第九話:南街アルーナ
カールトン国の南部の町『アルーナ』は、国内で四番目の大きさだ。
ニブルの街に比べ、一年を通して暖かい。
南国のスティーンハン国との国境にある街のため、文化はスティーンハン国の影響も強く受けている。
とはいえ、南国との距離は馬車で二十日ほどかかるため、カールトン国の文化が七割がたというか感じか。
俺は、アルーナの街に入った馬車の中からあたりを見回した。
初めてきた街だが、陽気な雰囲気が漂っている。色彩豊かな外観の建物が多く、通りには露店のテントが並ぶ。
道ゆく男女は、肌の露出が多い衣装を身につけていた。
特に、女は年齢問わず、腹と足を隠さない服を着ている。
昼に寄った休憩所のエール売りの女のような格好の若い女も見えた。
「ずいぶん熱心に見てるわね。田舎者丸出しだわ」
レベッカは、そう言うとやれやれと肩をすくめた。
この女は、八百年も生きているのだ、アルーナに何度も訪れているのだろう。
だが、俺は初めてだ。珍しい建物の形状、道路沿いの露店、荷車を押す男たち、どれも俺には新鮮だった。
「俺は田舎者だが、お前もかなりの田舎者だと思うがな」
「あら、田舎者は認めるのね。でも、私は違うわ。こう見えても王都にも住んでいたことがあるんですから」
レベッカは、背もたれに踏ん反り返り、腕を組んでいる。
生意気な女だ。だが、口論でも勝てる気がしない。
「王都に住んだことがあるのか。どうりで垢抜けた感じがする」
「まあ、お上手ね。今日の服は、この街の気候に合わせてわざわざ職人に誂らってもらったのよ」
アルーナに着く手前の休憩所で二人は、着替えをすませていた。
その時は、俺が何も服装について触れなかった。
不満そうだったのはそれが理由か。
レベッカは、首の後ろで紐を縛る形の蒼い洋服を着ていた。
それは、薄地で透き通った柔らかなシルクワームの糸で編まれており、強い光沢がある。
肩の露出が程よくあり、背中が大きく開いているため、かなり目を引くだろう。
「とても上品な仕上がりだ。よく似合っている」
お世辞ではなく、実際レベッカによく似合っていた。
お洒落している女を、褒めない男がいるだろうか。男は女の変化に敏感になるべきだと思っている。
メリーは、メイド服だが、袖のないブラウスを着ていた。
こちらも、過去に気温の高いアルーナに来たことがあるということか。
俺は、相変わらず黒シャツに黒ズボン。黒っぽい上着を着ていた。
初めて来たのだ、知っていたら俺も着替えていただろう。
馬車は、しばらく街の外周沿いを走っていたが、商人ギルドらしき建物の前に停まった。
「到着しました」
メリーは、スッと音もなくドアを開けると先に馬車から降りた。
この身のこなし、初めはすばしっこいやつだと感心していたが、吸血人種なら納得だ。
御者は、馬車の後部に積んでいる荷物を持ってメリーに渡す。
それをメリーは、当たり前のように俺に押し付けた。
俺はいつから、この女にこき使われる立場になったのだ?
「な、なにか?」
俺が睨みつけたものだから、メリーはか細い声で俺に抗議した。
女に重たい物を持たせるのですか……と尻すぼみに声が小さくなる。
気の弱そうな女に見えるが、実は常人の何倍もの力があるヴァインパイア。
俺は、レベッカを馬車から下ろした。
ふわっと馬車のステップから飛び降りたレベッカは、その場に立つだけで、通りを歩く人たちの目を引いた。
「知り合いを探す用事がある。俺への依頼はここまでだったな」
「あら、こんな田舎に私たちを置いて行くの? そんな冷たい人だったのね」
まだ俺に何かさせるつもりかと、俺は身構えた。
「護衛の依頼は、アルーナまで連れてくることだったはずだが……」
「あなたって意外と冷たいのね。寝てる女に鼻の下伸ばして死にかけたくせに……」
「ちょっと待て! それは、幻覚のせいだ! それに鼻の下は伸ばしていない」
「どうだか。まあ、いいわ、今日、私たちはここに泊まるから、気が変わったら来てちょうだい」
あっさり引き下がるレベッカの言葉と同時に、メリーから宿屋の名前が書いた紙を渡された。
「大きな部屋だから、貴方も一緒に泊まれるわ。いつでもどうぞ」
そう言うと、レベッカとメリーは踵を返すように石畳の道を並んで歩いて行く。
俺は、しばらくその後ろ姿を見ていたが、ふと片手にずっしりと重い鞄を持っていることに気づいた。
《あいつら、自分たちの荷物を忘れてやがる……》
