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10日目

 貸してもらった白い壁に囲まれた小さな部屋で私はソファーの上で脱力しながら考えていた。賢者から聞いた話は色々と信じられないような物だったけど、実際に起こっている現象がそれを裏付けしている。今更嘘をついて騙そうとしているようには見えない。それでも自分がこの世界を救う唯一の存在になっているのには実感が沸かなかった。

 レレリやシシルの他にもセダの民やデオ族、アギ族が暮らしているのを見てきた。見た目や生活は違っても、その人達が自分と同じ人間なんだと思うようになった。そしてその人達が今危険に晒されている。もし本当に自分がその人達を救えるのなら救いたいと思う。

 そんな難しい事を考えずとも、私には助けたいと思う人がいる。レレリとシシル。この二人はこっちの世界に来てから出会った人の中でも特別な存在だ。最初は色々な思惑があったにしろ、二人とも私を何度も助けてくれた。その二人が困っているのだから、助けるのは当然だ。

 まだ元の世界には戻りたいという思いはある。自分の肉体がどうなっているか分からないけど、この世界に永住するつもりなんて無かった。ただ、ここ数日で気持ちは色々と変わってきた。私にこの世界で出来る事があるなら、元の世界に戻るのを諦めてもいいのでは、と。


「あーーーーっ」


 そこまで考えて私は唸って身体を伸ばす。問題はそこからなのだ。レレリとシシル。そして私自身の気持ち。世界を救うにはレレリかシシル、デオ族かアギ族を選ばないといけない。また、性行為もする必要があるという。好きか嫌いかで言えば、二人とも好きだと思う。でも、その気持ちは先輩に抱いていた想いとも違う気がする。言ってしまえば、9日間一緒に居て、親友や家族のような親愛の関係になったのだ。一緒にいるのが当たり前になってしまったとも言える。

 いっそサイコロでも振ってどちらかに決めたい気分だった。勿論それで選ばれたと知れば、二人ともショックを受けるだろう。どちらを選んだとしても、もう片方が傷付くのは分かっている。なんで私が選ぶ方の立場なのだろう。選んでくれたのならその方が楽だったのに。

 私はソファーに寝転がり天井を見上げた。まだ時間はあるという。少しだけ休ませて貰おうと思った。こっちの世界に来てからの睡眠はとても不規則だ。寝ようと思えばいつでも眠れる。色々考えながら私は目を閉じ、やがて意識は薄れていった。


 “コンッコンッ”とドアのノックの音で目が覚める。どれ位寝ていただろう。目をこすって身体を起こす。


「どうぞ」


 私が返事をするとドアが開き、レレリが入ってきた。


「少しだけ話をしようと思ってな。シシルと話し合って、先に私が来させてもらった」


 レレリはソファーの対面にある椅子に座る。


「お願いがある」


「何?」


「シシルを選んで、シシルと一緒に世界を救って欲しい」


「え?なんで?」


 レレリが自分ではなくシシルを選んで欲しいと言ってきたので私は驚く。


「シシルがキランを本気で好きなのは分かるだろ。そしてキランもシシルの事は好きだと。だったらそれで問題無いじゃないか。勿論キランが元の世界に戻りたい事は分かっている。無理を承知でお願いする。この願いが聞き届けられるならあたしは何だってやろう」


「いや、そうじゃなくて。レレリだって自分を選んで欲しいんじゃないの?」


「キランは優しいからどちらかを選ぶなんて辛いだろ?あたしはもういいんだ。年齢の事を話してなかったが、あたしはもう100年は生きている。キランもレレリもまだ若い。なら若い者同士で一緒になった方がいい」


 今まであれだけ積極的だったレレリが急にしおらしくなって、私は少しだけ寂しいと思ってしまった。そもそも敵対していた筈のシシルと一緒になってくれなんて以前は考えられない発言だ。私はレレリが本心を隠してるんだと思った。だから少しだけ意地悪したくなる。


