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第三話:天涯孤独の娘

 

 騎士とロイズ卿がエヴァンス邸から離れ王都に戻り始めた頃、西地区(バーン)の街で竜牙会(ドラゴンファング)の男たちが息を切らせてセイヤの事務所に駆け込んでいた。


「姐さん、大変ですぜ! キャサリンさんの家が没収され……」


 竜牙会の事務所に入るなり、マイラが叫ぶが、事務所はもぬけの殻だった。

 もともと机と椅子くらいしかない事務所だったが、今では夜の見回り当番が寝泊まりできる小部屋が奥に作られている。

 マイラは見回り部屋にも声をかけたが返事はなかった。

 今朝から東地区(スラッツ)の整備に出払っているのを思い出す。


「そういえば、姐さんもダンジョンにこもりっきりだった。こうしちゃいられねえ」


 マイラは、(きびす)を返し外へ飛び出す。

 外で待つ四人の部下たちも、マイラに続きダンジョンへと走った。


 西地区(バーン)の街から、ダンジョンまでの距離はそれほど遠くはない。

 勇者ベルの邸宅があるため道も整備されてある。野山を走るより走りやすい。

 マイラの大きな体に似合わない俊足に、四人の部下たちは必死に追いつこうと走った。



 マイラはギルドの扉を開けて中に入ると、受付にドワーフの老人が立っていた。

 談話室にも数人の冒険者の姿があったがナミの姿は見えなかった。


「すまねぇ。姐さんはまだダンジョンの中か?」

「どうしたんだ、そんなに息を切らせて。姐さんとはナミさんのことかな?」

「そうだ。姐さんといえばナミの姐さんに決まってるだろうがっ」


 今にも掴みかからんとする勢いで食いつくが、ドワーフの老人が勇者ベルの仲間の一人だということを知っているマイラは、慌てて頭を下げて言った。


「すぐに姐さんに連絡したいことがあるんだ。そこまで案内してもらえないか?」


 アスガーは、マイラ隊の五人を見回すと呆れたように肩をすくめて心配して見せた。


「そう慌てなくても、そろそろ出て来る頃じゃよ。入り口で待っておるといい」

「ああ、そうなのか。それは失礼しました」


 マイラは、もう一度アスガーに頭を下げると部下たちもぺこりと礼をした。

 礼儀は徹底的に竜牙会(ドラゴンファング)で仕込まれている。

 それでも元は荒くれ者たち。なかなか、頭を下げるだけでもできるようになるまで随分とナミに殴られていた。


 大きな円柱状のダンジョンの入り口にマイラがたどり着くのと、入り口からナミたちが出て来るのは、ほぼ同時だった。


「お前たち、こんなところで何してるど?」

「あ、姐さん。ご苦労様です! えっと、姐さんに急ぎで伝えたいことがありまして」


 マイラは、ナミの前まで駆け寄ると右膝をついて頭を下げた。竜牙会の若頭といっても過言ではない小さな兎人族(ラビットマン)のナミは、隊員の中ではアイドル的存在でもあり、そして畏敬の念を持たれていた。

 なにしろ、この小さな体で敵をバッタバッタと倒していく東地区(スラッツ)での戦いは今でも組の中で語り継がれていた。


「どうした? なにがあったの?」


 赤髪のティルシーは、汗で濡れた髪をかき上げながらマイラに話しかけた。

 チラッとティルシーの方を見たマイラは、すぐにナミに向き直して言った。


「キャサリンさんですが、どうやら父親が爵位を取り上げられたらしく、家は解体、財産は没収されたそうです。今朝、王都の騎士らしき者たちが出入りしているのを確認しました」


