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第二話:没収される翡翠の髪飾り

 

 エヴァンスがロシズの策略で命を奪われ、元老院で弾劾され罷免された翌日、一羽の伝書鳩が領主の元へ辿り着いた。

 王都エルグモルトから山一つ離れた場所にあるダンジョンのある街ニブル。

 その街の領主スピアーズは、従者から手紙を受け取った。そこには元老院での決定事項と、王の勅命が書かれていた。

 スピアーズは、手紙を持ってきた従者を下がるように言うと、従者は頭を下げて部屋を出た。


「なんと……これは何かの間違いではないのか……」


 読んで絶句した。内容は、とてもエヴァンス卿が行ったこととは思えない事ばかりが書かれている。

 しかも、処刑されたという。頭を抱え、椅子に倒れこむように座る。


「あのエヴァンス卿がか?……悪事を働くことに無縁な男だと思っていたのだが」


 スピアーズは独り言ちると、机の上に置かれた鐘を鳴らした。

 手紙には、エヴァンスの邸宅の差し押さえ、資産の没収が書かれていたのだ。


「はい、お呼びでしょうか?」

「これから、エヴァンスの邸宅に行く。馬車の用意を!」


 従者と召使いの女たちが、部屋を出て行く。


「あそこにはキャサリンお嬢様も住んでいる。しかも、お嬢様にはあの方が……」


 あの方とは、アルーナへ遠征している竜牙会の組長のことだ。

 スピアーズも、西地区(バーン)東地区(スラッツ)のことは竜牙会に頼りっぱなしだった。

 しかも、今頃はヴァンパイアの眷属になっている可能性が高い。

 つまり、王都はヴァンパイアになったあの方を敵に回すことになるかもしれない。

 どうするべきか……

 財産没収は免れない、エヴァンスの爵位がなくなったのであれば、一人娘だけは守ってやらなければならない。

 もし、あの方が帰って来てお嬢様を守っていなかったと知ったら自分の命がないかもしれない。


 スピアーズは、馬車に乗り込むと従者を引き連れてエヴァンス家へと急いだ。

 王都とニブルは山一つ離れた位置にある。もしかして既に王都の者が来ている可能性がある。

 なんとしてでも、娘の身を守らなければならない。馬車に揺られながら、急ぐように従者から御者に伝えさせる。

 娘に何かあれば、竜牙会が黙ってはいないだろう。

 王都での権力闘争なんぞに興味はないが、この街まで巻き込まれてはたまったものではない。

 何としてでも、被害は最小限に抑えねばならないと、スピアーズは爪を噛んだ。

 指には大きな宝石がはめられた指輪がはまっている。日光に当たっても焼け死なない魔法が込められたリング。

 スピアーズもまたヴァンパイアの眷属なのだ。


 ◇


「外が騒がしいわね。どうしたのかしら……」


 キャサリンは栗色の髪を耳にかけると、耳を澄ましながら窓の方へ近づいた。

 馬の蹄の音に荷車を引くような音がしている。慌てて窓から顔を出す。

 通りには、馬に乗った騎士が数人と数台の荷車が見えた。

 甲冑こそ着ていないが、物々しい雰囲気が漂っている。


「お嬢様、どうやらあれらは当館に向かっているようです」

