間話①:初めての同居人
三話の後のサリーとララの様子を、書きました。
ストーリー展開上は関係ない回ですので、お時間がないときは次話にお進みください。
「どうぞ入って! 私もさっきこの部屋に来たところだから何もないんだけどね」
サリーは、ポツンとテーブルと椅子、そしてベッドが1つだけがある部屋に少女を招き入れた。
少女は、ボロボロの服を身にまとい素足のままだった。
「サリーさん、本当にいいのですか?」
銀髪の少女は、入り口で立ち止まりサリーの部屋に入ってよいものか思案している。
「サリーでいいよ。遠慮しないでね」
「は、はい。じゃあ、サリーって呼びます。あの、私のことはララって呼んでください」
ちょこんと頭を下げるとララは言った。
「ご迷惑になっていないでしょうか?」
「ぜーんぜん、迷惑なんかじゃないからっ! あたいも今日こっちに来たばかりで心細かったからさ。むしろ、一緒にいてくれる人ができてうれしいくらいよ!」
満面の笑みでサリーは言うと、入口で立ち尽くしているララの手を引き椅子に座らせた。
石造りの壁に、木製の梁には照明の呪文紙が貼られて煌々と明かりがついている。
何もない部屋とは聞いていたが、本当にテーブルとベッドがあるのみ。
サリーがドタバタと部屋から出て行くと、すぐに木桶に水を汲んで戻って来た。
「足が汚れてるから洗おっか! そのままじゃ、ベッドも汚れちまうからね」
そう言うと、水を張ったばかりの桶を足元に置いた。少女の足は泥だらけだ。
この部屋に備え付けられたベッドは借り物でしかない。汚したり壊すと弁償することになるので、大切にするのは当然だ。だが、サリーはベッドのことよりもララの汚れた足を綺麗にして暗い気持ちを払拭してもらいたいと思っていた。
「ごめんなさい、私、靴も履かずに裸足で飛び出してしまって……」
「いいって、いいって。 この布を使ってくれていいよ」
サリーは、足を洗うための布をララに投げて渡す。
空中でひとかたまりになった布を右手でサッと受け取ったララは木桶に布を浸した。
足を洗う前に顔の汚れを布で拭く。地面に転がった時についた土や涙と土ぼこりで布がみるみる茶色く汚れた。
さっぱりします、とララはサリーに言うと一度布を水で洗い、次に腕から指先まで拭き終わった頃にはきれいな肌が現れた。
サリーとララは出会って数刻も経っていない。
たまたまこの部屋の前で男に痛めつけられていたララを助け出したのだった。
もちろん、サリーがララを助けたわけではなく、この部屋の家主の男がララの男を叩きのめしたのだった。
「あのー、親切にしていただいてありがとうございます」
「いいよ、いいよ。大きな怪我もなくて安心したよ」
サリーは、乾いた布を手渡しながら言う。
「ありがとうございます。いつも殴られているので意外と丈夫なんです、私」
ララは、安心したのか、頬が緩み、顔からにじみ出ていた悲壮感がなくなった。
ララの笑顔を見たサリーは、安堵した。
ふと、桶の水を見ると白く濁ってしまっている。
「汚れた水を替えないと! もう一回汲んでくる。あたいも体を拭きたいしさ」
「そ、それくらい、私にさせてください」
ララは、濁った水を見て、慌てて桶に浸した足を出した。
「いいから、いいから。今日は私がやってあげるよ。ここってドアのすぐ外に水瓶が置いてあるから、取り替えるのってすぐだし……
明日からはララが水瓶に水を汲んでおいてくれたらいいからさ」
そう言うと、サリーはララの肩をポンと叩いた。ララはその手にそっと手を添える。
「親切にしていただいて本当にありがとうございます。私にできることは言ってください」
「ああ、明日からあたいも店作りしなくちゃいけないから、ララに家のことは頼むとするよ」
ララにウインクすると、サリーは桶を持って外に出て行った。
◇ ◇ ◇
