第十二話:レックソンとダンピール
レベッカの美貌に目を奪われたレイラたちを酒場に残し、俺たちは外に出た。
あいつらは、夜逃げすることはないだろう。
すでにレベッカの暗示にかかっているのは、明らかだった。
なかなか、粋な計らいをしてくれる。
「奥様、サルバトーレ様。ここからは私がレックソン様のところへ参ります」
メリーは、か細い声で言うと、レベッカと俺の両方に、深々と頭を下げた。
「どうした? 居所が分かっているのなら一緒に行けばいいだろう」
「いいえ、こんな夜更けに三人で押しかけては、レックソン様が警戒して話を聞いてくださらないかもしれません」
ヴァンパイアなのだから、夜中のほうがいいのではないかと思ったが、メリーが言うのだからそういうものなのかもしれない。
「あの人は、たしかに臆病な一面もあったわね……いいわ。危険な時はすぐ戻りなさい」
「はい、奥様。おそらくレックソン様は、町外れのスラム街にいるものと思われます」
そこまで分かっているのなら、レイラを探す前に先に探しに行けばよかったのではないかと俺は思ったが、口に出さなかった。
「遠いわね。では、私たちはどうしていればいいかしら」
「奥様は、宿にお戻りください。後ほど、ご報告いたします」
メイド服を着たメリーは、目を伏せて静かに答えた。
真面目な性格のようで、あまり仕事の時は笑顔を見せない。
メリーは、もう一度頭を下げると城壁へ続く道を歩いて行った。
俺はしばらく、明かりの乏しい暗い通りを歩く、メイド服のメリーを見ていた。
「あら、どうしたの? メリーが気になるわけ?」
レベッカは、メリーの背を目で追う俺を見て、軽口を叩く。
嫌味には聞こえないのは、口調の柔らかさからだろう。
「本当に大丈夫なのか? レックソンがもし話が通じない奴だった場合は、メリーが危ないのではないか?」
「それは大丈夫よ。レックソンとメリーは面識があるし、紳士よ。どちらかというと歓迎されると思うわ」
「それならいいんだが……」
◇◇
俺は、宿屋るとベッドに腰を掛けた。
思っていたよりも、柔らかい弾力のあるベッドだ。
部屋の調度品も、意外と良い物を揃えているようだ。
西地区の街だと、このような高級な調度品を置くと盗まれる危険性がある。
この宿では、盗賊や盗人への対策は万全のようだ。
南町アルーナでも、この宿屋は高級宿屋ということだ。
レベッカのようなヴァンパイアの貴族が宿泊するのだから、当然なのかもしれない。
俺も、ルーセン国の片田舎の貴族の息子だったが、旅行というものに行ったことがなかった。
「ところで、おじい様はお元気なの?」
「爺さんとは、どこの爺さんだ」
俺は、葡萄酒の入った瓶を取り出すと、レベッカの前のグラスに酒を注いだ。
真っ赤な血のような葡萄酒を、レベッカたちは好んで飲んでいる。
グラスを取り上げ、香りを楽しむかのように鼻の下でクルクルと回すレベッカにもう一度尋ねた。
「じいさんとは、どこのじいさんだ」
「あなたの祖父よ。アキラ・サルバトーレ」
「爺さんを知ってるのか?」
レベッカは、グラスを持ったままたちあがると俺の前に来て肩に手を置く。
重さの感じない、やさしい手だ。
「うふ、私たち、昔はいろいろあったわ」
「いろいろ……か……あまり聞きたくはないな」
レベッカは、昔を思い出したのか失笑している。
思い出し笑いか。
「この国だけじゃなく、この大陸の人々はあなたのおじいさんを尊敬しているはずよ」
「そうなのか。たしかに、爺さんは数々の発明をしたのは知っている」
「アキラのおかげで、文明が大きく進んだのよ」
「そうらしいな。もう十年以上会っていない」
「あら、そうなの? 今もご存命なら久しぶりに会いたいわ」
俺の祖父は、少し変わった人だった。
遠くの誰も知らない国から、ある日突然現れた。
それから、どう立身出世したのかわからないが、かなりのやり手だったと聞かされたことがある。
当時誰も気づかなかった方法や工夫をどんどんと取り入れたらしい。
便所が汲み取り式から、水洗になったり公衆浴場や温泉を庶民にも使えるようにしたりと、多くの発明をしたという。
俺も子供の頃は、爺さんによく話を聞かされていた。
北国で雪が深いルーセン国が、資源が木材や鉱石くらいだったが、暖房器具や調味料などを大陸中に売ることになり、国が潤ったのだ。
そのおかげで、伯爵の位をもつまでになり、小さな領地も任されていた。
俺も子供の時はワクワクして話を聞いたものだ。
冒険者になって、爺さんから聞いた蘇生法や治療法などは役立った。
この世界の魔導師も賢者も、俺の爺さんには頭を下げて教えを乞いに来ていたとも聞いた。
「死んだとは聞いていない。もし死んだ時は話題になるだろうから気にしたこともない」
