お客さまは神様です
「お客さまは神様だ!!」
これが、ウチの店長の口グセだ。
まったく、くだらん。
おれは『バイト』。
とあるラーメン屋でバイトしている。
あだ名じゃねーぞ。
ホントにバイトってんだ。
漢字で書くと『梅人』だな。
こんな名前だからな。
おれはバイトとしての仕事に誇りをもってる。
生涯バイトでもいいくらいだ。
だからよ、お客さまは神様だとかいって、へりくだりたくねーんだ。
あくまでフラットな態度で接客する。
それがおれの“信念”なのだ!!
「オイ!! ラーメン髪の毛はいってんぞ!!!」
またバカ客が何かさわいでやがるな。
「るせー!!! そのくらいガマンしろ!!!」
「なにい!!!?」
「バカ野郎!!!!」
店長に殴られた。
「すいません。すぐ代わりをお持ちします。お代はけっこうですので!」
「次からは気をつけろや!!!」
納得いかん。
「店長、なぜだ!?
あんなの、自分で髪の毛いれたにきまってんだ」
「そうかもしれん。だが、そうじゃないかもしれん。
こちらの非である可能性があるなら、それはあやまらなきゃだろ」
ったく、店長はマジメすぎるぜ!
おれは客が神だなんて認めねーよ。
だってそうだろ?
店内を見わたしてみる。
ラーメン食ってる臭そうなオッサン、チンケな学生、時代遅れのモヒカン野郎、ブス女。
こんな連中が神様なワケねーじゃねーか!!
おれは客を神様あつかいなんてしねえ。“絶対”にだ!!!
と、決意した矢先。
“神様”がやってきた。
「うおッ!!?」
腰のあたりまである長い白髪に、これまた腰に届かんばかりの長いヒゲ。
しわだらけの顔の中に光るそのひとみは、神話的な知性の光をたたえている。
右手には木でできた大きな杖をもち、服装はギリシャ神話にでてきそうなさらさらのローブときた。
なんだ、コイツは!!?
「我は、『オーディン』じゃ」
オーディン!!?
ギリシャっぽいのに北欧神話だと!!?
ていうか聞いてもいないのに名乗っただと!!?
「ほう、まさかホントに神様がやってくるとはな。
こいつは、“チャンス”だな。
おめえが、客を神様あつかいする練習をする、よ?」
店長がのんきなことをいっている。
「いやいやいや。神様なワケないでしょ。
どうみても変質者でしょ」
「いんやアレは“本物”だ。
おめえにはわからねえか?
奴のはなつ、“神気”ってやつがよ?」
神気!!?
そういえば、妙に肌がざわつく感じがしないでもないが…
いや、これは変質者相手にとりはだがたってるんだろう。
神様なんているワケないじゃないか!!
しかもラーメン屋に。
「本物相手なら、おめえもちゃんとやれるだろう。
しっかり“神様的接客”をしてこいよ!」
バカな…
おれは意地でも、客を神様あつかいなどせんぞ。
たとえ、“本物”でもだ!!!(ないだろうけど)
おれは、オーディンの前に水を乱暴においた。
「ご注文は?」
「うむ……そうだな……」
オーディンはおもむろに本を取りだした。
“ランチパスポート”だった。
「これがあれば安くなるのだろう?
では、これで」
意外とケチくさいだと!!?
一応、説明しておくとランチパスポートとは、持参すれば特定のメニューが安く食べられるというモノだ。
ウチではラーメン半チャーハンセットでやってる。
「ハァ。わかりました」
おれは厨房にむかって叫んだ。
「ラーメン半チャーハンで!!」
「了解だ!!」
さて。
オーディンはおもむろに水を飲んだ。
そして、その知性あふれるひとみを大きく見開き、大きく息を吐きだして言った
「うまい…!
まるで、ミーミルの泉の水のようだ」
大げさすぎるだと!!?
今度はオーディン、ゆったりと店内を見まわしている。
「しかし、内装は貧弱だな。
主神たる我には、ふさわしくない」
だったら来るなよ。
「キミはこの程度の装飾で満足しているのかね?」
いきなり質問してきただと!!?
「いや、まあ、ラーメン屋ならこんなモノかと」
「もっと黄金をたくさん散りばめ、飾りたてた方がよいと思うのだが」
そんなラーメン屋いきたくねえよ。
ガキがとてとてとオーディンに近寄ってきた。
「わーいオジサンのカッコおもしろーい!」
「ええいうるさいぞガキめが!!! 消え失せい!!!」
人間としてうつわが小さいだと!!?
「ふええ〜〜」
ガキは泣きながら走りさっていった。
オーディンはいらだたしげに貧乏ゆすりをしている。
「それにしても、まだこないのかね、ラーメンは。はやくせい」
やたら気が短いだと!!?
「まったく、つかえん。
思えば、昔から我の部下は使えん無能ばかりでな。
主神たる我は、いつだって苦労させられてきた」
聞いてもいない身の上話をはじめただと!!?