サリーは、ひと括りにしていた緑の髪を解く。肩へと流れ落ちた緑色の髪は照明に照らされてエメラルド色に輝いている。
「サリーの髪、とてもきれい!エメラルド石みたいで素敵……」
ララは羨ましそうにサリーの髪を見て、今にも手にとって確かめだしそうに前のめりになっていた。あぶらぎった自分の銀髪とは大違いだとララは軽く言う。
「おぉ、ありがとうな。よく言われるんだ。他の人はもう少し濃い色してる人が多いんだけど、あたいは母ちゃんと同じで淡い緑なんだ」
二人は、着ているものを脱いでいく。
サリーは、女同士だから気にしないが、ララは恥ずかしいのか胸を隠してサリーの裸を見ないように下を向いていた。
「せっかくだからお互いに体を洗わおうよ」
サリーはさっさと全裸になると、桶の前に座りララを見上げた。
おずおずとララが脱ぐ姿を見て、恥ずかしがらなくていいよと声をかける。
「あのー。 びっくりしないでくださいね」
「おっ、もしかして〜、あたいよりおっぱいが小さいとか気にしてるの?」
サリーは自分の胸を両手ですくい上げて見せた。
大きな胸には自信があったが、職人としては邪魔でしかない。それでも、胸がないと悩むよりは、大きくて悩む方が贅沢だと思ったので、今では大きな胸も気にしないことにしていた。
ララは、シャツを脱ぐと全身にあざがいたるところにあった。
腕には掴まれたのか指の形に血が滲み、脇腹や胸の上も青紫色に腫れている。
日常的に虐待を受けていたのがわかる。
サリーは、痛ましいララの姿を見ると思わず涙ぐみ、そしてララに抱きついた。
「もう、大丈夫だからな……もうこんな姿になることないから……もう男なんかに、ララを触らせないから……」
「……はい」
ララの涙が頬を伝うと、憐憫の情を誘ったのかサリーの目からも大粒の涙が落ちる。
サリーは強く抱きしめ、ララの背中をさすりながら、何度も、何度も、大丈夫だと言い聞かせた。
◇ ◇
「このベッド、大きめだよな。二人で寝ても全然平気だし。あっ、あたい寝相が悪いけど、ごめんな」
「じ、実は恥ずかしながら……私も寝相が悪い方なんです」
そう言うとララはクスッと笑う。
そして、どちらからともなくサリーと手をつなぐ。
大きめのベッドとはいえ、二人の女が並んで寝るとなると窮屈さを感じる。それでも、手を繋ぎ、肩をお互いに付けて眠る。
ララの体温を感じ、サリーの体温を感じる。
「あの、助けてくださった男の人…… 明日改めてお礼が言いたいわ」
「セイヤさんな。 すげえよな、めちゃくちゃ強いし、女に優しいし、完璧だよね!」
「あ、それ私も思いました!」
先ほど泣いていた二人とは思えないくらい、笑いあった。
涙がすべての忘れたい出来事を洗い流してくれる。
その夜のサリーは、セイヤに出会ったところからララと出会うまでの経緯を、延々と喋り尽くした。
それを黙って聞くララ。話が途切れたところでララが口を開けた。
「サリーさんったら、全部教えてくれるんですね」
「あっ、わりー。なんかさ、すごく嬉しいんだよなあ。だって、今日この街に戻ってきて、住むところも店も何も決めていなくて泊まるところも決まっていなかったのにさ。セイヤに会って、家も借りれて店まで借りれたんだからさ」
サリーが武器職人になるため、遍歴職人で諸国回っていた時は落ち着いて眠ることができなかった。
狭い部屋に数人の兄弟弟子たちと板張りの床で寝たことも何度もあった。
ララもまた、客を取らされて落ち着く間もなくヒモの男の身勝手な振る舞いを受けながら、力尽きて眠る毎日を過ごしていた。
やっと、安心して眠ることができる。口には出さなかったが、お互いの存在に感謝したのだった。
いつも応援していただき、ありがとうございます。
まだまだセイヤたちのお話は始まったばかりです。引き続き宜しくお願い致します。