おあいこ
No photosへの加入を決めた苑子は、朝の講堂にて、ある人物を探していた。
混み合う一限の講堂にて、私はある人物を探していた。田淵葵。
「USG」のベース担当にして、私たちの所属する軽音サークルの長。今日は彼女に、話があるのだ。
葵は、思いのほかすぐに見つかった。講堂の少し後ろの席で麗と談笑していたのだ。私はその席に向かう。
朝早くに行われる一限に麗がいるのは予想外だったが、いた方がむしろ都合が良い。今日葵にしようと思っていた話は、いずれ麗にもしなければならないのだ。私は意気込んで、葵と麗の座る席へ向かう。
「おはよう」
二人に声をかけると、視線が一斉にこちらへ向いた。私はそれに少したじろいだが、彼女たちの隣に座る。
「おはよう」
「おはよー」
葵と麗が私を笑顔の挨拶で迎えてくれたので、安心する。最後に会ったのがあの音合わせのときだったから、少し気まずい気持ちもあったが、彼女たちはさほど気にしていない様子だった。
「麗がこの授業に出るなんて、珍しいね」
「でしょお? だから、今超眠いんだ」
麗が大げさにあくびをする。
「どうして今日は出ようと思ったの?」
私がそう尋ねると、麗と葵が息を合わせたように笑った。私はそれに違和感を覚える。彼女たちは、事前に口裏合わせでもしていたのだろうか。
「麗は、今日苑子に用があって、わざわざ一限に来たんだよね?」
葵がそう言って、麗の方を見る。
「そうそう、ちょっと「お披露目」をしたかったんだー」
「お披露目?」
私は首を傾げる。
「麗、お披露目ってどういう意味?」
「苑子ちゃん、今日のわたし、なんか荷物多いと思わない?」
「荷物?」
そう言われて、各々が席に置いた荷物を確認する。かばんが三つに、ギターケースが三つ。私はそこで、麗の言わんとしていることを、なんとなく理解した。
「え、まさか麗、これって……」
「そう。わたし、ギターを買ったんだ」
そう言った麗が、満面の笑みを浮かべた。私は急なことに、しばらく言葉を失ってしまう。
「どうして、ギターを買ったの?」
「だって、わたしがギターをできるようになったら、苑子ちゃんも心置きなく貴充くんたちと一緒にできるでしょ?」
麗は淀みなく、さらりとそう言い切った。私はその言葉を聞いてさらに驚いてしまい、またも言葉を失ってしまう。なんと言えば良いかわからず、ただただ無言で麗と葵を見る。
「黙っててごめんね、苑子。一昨日の音合わせの帰りに、私たちで色々話し合ったんだ。言いにくくて、結局今言うことになっちゃったんだけど」
「話し合ったって、何を?」
「今後、どうするかって。苑子が志村くんたちとやりたいと思ってるのは、私たちの間では共通認識だったから」
葵がそう言い切るので、私はさらに驚いてしまう。
「え、そうだったの?」
「そりゃ、わたしが苑子ちゃんの立場だったら、貴充くんたちとやりたいって思うもん。だって苑子ちゃん、貴充くんのこと好きなんでしょ?」
麗がそう言って、悪戯っぽく笑った。その隣、葵も、同様に悪戯っぽく笑っている。私は、顔が熱くなるのを感じた。
「そ、そんなことないってば」
「苑子ちゃん、わかりやすいなあ」
「わかりやすいも何も、違うし!」
「言い逃れは無駄だよ、苑子。だって君、志村くんと話す時だけ明らかに態度違うよ?」
葵にそう指摘され、自分が志村とどう接してきたのかを思い出してみる。しかし、話し方を変えている心当たりはなかった。麗や葵に勘づかれるほど、態度が違っていたとは思えない。
「まあ、それはそれとして、私たちは今まで苑子を「USG」に縛りつけちゃってたわけだから、この間も言ったけど、そこは申し訳なかったなって」
そう言った葵の表情が、真剣なものに変わった。
「そんな、謝らないでよ」
「いや、私が苑子を誘ったわけだから。本当に、今までごめん」
葵は責任感の強い性格だ。それでいて周りが見えているから、いろいろなことに気がついてしまう。だからこそ彼女は、一人であらゆる問題を抱え込み、悩んでしまうのだ。
「だったら、私の方こそ二人に謝らないといけない。私、葵たちに相談せず、志村たちの一緒にやろうっていう誘いを受けちゃったんだ。やりたいかって聞かれたから、うんって」
そう言うと、胸が痛み、緊張を感じた。いくらやめても良いと言われていたとはいえ、面と向かって他バンドへの浮気を報告するのは、勇気が必要だった。
「そっか」
私の言葉を最後まで聞くと、葵と麗は目を見合わせ頷き合い、私の方に視線を戻す。私はそれを、じっと見つめ返した。
「じゃあ、これでおあいこってことにしよう。私も苑子も、お互い申し訳ないと思ってるなら、脱退しても私たちはバンド仲間でいれると思うから」
葵はそう言って、視線を落とす。そうして小さく息を吐き、もう一度私の方を見てから、笑いかけた。
「これからもよろしくね、苑子」
「うん、よろしく」
葵の目が、少し潤んでいるのに気がついてしまった。私はそれに気づかないふりをして、麗に視線を合わせる。音合わせをしたあの日、葵は確かに、「苑子と音楽をやりたい」と言ってくれた。そのうえで、今回彼女は決断をしてくれたのだ。だから私は、彼女の気持ちも汲んで全力で音楽に取り組まなくてはならない。これから私がやっていく音楽は、私のエゴのもとに成り立っているのだ。
「麗も迷惑かけてごめんね。私で良ければ、ギターの相談には乗るからさ」
「ありがとう。苑子ちゃんに教えてもらえるなら安心だねえ」
麗はあくまで笑顔のまま、そう言ってくれる。しかし、あの音合わせの日、葵は麗についても、私と一緒に音楽をやりたいと思っているのだと言ってくれた。私は葵と同様、麗についても、その気持ちに応えられるだけの努力をしなければならないと思った。
「これからは、新しい「USG」をよろしくね」
葵のその一言とともに、授業の開始を告げるチャイムが鳴る。私は深く頷く。その頷きは、葵の言葉に同意すると共に、自分自身に対して、今を全力で生きる覚悟を決めさせるものでもあった。