「レレリは私に選ばれたら嬉しくないの?」


「それは……。嬉しいに決まってるだろ。でも、あたしはこんな小っちゃくて、胸も無いし、我儘だし。正直シシルに見た目では負けてると思ってる」


「馬鹿みたい。

前はあんなに自信満々だったのに。私は本気で悩んでるの。レレリの気持ちもシシルの気持ちも大事に思ってる。だから、前みたいに自分を選べって強引に言ってよ」


 私はレレリの顔を真っ直ぐに見つめる。100歳を超えてて、魔王とか言われてる癖に、本当はこんなに繊細な少女なのだ。私は彼女を悲しませたくないと感じてしまう。


「そうだな。あたしらしくないよな、うん。

キラン、あたしを選べ。いや、あたしの物になれ。あたしはキランの事を誰よりも愛してる自信がある」


「うん、それでこそレレリだよ。だけど、選ぶのは私だから。選ばれなくても泣かないでね」


「ああ、大見得切ったんだ、その時は静かに去るさ」


 レレリがいつもの自信に満ちた顔になり私は安心した。言いたい事を言ったのでレレリが出ていく。少しすると、入れ替わりでシシルが入ってきた。


「失礼致します。キラン、一生のお願いです」


「うん」


「元の世界に戻るのを諦め、この世界を救って欲しいのです。選ぶのはわたくしでもレレリでもどちらでも構いません」


 シシルは私の目の前で頭を下げる。


「とりあえず顔を上げて。シシルの願いもレレリの願いも私には届いたから」


「はい、ありがとうございます」


 シシルは顔を上げ、ソファーの前の席に座る。


「シシルはレレリが選ばれたら素直に喜べるの?」


「勿論悔しいとは思います。ですが、それ以上に世界が救われるのなら、十分満足です」


「シシルの気持ちはそんなものなの?レレリは自分を選んでくれって熱弁してたよ」


 私は少しだけ意地悪してシシルの本心を聞き出そうとする。レレリもシシルも世界を救う事を第一に言うので、ちょっとだけ悔しいのもある。


「いえ、キランに対する想いはレレリに負けていません。前にも言いましたが、聖女としての気持ちとは別に、1人の女性としてキランを愛していると誓います」


「ササトの事はどうするの?」


 私はここまで来たのだから全部聞いてしまおうと思った。


「ササトの気持ちは嬉しいと思っています。彼女の想いに応えたいという気持ちが無いとは言いません。ですが、わたくしも自分の気持ちに素直でありたいのです。キランを誰にも渡したくない。本当は今すぐキランを連れていきたい位です」


「ごめんね、意地悪な聞き方して。でも、シシルの本当の気持ちが聞けて嬉しかった。私もちゃんと気持ちを整理して、答えを出すよ」


「はい、待っています」


 シシルも笑顔で部屋を出て行った。二人の気持ちは予想通りではあったけど、今まで聞いてきた言葉より私の胸に響いた。私も真剣にそれに応えないといけない。

 どうしようか考えていると“トンットンッ”と再びドアがノックされた。


「どうぞ」


「お邪魔するよ」

「どう?悩んでるかな?」


 入ってきたのは双子だった。双子はそのまま部屋にあるベッドの上にダイブする。私は椅子を持ってベッドの方へと移動した。


「なぐさめにでも来てくれたの?」


「いや、どうなってるか様子を見にね」

「少しだけ話しておきたい事もあったからね」


 そして双子と少しだけ言葉を交わした。疑問に思っていた事も少しだけ解消した。双子との会話は私の決断を後押ししてくれたのだった。


「結論が決まったら大広間に来てね」

「まあ、あと2時間ぐらいがリミットだけどね」


 双子が部屋を出ていく。私は一人になり、頬を叩いて自分に気合を入れた。これからちゃんと言わなくてはいけないからだ。私がどんな決断をしたかを。



「どうですか、考えて貰えましたか?」


「はい、時間を頂きありがとうございます。よく考えて、結論を出しました」


 私は大広間に戻ると先見の賢者が問い掛けてくる。レレリも含め全員がテーブルにつき、みんなが私の答えを待っていた。


「まず、私はこの世界を救いたいと思います。未だに私に救えるか自信はありませんが。元の世界に戻る事は諦めました。この世界も見て回ったらそんなに嫌いじゃないし、これは私が決めた事です。

