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第三話:護衛



 西地区(バーン)にある、アンの高級娼館『ジェラシーズ』。

 白い石造りの三階建てで、1階は受付と客の待合室があり、二階に接客をする部屋があった。

 アンは三階の居住スペースに住んでいる。その、一階と二階を娼婦ギルドとしたのはつい先日のことだ。

 今までにはなかった、ギルドを表す看板が入り口に取り付けられている。


 アンは、東地区(スラッツ)の娼婦街を整備することで、自分の店をそちらに移すことにしたのだ。ギルドを娼婦街の近くに置くべきだと俺は言ったが、アンはこの場所でしたいと言った。

 何か考えがあってのことだろう。俺は、それ以上は口を挟まなかった。


 アンの白い肌には、真っ白な下着が()け、その上に着た袖のない服は、肌まで透けて見えていた。膝丈の透けた素材のシャツは、均整の取れた体型をより美しく見せてくれている。

 細い紐を首の後ろで結ばれ、大きく開いた背中は産毛一つなく艶めかしい。

 俺は、アンの肩に手を掛け引き寄せて、口づけをした。


「娼婦ギルド立ち上げおめでとう。一緒に祝おうと思ってな……酒も持ってきた」


 俺は、アンから身を離すと、おもむろにズボンから酒のボトルを2本取り出した。アンは、軽く感嘆の声を上げると、ボトルを俺から受け取りテーブルの中心に置く。


「……ありがとうセイヤ。正直、うまくやれるかどうかわからないけど、みんなが安心して働けて、搾取(さくしゅ)されることもなく、幸せになってくれたらいいなって思ってる」


 そう言うと、テーブルの上にグラスを2つ置いた。俺は、ボトルを開け、そのグラスに酒を注ぐ。

 葡萄酒は、作りたてよりも何年か寝かせるほうが美味くなる。そして、決して中身を混ぜないようにゆっくりとボトルを傾け、静かに注いで葡萄酒の上澄みだけを飲む。それが美味い!


「ああ、どんな境遇の女でも幸せになる権利はある。これから東地区(スラッツ)は朝まで眠らない街になるだろう。その時、男たちからは娼婦らが一番輝いて見えるだろう」

「そうなって欲しいな」

「なるさ」


 アンは、ニッコリ微笑むとグラスを手に取り、鼻を近づけて、香りを味わうかのように、ゆっくりと揺らした。


「いい香りがするのね。果実酒かしら」

「葡萄を発酵させた酒だ。果実本来の甘みもあるが渋みが心地いいんだ。飲んでみろ」


 アンは、ゆっくりと味わうようにグラスを傾け、喉に葡萄酒を少しずつ流し込む。時折、グラスを離し、舌で味わうとコクンと飲み干す。


「しっかりとした甘味もあるけど、渋みが荒々しくて逞しい男の人の味……セイヤみたいな」


 そういうと、誘うかのように、ゆっくりと(まばた)きをして、赤く薄い唇を舐めた。目を閉じると金色の睫毛の長さがよくわかる。どの角度から見ても、美しい。

 アンは、残りの葡萄酒を飲み干すと、テーブルにグラスを置いた。


「渋みがあるのは苦手か?」


 この葡萄酒は、皮ごと葡萄を発酵させているため渋みが出る。皮を取った葡萄を発酵させた葡萄酒もあるが、俺はこのビロードのような舌触りの酒が好きだ。アンもこの方が好みだろうと思ったが、違ったか……