「そうね……孫のあなたに会えるのを楽しみにしていたのよ」
「だから、俺に護衛を頼んだのか?」
「うーん、それもあるけど、もしあなたがアキラの孫じゃなくても、あなたを眷属にしようとしたでしょうね。だって、あなたは戦力になるもの」
レベッカは、俺の背中に手を回すと唇を重ねて来る。
ふっくらとした唇の感触がどこまでもやわらかく、気持ちいい。
舌で俺の唇をこじ開けるのを、俺は舌をからませ、唇で甘噛みする。
俺たちは、グラスの葡萄酒を飲み干すと、抱き合いながらベッドに倒れた。
レベッカの体から、甘い香りが立ち込め、うっとりとした気持ち良さを感じる。
媚薬や秘薬の類ではなく、レベッカの色香がそう思わせているのだろう。
俺たちは、体を重ねお互いを慈しみあった。
◇◇
ドアが、ガタンと大きな音を立てて開くと、メリーが飛び込んで来た。
「奥様! レックソン様がっ!」
レベッカを腕枕し、ウトウトとしていたところ、メリーの声で目が覚めた。
すでに、レベッカは立ち上がって下着をつけている。
「どうしたのっ!」
「ダンピールたちに囲まれています。私も一緒に戦ったのですが、かなり数が多くてレックソン様が私を逃がしてくれたのです」
ヴァンパイアのメリーが息を切らすほどだ。
かなりの速度で走ったのだろう。
肩を上下に揺らしながら、呼吸を整えようとしているメリーの瞳は真っ赤だ。
すでに、戦闘態勢に入っている目だ。
「ダンピールって、ヴァンパイアハンターか?」
「そうよ。とりあえず応援に行くわよ。あなたも来てっ!」
レベッカと俺は、すぐに宿屋を出るとメリーについて走った。
全速力で走ったが、到底ヴァンパイアの足には敵わない。
あいつらは、人間の何倍もの速さで走ることができる。
一気に差をつけられたが、あいつらなら倒されるということはないだろう。
俺は、どんどん遠く離れて行くレベッカたちの背中を見た。
あなたも来てと言うわりには、放っていきやがった。
すでに深夜を回っていて、通りの両側の建物にはほとんど灯火が消えている。
寝静まった頃に、戦闘とはさすがヴァンパイアだ。
それにしても、ダンピールが複数人いるのは珍しい。
ヴァンパイアと人間の間に生まれた吸血鬼をダンピールという。
ヴァンパイアは人間の生き血を吸い、眷属化するがダンピールはヴァンパイアの血を吸い、ヴァンパイアを殺すことができる。
そのため、生業としてヴァンパイアハンターをしている連中だ。
現在は一部のヴァンパイアを除き、人間とは共存することで、お互いの不利益とならないようにしていた。
だが、ダンピールどもは一向にヴァンパイア狩りをやめようとはしなかった。
そのため、出入りを禁止する国家や街もあるくらいだ。
人間としては、ヴァンパイアと良好な関係を結んでおきたい。敵対して勝ち目などないのだ。
しばらく走ると、アルーナの街の城壁の外へ続く門があった。
見上げるほどの大きな門は、夜間は閉じられている。その横に通用口のドアが目に入った。
すでに門番はいないが、通用口の扉が開いていた。
門番は殺されたのか……
通用口を外に出たら、二人の門番の姿が見えた。どちらも、地に伏している。
俺はふたりの手首を握り、脈動する血管を探る。どうやら眠らされているだけのようだ。
俺は、バラック小屋が立ち並ぶ一帯を見た。
アルーナの街は、きれいに整備されていて花まで植えられていたが、ここはまさに貧民層を寄せ集められて住まわされているようだ。おそらく、昼間に来ても薄暗くどんよりとした雰囲気は拭えないだろうな。
耳をすますと、暗闇の中、静寂な夜に似つかわしくない喧騒が聞こえて来る。
俺は、音のする方向へと急いで走った。
すでに、レベッカは戦っているのだろう。間に合うか。
◇◇
四方から弓がレベッカを襲った。
暗闇の中、矢が黒に塗られているため目視がしにくいが、ヴァンパイアは夜目が効く。
レベッカは、ことごとく弓を素手で薙ぎ払うと、一気に建物の屋根に飛び上がった。
弓を構えた男の腹に蹴りを入れると、男は投げられた石のようにものすごい勢いで隣の家の壁まで飛んでいき、背中を打ち付けた。
外壁の石がパラパラと崩れる。おそらく助かってはいないだろう。
「メリーっ! レックソンはどこ?」
「わかりません。ただ、あちらのほうでも戦闘の音が聞こえています」
「わかったわ。行きましょう」
次々に、レベッカに向けて弓が射られる。
メリーは、飛んで来る矢を手づかみしては、投げ返している。
弓の射た男の眉間に突き刺さり、屋根から転がり落ちた。
走りながら正確に弓を手づかみし、射手に投げ返す。
「こいつら、私たちをレックソン様に近づけないように牽制しています!」
「わかっているわ。急ぐのよ」
レベッカは、屋根から屋根に飛び移り疾走する。
