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第七話:至高の種族

<前回のあらすじ>

セイヤはヴァンパイアに噛まれていた。


 三日目の馬車の中で、俺はウトウトとしていた。

もちろん、護衛している身だから意識はある程度周囲に向けている。

 完全に寝てしまっているわけではないが、馬車の壁に頭をつけ体の力を抜いているだけで、疲れは取れる。

 昨夜の出来事が精神的にも肉体的にもダメージを与えていたことに加え、この淫乱奥様の相手で精も根も尽き果てていた。


「奥様……」


 召使いのメリーが、ベールをかぶりうつむいて微動だにしない奥様に声をかけた。

 メリーは見た目は若いが声が大人びて落ち着いている。何歳なのだろう。

 俺は、目をつぶったままメリーたちへ意識を向けた。何か会話をするのだろうか。


「もう少しでお昼ね。窓を閉めてあげて」


 奥様はメリーにそう言うと、メリーは手を伸ばして俺が持たれている窓の幌布をほどき、下ろした。客席は暗くなったのがわかる。

 なぜ暗くする必要がある。俺がぐっすり眠れるように配慮したのか……

 今まで二日間馬車で移動して来たが、この二人が会話するのは休憩時と到着時の時だけだ。

 それ以外は無駄話もせず押し黙ったままだった。

 だが、今は和やかな雰囲気が馬車の中を包んでいた。

 二人は、ヒソヒソと話をして、時折クスッと笑っている。


 馬車がゆっくりと速度を落とし、そして止まったのを感じた。

 俺は薄目を開けて見たが、二人はいつもと同じ様子だ。

 だが、いつものメリーならさっと降りて俺たちを降ろすのだが、今日は動こうとしない。

 メリーは、窓の幌布の端を少しめくると、外の様子を見て言った。


「奥様、こちらで昼食のようです。どうしましょうか……」

「この馬車の中でいただくわ。持ってきてちょうだい」


 奥様は、そう言うとメリーは音もなく扉を開け外に出たようだ。

 ストンと地面に飛び降りた音だけが聞こえた。


「あなた、目は覚めているのでしょ」


 奥様は、俺の膝に手を置き顔を覗き込むように前のめりになった。

 俺は目を開けた。奥様はベールを被っているため、表情は口元しか見えない。

 赤い唇の端がグッと上がる。ニヤついているのか……


「ああ、ウトウトしてすまない。さすがに疲れたようだ……」

「いくらタフな貴方(あなた)でも、こう連日馬車に揺られたら疲れるわよね」


 この女は分かっていない。お前の底なしの精力のせいだ。この二日、生きた心地がしなかった。


「体の調子はどう?」

「大丈夫だ、座り過ぎて尻が痛いが、問題ない」


 この二日間、休憩時を除きずっと馬車で揺られていた。

 途中、馬の交換のために立ち寄る休憩所で、伸びをし足の屈伸をしていたが、ずっと座っていると体がなまってしまいそうだった。

 奥様は、俺の顔をジッと見ているが徐々に険しい表情になっていく。


「貴方、もしかして……」


 奥様は、パッと窓の幌を上げる。日光が差し込み客室が明るくなると、俺の体に直射日光が差し込む。

 眩しいくらい良い天気だ。外を見ると、メイドが遠くから盆に料理を乗せて歩いてくるのが見える。


「外に出ないのか? 少し足を伸ばしたいのだが……」


 奥様は、覗き込むように前のめりに俺を見ていたが、パッと俺の膝から手を離すと座席に腰をおろした。


「どうした? 日光に当たったからといって、俺に変化は見られないか?」

「なっ、なんのことかしら……」


 明らかに狼狽(うろた)える奥様を横目に、俺はドアを開けて外に躍り出た。

 ちょうど、メリーが戻ってきていたが俺が出てきたのを確認すると、驚いたように目を開いた。


「メリー、昼食は外でしましょう」


 奥様は、馬車の中からそう言うと、手を出し出したので俺は手を取り、奥様を降ろした。

 優雅な身のこなし、音もなく降りる奥様を見て俺は確信した。

 だが、この女たちの真意がわからない。

 このまま、とぼけておけば、向こうからボロを出すだろう。ボロを出すまで待つか……


「メリー、ごめんなさいね。あちらで食事を取ることにしたわ」

「はい、奥様……あの~」


 奥様は、メリーの次の言葉を遮るように間髪入れずに言った。


「不思議ねっ!」


 ニコリとした奥様は、メリーの背中を押すと休憩所の中央にいくつか置かれたテーブルへと向かった。


 昼食は、羊肉を焼いたものにパンとスープ。スープは野菜がしっかり煮込まれていて美味い。

 俺たち三人は昼食を静かに平らげた。

 食後、出発まで時間があったため、エールを飲むことにした。

