第十話:地に足を付けて立つ
俺とナミは領主のスピアーズの屋敷へ訪れていた。
この男、良識もあり裏稼業の俺に敵対していない数少ない貴族の一人だ。
そこに、キャサリンを移させていた。
「兄貴! おいらも一緒にいたらいいか?」
「ああ、気を回す必要はない。キャサリンの後のことを話すだけだ」
ナミは、軽く頷くと少し間をおいてから俺の手を取った。
「ところで治安官たちから呼び出しされたらどうしたらいい?」
「行けばいいさ。そして見たままを伝えればいい。遺品は冒険者ギルドへ引き渡したのだから、簡単な事情徴収をされるくらいだろう」
「わかった。おいらたちが行った時は、もう魔物に襲われて手もつけられない状態だったもんね」
「ああ、どうしてやつらはあんなにも魔物を引き寄せてしまったのだろうな」
クスッと笑ったナミは、本当だねぇと呟くと握った俺の手を離した。
屋敷の入り口にキャサリンが立っているのが見えた。
俺の姿を見つけて、軽く手を挙げている。だが、元気がない。
スピーアズも隣でそんなキャサリンを見守っている。
「もう大丈夫だ、キャサリン」
「うん……あの、ロシズ卿はどうなったのですか?」
あんな男でも心配するとは、人のいい女だ。
「心配するな。俺たちが行った時には魔物に食われていた。騎士たちも全滅だ」
「まあっ! そうでしたか……」
視線を落とし、肩をすくめたキャサリンを軽く抱き寄せる。
栗色の髪を撫でてやると、落ち着いたのか顔を上げた。
「セイヤさん、私……父も亡くなってしまい、屋敷も取られてしまって……ううっ、どうしたらいいのでしょうか」
「死んだ父親の無念は晴らしたんだ、まずはその報告を墓前にしてくるんだ。そのあと、しばらくは俺が用意した家に住むがいい。だが、もうお前は貴族ではない」
「はい、わかっています。ですが、私に庶民の暮らしはできるでしょうか?」
できるかどうか、俺にもわからない。
何しろ、箱入り娘で侍女が身の回りの世話をする生活をしていたのだ。
庶民になると、なんでも自分一人でしなければならない。
「あの……、もうセイヤさんにお会いできなくなりましたね」
「そうだな」
「一文無しになっちゃった、私……」
みるみる大きな目に涙がたまり、頬を伝って涙が落ちた。
かわいそうだが、キャサリンは一人で生きていかなければならない。
「まずは、仕事だ。仕事をして金を稼ぐことだ」
「ですが、私はいままで仕事をしてきていません。町の仕事が勤まるのかも不安で」
「やる前は誰でも不安なもんだ。お前は、自分がやりたいことをすればいいんだ」
キャサリンは自分の腕を抱き、身を固くして不安げに顔を振った。
「ですが……。 私に何ができるのかもわからなくて……あっ、あの」
「なんだ、言ってみろ」
「はい。私がまだ小さい頃、王都で通っていた学校……文字や計算などを教えてくれる学校に行っていました。その先生になりたいと小さな時の夢でした」
実は俺は、事前にナミとも話をしたのだが、キャサリンは文字の読み書きができる。
このニブルの街の民衆は、文字の読み書きができるものがまだまだ多くはない。
しかも、この西地区は冒険者の街、東地区は貧民と娼婦の街だ。
さらに、識字率は低いのが現状だ。
せめて、子供達だけでも読み書きを教えてやりたいと思っていた。
彼女が何も言わなかったら、その仕事をさせようと思っていたのだが、キャサリンの口から同じことを言われるとは思わなかった。
「小さな頃の夢か。いいと思うぞ。できれば、子供達に文字の読み書きを教えてやってほしい。だが、貧しい街だから、大金は手に入らないだろう。それでもやってみるか?」
「はい、やってみます。 ……ですが」
再び顔を伏せ、浮かない顔をする。
ナミがキャサリンの手に、小さな手を添えるとなぐさめるように背をポンと叩いた。
「キャサリンはお金のことが心配なんだね」
「……はい」
商売するにしても元手が必要だ。
ましてや、子供に読み書きを教えるとなるとそれなりの建物も必要になる。
一人、二人なら自室でも構わないがそれでは儲けが出ないだろう。
慈善活動でもするのなら、それでもいいが。
「金のことだが、デイモンという男がいる。そいつは俺の知り合いだ。そいつなら金を融通してくれるだろう」
「お借りしてもお返しできるでしょうか?」
「商売の仕方までデイモンが面倒を見てくれる。俺からの紹介だと言えば悪いようにはしない」
実はデイモンにはすでに、キャサリンの父親が死んだと聞かされた時に手紙で連絡を入れていたのだが、そのことは伏せておいた。
「キャサリン。今日からお前は俺の女ではない。だが、お前が困った時はいつでも助けてやる。縁が切れるわけではないんだ。いいな」