「そうですの? 何かあったのかしら……」

「今しがた、領主様の伝使が来て王都から騎士団が来るから、従うようにとのお達しがありました」


 世話係の年配の女性が、震える手を押さえつけるかのようにしている。

 キャサリンは女を見て、不安な表情を浮かべた。


 騎士団の先頭に一人の男が進み出ると門の前で、庭先にいた奉公人の男に門を開けろと命じている。

 慌ててキャサリンは、窓を離れ階段を降りた。

 入り口を出ると、すでに門は開かれ騎士が歩いてこちらに向かっているのが見えた。


「どういったご用件ですの?」


 彼女の後をついて出た世話人たち、召使いがキャサリンの横に並ぶ。

 その姿を見て、騎士の一人がキャサリンに元老院からの書状を読み上げた。


「というわけで、こちらのものは没収される。また資産も国庫へ返されるので大人しくしていてください」


 騎士の体調と思わしき人物は、丁寧にキャサリンに頭を下げて言うがその言葉には有無を言わさぬ力が込められていた。

 逆らわずに神妙にしろということなのだろうとキャサリンも感じたのだろう。

 頷くのが精一杯だった。その手に、書状が手渡される。


「お父様は? お父様はこの事をご存知なのですか?」


 気丈に振る舞っていたキャサリンも、次の言葉を聞き崩れ落ちた。


「エヴァンス卿は、お亡くなりになりました」


 次々と騎士たちと従者たちが邸宅に入り込むと、家財を手際よく運び出している。

 大きな物から、小さなアクセサリーの類まで。

 一切合切というわけではないが、金目の物が優先的に運び出されているようだ。


「お嬢様のお部屋にも入らせていただきます。立ち会いをお願いします」


 使用人たちと呆然と立ち尽くしているキャサリンに、騎士の一人が尋ねたが、頷くしかなかった。

 礼儀を重んじる騎士は、元伯爵令嬢に対しても丁寧に応対していた。


「ええ……」


 キャサリンは小さく答えると、後をついて部屋に入る。

 普段着はそのまま置かれ、ドレスやアクセサリーなどの装飾品は運び出された。


「お嬢様。その頭の髪飾りも、こちらに……」

「いやっ、これは彼からの頂き物です。とても大切な思い出の品なのです。これだけは渡せません」

「規則です。さぁ、お渡し下さい」


 年配の騎士はそう言うと、キャサリンの髪に付けられた翡翠魚の鱗でできた髪飾りに手を伸ばした。


「ダメです。やめてっ!」


 キャサリンは、後ずさると髪飾りを外し手に握りしめた。


「彼と出会った時の思い出の品なのです。これだけは渡せません。他の物は持って行ってもかまいませんが、これだけは!」


 駄々をこねるように首を振りながら、壁まで後ずさるとその場でしゃがみこんだ。

 世話人の女が彼女の肩を抱き、かばうようにして頭を抱きかかえる。もう一人の、年配の世話人の女はその前に立ち、騎士の男を近づけまいと立ちはだかった。


「お嬢様、素直に従ったほうがよろしいのではないでしょうか? 見たところ高価なもののようです。エヴァンス卿は不正を働き私服を肥やしていたのですから、没収が決まり。お嬢様もお分かりと思いますが、抵抗すれば罰せられますよ」