 召使いのメリーは辞退したが、どうせ馬車に乗っているだけだから1杯くらいは付き合えと押し付けた。

 テーブルには紫のマットが敷かれ、その上に空になったジョッキが三つ。

 俺は、奥様にもう一杯飲んだらどうだと勧めたが断られた。

 奥様の様子を見ていたら、酒を飲むような気分ではないのだろう。


「アルーナに行ってどうするのだ?」


 俺は、この二人はアルーナにどのような用事があるのか聞かされていない。

 もともとアルーナに住んでいたのか、それともどこかに寄る用事があったのか……

 メリーは、答える気がないのかエプロンの紐をほどいて、結び直していた。


「その質問には答えられないわ」

「俺に知られたらまずいことなのか?」

「うーんと、そうね、聞かれて困ることはないけど、教える義理はないってところね」


 奥様は、ベールをつけているため表情が見えない。

 だが、何かを隠していることは、様子を見ていればわかる。

 どこかぎこちない上に、先ほどからせわしなく金髪の縦ロールに指を絡ませている。


「そんなことより、貴方。昨夜、私たちが寝た後に何かしたの?」

「なぜだ……何か気になることがあるのか。例えば、眷属化しない理由が知りたいとか……」


 奥様は、ハッとして俺の方を見る。

 ベールを被っているので、俺の方を見たのかどうかわからないが、強い視線を感じた。


「俺の血を吸ったのは、どっちだ? メリーか、あんたか……」


 俺は、そういうと立ち上がった。ただ、立ち上がっただけだが、急に女二人に緊張感が走る。

 (かたわら)に立つメリーは、素早く身構える。

 まるで威嚇する猫のように体制を低くし、上の犬歯がぎゅーと伸びるのが見えた。

 琥珀色の瞳が充血を始め、みるみる真紅となる。


 ――――やはり、ヴァンパイアだったか。

 しかし、奥様が今にも飛びかかろうとするメリーを制止する。


「やめておきなさい。あなたがまともにやりあって勝てる相手じゃないわ!」

「……はい、奥様」


 ギリっと歯ぎしりの音が聞こえたが、俺は知らぬふりをして再び椅子に座った。

 メリーは、いつものように奥様の斜め右後ろで直立して待機。奥様は、テーブルに頬杖をついて俺の方を見た。


「いつからなの? いつ気づいたのかしら?」

「昨日だ。昨夜お前たちが寝た後だ。なぜ傷がないのに血が出ていたのか、ずっと考えていた」


 奥様は、ウフッと嬉しそうに笑うと、気づいてて半日も私たちと一緒にいたの? と、感心とも呆れたとも取れる言葉を放った。


「確信が持てないからな。それに、お前たちの護衛の役目もある」

「意外と生真面目なのね。竜牙会(ドラゴンファング)の首領の貴方がそんな真面目だとは思わなかったわ」


 俺は、煙管を吸おうとズボンのポケットに手を入れる。

 メリーがすっと奥様の横に並んだ。まだ、警戒してるのか。


「勘違いするな、煙草だ。俺は、お前たちをアルーナに送り届ける任務がある」

「メリー、そんなにピリピリしなくてもこの男は大丈夫よ」


 俺は煙管を取り出すと火をつけ、大きく煙を吸った。

 胸に煙が充満して行くのを感じると、細くゆっくりと煙を吐いた。

 奥様も、煙管を取り出し火をつける。


「食後の一服は格別だな」


 この国にも煙草を吸う習慣はあまりない。街でもほとんど喫煙者を見かけないのは、煙草葉はカールトン国では生産されていないからだ。

 他国からの輸入のみでしか手に入らないため、高価で庶民には手が出せないというのもある。

 そのため、煙草を吸う者同士ではどこか親近感を持って話ができる。


「そうね…… でも、今は煙草を堪能できそうにないわ。……それにしても不思議だわ。なぜあなたは血を吸われたのに、眷属にならなかったのかしら」

「さぁな。俺には効かないんだろう」


 俺は嘘をついた。本当は、状態回復ポーションを飲んだからだ。

 しかも、魔族マーリン特製の最上級ポーション。薬師や魔術師が作るポーションとは別格。

 マーリンが、俺にいくつか持たせてくれていたアイテムの一つだ。


 昼休憩が終わりに近いのか、休憩所で休んでいた何組かの客たちが、馬車へ戻って行くのが見えた。

 俺は、煙管から火玉を地面に落とし、足で踏みつけて火を消した。


 俺は、奥様とメリーに馬車に戻ろうと声をかけると大人しく二人は俺の後をついてきた。

 後ろから襲ったりする卑怯者ではないのだろう。さすが、闇の神々の寵愛を受けた気位の高い古代種族だ。



 馬車に乗り込む。この馬車も三日目ともなると我が家に帰ってきたかのような居心地の良さを感じるようになった。しかし、目の前にはヴァンパイアの女たちがいる。今までも一緒にいたのだが、微塵もそんなことは感じなかった。

