第九話:抹殺
カールトン国のダンジョン地上三階。
どういう仕組みかわからないが、外から見た建造物の広さとはとても思えないほどの、広大な森が広がっている。
岩場があり、池もあり、洞窟もある。
三階だけでも攻略するためには七日はかかると言われているほどだ。
俺たちは、何度もダンジョンには入っているが隅々までわかっているわけではない。
だが、ロシズたちが野営している場所には目星がついていた。
ロシズたちは、すでに野営を片付けて出発の準備を整え終わっている。
木の上から、俺とナミはロシズの姿を確認すると、さっそく取り掛かることにした。
「アニキ、騎士たちはどうする? 一緒に殺してしまうほうがいいんだろうけど、連れてこられただけだから殺してしまうの可哀想だど」
「騎士たちもキャサリンの屋敷から物を運び出したらしいじゃないか。そんなやつらに情けをかける必要はない」
俺は、出発したロシズたちを見ながら言った。
ロシズを中心に、前後に騎士たちが配置されている。騎士に気付かれずにロシズだけを狙うのは難しいだろう。
一気に片付けてしまう方が早い。ただ、ロシズだけはあっさり死なせるわけにはいかない。
泣き叫び、贖罪を請いながら死んでもらおう。
「ねえ、アニキ。いいものがあるど。このモコモコを使う?」
ナミは、腰袋から薬玉を取り出して言った。
モコモコとは、魔物が好む匂いを発する煙を放出する魔道具だ。
この薬玉を使うと、ダンジョン内の魔物たちが次々とやってくるのだ。魔石を大量に採取したいときに使う上級冒険者も多いが、本来は危険になった時に薬玉を炸裂させ、魔物をそこに集めて自分たちが逃げるために使用する。
「このモコモコをあいつらの前で炸裂させて、モンスターを集めるだろ、そんで騎士たちはロシズを守るために前に出るはずだから、最後尾になったロシズを後ろから襲ったらいいんじゃないかな? こういうのどう?」
ナミの言う方法だと、騎士とロシズがモンスターから逃げるために後方に戻ってくる可能性もある。
それに騎士たちが必ずしもロシズを守るとも限らない。
「いや、それをロシズにぶつけて炸裂させてやろう。魔物たちがロシズに殺到する様もおもしろいだろう」
「アニキは容赦ないな。でも、それだとアニキの手で殺してやることができないど!」
「大丈夫だ」
俺は、簡潔に答えるとロシズたちが草原を抜け森に入る手前で待ち構えることにした。
先回りした俺たちは、ロシズ一行が通る道の崖の上で待機した。
この位置で魔物を誘き寄せると、オウガやゾンビウルフなどの強い魔物も大量に集まる。
特にゾンビソルジャーと言われている。切っても死なない武装したアンデッドは、普通の冒険者だったら逃げ出すしかないだろう。
騎士たちが訓練された兵でも、難儀するはず。
「アニキ、そろそろだど!」
前後に十人ずつの騎士に挟まれ、ロシズがゆっくりと馬を歩かせている。
すでに騎馬していない騎士も多いため、歩く速度に合わせているのだろう。
「ああ、タイミングは任せる。うまくロシズに命中させろよ」
「うん、見事ロシズに当てたらご褒美ちょうだいね」
ナミは、ニコリと笑顔を見せると大きく振りかぶり、薬玉をロシズめがけて投げた。
◇
「ロシズ様! だ、大丈夫ですか?」
ロシズの背中に飛んできた泥団子のような物体が、突如破裂し濛濛と煙を上げた。
その煙の量は、ロシズの背後に控えていた騎士がロシズの姿を見失うほどだ。
「ええいっ! 誰だ! いったいこれはなんだ!」
ロシズは、背後を振り返り騎士に向かって罵声を浴びせる。背後から投げつけられたと思ったのだろう。
絶え間なく発煙する背中を、騎士たちが払うのだが一向に煙は止まない。
「ロシズ様、煙に毒があるかもしれません。布で鼻と口を覆ってくだされ!」
騎士たちも、懐から布を取り出すと鼻から顎にかけて布を被せた。
白煙の量の多さ以外は、臭いもなく鼻や喉に刺激があるわけでもなかったが、用心にこしたことはない。
この辺り、騎士らしい迅速な判断だ。
「ロシズ様、何か前方から来ます! あっ、あれはウルフです!」
「なにっ! 魔物か! お前ら、対処せい!」
即座に、騎士たちはロシズの前方に横並びになると、一斉に剣を構えた。
二十人ほどの騎士たちは、次々に襲いかかるゾンビウルフを斬り伏せていく。
だが、次々と現れるゾンビウルフに、徐々に押され始め後退しはじめる。
さらに、ロシズの背後を守っていた騎士たちにもゴブリンやオウガが襲いかかっている。
前後から魔物に襲われた形になっていた。
ロシズたちがいる場所は、両側が絶壁となっており横に退路はない。
つまり前後どちらかにしか行くことができない。
