閑話:リーファの酒場
セイヤがアルーナを出発し1日が経った頃、カールトン国で唯一ダンジョンのある街ニブル。
その中でも冒険者が多く集まるのが西地区だ。
冒険者が多いため、酒場も大小合わせても二十ほどが軒を連ねていたが、最近は閉める店が増えてきた。
ニブルの街で最大の店アンダルシアが改装し、さらに客席を設けたため、客のほとんど掻っ攫われてしまい、小さな店は閉めるところもではじめたのだ。
「なぁ、この店は閉めたりしないよな?」
鼻の頭を赤くした髪の薄い男が、カウンターの中で酒を作る女に言った。
「私はその日が楽しく行きていけたらいいの。常連さんと毎日噂話を聞いたり武勇伝を聞いたりして、楽しく過ごせたらいいわ」
そう答えると長い耳に髪をかけ直す。褐色の肌に流れるようなウェーブのかかった銀髪は映える。
今夜は常連の八百屋の店主が一人で飲みにきているだけだ。
店はカウンターに四席、さらに四人座ることができるボックス席が二つある。
しかし、ボックスが埋まることは稀であった。
「ところで、リーファはどこの出身だったっけ?」
八百屋のオヤジは、褐色のエルフに話しかけた。
ジョッキにエールを注ぎ込み、カウンターにコトリと置くとリーファは答えた。
「ルーセン国の片田舎よ。何もないところ。あるのは山と畑くらいの辺鄙なところ」
カウンターから身を乗り出し、客の前に炒った豆を置く。酒のつまみだ。
八百屋のオヤジは、皿から豆をひとつまみ取ると、自分の口に放り込んだ。
「ルーセン国って言ったら、竜牙会の親分さんもあっちの人らしいじゃないか」
「ええそうよ。あの人が十四歳だったかな、私が八歳頃からの友達よ」
リーファは、この豆もルーセン国のエルフの森で取れた豆よと言いながら、八百屋のオヤジに豆を手渡す。
「親分さんと幼馴染ってやつか。へぇ、そのときの話を聞かせてくれよ」
「いいわよ。私があの人と知り合ったのは、私が小娘だった時よ。森の集落で薬草を摘んでいたとき、あの人と知り合ったの」
そこまで言うとリーファは、自分もジョッキを出しエールを注いだ。
そして、皿から豆をひとつ摘むと、八百屋のオヤジの口元に持っていった。
食べさせてくれるのかいとオヤジが目尻を垂らして口をあんぐりと開けると、リーファは豆をオヤジの口に放り入れた。
「ダークエルフのお前さんが小娘の頃って、いったい何年前だよ」
「あら、私ってそんなに老けて見える? これでもまだ十八歳よ」
リーファは、縦ロールにした銀髪の髪をかき上げポーズを取る。
八百屋のオヤジは、目尻を下げてリーファを見ると、エールのグビグビと音を鳴らして飲み干した。
リーファはもう空になったジョッキを取り、エールを注ぐと話の続きを語った。
「私の家族は森の集落に住んでいたの。ダークエルフだけで十ほどの世帯があったわ。薬草を摘んで街で売ったり、木の実を売って生活していたの。」
八百屋のオヤジはじっと耳を傾けている。聞いているのか聞いていないのかわからないが、エールを一口飲むとリーファのほうに向き直る。
子供時代のリーファもきっと可愛らしかったのだろうと、まるで我が娘を見るかのようにリーファを見ていた。
リーファは、思い出を語るように八百屋のオヤジに、ぽつりぽつりと語った。
◇◇
リーファが八つの頃だった。いつものようにエルフの集落を離れて薬草を摘んでいた。
いつもは、父親と一緒に収穫に出ていたが、前日に雨が降り、街に薬草を売りに出られなかったため、この日は父親は街へ出てリーファだけで森に入った。
魔物が出たり、獣が出たりするような危険な山ではなかった。
そのため、父も気をつけて行きなさいとは言っていたが、油断してリーファはつい森深くまで入り込んでしまった。
「ひいっ!」
リーファは、短く悲鳴をあげた。
薬草を摘んでいたリーファがふと顔を上げると、そこにゴブリンが二体立っていた。手には木でできた剣を持っていた。
まだ少女だったリーファは、ゴブリンを見たのはこれが初めでだったが、風貌から兄弟に聞かされていたゴブリンだとすぐに気がついた。
鼻が潰れたような醜い顔の魔物は、涎を垂らしながらリーファに向かって駈けて来ていた。
恐怖に足がすくみ、逃げることもできずただ身をかがめて、小さくうずくまった。たとえ木の剣でも魔物の一撃を受けると、子供ならあっさりと切り刻まれる。