 奥様は、ベールを外したままだった。

 美しい金髪の縦ロールの髪。毎朝メリーが髪を整えているためが、毎回編み込みの種類が違う。

 その日の服装に応じて髪型は変えているようだ。

 俺は、奥様を観察したがこの女は底が知れない。

 できることなら戦いたくはなかった。

 ヴァンパイアに対して人間は非力すぎる。


「私たちはどうしても、貴方を眷属にしたいの。だけど、無理やり噛み付いたりはしない。私たちは古代上位種族としての矜持(プライド)がある。だから、手荒な真似はしたくないわ」


 魔族もそうだが、ヴァンパイアは、人間よりも上位に位置すると考える者が多い。

 確かに、神話の時代から見ると人族は人間、エルフ、獣人などの種族に分かれたが、魔族やヴァンパイアは古代から変わりがないと言われている。

 高貴で強く、そして気高いのが特徴だ。だが、聞き捨てならないことを奥様は言った。

《手荒なことはしたくないだと……》


「その割には、昨日は驚かせてくれたな。流石に俺の人生が終わったと思ったぞ」


 本当のことだ。俺は首の肉を削がれ、とめどなく流れる血を見て今回は死ぬだろうと覚悟を決めたくらいだ。助けた女に噛みつかれるとは思ってもいなかった。

 完全に油断した自分が悪いのだが……奥様(こいつ)の方がもっと悪い。


「貴方を傷つけるつもりはなかったわ。幻視を見せて貴方が気絶した後、血を少し吸わせてもらっただけ」

「少し……? しっかり吸いやがっただろう。あの後、フラフラだった。俺はてっきり首を噛まれて大量出血したからだと思っていたが、お前たちが吸ったんだな」

「そう怒らないで。だいたい、お前たちが吸ったって? 吸ったのは私よ」


 どこか上から目線で、この女は謝る気なんてなさそうだった。

 要するに、あの悲鳴も、ベッドに縛られて寝かされた女も幻視だったってことか。

 だが、確かにあの時悲鳴があり、他の客も窓から見ていたはずだ。

 どこから幻視で、どこが本当だったのか……


「あの時の悲鳴は、あれも幻聴か?」

「あぁ、あれね。あれはコレよ」


 奥様は、呪文紙を一枚取り出した。

 『呪文紙』とは、主には生活魔法を記した紙で、魔法のシンボルと呪文が書かれており発動させると記載された魔法を発動することができる。この国では、主に風呂に湯を貯める、照明にする、水を出す、清潔に保つ、など生活に密着したものが一般的に売られている。

 また、呪文紙は魔族が作る魔物を呼び出すものがあった。戦闘に使えるものも作れるが、魔族は生産しないことに大陸内では決められていた。要するに、戦争になっても魔法戦争にはしたくないということなのだ。

 この女は、呪文紙に悲鳴をあげる魔法を付加していたはずだ。

 町人に催眠でもかけて呪文紙を発動させたのだろう。ヴァンパイアなら人を操ることなど造作もない。


「なるほどな。まんまと俺は騙されたってわけか……だが、女はどうだ、あれも幻視なのか」

「そうよ、すべて私が描いた通りになった。でも、眷属にすることができなかったという意味では、私の方が負けたってことね」


 奥様は、腕組みをし首を傾げてニコリと笑った。

 白いブラウスのボタンが引きちぎられそうなくらい胸が強調される。

 妖艶にして艶麗、臈長(ろうた)けた美しさだ。

 俺が聞いていたヴァンパイアのイメージでは、高飛車で高慢な種族だったが、奥様は素直に負けを認めたのは意外だった。


「そろそろ名前を教えてもらえないか」


 今まで窓の外を見ていたメリーが、奥様の方を振り返る。

 奥様も、メリーの方を見て軽く頷いて見せた。

 奥様は、そうね、と言うと名乗った。



――――レベッカ・アビー・モーガン


 それは、ヴァンパイア王の王妃の名だった。


<つづく>



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