騎士が一人、また一人と魔物に引き倒され噛みつかれている。
必死に戦う騎士たちを見て、ロシズは絶叫し叱責した。
「お前たち、何をしている。それでも王都の騎士か! こんな畜生に何をしている!」
怒声をあげ、オロオロとするロシズに身を呈して守る騎士たち。
だが、徐々に押されロシズの周りに魔物たちが囲むまでに、時間はかからなかった。
「どうしてこんなに……」
絶句した騎士たちは、襲いかかる魔物を切り捨てても、次々と現れる魔物に死を覚悟しはじめた。
「ロシズ様、お逃げください!」
すでに片足を食いちぎられた騎士の一人は、なおも抵抗を続け剣を振りながら叫ぶ。
半数の騎士は集まってきた魔物たちの餌食となっている。
そんな騎士たちを盾にし、ロシズは逃げるように叫ぶ騎士に向かって罵声を浴びせた。
「ええいっ、逃げるもなにも、逃げ場所がないではないかっ!」
「ぐあっ、ろ、ロシズ様……うあっ!ああああっ! そこの崖をよじ登って……お逃げください」
騎士の言葉に、崖を見上げる。そそり立つ岩肌の崖。とてもよじ登ることなどできそうにない。
そして、ロシズはあの男が岩壁の上から見ていることに気づいてしまった。
ロシズの顔は見る間に紅潮し、沸点に達したように怒りで震え顔を歪めた。
「まっ、まさか……? これは、お、お前かーっ!」
◇◇
騎士たちに覆いかぶさるように魔物たちは群がり、そして食らう中、ロシズは苦悶の表情を浮かべ俺の名を叫んだ。
この男がキャサリンの親父を破滅させ、家と財を奪った張本人。しかも、俺の情婦のひとりミオンを殺させた悪党。
すんなりと死なせるわけにはいかない。生きながら魔物に食われて、後悔しながら死んでもらおう。
「アニキ、あいつ登ってくるど!」
ナミは、石を拾い上げるとロシズの顔面に向かって石を放った。
額に石の直撃をくらい、手を滑らせて崖下に転がり落ちるロシズ。待ってましたとばかりに飛びかかるゾンビウルフたち。
「キサマーっ! この俺にこんなことをして……ただではすまさんぞ!」
ここで死ぬ男の最後の言葉が耳に残る。俺が手を下すまでもない。
こんな汚い男に直接手を下せば、俺の手が汚れるだけだ。
ロシズの悲鳴と、助けてくれと泣き叫ぶ声が交互に聞こえるが、俺は踵を返した。
「ナミ。ヤツの周りの魔物を射ってやれ」
「あれれ? あんな男、助けてやる必要ないと思うけど?」
ナミは、そう言いながらも俺の意図を理解したのか弓を連射した。
ロシズの手足に食らいついたウルフを次々と射殺すと、巨大な蜘蛛が長い足でロシズを捉え宙に持ち上げた。
逆さにつられたロシズは、まだ意識があり必死に逃げようともがいている。
「た、助けてくれ! 頼む! 俺が悪かった。もう、あんたには逆らわない、本当だ、助けて……」
泣き叫ぼうが、許しを乞おうが、ミオンもキャサリンの親父も戻らないのだ。
こいつは取り返しのつかない罪を犯したんだ。
巨大蜘蛛はロシズの鎧を器用に外すと、腹へと食らいついた。
それが致命傷となり、ロシズの小さな悲鳴を最後にピクリとも動かなくなった。
そして、騎士たちも馬も魔物たちの餌となってしまったのだった。
「残った防具や持ち物は、ギルドへ運んでやれ。助けに行ったがすでに死んでいたと報告すればいいだろう」
「やっぱりアニキは容赦ないねえ。目の前でこれだけの人が魔物に食われているのに、眉ひとつ動かさないんだから。さすがだど」
「ダンジョンは弱肉強食。弱いこいつらが悪い。弱いくせに地上三階まで登ってくるからだ」
権力を自分の力だと過信しちゃったんだね、とナミは言うと次々と矢をつがえ、魔物たちを狩っていく。
こんな悪党に権力を持たせるとこういうことになるんだ。
◇◇
ギルドに戻ると、受付で騎士とロシズ侯爵が死んでいたことを伝えた。
魔法袋から、騎士たちの武器や防具などを取り出すと、ギルドにいた冒険者たちも驚きを隠し得なかった。
魔物が食べ残したもの一切合切を持ち帰っていたことで、ロシズたちが死んだことは間違いないと誰もが疑いを持たず、ただ押し黙った。
横柄な態度、冒険者たちを小馬鹿にした物言いにロシズのことをよく思っていない者たちも、血みどろの遺品を見て眉を潜めていた。
「ダンジョンを舐めてかかればこうなる。我らも身を引き締めていこう!」
談話室にいたパーティーから聞こえた声に、他のものも頷くのだった。
俺とナミは、遺品を全てギルドに引き渡すと遺品を見つけた場所を告げた。
ダンジョンで命を落とした者まで治安官が調査することはないが、ロシズは王都の侯爵。治安官の女が調査することになるはず。
俺たちも取り調べを受けるだろうが、その前に俺はキャサリンに会いにいくことにした。