俺は、レベッカたちを追いかけた。
「あら、もう決心がついたのかしら。早かったわね」
「早すぎです…… きっと私たちのことが好きなのです……」
レベッカは、嬉しそうに振り返ると言い、メリーは、蚊の鳴くような声で聞き捨てならないことを言った。
鞄を差し出す俺にレベッカは、宿まで運んでちょうだいと当たり前のように要求した。
そうなるとは思っていたが……
「俺は、女を探しにこの街に来た。そいつが見つかるまでは、協力できない。だが、見つかったらお前の弟を探すのを手伝おう。それでいいか?」
「いいわよ。貴方の探してる女って、どんな子?」
「あとで話す。もう宿に着いたようだ」
宿屋は、商人ギルドから歩いてすぐのところにあり、迷うこともなく、あっさりと到着した。
近づいて見ると、白い粘土で作った煉瓦を積み上げた煉瓦造りの建物は、趣があった。
しかも、屋根は半円球になっている。この街では、高級宿屋といったところか。
俺たちが入口の前に行くと、ピカピカに磨かれた大きなドアを二人の男が、丁寧に開いてくれた。
サッと、レベッカの前を召使いのメリーが入って行く。宿泊の受付をするためだ。
だが、おそらく先に入ることで、危険性がないかを確認するのだろう。
ぐるっと館内を見回したメリーは、そのまままっすぐに受付カウンターに進んだ。
頭に布を巻いた男の荷物持ちが、俺が持っている鞄に手をかける。
そして、宿泊の受付が終わるまでこちらでお待ちくださいと、ソファが置かれた一角に案内された。
流石によく教育されている。西地区の宿屋では、ここまでのことはしていない。
もちろん、西地区は冒険者の街だから、観光客相手の宿屋は今のところ必要はない。
何しろ、カールトン国で一番治安が悪いと言われているのだ、観光に来る物好きはいないだろう。
「すまないが、教えて欲しいことがある」
俺は、荷物持ちの男に声をかけ、銅貨を二枚手渡した。
この街にある、踊り子がいる店を全て教えてもらい、五店舗の酒場の名を聞いた。
全て歩いて回るには数時間かかるだろうと言われたが、宿屋の馬車を出してくれるという。
さすが、高級宿というところか。
「ねぇ、貴方の探している女って、どんな人なの?」
レベッカは、羽でできた扇子をゆっくりと扇いでいる。
その風に乗って、ふんわりといつもとは違った、爽やかな柑橘系の香りが微かに香る。
香水を使う女は珍しくはないが、衣装や場所によって香りを変える女は、上流階級の女くらいだ。
俺の情婦のキャサリンは、父親が王都で重役をしているため複数の香水を持っていた。
最近では、香水師という職業も増えて来ていて、人気の香水師は新作を出すと飛ぶように売れているようだ。
今まで錬金術師や魔術師が作っていたが、それはあくまでも本業とは別にしていたため、本数が少なかった。
これまで、種類も豊富にはなかったのだが、香水師は次々と新作を発表しているという。
レベッカが身につけている香水は、おそらく新星の香水師のものなのかもしれないと俺は感じた。
「ねぇ、聞いてる?」
レベッカは、俺の目の前で扇子をパタパタと扇いで言った。うっかり考え事をしてしまった。
「ああ、すまない。お前の今日の香りはいい香りだな。落ち着く香りだ」
「質問の答えになってないわ……でもありがとう。これ、オレンジスイーツって香りよ」
その時、受付を終えたメリーが小走りに戻って来た。
「荷物を置いたら食事に出ましょう。それから、人探しよ」
レベッカは、ソファから立ち上がると俺にニッコリ微笑む。そのニッコリが恐ろしい、何を考えているのだ。
夕飯を食った後に、人探しでいいだろう。どうせ、踊り子が出る店は夜になってからだ。
◇◇
俺たちが食事が終わったのは、すっかり日が落ちた頃だった。
夜空には、数多の星が輝いている。
街に到着した時は、土産物を売る露店が多く活気があったが、今はテントを閉じている。
明かりがついているのは、酒場といくつかの店だけだ。
食事の時に、俺は踊り子のレイラの話をレベッカたちにした。
褐色の肌に、白い髪のダークエルフの女。この街で踊り子をしているという情報も入っていることなど、知っていることは全て伝えた。
「白い髪の娘を探せばいいのね」
「まあ、そうだ」
俺たちは、まず踊り子のレイラを探すことにした。
<つづく>
一行は、ダークエルフの踊り子レイラを探すことにした





