを始め、レレリは周りを見回ってくると出て行った。私は休憩しつつ、これからの事を考える。

 二つの異なる種族と共に行けば、どちらかに騙される事は無くなり、安全は増すと思う。一方で、二つの種族が敵対してる事には変わらないので、私の見ていない所で殺し合いを始めてもおかしくはない。知り合ってしまった以上、どちらにも死んで欲しくは無かった。力関係は出ている星に影響されるみたいだし、昇ってない星の方の種族を気に掛けてあげるのがいいかもと思う。

 あとは本当に賢者が見つかるか、だ。セダの少女の指差した場所を目指しているが、そこが賢者と関係ない可能性の方が高い。というより、何も無いかもしれない。その場合、その後はどうするかだ。手がかりが無ければどこへ行くかも決まらない。どちらかの都市に行けば情報が手に入るのかもしれないが、それには危険が伴う。

 そんな事を考えているとレレリが戻って来て、辺りに危険な生物はいないと報告してくれた。まだシシルが修理を続けていて、レレリと二人きりになる。レレリは私の座っている岩の横にちょこんと座った。そこで私はレレリと再開したら聞いてみたいと思っていた事を聞いてみる。


「ねえ、レレリも私を自分の国に連れてって、子供を産ませて、子供を使ってアギ族を攻めるつもりだったの?」


「そんな訳があるか。子供は宝、危険な目に合わせる訳無いだろう。まあ、キランとの子供を作りたいのはその通りだが」


 少し聞きたくない事を聞いたが、シシルと違う考えだったので私は少しだけホッとした。


「じゃあなんで私を救世主って呼ぶの?私に何をさせるつもりだったの?」


「なるほど、アギ族はキランの子供を訓練させて我々を滅ぼすつもりだったか。子供を兵器として育てるとは奴ららしい。しかしそんな悠長な事を考えてたとはな。確かにキランとその子供は星の影響を受けずに戦えるだろう。が、わざわざ子供をその為に作るなんておかしな話じゃないか。デオ族の計画はもっと単純だ。キランの血を少し分けてもらい、それを優秀な兵士に投与する。そして兵士達が蒼い塔を破壊する。これならキランは少しの血を抜く痛みだけで済むぞ」


 レレリの言っている事を頭の中で整理する。私の血をどうにかして投与すれば子供と同じ事になるのだろうか。輸血は血液型が問題になると聞く。この世界と私達の世界の血液型が同じかどうかも分からない。で、子供は戦わせないけど、結局デオ族の誰かはアギ族を滅ぼす為に戦う事になる。最終的な解決方法はどちらの種族も変わらないのだろう。


「ねえ、それ以外の方法は無いの?私は目の前でセダの人達が虚無に飲まれていくのを見た。デオ族はそれをどうにかしようと思わないの?」


「虚無の時を止める試みはしたさ。しかし、無駄に兵士が飲まれただけだった。あれは魔法や科学でどうにか出来るものでは無い。結局蒼の星の力を奪い、赤の力で世界を満たすしかないのだ」


「でも、それじゃあセダの人達は」


「アギ族の娘からなりそこないがどういう存在か聞いたのだろう?そもそも生きている価値すら無いのだ。自らの力で生き残れないなら滅ぶしかない」


 結局レレリもシシルと同じなのだ。自分の種族の事以外は考えていない。


「修理が終わりました。いつでも出発出来ます」


 シシルが修理が終わった事を告げに来る。シシルの服装も正されていて再び胸に鎧が付けられていた。もう少しレレリの考えを聞きたかった気もするが、まずは賢者探しを進めたい。

 レレリに目的地を告げてから移動を再開した。今は青の星が出ている時間で、シシルが再びホワスに乗っていく事を提案する。レレリが変な動きをしたら報告すると言ったので、私はようやくホワスに乗る事を決意した。ホワスの上の部分は人が3人乗っても十分なスペースがあり、先頭にシシル、次に私が乗り、その後ろにレレリが乗った。シシルはレレリが乗る事を嫌がったが、私が説得して何とか乗せて貰えるようにした。立ち乗りで少し不安もあるが、左右に手を置く柵があるので落ちる事は無いだろう。


「凄い!綺麗!!」


 ホワスが宙に浮くと、下の景色が小さくなる。眼下に見える世界は青く、美しく見えた。恐ろしかった森も遠くから見る分には普通の自然に見えてしまう。


「アギ族が作った物にしては面白い物だな」


 レレリも自分で飛ぶのとは違う感覚が味わえたようで、楽しんでいるように見えた。その姿は本当に子供で、魔王である事を忘れてしまいそうになる。

 そうして今までの苦労が嘘のように数十分で目的の場所に近付いて来た。


「あの岩の後ろに何かありそうですね。近くにホワスを降ろします」


 セダの少女が指差した黄色い光る岩は思ったより大きく、岩と山の間には隙間があった。ホワスを降りて3人でゆっくりと岩の方へと近付く。するとそこには心綺楼のような歪みが見つかったのだった。

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