リーファにはそこまでの知識はなかったが、ただ危険だと言うことは本能で嗅ぎ取っていた。
《こわい……たすけてっ、とうさん!!》
もうダメかもしれないと、半ば諦めていた時に少年が目の前に現れた。
小さく木の幹の根元でうずくまるリーファに、飛びかかったゴブリン一体が、弧を描き遠くの木の幹へ激突した。
ペシャリと音がして、リーファは耳を塞ぎ目を固くつぶった。何かが起きているのはわかったが、助けが入ったとは思っていなかった。
ただただ、震えながら身を固くしていたのだった。
リーファは、しばらくするとゴブリンが来ないことを不思議に思い、耳から手を離した。
小枝を踏み折る音、誰かが近づいてくる。
さらに身を固くしてリーファは身構えたとき、肩を叩かれた。
「おいっ、大丈夫か?」
少年の声がした。リーファは、ゆっくりと身を起こし声の主を見た。
そこには、皮鎧をつけた少年が立っていた。漆黒の髪の男の子……助かったと思うと急に体の力が抜け気を失った。
リーファが目を覚ました時、沢の畔に寝かせられていた。毛布が掛けられている。
「目が覚めたみたいよ」
女の子の声が聞こえた。見ると、自分と同い年くらいの人間の女の子が覗き込んでいる。
リーファは、慌てて起き上がると周りを見回し、助けてくれた少年を探した。
《お礼を言わなくちゃ……あの子はどこ?》
「ああ、セイヤを探してるの? あいつは今は狩に行ってる。鹿が見えたんだってさ」
「そうなんですか……あの、助けてくれてありがとう」
リーファは、冒険者風の女の子にお礼を言うと、女の子はいいのいいのと手を振って笑顔で答えた。
そのあと、セイヤが鹿を引きずるようにして戻って来たため、改めてお礼を言った。
「ああ、かまわない」
リーファに少年はぶっきらぼうに返事をした。
《迷惑をかけちゃったから、嫌われたのかな……》
どうしていいのかわからなくてオロオロするリーファを見て、冒険者の女が手を握って言った。
「こいつ、あなたがゴブリンに襲われているのを見て、慌てて走って行ったんだよ。あと少し遅かったらやばかったわね」
「そうなんですか……ありがとうございました」
「いいの、いいの。でも、この森の奥には魔物が住む洞窟があるから気をつけなきゃダメよ。あっ、私はヘレナ」
冒険者の女はヘレナと名乗った。ブラウンの髪は柔らかいウェーブがかかり肩で切り揃えられている。
耳かけされた髪に両脇に流された前髪はいかにも活発な女の子の雰囲気を醸し出していた。
よく似合ってるとリーファは思った。
「こんなところで薬草摘み?」
「はい。薬草を摘んで父さんが街で売っているんです。私は今日は一人でお手伝いしていて……」
「奥に入りすぎたってわけね」
腕組みをして首を縦に何度も振りながら、ヘレナは答えた。
「ダークエルフの子供って初めて見たが、お前たちの村には子供も多いのか?」
セイヤが剣で鹿の皮を剥ぎながらリーファに話しかけて来た。よく通る声で、リーファはもっと話しかけて欲しいと思った。
だが、鹿の方を向いたままのセイヤは、それ以上は聞いて来なかった。
ダークエルフの村といってもダークエルフの世帯か自然に肩を寄り添って生きているだけで、村長などはいなかった。
もちろん、子供もいるのだが子供同士で遊ぶほど歳が近い子は少なかった。
ダークエルフのほとんどが、森で収穫したものを自給自足で生きていて、衣服でさえも自分たちで糸を紡ぎ、布を織り、服を縫っていた。
森には自然の恵みが多く、貧しいとは思わなかったが、リーファの父親はお金を稼ぎ貯めていた。
他の村人からは、金なんて持ってたって何に使うんだと働く父を笑う者もいた。
父を笑う人の子供から、リーファはよくいじめられて泣かされたりもした。
だが、父は間違っていないと信じていた。
リーファがその数年後に村を出るときに餞別として金を持たせてくれた。
父は、兄弟や自分が村を出る時のことを考えてお金を貯めてくれていたのだ。
あの集落で一生過ごすよりも、外で人間や亜人たちと接する人生をリーファは選んだ。
ヘレナが、村までリーファを送ってくれたとき、いろいろと話をしてくれた。
気さくで明るいヘレナの話に、リーファはゴブリンに襲われたことを忘れてしまうほどだった。
ヘレナとセイヤは二人で冒険者の駆け出しとしてペアを組んだばかりだった。