「キャサリンが? で、どうなったの、キャサリンは無事なの?」


 ナミの言葉に、マイラは後ろを振り返り部下の一人を見ると、部下は一歩前に進んで言った。


「私が一部始終を見ていましたが、キャサリンさんらしき人は屋敷から連れ出されていませんでした。騎士たちは荷車に家財道具などを積み込むと王都に戻って行ったようです」

「キャサリンは無事なのって聞いたんだど。調べてないの?」

「いえ、無事かどうかまでは……」


 ナミは、そこまで聞くとマイラの頭を平手で叩く。なんで俺?とキョトンとするマイラ。


「肝心なところを確認してないんだ。見てるだけなら子供でもできるんだど!」


 ナミたちは、後ろで黙って聞いていたキッドたちを見ると、あんたたちはもうギルドに戻れと指示をした。


「おいらはすぐにキャサリンの家まで行く。マイラたちは戻っていいど」

「でも、姐さんだけで大丈夫ですか?」

「一人で走ったほうが早いし、来ても役に立たないど」


 そんなぁーっと肩を落とすマイラの肩を叩くとナミはエヴァンス邸のある北へと走った。

 兎人属のナミの脚力は、人間の数倍もある。ナミに自覚はなかったが、両親から兎人族の中でもナミの走る速さは奇跡だと言われたことがある。

 まだ出会ったことはないが、ヴァンパイアでさえ追いつかないのではないかと言われたこともあった。



 ナミがエヴァンスの邸宅に着いた時は、明かりも灯されず、静まり返っていた。

 真っ暗のようだが、仄暗い中にも揺らめく光が漏れている。


「誰かいるかーっ! キャっサリ〜ン!!」


 ナミがドアを開け、暗闇に向かって声をかけた。しばらくすると足音が聞こえてきた。


「その声は……ナミさん? ナミさんですの?」

「キャサリン、無事か?」


 二階からロウソクに火を灯したキャサリンが階段を降りて来るのが見えた。

 暗い階段を踏み外さないように、一段一段ゆっくりと降りて来る足取りは重い。

 元気がないことが、全身から滲み出ていた。


「ナミさん、来てくれたんですね」

「うん、さっきキャサリンの家が大変だって聞いたど。遅くなってごめん」


 ナミは駆け寄ると、キャサリンはナミの手を取った。


「セイヤさんは……まだ?」

「まだ戻ってない。近いうちに帰って来るとは思うけど。それより、何があったの?」


 ナミは、蝋燭を受け取るとキャサリンと共に居間へと向かった。

 ロウソクの炎を燭台に移そうとして、燭台がないことに気づいた。燭台さえ持ち出されてしまったのだ。

 キョロキョロと燭台を探すナミの様子を見たキャサリンは、申し訳なさそうな顔をして言った。


「ごめんなさい。家具も根こそぎ持って行かれたわ……何もかも……」


 キャサリンの目に涙がたまると、ポロリと雫となって落ちた。

 ナミは彼女の手を取ると、静かに落ち着くのを待つ。

 しばらくして、キャサリンは涙を拭うと言った。


「みっともないところを見せちゃってごめんなさい」

「こういう時は思いっきり泣いていいんだど。もっと、わーって泣いたらスッキリするからさ」


 ナミが大げさに泣き真似をしたため、思わずクスリとキャサリンは笑った。

 少しは気が晴れたらしい。


「ありがとう、ナミさん。実はもういっぱい泣いちゃったんです……」

「わーんって泣いたか?」

「はい、わーんって泣きました」


 二人はお互いの大げさな手振りに、声を上げて笑った。


「これからどうするの? 召使い(メイド)たちの姿が見えないようだし」

「今日中にこの家を出るように言われたので、それぞれ親戚を頼って出て行きました」


 薄情な奴らだなあとナミが言うと、キャサリンは慌てて言った。


「いえ、残ると言うあの者たちを説得して帰らせたのです。ここにいても、養うお金もなくなったので……。ほんと、私もどうしていいかわからなくて。私がロシズ卿に身請けしたら使用人も一緒に来ていいと言っていたのですが、私はあの人がどうも苦手で……なんだかあの目が怖いんです」

「どんな奴か知らないけど、交換条件を出して助けてやるっていう男はやめておいたほうがいいど」


 ええ、と頷くキャサリンの悲痛な面持ちを見て、ナミは続けて言った。


「頼れる親戚とかいないの?」

「はい……父も母も兄弟がいなくて祖父母も他界してるので……」


 貴族たちは裕福なこともあり、子供を数人産み育てる者が多い。もちろん、後継を残すために男子が生まれるまで子を作ることが一般的だった。

 エヴァンス家のように妻が早くに亡くなると再婚して子供を産むものだ。エヴァンスのように、娘一人だけというのは珍しい。

 天涯孤独となったキャサリンは、不安そうな表情のままナミを見て言った。


「たくさん求婚されていた時に、どこかに嫁げばよかったのでしょうか……今となっては、後悔することばかりです。父にも孫の顔を見せてあげる機会がなくなってしまったし……」

「好きでもない男に嫁ぐのも、貴族のお嬢様なら当然なのかもしれないけど、後悔しててもはじまらないど。明日からどうするか考えてるのか?」


 キャサリンは、大きなため息をつくと首を横に振った。


「行くあてもない、金もない……か。セイヤならどうしてたかな?」

「セイヤさん……もう、お金も渡せなくなった……もう、会えないわ」


 キャサリンは両手で顔をふさぐと涙を流した。セイヤに頼りたいけど、無一文になった自分は相手にしてもらえないと言うキャサリンに、ナミは怒るように言った


「セイヤはそんな男じゃないど。困っている時は手を差し伸べてくれる。とりあえず、帰って来るまで行くあてがないのなら、竜牙会(ドラゴンファング)で空き物件があるからそこで寝泊まりすればいい」

