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No photos

苑子たちの青春群像は、彼女の誓いと共に、いよいよ終わりを迎える。

「ロックで、しゃらくせえ世の中を変えてやりましょうよ!」と、喜多の元気な声がした。駅へ続く急な坂道、ギターケースを背負って歩く集団の中で一番背の高い彼は、他の面々の顔を交互に見やっている。

「どっかの誰かさんも、いつだったかそんなようなことを言ってたな」

伊地知が喜多の方へ振り向き、呑気な声でそう言った。私たちの中で唯一ギターケースを持っていない伊地知は、坂道で先頭を歩き、ずんずんと足を進めていた。

「え? それって誰っすか?」

「今さっき見た墓に入ってる奴だよ」

「へえ、貴充さんが言ってたんすね。すげえや、俺、模範的新メンバーじゃないっすか?」

「なんだよ、模範的新メンバーって」

伊地知が小さく笑い、小首をかいてはため息をつき、それからすぐに穏やかな顔になる。

「まあでも、アマネくんはなんとなく貴充に似てるよね」

「ほんとっすか、どういうところが似てますか?」

喜多が、今度は彼の隣を歩いていた山田の方を見る。山田はその視線を受け、口元に手を当てて考え始めた。

「うーん、自分の考えをちゃんと持ってるところかな。貴充もアマネくんも、言うべきことはきちんと言えるけど、普段はおちゃらけて楽しそうにしてる」

「それは、俺褒められてるんすかね?」

「褒められてると捉えてもらって構わないよ。貶すくらいなら、新メンバーに迎えたりなんかしないしね」

「本当っすか? 山ちゃん先輩にそう言われるとうれしいっすね!」

前を歩く彼らのそんな会話を聞きながら、私は少し安心していた。

文化祭ライブの後、私は山田と伊地知に喜多を紹介した。最初は、彼らが喜多を受け入れるか心配な部分もあったが、それは徒労だった。彼らはすぐに喜多を受け入れ、新メンバーとして向かい入れたのだった。

「なかなか、賑やかな新メンバーだね」

私の隣を歩いていた将充さんが、穏やかな笑顔で私を見てくる。私たち「No photos」のメンバーを今日の墓参りに誘ってくれた彼の背中には真新しいギターケースがあり、私はそれを少し嬉しく思った。

「そうですね。なかなか癖は強いですけど、悪い奴ではないので、なんとかなると思います。現に、山田や伊地知も不快感は持ってないようなので」

「そうみたいだね。ギターが一人増えると演奏の幅も広がるし、これからも「No photos」から目が離せないな」

「ありがとうございます。将充さんも、バンドの方、頑張ってださい」

私がそう言うと、将充さんは照れくさそうに笑った。彼はこれから、大学時代のバンドメンバーと、久々に音合わせをするのだという。そのきっかけを私たちに明確に話はしなかったが、もしあの文化祭でのライブがきっかけだったら嬉しいな、と思う。

「僕の方には、そんなに過度な期待はしないでね。大学卒業以来、全くギター触ってなかったから」

「いやあ、そう言われても期待してしまいますよ。何せ、あの貴充君の師匠ですから」

私がそう言ってみると、将充さんは軽く頭をかいた。その時の少し楽しげな表情が、生前の志村の姿と、重なる。

「なるべく期待に添えるように、善処するよ」

「その意気ですよ。私も、頑張りますから」

そう答えると、将充さんも頷いて笑った。それにつられて、私も笑顔になる。

からっと晴れた秋の日、ギターケースを背負って歩く集団に、笑顔が溢れる。そんな時間も、やがて取り返しのつかない過去になる。私はそのことを、知っていた。

だから、私は「今」を全力で生きるのだ。いつかの私が「今」の私を思い出してがっかりしないため、いつ終わるかもわからない「今」を後悔しないため。私は心の焦点を、「今」にフォーカスする。いつからか私は、そんなことを考えるようになっていた。

「おい、苑子」

前を歩く「No photos」のメンバーが、こちらに視線を集めていた。その顔はそれぞれ違っているが、各々楽しげな表情をしている。それに私も楽しくなる。多分、今はこれで良いんだと思う。

私はこの面々と一緒にこれからも音楽をやっていく。その時間がいつか過去になろうとも、私はきっと、「今」を後悔することはないだろう。そう思えるだけで、幸せだった。

「スタジオ着いて一曲目、なにやるつもりだ?」

伊地知が、にやりと笑ってそう尋ねてくる。そして私は、その答えをすぐに思いつき、彼に笑い返す。

「決まってるでしょ?」

「だよな。多分、俺も同じことを思ってた」

伊地知のその言葉を受け、喜多や山田も笑顔になる。どうやら、彼らもまた、私たちと同じ意見のようだった。

私たちは目を合わせる。そうして一呼吸置いてから、いっせーのーせで曲名を言い合うのであった。

今を全力で生き抜くため、かけがえのない時間を後悔しないため、私たちは撮影禁止で「今」を駆け抜けていく。


『No photos』


秋の昼下がり、青空の下、私たちはそう、声を合わせた。


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