次に二人のどちらを選ぶかですが、先に言っておくと、私はレレリもシシルも好きです。恋愛感情とは違うと思うけど、好きな気持ちに嘘は無いです。あくまで世界を救う為にどちらかを選んだ、というだけで、その好きに差が無いと知っておいて欲しいです」


 私はそこまで言い、左右に座るレレリとシシルの顔を見る。二人ともやや緊張しつつも優しい顔で微笑み返してくれた。うん、大丈夫だ。私は一旦深呼吸する。


「私はレレリをパートナーに選びます。理由はレレリの方が少しだけ早く出会ったから。それでいいよね、二人とも」


「ああ、選んでくれて嬉しいよ」


「はい、今回は諦めます」


 レレリは笑顔になり、シシルは少し寂し気だけど、納得してくれたようだ。


「キラン、辛い選択をしてくれてありがとう。救世主に貴方を選んだのはわたくしです。わたくしの事は恨んでくれて構いません」


「もう恨んでません。この十日間の経験は辛い事もあったけど、私が今まで生きて来た人生では体験出来なかった事ばかりでした。何より、素敵な人達と出会えました。その点については感謝しています」


 私は先見の賢者に軽く頭を下げた。語った言葉は本当だ。勿論言いたい文句もあるけれど、それは言わなくてもいいやと思った。


「そうですか。ですが、辛い事はまだ終わりではありません。最後に大きな仕事が残っています」


「はい、分かっています。レレリ、行こう」


「ああ、そうだな。

シシル」


「はい、何ですか?」


 レレリは立ち上がり移動する前にシシルに声をかける。


「キランは一旦あたしが貰う。悔しかったら取り返してみろ」


「ふふっ。そうですね、騒動が収まったら奪いに行きますよ」


「ちょっと、人を物みたいに言わないでよ。でも、全部終わったら3人で話したいな」


 3人で少しだけ笑い合い、私はレレリを連れて広間を出て行った。廊下を歩きながらレレリが話しかけてくる。


「なあ、本当にあたしで良かったのか?」


「言ったでしょ、気持ちに優劣はなかったって。あの日、最初に助けてくれたのがレレリだった。それだけの差。選ばれたんだからもっと喜べばいいのに」


「その言い方だとそこまで喜べないだろ。本当はあたしの方が好きだけど、シシルに気を使った、とかじゃないのか?」


「ふふっ、そうだとしてもそれは内緒。ただ、今はレレリが私のパートナーだから」


 そう言ってレレリの手を握る。今までも散々握った筈だけど、その手は小さくて柔らかく、どこにでもいる少女の手のようだった。レレリが手を握り返してくる。たったそれだけの動作でもレレリの気持ちが伝わり、嬉しくなる。本当にレレリが最初に出会った人で良かったと思った。

 さっきまでいた部屋に戻り、私はそのままレレリをベッドの前まで連れて行く。私は靴を脱いでベッドに腰かけた。


「本当に、その、するんだよな?」


 レレリはベッドの前で立ち尽くしている。ここまで来て恥ずかしがってる姿がとても愛らしい。


「どうしたの?100歳超えてるんでしょ。もしかして本当にそういう経験ないとか?」


「処女で悪いか。

……あたしが王になったのは14の時だった。そんな若さで王になった者は今までいなかったらしいし、女性の王も珍しかった。だからあたしを倒して王の座を狙う者も多く、国の安定の為の仕事も多かったんだ。で、数年経っても身体が成長しないと気付いた。どうも赤石の力で齢を取らなくなったらしい。そこからは威厳の為に少しずつ魔法で成長した姿に変身し、キランと会った時の姿に落ち着いた。

恋愛や子作りに興味が無かった訳じゃ無い。ただ、タイミングが悪かったんだ。幼い姿のままの時には反逆が怖くてそこまで他人を立ち入らせなかった。成長した姿になった頃には皆あたしを恐れ、どこか距離を置くようになった。勿論求愛される事もあったが王という立場では相手が誰でもいいとは言えなくなった。それに時が経つとデオ族が皆あたしの弟や妹、子供みたいに感じるようになってしまったんだ」