セイヤは、領主のサルバトーレ様のご子息というのもこの時に聞いた。無口だったが、言葉の端々に優しさを感じたし、気配りもしてくれた。
同い年の男たちは、自分をからかったり泣かせようといじめたりすることが多かったが、セイヤはそんなガキではなかった。
リーファは、その後たびたびセイヤたちが魔物退治をした後に、村に寄ってくれておしゃべりする仲になっていた。
◇◇
「あのとき、ゴブリンに私が襲われていなかったらセイヤとの出会いはなかったわ」
「親分さんって子供の時から、強かったんだな」
「ええ、しかも素手で魔物を倒していたわ。剣を持っていたけど、ヘレナが言うには剣は奪われたら終わり。素手は腕がなくならない限り戦えるって言ってた」
リーファは、エールを呷ると、八百屋のオヤジのジョッキと自分のジョッキにエールを注いだ。
「素手とは恐れ入ったな。そりゃ、悪華組が一晩で壊滅させられるはずだ!」
八百屋のオヤジは、機嫌よく笑う。この街の者は悪華組には搾取され続けていた。
しかし、セイヤが率いる竜牙会がこの街を縄張りにしてからは、生活に安心感が出たと言う者が増え、歓迎されていた。
だから、八百屋のオヤジも一晩でセイヤが悪華組を壊滅させた話は、酒を飲むたびに一度は話題にするほど好きだった。
「リーファは、親分さんのことが好きだった……ってことか?」
八百屋のオヤジは、赤い鼻を指で擦りながらリーファに無粋なことを聞いた。
「ええ、好きよ。今もずっと……今でも時々だけど会ってるわ。いつもあの人は無口だけど、私がこの街に来たときも、この店を始めた時も会いに来てくれた。しかも、無口で無愛想なのに花束とか持ってくるんだから、笑っちゃうでしょ」
「おいおい、そりゃキザだねぇ。女に花束を贈るって王都の貴族みたいじゃないか」
「似たようなものよ。領主のご子息だった人よ。でも、全然そんな感じがしない……不思議な人よ」
八百屋のオヤジは、ひょー色男だねぇと高い声を出して煽ったが、リーファはその言葉には反応しなかった。
「で、ヘレナって女の子はどうしたんだい? こっちに来ているのか?」
「……いいえ、亡くなったの。ルーセン国のダンジョン攻略中だったって。あっ、豆……遠慮の一個が残っているわよ、食べて」
リーファはそう言うと、皿に残った豆を摘んでオヤジの口元に運んだ。
それをオヤジは唇を尖らせてリーファの指から吸い取る。リーファはクスッと笑ったのでオヤジも笑う。
「リーファの好きな人が親分さんなら、俺は嫉妬なんてしやしないぜ。応援するぞ」
「応援なんていいわ。彼は人間……先に死んでしまうのよ。それにまだ彼の心の中にはヘレナがいるわ」
リーファは、ニコリと笑うとエールを飲み干した。
「そのヘレナさんって人のことを親分さんはまだ……?」
「そうだと思う。でも、この街で知り合ったミオンって娘がいたんだけど、あっ数ヶ月前だっけ? この街で殺人事件があったじゃない? あの時の殺された子なんだけど、ミオンはヘレナに生き写しでセイヤもかなり目をかけていたみたいなの……」
「ヘレンさんも亡くなって、ミオンって娘まで殺されたって……親分さんも苦労してるんだな。それに、お前も」
そう言うと、八百屋のオヤジは小袋を取り出すと銅貨を二十枚カウンターに置いた。
「俺も、そろそろ帰ってカミさんを安心させてやらないと、いつ死んじまうかわからんからな」
赤ら顔の八百屋のオヤジは、はにかみながら席を立った。
「また、いつでも来てね。今度は、楽しい話をしましょう」
リーファは、店の出口まで八百屋のオヤジと手を組んで見送った。
今夜はもう客は来ないだろう。もう、この店も長くは続かないかもしれない。
でも、きっとまたあの人は来てくれる。私にも会いに来てくれるための場所が必要、だからこの店は潰さない。
リーファは、一人になった店で、自分のためにもう一杯エールを注いだ。
<つづく>
<登場人物紹介>
◇リーファ
ダークエルフの女性。セイヤと同郷で幼馴染。
年齢は20歳。銀髪で背が高い(185cm)
小さな酒場を経営。第1章4話でセイヤが口にした女性はこの人。
◇ヘレナ
人間の女の子。すでに他界している。
セイヤと冒険者をはじめ、氷竜を攻略すべくダンジョンに入り命を落とす。
セイヤがバーンの街で助けたミオンはヘレナに瓜二つ。
なお、作品冒頭でミオンが殺されたところから始まる。