その間も矢が次々と狙い撃ちする。
高速で移動するレベッカたちに、狙いを定めて射るとは余程の使い手だが、レベッカたちには効かない。
人間との間にできたダンピールと、始祖と言われるモーガン家の奥様とでは、大人と子供くらいの力の差があった。
ダンピールたちはレベッカが何者か気づいていないのであろう。
開けた場所に出ると長身で長髪の男を中心に、丸く囲っている集団がいた。
レベッカとメリーは、屋根を疾走しながら大きく飛び、その輪の中に着地する。
あまりの速度と衝撃に土煙がたち砂が四方に飛ぶ。
囲んでいる敵が、一瞬たじろぐのがわかった。
「お待たせしたわね」
土煙を手で払いのけ、顔をしかめるレベッカとメリーに長髪の男は軽く手を挙げた。
「姉さん、どうしてここへ?」
「レックソン元気そうね。ちょっとあなたに用事があるの」
「用事ってなんの?」
「そんなこと、あとで話すればいいわ。とりあえず、この雑魚をやっちゃいましょう」
「あははは、それもそうだ」
緊張感のない言葉を交わす二人に、取り囲んでいる男たちは剣を構えた。
レベッカとメリーは背中合わせに立ち、取り囲むダンピールたちを睨みつけた。
全員黒装束という異様な出で立ちをしている。
夜に活動することが多いからだろう。
その時、取り囲んだダンピールの内部、つまりレベッカたちがいる辺りの地面が震えた。
そして、空気が重くのしかかる。
「うっ、これは重力魔法……」
「大丈夫、レックソン。メリーも」
「はい、大丈夫です、奥様」
「ああ、大丈夫だ」
だが、三人とも重力魔法の重圧で膝を折り、すでに地に四つん這いになっている。
このままだと押しつぶされてしまう。
「やっかいな魔法を使ってくるわね。押しつぶす気かしら」
「ああ、ぺちゃんこになったら、歩くのに大変だろうな」
「風が吹いたら飛んで行くかもしれませんよ、レックソン様」
「あははは、俺たちは紙っぺらになるのかな……」
四つん這いになり、すでにメリーは地面にほとんどうつ伏せになるほど押しつぶされているが、無駄口は叩けるようだ。
ダンピールのリーダーらしき男が、前に出てきて言った。
「お前たちヴァンパイアを狩るのが俺たちの仕事だ、悪く思わないでくれ」
レックソンは、うつ伏せになりながらニヤリと笑った。
悪いと思うなら、やめてくれないかな……と独り言ちる。
「なんと、まだ笑える余裕があるのか。だが、助けに来た仲間もいっしょに潰されるだけだ。だいたい、女に助けられる男とは情けないな」
もうすでに勝利を確信しているかのように、ダンピールのリーダーの男は、踏ん反り返って笑う。
声を上げて笑いながら、首がぐらっと傾き、地にどすんと頭が落ちて転がった。
すでに笑い声は息絶えている。
「おっ、お頭!」
ダンピールたちが、ざわめき立つが包囲を解かない。
リーダーが死んでも包囲は崩さないのは、よほどの訓練を積んできたのだろう。
「セイヤ……やっと来たのね」
◇
◇
俺が、静かに近づいた時、レベッカたちは四つん這いになっていた。
どうやら重力魔法で拘束されているように見える。
俺は、術者を探すために屋根の上に上がって見渡してみるが、夜目は効く方だが遠くまではよく見えない。
レベッカたちは、おそらく俺が近づいているのは見えていたはずだ。
なにせ、数百メルチ先の書物の文字が読めるというくらい視力がいいらしいからな。
俺は、前に出て踏ん反り返った男を見た。
この位置から、男の位置まで約二百メルチ。
俺の魔剣は、刀身が俺の念じるままに伸ばすことができる。
しかも、刀身が見えない剣『魔剣ガーリアン』だ。
声を出す間もなく、ダンピールの首を飛ばした。
俺は、建物の陰に再び隠れる。
必ず呪文を唱えている詠唱の声が聞こえるはずだ。どこだ?
レベッカたちが見える位置…… 考えられるのは、あそこの三階建の廃墟か。
俺は、静かに走りながら魔術師がいる廃墟へと向かった。
もともと石造りだったのだろう。手で触ると石がボロッと欠けるほど劣化が激しい。
術者は、この上にいるのはまちがいない。
ゆっくりと崩れかけの階段を上ると、詠唱する声が聞こえてくる。
重力魔法は、詠唱している時間だけ効果がある。詠唱をやめさせれば魔法も止まるはずだ。
俺は、屋上に躍り出ると、魔術師の首を刎ねた。
<つづく>
<登場人物紹介>
セイヤ・・・・主人公。ルーセン国出身で氷竜を制覇した元勇者。
レベッカ・・・ヴァンパイア王の妃。跡目争いのため、レックソンを探している。
メリー・・・・ヴァンパイアの娘。レベッカのお付きの者。普段はメイド服を着ている。
レックソン・・ヴァンパイア王の弟。放蕩癖があり、現在は南の街アルーナにいる。
久しぶりに更新しました。
マイペースで更新していきますので、よろしくお願いします。