 レレリが本心を晒してくれる。彼女は王としての役割に奔走し、1人の女性としての生き方を捨ててしまったのだろう。だからこそ前に話した全てを投げ捨てたいという気持ちも持っていた。私が選んだ人がこの人で本当に良かったと思う。これからの事を思うと少しだけ胸が痛いが、レレリなら分かってくれる筈。


「レレリ、隣に座って」


「ああ」


 レレリが靴を脱いでベッドの私の隣に座る。こうして並ぶとやっぱり小さく、妹のように可愛い。抱きしめたい気持ちを抑えて、私はもう少しだけ話す。


「レレリには隠し事はしたくないから言うね。シシルを助けた時、私はシシルとキスをしてたんだ。だから、私のファーストキスはもうあげちゃった。ごめんね」


「何となく分かってたよ。だからこそキランはシシルを選んだと思ったんだ。でも、そんな事は気にしてないさ。あたしもシシルはいい奴だと思ってるからな」


「あと、これから私はレレリに酷い事をすると思う。もしかしたら傷付くかもしれない。でも、それは私がレレリの事を好きだからだって覚えておいてね」


「一体何をする気なんだか。これでも知識だけは色々あるから何をされても大丈夫だぞ」


 そう言いながらもレレリは少し恥ずかしそうにする。


「レレリ、目を瞑って」


「うん……」


 私はレレリの肩に手起き、目を瞑った顔に近付いていく。私も目を瞑り、唇を触れ合う。柔らかい感触が伝わってくる。しばらくそのまま体温を感じたが、私は愛おしくて、舌を突き出す。それはレレリの唇を開き、歯の間を抜けて、レレリの舌へと絡み付く。最初はビックリしたようなレレリだったが、やがて私の舌を受け容れ、絡み、唾液が混ざり合った。レレリの味がする。それはとても甘美で、私の脳が溶けていく。レレリがもっと欲しい。


「レレリ、いい?」


「好きにしていいぞ……」


 一旦顔を離して確認する。私はレレリをベッドに押し倒す。レレリは成すがままで身動きしない。レレリの上に跨り、ゆっくりと抱き締める。レレリの吐息、体温、鼓動を感じる。とても愛おしい存在。このままずっと抱き締めていたい。でもここまでだ。これ以上はいけない。


「レレリ、ごめんね」


 私はポケットから赤石と青石を取り出した。


「キラン?どうしたんだ?」


 レレリも何かがおかしいと気が付く。でも、もう遅かった。


「意識が……。キラン、何を……」


 私は石の力を使ってレレリを眠らせた。私は眠ったレレリに別れのキスをする。


「行ってくるね」


 私はレレリを部屋に残し出て行った。


「やっぱりそっちを選ぶんだね」

「本当にうまく行くかは分からないよ?」


 廊下に出ると双子が待っていた。他に気付いている人はいないようだ。


「わざわざ見送りに来てくれたの?ありがとう」


「情報を教えたのはボク達だしね」

「この世界の全ての住人に代わってお礼を言っておくよ。キラン、ありがとう」


 私は窓から外に出る。石の力で背中に翼を生やして宙に浮かぶ。


「キランが起きたらごめんなさいって伝えておいて。それじゃあ行ってくる」


「分かったよ。行ってらっしゃい」

「どこかでまた会えたら嬉しいな」


 双子に見送られつつ私は空を昇っていった。


 賢者が言っている世界の救済については一つの疑問があった。この世界に神がいたとして、私が星を改変したら怒らないだろうか、と。双子も同様の事は考えていて、3人で話をした時に双子は仮説を立てていた。虚無は赤と青の力から生まれたから消えるだろう。ただし、いずれ虚無とは違う何かしらの異変が起こる可能性が高いと。賢者はその時はまた私のような救世主を呼び込んで解決させる策を取る。永遠にそんな事が繰り返すだろうと双子は語った。

 それは私がこの世界に残ったとしても、生きている間の事ではないかもしれない。でも、それが繰り返されるのならこの世界の人達はずっと不安を抱えたまま生きているようなものだ。

 だから双子はもう一つの解決方法を示してくれた。この世界とは違う、もう一つ別の世界を作るという方法を。世界を崩壊へ導く神のいない世界を作ればいいと。最初に話を聞いた時、私はそんな馬鹿な話は無いと思った。でも双子に星を作り替える事を考えたら大差ないだろと言われ、確かにそんな気がしてしまった。