「奴らが無能すぎたおかげで、我はフェンリルめに食われてしもうた。
だが、主神たる我は滅びなかった。
永き時をかけて再生し、ふたたびこの世によみがえったのじゃ」
オーディンが憎々しげに店内のブサイクどもを見つめた。
「だがしらぬうちに、地上にニンゲンなる雑種であふれておった。
我はヤツらを奴隷化し、ふたたびこの世を神の世界とするつもりじゃ。
そのためにまず、ニンゲンの創った文化というモノを見ておこうと思ってな。
いわば“敵情視察”というやつじゃな」
敵に腹のうちをバラしているだと!!?
実はアタマわるいんじゃなかろうか。
「ラーメン半チャーハンお持ち!!」
店長が叫んだ
「へーい」
おれはラーメン半チャーハンセットをオーディンの前に置いた。
「おほッ、きたきた」
オーディンがわりばしを綺麗にふたつに割った。
そしてズルズルと大きな音をたてて麺をすすり、ぷはぁーっと息を吐いて、器を手にもってズズズとスープを飲んだ。
「カァーッ!! これじゃのォ〜」
日本文化に染まりすぎているだと!!?
ぜったい神様じゃねえだろコイツ。
オーディンがおれのことをにらんできた。
「なにを見ているのかね。
おちついて食えんではないか」
「ハァ。スイマセン」
おれは他の人の接客をしつつも、オーディンの方をちらちらと見ることにした。
いや、ヤツのことを気にするなといわれてもムリだろ。
オーディンはチャーハンをがぱがぱとおいしそうにかっこんでいる。
そして、ラーメンもおおかた食いおわったあたりで。
キョロキョロと、挙動不審になった。なんだ?
オーディンは、まわりが誰も見てないことを確認すると(見てるけど)、自分の髪の毛を一本ぷちっと取って、ラーメンの中に入れた。
「コリャ〜〜ッッ!!!
ラーメンに髪の毛がはいっておったぞォ〜〜ッッ!!!!?」
どこかのチンピラみたいなセコいことをしだしただと!!?
「すいません!! すぐ交換します!!
お代もけっこうですんで!!」
「まったく、気をつけい!!!」
オーディンが居丈高に店長をしかりつけている。
って、おいおいおい、さすがに納得いかんぞ!!
「待った!!! 見ていたぞ?
アンタいま、自分で髪の毛いれただろう!!?」
「なにい〜〜!!!?」
オーディンの顔が真っ赤になった。
「主神たる我が、そんなセコいことをしたというつもりかァ〜〜ッ!!!?」
しただろうが。
「ちゃんと見ていたんだ!! おれは!!」
「言いがかりじゃ!!!
ならば証拠をみせてもらおうか!? 証拠をォ〜ッ!!?」
ぐッ…動画でも撮っていれば…
「ないようじゃのォ〜〜。
まったく、くだらない言いがかりをつけおって。
このうすぎたないカスめが!!!」
………
「我は最初から、ヌシはアタマのわるそうなカオをしていると思っておった。
“お客さまは神様”という言葉を知らんのか?
知らんのだろうなあ〜、キサマごとき生ゴミは。
キサマのようなカスは、この世のどこにも居場所はないわ!!!
店長!! こやつを即刻クビにせい!!!」
店長は黙っている。
「不必要きわまるゴミカスめが!!!
誰にも必要とされずのたれ死ぬがいい!!!!」
コイツ…!!!
おれは、オーディンの不愉快きわまるツラをおもいきりブン殴った。
「ブハァッ!!!?」
オーディンがのけぞる。
「な、殴りおったな!!? 主神たるこの我を…!!!
おのれ……ゆるさん……
絶対にゆるさんぞォオオオオ!!!!」
目のくらむような閃光。
オーディンの周囲に無数の“雷の柱”が発生し、荒れ狂い、イスやテーブルをなぎ倒した。
な、なんだコイツ!!?
本物の“神”だとでもいうのか!!!?
「『ラグナロク』じゃあああああッッ!!!!!」
そのとき。
店長がおれの前に歩みでた。
店長が手をかざすと、霧が晴れるように、雷の嵐がかき消える。
「何!!? …ぶへぁッ!!!?」
店長の拳が、驚愕にそまったオーディンのツラにめりこんで。
「うぶぉああああッッ!!!!?」
ハデに、ブッ飛ばした。
オーディンが鼻血を吹きだしながら、よれよれと起きあがる。
「あ、あなたさまは……まさか……『ユミル』さまッ!!!?
あ、あなたさまもこの世に再生して……
ひぃいいいいッッ!!!」
オーディンはぶざまな金切り声をあげて、よたよたと退散していった。
「て、店長……」
「おぼえておけ。お客さまは“神様”だ。
できる限りていねいに接客しなけりゃならん。
だがな、従業員だって“神様”なんだ。かけがえのない、な。
それをコケにしてくるカスがいたなら、容赦なく叩きだせ!!!」