「はい……ありがとうございます。もうセイヤさんにお渡しするお金もないから、あなたと縁が切れると思ってたのに……そんな優しい言葉をかけてもらえるなんて……」
言葉は徐々に嗚咽を帯び、尻すぼみに消えていく。
キャサリンは天涯孤独になったことを痛感した。
俺は、そんなキャサリンに一枚の紙を渡す。
「ここがお前の家になる場所だ。そこの鍵を渡すから後で俺の事務所に来い。生活に必要なものはすでに運び込んである」
「キャサリン、心配しなくても大丈夫だど。同じ町に住んでるんだから、いつでもおいらが遊びに行くからさ」
ナミの言葉に元気付けられたキャサリンは、笑みを浮かべる。
「わかりました。後で伺います。よろしくお願いします」
「ああ、もし俺がいなかったらガラの悪い男たちばかりだが、事務所で待っていてくれ」
俺はそれだけ言うと、領主の屋敷を後にした。
◇ ◇
キャサリンは、領主スピアーズの召使いに連れられて馬車に乗りセイヤの事務所に行った。
不在を心配していたが、セイヤは事務所にいて部屋の契約書を交わしたのだった。
「侍女もいないんだ。これからは一人で全てするんだから大変だぞ」
「わかっています。わからないことばかりなのでご迷惑をおかけするかもしれないのですが」
「気にするな。わからないことは、お前の部屋の隣の女に聞けばいい。そいつはパン屋の娘だが世話好きなやつでな。少々うっとおしいが、いい話し相手になるだろう」
にこりと微笑むキャサリンは、セイヤに改めてお礼の言葉を伝えた。
その後、キャサリンはデイモンの事務所へと向かった。
デイモンはこの西地区で冒険者からダンジョンで得たアイテムなどを換金したり、冒険者に金を融通していた。
事務所に入った時、デイモンはたまたま入り口にいて大きな体に驚いてしまった。
「ごめんなさいっ、私ぼうっとしちゃってて」
「女に悲鳴をあげられるなんざ日常茶飯事だ。いいさ、気にするな」
デイモンは、キャサリンを事務所へ招き入れる。
長椅子に座るように言われ、しばらく待っていると奥から手紙を持ってきたデイモンが言った。
「今日は何をしに来た?」
「はい、あの……セイヤさん。セイヤ・サルバトーレさんの紹介で」
「ああ、知っているさ。キャサリンだな」
「はいっ、あの、なぜ私のことを?」
怪訝な顔で目の前の大きな男を見る。
いかつい顔をしているが、目はやさしい光を放っていた。
獅子人族の男は、この国では珍しい。
そのため、キャサリンは獅子人族を見るのがはじめてだった。
「あんた、セイヤに貢いでたんだろ? 聞いてるさ。いったい、どれくらい貢いでいたのか自分で覚えているか?」
「いいえ、私そういうことに気が回らなくて……でも、たいした金額はお渡ししてなかったと思います」
デイモンは、あはははっと声を上げて笑うのでキャサリンは驚きの目で見つめる。
楽しそうに笑うデイモンは、手紙を差し出した。
「これを見ろ」
手渡された手紙を受け取ると、キャサリンは目を落とした。
読み始めると、最初は驚き、そして涙がこぼれ落ちる。
「あの、これはセイヤさんが?」
「ああ、お前さんが今まであいつに貢いだ金さ。あいつは、お前さんが渡した金をそっくり俺に預けていた。しかも、お前さん名義でだ」
「でも、これは私がセイヤさんに差し上げたもの」
デイモンは、首を振ってキャサリンの言葉を否定する。
「セイヤはお前さんの金には一切手をつけずに俺に預けていたのさ。心配するな。お前さんから受け取った金で投資をして、きちんと儲けを出している。問題ない、受け取っておけ」
セイヤは愛人を何人も囲っているが、全て女性の名義で金を貯めていた。
その金を元手に投資をし、利益を十分に得ている。
セイヤがいつも、「女が稼いだ金はそいつの金だ」とデイモンはいつも聞かされていたのだった。
女と別れるときは、金をそっくり返してやるセイヤをよくからかったが、デイモンがセイヤを信頼しているのは、これも一つの要因だ。
キャサリンがセイヤに渡した総額は、金貨六十枚ほどになっていた。
これだけあれば、しばらくは金に不自由することはない。
「商売をして自分で稼ぐことだ。そのための支援は俺に任せろ。真面目に働けば、その金が目減りすることなく生きていけるだろうさ」
何度も感謝の言葉を言うキャサリンは、最後の一文を読んだ。
セイヤからの、励ましの言葉だった。
―――― キャサリンほどの美人を、世の金持ちの男が放っておくわけがない。男を見る目を養え、苦労してみろ。そして、自分で地に足をつけて立つんだ。
この後、キャサリンはニブルの街で四年ほど子供達に読み書きを教えていたが、お忍びでダンジョン攻略に来ていた隣国の王子に見初められ嫁いだ。
そのとき、自分の足を地につけて立てたのは、他ならぬセイヤのおかげだとキャサリンは感謝したのだった。