 以前賢者が言っていたが、ここは隙間の世界なのだそうだ。別の世界と繋がり、そこからたまたま流れ着く人や物がある世界だと。ここはたまたま神のような存在が赤と青の星を作り、生物が生きられる環境を作ったらしい。そして双子は同じような隙間の世界は無数に存在していると推測していた。

 要は誰も使っていない隙間の世界へここの住人だけ移住すればいいという事だった。そんな事が出来るのか、と思うけど、この世界の存在自体がそれを証明しているという。世界と世界を繋ぐ回廊が移住を可能にすると。

 双子の推測だと虚無の向こうにその世界はあるという。私は今、この世界での存在がかなり希薄になっていて、何者でもない存在になりつつあるそうだ。だから、赤と青の石の力で自分を改変し、一時的に神に近い存在になれればもう一つの世界を作る事が可能だという。

 正直無茶苦茶な話な気がした。でも、それが出来るなら、今後は世界の崩壊に怯えずに人々が暮らす事が出来る。アギ族もデオ族もセダの民も安心して暮らせる。私が頑張ってそれが出来るのなら、私は挑戦してみたいと思ってしまった。


 そんな事を考えているうちに空の上に虚無が見えてくる。虚無は周りの空間を吸い込んでいる。そして虚無の前に黒い点が現れた。まあこれも予想出来た事だ。黒点は以前のように人型の漆黒に変わる。以前より大きく、強そうに見えた。


「私も一度レレリ達みたいに戦ってみたかったんだよね」


 私の両手の中の赤石と青石が光る。私の右半分はレレリが着ていた鎧のように赤い鎧に包まれる。私の左半分はシシルの強化スーツのように青い鎧に包まれる。赤石と青石は紅い剣と蒼い剣に変わる。鏡が無いから自分の姿がちゃんと見れないのが少しだけ残念だ。


「時間が無いから一気に行くよ!」


 私は空を駆ける。漆黒から黒い槍が何本も飛んでくるが私はそれを剣で払いのける。漆黒も両腕を刃に変え、私に迫ってきた。私は全力で剣を振るった。大気が切れ、漆黒も×の字に斬られる。そして私は左右の剣を合わせ一本の大剣へと変える。大剣を大きく振りかぶり、漆黒を切った。剣の軌跡の跡には何も残っていなかった。

 私は一旦呼吸を整える。ここからが本番だ。目の前には黒い空間が広がっている。あの虚無に飛び込んだ瞬間消えてしまってもおかしくはない。でも、不思議と恐怖は無かった。今の自分には力がある。この世界の住人を救う力が。それだけは信じられ、私は虚無へと飛び込んだのだった。



 私は漂っていた。肉体というものが無くなり、闇の中に溶けてしまいそうだ。何も見えず、何も聞こえない。息も出来ないし、何も感じない。意識だけが残り、それもこのまま消えてしまうだろう。なんでこんなところにいるんだっけ。何がしたかったんだっけ。思考が纏まらず、全てがどうでもいい気がしてくる。きっとこのまま消えていくのが正しいのだろう。

 目の前に赤と青の光が輝いた。光から二人の少女の顔が思い出される。赤い髪の少女はレレリ。青い髪の少女はシシル。そうだ。私は二人の為にここまで来たんだった。闇の中で肉体が構成されていく。あくまで自分という存在を認識させる為のシンボルだ。私はあの世界に最初に飛ばされた時と同じ制服姿になっていた。

 私の役目はあの世界と同じような世界を作る事。その為の力が必要だ。周囲を私が理解出来る形で表現していく。そうすると私は闇の中に浮かんでいて、その周りにいくつかの球体が浮かび上がってきた。一番近くにある球体。あれがレレリとシシルがいた赤と青の星の世界だ。その球体の周りに何かがいるのが分かる。賢者が神と呼んでいた存在。それは薄ぼんやりとしていて、何か分からない物だけど、世界を破壊する恐ろしい神ではなく、優しく見守る母親のような存在である事が分かった。