 腹の前に髪飾りを握った手を押し当てると、体を折って身を呈して守っているキャサリンを、騎士は肩に手をかけて後ろに引いた。

 背中から床に転がったキャサリンの握られた右手を掴むと、渡さないと食い下がるキャサリンからもぎ取るように髪飾りを奪う。


「お願いです。それだけはダメっ。返して! 返してくださいっ!」


 騎士の腕にしがみつき、なおも食い下がるキャサリンに騎士がたじろいだ。


「お嬢さん、手荒なまねをさせないでください」


 静かにそう言うと、若い騎士に引き剥がされたキャサリンを一瞥して部屋を出た。


「そんな……それは、大切なの……返して……ううっ」


 涙を流し、手で顔を覆うキャサリンを年配の世話係が肩を抱いて慰めた。


「お嬢様。きっと、返してくださいますよ。あれはサルバトーレ様が買って贈ってくださった物。きっと……」


不憫に思った世話係の女も涙を流していた。



 騎士たちがあらかた荷物を荷車に積み込む間、キャサリンたちはなす術もなく、ただただ見守るしかなかった。

 家具は搬出され、わずかに残ったのは書籍や書類、衣類などくらいだ。

 手も足も出せずお手上げ状態で泣くばかりのキャサリンに、部屋に入って来た領主が語りかけた。


「お嬢様。命があってこそです。本来であれば一族が処刑される場合も多いのに寛大な処罰だと思ってください」

「領主様……ですが、父は亡くなって財産も没収されたとなっては、私はどうして生きていけば……」


 力なく答えるキャサリンに、領主が慰めるように言った。


「あの方ならお嬢様を守ってくださいますよ。きっと」

「いつ……いつ帰ってこられるのですか?」


 訴えるその目には涙があふれて、頬を伝っている。領主も首を振るしかなかった。

 いつ帰ってくるのか、無事に帰ってくるのかもわからないのだ。


「キャサリン。ああ、麗しのキャサリン。可哀想に!」


 明るい声に、笑顔の男が部屋の入り口に立っていた。


「あなたは、ロシズ卿。ご無沙汰しています、領主のスピアーズです」

「領主か。もうお前はいいから、外に出てくれ」


 ロシズは、領主には目も向けずキャサリンを見て満面の笑みを浮かべた。


「もう、キャサリンを守ってくれる親はいない。頼れるのは僕だけだよ、キャサリン」

「……」


 キャサリンは、ロシズの言葉に反応しなかった。この男は、今までさんざん求婚を申し入れて来たが断り続けていた。

 生理的に無理なのだ。私が泣いていると言うのに、なぜ笑顔になれるの? そう言うところが嫌いなのよ、小声で言うと自然と怒りがこみ上げてくる。


「やめてくださいっ! なぜ私たちがこんな目に……」


 涙で言葉が詰まる。こんな人の慰めなんていらないわ、と世話人に耳打ちする。

 世話人は、立ち上がりキャサリンを守るようにロシズの前に立ちはだかると、帰ってくださいと頭を下げた。


「帰れとはなんだ。可哀想なキャサリンを引き取ろうと思って来たのに! お前たちは、もう解雇だ。この家は一文無しになったのだ。爵位も返上され庶民となったキャサリンを庇っても何ももらえないのだぞ」

「いえ、私たちはお嬢様と一緒にいます。たとえ一文無しになっても!」


 年配の女世話人と若い世話人の女が、口を揃えて言うとロシズはその勢いにたじろいだ。


「では、お前たちは今から僕に仕えるといい。それであればキャサリンと一緒に王都で住めるぞ」


 顔を見合わせた女たちは、キャサリンを見る。

 涙を拭き、立ち上がったキャサリンの目は縁まで真っ赤になっている。


「今日は帰ってください。お願いです。私を一人にさせて……みんなも、今日はもういいわ」

「お嬢様。私どもに帰る場所はございません。このお屋敷にしかないのです」

「そうだったわね。ごめんなさい……。では、この部屋から出てください」


 キャサリンの強い語気に気圧された世話人たちは、丁寧に頭を下げると部屋を出ていった。


「可哀想なキャサリン。さぁ、私と一緒になろう。今までと同じように贅沢に暮らしていけるのだから悪くはないだろう」

「ふざけないでっ! 出て言ってっていいましたよね? 出て言ってっ!」


 キャサリンは、靴を脱ぎロシズに向かって投げると背を向けて躱したロシズの背中を押して部屋から追い出した。

 閉めたドアを背に、そのまま崩れ落ちたキャサリンは、しばらくその場で涙したのだった。


 ◇


 ロシズ卿は、騎士たちと共に馬に乗ると王都へと戻っていた。

 できることなら、今日のうちに王都にキャサリンを連れ帰りたかった。

 あの男は来ていなかったのは都合がいい。王都に連れ出せば、あの男も追ってこないだろう。

 あいつは厄介だ。

 しかも都合の良いことに、ヤツはアルーナに行っている。明日こそキャサリンを連れて行く。

 少々手荒なことをしても、キャサリンもあんなダニにつきまとわられていてはつらいだろう。僕が救ってやるしかない。



<つづく>


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