第五話:クリープヒルから出立
事務所のドアを開けて勢いよく入ってきたのは兎族のナミだった。
「兄貴、おはようだどー!」
ナミは背が低いため子供っぽい服を着て見た目は幼女のように見せている。
これでも十五歳で成人済みなのだ。
「朝から元気がいいな」
俺は、チラッとナミを見て言った。
クリクリした大きな瞳と長いまつげ、少し大きめの前歯が幼さを感じさせる。
そんなナミを見て、サリーたちはニコリと笑みがこぼれる。
愛嬌のある容姿に、兎人族らしい訛りが周りの者をホッコリさせる。
ナミとの付き合いは2年ほどだが頼れる相棒だ。
「兄貴にいい情報を持ってきたど」
「そうか、でも後にしてもらえるか?」
ナミは椅子に座ったサリーとララに気づいて、慌ててごめーんと謝った。
朝から来客があったことが予想外だったのだろう。
「あ、お客さんだったのか。それじゃ、後にするど」
「悪いな、少し外で待っていてくれ。すぐに終わる」
「了解だどー」
ナミは「後でね」と手を振って事務所を出て行った。
どうせ外で聞き耳を立てているんだろう。
サリーの部屋と店の契約を終わらせると、ララの今後について話をすることにした。
「とりあえず、ララは住むところはどうするかだ。アテはあるのか?」
ララは俺の問いに、首を振った。
娼婦として使っていた部屋には戻れないのだろう。
すると、サリーがここぞとばかりに机の上に置かれたララの手に手を重ねて言った。
「住むところがないなら、あたいと一緒にしばらく住んでいいよ! ベッドは1つだけどソファーをおいて、そこで寝てもいいし、あたいは床でもいいからさ」
「ま、まさかサリーさんに床に寝させるなんてできませんっ!」
サリーの申し出に驚いたララは、そこまで迷惑かけられないと言った。
「冗談だよ。本当に、うちに来たらいいよ。ちょっとボロくて狭いけど」
「おいっ、聞き捨てならないぞ」
「あはははは、冗談だよ。セイヤさんには本当に感謝してる」
その後、俺がサリーと同居して一緒に武器屋をして金を貯めるように提案すると、ララも快く承諾した。
しばらくサリーの武器屋の店番でもさせていたら、そのうち自立できるだろう。
金が必要なら貸してやることもできるし、仕事を斡旋することもできるが、それではこの女は自立できない。
男に庇護されて生きて行くのを望まないのであれば、強くなるか、仲間と一緒にいるかだ。
「サリーは人使いが荒らそうだな。コキ使われるぞ」
「まさか、そんなことしないよ。仕事が見つかるまで、うちで店番や買い物のお使いをしてくれたらいいよ。そのぶん、あたいは制作に集中できるしさ」
ララとサリーがお互いに譲歩しあって、うまく話が落ち合ったようだ。
俺はララを観察した。美人ではないが醜いわけではない、いたって普通の女だ。
髪は金髪で肩までの長さがあり、軽いウェーブがかかっている。鼻筋も高く、目も大きくてはっきりした顔だちだ。
体型も引き締まっていて、無駄な贅肉はなさそうだ。
服の上からでもララの胸はしっかり主張しているので、酒場で働けば人気が出るだろう。
今はサリーの店で働いて、心労が癒えたらどこか安心して働ける酒場で働くのも悪くはないだろう。
酒が好きだと言っていたから、酒場はやめたほうがいいか。この女は酒に飲まれるタイプかもしれない。
サリーとララの用事は終わったので、店の外まで見送った。
「サリーの店に寄らせてもらおう。俺の武器を作る約束を忘れるな」
「わかったよ。あたいの技術の全てを駆使して、全力で作ってあげるね」
腕を持ち上げ、力こぶを見せるサリー。さすがドワーフの娘だ。
可愛い顔に似合わず、筋肉がよく発達している。
ララにも声をかけて、事務所のドアを開けた。
「ありがとうございました。しっかりサリーさんの手伝いをして恩返しします」
ララは、ニコリと笑みを浮かべてから、頭を下げた
俺はふたりが通りの角を曲がるまで、見送るとナミを呼んだ。
「はいな! お待ちかねだど!」
建物の隙間から、ひょこっと顔を覗かせてナミが笑顔で出てくる。
待っている間も、中の会話を聞いていたのだろう。
「朝から女が訪ねてくるとは、相変わらず兄貴はモテモテだね」
「いや、今回は人助けのようなものだ。それより居場所がわかったか?」
ジョーについて調べていたナミが、朝からここに来た理由は一つしかない。