 私は他に浮いている球体を覗いてみる。すると、その一つが私の元居た世界だと分かる。地球があり、日本があり、私が住んでいた町が見えた。今の私なら石の力を使って元の世界に戻る事も出来るかもしれない。でも、それはもう諦めた事だ。この力はあの世界の人達を救う為に使うのだから。他の球体をいくつか眺めるが、それぞれの世界があって、そこには神様のようなそれぞれの世界を見守る存在が居た。それらの球体は使えない。と、一つとても小さな球体が端の方に浮いているのを見つける。そこには何も無かった。あの世界と同じ、たまたま隙間に出来た空間。私はそれを選ぶ。優しくその球体を持ち運び、あの世界の球体の近くまで連れてくる。


 さてどうしようかと考える。基本はあの世界と同じでいい。ただ星の力は同じ混乱を産むので、太陽と同じ恒星を作る必要がある。あとは、どんな世界がいいのだろう。私はあの世界を覗き込み、そこに生きる人達の希望を観察する事にした。

 デオ族の人達は自然と共に生きている。力を信じ、それが重要だと思っている。ただ、その中には力の弱い人間も混ざっている。全てが今まで通りじゃいけないのだろう。そこはアギ族と混ざり合う事で変わってくる筈だ。

 アギ族は知恵と機械を駆使して生きている。秩序を好み、争いを好まない。でも、アギ族の中でも不満を持つ者はいた。やっぱり今まで通りじゃ駄目なんだろう。フフだってもう無い。

 セダの民は隠れ、静かに暮らしていた。でも彼らも人間だ。出来ればアギ族やデオ族と同じように暮らして欲しい。

 遠くから色んな人の想いを見て、望みを感じると、全てを平等に実現させる難しさがよく分かる。フフはこんな難題を押し付けられ、何とかより良いと思われる答えを出したのだろう。私は万能じゃない。だから、出来るだけ希望にそった土地や環境は用意して、後はそれぞれの種族に任せる事にした。

 基本は同じ星を用意し、建物や機械もなるべく残す。ただ、赤と青の力が無くなるのでそのままじゃ動かないだろう。でもゴゴシのような技術者がいれば何とかなると思う。魔法もある程度は使えるけど、星の力が無くなるから、その強さも減るだろう。その影響で争いは減っていく筈だ。変獣や凶獣は環境に適応した形で、出来るだけ同じように配置する。植物も同様だ。大気は地球と同じにして、太陽の動きも似た形にする。双子が言うには、ある程度形を作れば、後は世界の方で調整してくれるらしい。いや、自分がそう思う事でうまくいくんだっけ。とにかく、これで舞台は出来上がった。

 後はあちらの世界との回廊を作る。私の行動にあちらの世界の神のような存在が注目していた。


『そちらの世界を壊したりはしません。あなたが不要だと思った人々をこちらに連れてくるだけです』


 私は言葉にして意志を伝える。納得したのかは分からないが、特に何の反応も示さなかった。私は回廊を通してアギ族やデオ族を新しい世界に運ぶ。彼らにしてみれば転移の魔法でちょっと連れて行かれたとでも思うだろう。生き残ったセダの民も同様に運ぶ。新しい世界でも彼らの生活は厳しいだろう。彼らが新しい世界で生き残れるかは彼ら次第だ。

 残りはよく知っている人達だ。ヨヨゴとメメヌ達アギ族の戦士は機械人形と戦いながら、創造と消失の賢者を守っていた。賢者は機械人形が出てくる場所を破壊しつつ、堤防のような物を作っている。ただ、それももう必要はない。私は彼らを新しい世界へと移動させた。

 ササト達聖女は私が初めて着いた丘の上で新たに来た人達を説得したり、危険な物を破壊したりしていた。回廊の賢者は別の世界からの扉を再度作成し、食い止めている。新たに来た人達はどうしようかと少しだけ悩む。でも、新しい世界なら十日で消滅する現象は無くなる筈だ。元の世界に戻すより、新しい世界に連れてきてしまおう。私は聖女達と異世界の人達も新しい世界へ連れて行く。