「いいんですか……ご迷惑では?」


 ナミは、何もない部屋となった居間を見回したあと、キャサリンに向かって言った。


「キャサリンをこのまま放っておくほうが、セイヤに怒られるど。まあ、おいらは怒られないけどな」

「信頼されているんですね」

「違う、違う。信頼もされているかもしれないけど、おいらはセイヤの秘密をいっぱい知ってるんだ」


 胸をそらして自慢げに言うナミを見て、涙を拭ったキャサリンは微笑んだ。その顔を見たナミも嬉しそうに笑顔になる。湿っぽい話はナミは好きではない。


「セイヤさんの秘密って?」

「それを言ったら秘密じゃなくなるど。もし、セイヤと結婚する人がいたら、きっとビックリするど!」

「まぁ、そんなに? どんな秘密なのでしょう。知りたいわ」

「知らない方がいいど。幻滅するど、あれを見たら」



 クスッと笑うと、キャサリンはナミの手を取って、ありがとうございますと頭を下げた。


「気分がまぎれたか? とりあえず、ここにいてもあぶないから、荷物があるのなら準備しなよ。これから泊まるところに案内するど」

「はいっ!」


 ◆


「どうでしたかな? 初のダンジョンは?」


 アスガーは、キッドに声をかけた。ギルドの談話室には多くの冒険者がいたが日が落ちてからは酒場へと繰り出したのか、今は人もまばらだ。

 ティルシーは風呂に入りたいとさっさと出て行き、フェリーチェは着替えてくるかしらと声をかけてきた時には、すでに姿は見えなかった。

 一人、談話室で剣を布で拭いているキッドにアスガーが話しかけて来たのはその時だった。


「はい、実際に魔物と戦うのは練習とは違って動けないものですね。地下一層が攻略できるようになるのかと少し不安になりました」

「階層主のところまでは行ったそうじゃな」


 そう言うと、アスガーはキッドと同じテーブルの椅子にドカッと座る。


 ダンジョンは地下三階、地上五階あり、その階層には階層主がいる。地下一層は初心者向けで階層主の前にはゴブリン百体の一斉攻撃があり、まずはそこをクリアしないと先に進めない。

 しかも、ゴブリン百体が出現するエリアは魔法が使えないため、フェリーチェの魔法は頼れず剣のみで倒す必要があった。ティルシーと二人で、挑んだものの無限に湧いてくるのではないかと錯覚するほど、倒しても倒してもゴブリンの攻撃はやむことがなく、三回目の挑戦でやっとクリアすることができた。


「ゴブリンをなんとか倒せたと言う感じです。ナミさんはあれを一人で倒すって言っていたし、セイヤさんは半刻もかからないで倒せるって聞いて、力不足を実感しています」

「なぁに、すぐに倒せるようになる。あいつらの攻撃は毎回同じだ。十回ほど挑めば目をつぶってても(たお)せるようになるわい。あの人たちと比べたらわしでも自信をなくすわい」


 老人だが屈強なドワーフの体躯を持つアスガーは、目尻を下げて笑った。面倒見のいい老人だが、キッドはアスガーが笑う顔を久しぶりに見た気がした。

 いつも稽古の時は厳しい師匠であり、冒険者としても人生においても大先輩で尊敬している。

 無事にキッドたちが戻って来たときは、満面の笑顔で迎えてくれた。


「ところで、今夜はひさしぶりにお嬢様たちと食事でもどうじゃ」

「はい、喜んで。あっ、でもティルシーたちも疲れているだろうし……」


 アスガーは、あの子たちは疲れ知らずじゃと遠慮するキッドに声をかけ、立ち上がって手招きした。


「はい、今夜は遠慮せずいただくことにします」


 キッドは、アスガーについて二階へと上がった。


<つづく>

<登場人物紹介>

●キャサリン 17歳 女性

エヴァンス伯爵の一人娘でセイヤの愛人。父が汚職で弾劾され死亡し、爵位を没収され財産まで取られた。


●ナミ 22歳 女性

兎人属の情報屋。セイヤの相棒で、竜牙会の構成員ではないが、組員から「姐さん」と呼ばれている。弓の腕は確かで東地区(スラッツ)で悪華組との抗争では、真っ先に切り込んで行く姿に組員から畏敬されている。


●ロシズ卿

王都の文官で、エヴァンス伯爵を殺害し、汚職の罪を着せることに成功した。キャサリンになんども求婚したが断られたため父親を嵌めた。


●マイラ

竜牙会のマイラ隊の隊長。悪華組との抗争でセイヤたちと合流し、そのまま竜牙会の構成員となる。

一隊五人組で、部下の四人は実は弟と従兄弟らしい。


●キッド 16歳 人間の男

冒険者になるためにギルドに訪れ、そのままアスガーたちに特訓してもらうことになった。

ある程度腕が上がったためダンジョンに入ることになり、三日間で第一層の階層主まで辿り着く。

剣の腕はまだまだだが、諦めない精神力の高さと人を惹きつける魅力をセイヤは感じているらしい。


●ティルシー 16歳

赤髪の女の子で、勇者ベルの娘。負けん気が強く、キッドをゴミのように言うが、意外と面倒見がいい。

両手剣、片手剣ともに使え、剣速も速い。剣の腕もセイヤの折り紙つき。

ダンジョンには以前にも入ったことがあるらしい。


●アスガー

勇者ベルが炎竜を攻略した時にパーティーのメンバー。

筋骨隆々のドワーフの老人


●セイヤ 主人公

竜牙会の組長。愛人多数。強くてカッコいい。

だが寝相が悪く、女と一晩を過ごすことができない。

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