そして、俺も昨夜ジョーの居所がビズリーの廃農園にいることを突き止めていた。
「ジョーという野郎は、ビズリーにいるらしいな」
「さすが兄貴、もう知ってるんだ」
「ああ、昨日ちょっとな。俺に絡んできた奴らから聞いた」
昨夜は、ララを助けたことが間接的でもジョーの居場所を突き止められる結果となった。だからこそ、ララを無下に放り出すことはしなかった。
「ひゃぁーー。兄貴に絡んできた奴がいたの? どあほな野郎がいたもんだ!」
ナミはおどけて見せる。いつものことだ。
ナミが掴んだ情報は、ジョーがビズリーの廃農園をねぐらにしていることだった。
昨日のあいつらの話と一致している。おそらく間違いない情報だろう。
「ナミ、さっそくビズリーに行くぞ。お前も来るか?」
「もちろん!」
俺は、黒い上着を着た。
この街では黒い服を着ているものは魔法使い以外には見かけない。
白い大きな襟のシャツに黒い上着、ズボンも黒で統一している。
このズボンのポケットは魔法袋になっていて、ポケットに押し込めばいくらでも物が入る。取り出すときも、頭で思い浮かべるだけで取り出せるので便利でこの上ない。
当然、俺の魔剣もズボンの中に入っている。武器を持って歩くなど、冒険者のようなことはもうしたくはない。
武器を手に持たずにいることは、敵からしたら丸腰に見えるため、相手を油断させるのにも都合が良かった。
「ナミ、朝飯は食べたか?」
「まだ食べてないど。兄貴と一緒に食べに行くど!」
ナミは大陸の南方の生まれで訛りが独特で兎人族特有の語尾だ。
いつか、兎人族だけで話し合っているところを見たいものだ。
俺とナミは西地区の中心部にある朝市に来た。
西地区のちょうど真ん中がゆるい丘になっており、クリープヒルと呼ばれている。
青々とした芝生のクリープヒルを囲むようにマルシェが建ち並んでいる。
マルシェには野菜に果物、肉なども売られているが、調理した飯を出す店もある。
そこでナミと食べることにした。
「あら、いらっしゃい! セイヤさん、ナミちゃん」
俺は自炊はしないため、朝食を取るときはここで食べている。
店主である女将とは、顔なじみだ。
ここで出す飯は美味い。新鮮な野菜と肉を使っているからというのもあるが、この店の女将の料理の腕前は相当なものだった。
「おはようだど! おばさん、いつもの!」
「はいはい、二人ともいつものね。同じものばかりで飽きないのかい?」
「美味しいから毎日食べても平気だど」」
この国では野菜を生で食べることは稀だ。ほとんど焼くか煮る。
しかし、この店で食べる野菜は新鮮で青臭さがなく、いくらでも食べることができた。
肉料理も脂身のない鶏肉を茹でたものがメインで、朝から胃がもたれない。
料理はシンプルだが、毎日食べても飽きることがない。
しかも、食べ過ぎない程度の量だ。
西地区は冒険者が多いため、味や質より量を優先する店が多い。
しかし、この店はこの生野菜と脂身のない肉料理が女性たちにウケて、連日にぎわっていた。
スープの入ったカップを飲み干すと、底に残ったトウモロコシの粒を指先で救ったナミは、うまそうに口へと運ぶ。やることが子供っぽい。
腹が満たされて満足そうなナミが、小声で話しかけて来る。
「ねぇ、兄貴。この後すぐにビズリーに行くの?」
「ああ、夜に悪さする奴らは昼過ぎまで寝ているだろう。奴がアジトにいる間に行くつもりだ」
「寝込みを襲うの得意だもんね」
人聞きの悪いことを言うなと、ナミの額を指で突くと頬を赤らめて、冗談だからごめん、ごめんと手を合わせて謝る。
和やかに朝飯を食っている場合ではないが、こんな時こそ死んだミオンのためにも明るく普段通りでいたいと思う。
腹ごしらえをした俺たちは、ジョーを見つけるべくビズリーへ向かった。
<登場人物>
サリー・・・・武器職人。ドワーフの女でセイヤの持つ借家に部屋を借りる
ララ・・・・・人間の娘。サリーと同居することになった
ナミ・・・・・セイヤの相棒にして情報屋。背が低く見た目は幼女だが、大人の女性。
ジョー・・・・ビズリーの廃農園をアジトにしている悪党
5話はセイヤの日常描写ばかりですが、次回は戦闘シーンとなります。
面白いと思っていただけたら、評価、コメントなどいただけると励みになります。