 最後に賢者の建物にいる人達だ。賢者には思う所はあるけど、新しい世界で彼らの知恵は必要になるだろう。双子も同様だ。私は彼らを新しい世界へ運ぶ。


 そして残ったのは二人の少女。二人を運べば全てが終わる。まだ少しだけ力も時間もある。ちょっとだけ神様みたいになったのだから、我儘も許される筈。


「ん?なんだ?」


「え?ここは?」


 私は二人を世界の外に連れて来た。二人も私同様に闇の中に浮いている形になる。


「えっと、ここは世界の外だよ」


「キラン!どういう事だ一体」


「ミミトとミミコから大体の話は聞きました。なぜそんな無茶をしたんですか」


「二人ともこっちに来て」


 二人の質問には答えず二人を私は引き寄せる。そして両手で二人ごと抱き締めた。


「レレリ、嘘ついてごめんなさい。最後まで出来なかったけど許してね」


「ダメだ、許さない。もうキランを離さないからな」


 レレリが私を抱く手に力を籠める。その痛みさえ愛おしい。


「シシル、傷付けてごめんなさい。選ばなかった訳じゃ無いの。ただ、シシルにはササトがいるし、私じゃ無くても大丈夫でしょ?」


「駄目です。わたくしもキランがいいです」


 シシルの抱き締める力も強くなる。私はこのまま二人を抱き締めていたかった。でも、時間は有限だ。


「ごめん、そろそろ時間だから。あそこに見えるのが新しい世界。私が作った世界だから。最初は色々大変だと思う。でも、レレリとシシルなら大丈夫だって信じてる」


「なあ、キランも一緒に行くんだろ。3人で力を合わせるんじゃないのか?」


「回廊は外からしか壊せないんだって。私が中に入ったら、今までみたいに外から色んな物が入ってきちゃうの。だから、私はここに残る必要がある」


「わたくしも残ります。キラン一人にはさせません」


「あたしだって残るさ。キランがパートナーに選んだのは私だろ」


 二人はすがるような瞳でこちらを見る。


「やっぱりバカだな私。こうなるって分かってた筈なのに。いつも思い付きて行動して、二人に迷惑ばかりかけて。レレリは王様でしょ。新しい世界で困ってるデオ族の人達を何とかしなくちゃ」


「そんなのはどうでもいい。あいつらだってバカじゃない。あたしがいなくたってどうにかなるさ」


「シシルがいなくちゃアギ族はデオ族と戦い始めちゃうでしょ。フフも無いんだし、シシルがみんなを纏めないと」


「他の聖女達だってわたくしの想いは届いた筈です。わたくしはキランと一緒に居ます」


「ごめんね、私はもう人間じゃないの。二人は人間だからここには長時間いられない。だから、ここでお別れ」


 私の目から涙がとめどなく流れる。覚悟が出来ていた筈なのに、二人がいると揺らいでしまいそうだ。


「本当にバカだな、キランは。いいよ、お別れだ。でも、あたしが迎えに来てやる。新しい世界が落ち着いたら世界の果てにだって追いかけていくからな。だから、またね、だ」


 レレリが瞳に涙を貯めながら別れの挨拶をしてくれる。


「でしたら、わたくしはレレリより先に迎えに行きます。アギ族の知恵を集めれば不可能なんてありません。ですので、またお会いしましょう」


 シシルも泣きながら別れの言葉をくれた。二人の優しさが本当に嬉しい。


「二人とも大好きだよ。じゃあね」


 私は二人を腕から離す。


「あたしもキランの事愛してる」


「キラン、大好きです」


 二人は回廊の方へと落ちていく。私は泣きながら笑顔で二人を見送った。二人に会えてよかったと本当に思った。


 徐々に身体が透けていくのが分かる。そろそろ限界だ。私は二つの世界を繋いでいた回廊を破壊する。これで新しい世界に別の世界から何かが入ってくる事は無いだろう。本当は自分の作った世界がどうなっていくかを見守りたい。でも、私は神様じゃないし、こうしていられるのは二つの石のおかげ。両方の手の中を見ると赤石と青石の光が弱まっているのが分かる。もう時間切れだ。


(少しは救世主らしくなれたかな?)


 私の存在は消滅した。

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