「いいえ、とっても素敵な味。口の中に広がる香りも好きよ。とても余韻が楽しめるわ」


 半開きにした口から、赤味を帯び湿った舌が見えた。アンの吐く息にまで紅の色がついているかのように思えるほど、(なまめ)かしく見える。

 ほんのりと上気した頬を見ると、この酒はアンには強すぎたかもしれない。


「明日からアルーナへ仕事で行く。南の街へ行くと、スティーンハン国が近いから良い葡萄酒も手に入るはずだ。また、アンのために買ってこよう」

「私のために?」


 そういうと、アンは俺の首に手を掛け、唇を押し付けてきた。柔らかい感触と甘い香りが優しく俺を包む。今夜はアンをとことん悦ばせよう。

 この日、俺は全身全霊を込めてアンを幾度となく絶頂に導いた。



「起きるどおおお! 兄貴〜朝だどー!」


 ナミのけたたましい声が耳元で響き、俺は目が覚めた。昨日は疲れ果てたのか、帰宅すると風呂にも入らずに、寝着に着替えてすぐに寝てしまったようだ。

 昨夜は、というか今朝方までアンとベッドを共にした。おかげで、部屋に戻ると意識を失うようにベッドに潜り込んだのだ。


 布団を剥がされて尻を叩かれる。ナミはいつも起こし方が荒っぽい。もう少し優しくして欲しいものだ。


「兄貴、尻が半分出てるぞ。それに、(すそ)が膝まで上がってるし。毎度(いつも)のことだけど、寝相が悪すぎだど」

「寝相だけは、自分の意識ではどうにもできなくてな……」


 俺は、ベッドに座り寝間着を脱ぎ、(かたわ)らに置いた椅子に掛けていたシャツを着た。ナミを見てみると、まだ寝間着のままだ。


「昨夜は風呂に入れなかった。どうだ、お前も入るか」

「わー、ほんまか! 一緒に入る、入る」


 ナミはそういうと、寝間着を脱ごうとするので慌てて止めた。


「ちょっと待て、風呂場で脱げ。ここで素っ裸になるな」

「うあっ! うっかりしてたど!」


 うっかりにもほどがある。ナミがこの家に住むようになってから、なぜか風呂を一緒に入ることが何度かあった。お互いに気にしないのは、ナミの性格のせいだろう。 

 開けっぴろげで、恥ずかしがりもしないので、まるで兄妹と入っている気になる。

 もちろん、今まで一度も男女の関係になったことはない。そういう目で見たこともない。


 黒岩を切り出した石版(タイル)で作った浴槽には、溢れるほどの湯が張られている。地の奥底から湧き出る温泉は、柔らかく肌を温めてくれる。湯が地下から吸い上げられる時、地中の空気を含み、泡となって浴槽に沸き上がる。

 その泡を一つ一つ、手で掴み、叩き潰す。時には、握り、時には叩いて潰す。飽きもせず、何度も何度も繰り返されているナミの遊びをしばらく観察していた。


「……しばらく、ナミとは別行動だ」

「わかってるど。こっちはちゃんとやっておくから安心して兄貴は行っていいど」


 泡に夢中になっているようで、しっかりと聞いているところがナミらしい。街で立ち話している者の会話でさえ、聴き取って情報をつなぎ合わせて仮説を立て、一つ一つ糸をほぐすかのように事実を積み上げていく分析力と行動力は、ナミの見た目からは想像できない。

 ぎゅっと絞ったかのような腰に、そこからの尻にかけて豊かに膨らむラインは、すっかりと大人の女になっている。同じ兎人族(ラビットマン)の男に出会えていたら、今頃は幸せな家庭を築いていただろう。

 だが、この国だけでなく、大陸全域でも兎人族は少数だ。俺もナミ以外の兎人族を見かけたことはなかった。

 普段、ナミが帽子をかぶり耳を隠したり、耳を後ろに垂らして髪と同化させて目立たなくしているのも、希少な種族であることで目立ったり、攫われて売られたりしないための知恵だ。

 聴覚と脚力の強さは、種族の悲惨な歴史を知れば理解できる。


「昼には、出発する。若衆の奴らはそれぞれの隊長が指示を出してうまくやってくれるだろう。ナミも、悪いが何かあったら手を貸してやってくれ」


 俺は、浴槽を出て体を拭きながら言った。


「わかった。アルーナで土産をたくさん買ってくるんだど。それと、女には要注意だど。南部の女は気性が荒くてアッチの方もかなりエグいらしいど。骨抜きにされても知らないからな」


 じんわりと額に出た汗を手のひらで拭い取り、にっこり笑ってナミは手をあげた。



 昨日、町長のスピアーズは目立たないように、俺に一人で護衛しろと言った。人が多いほうがいいのではないかと言ったが、大事(おおごと)にはしたくないと(しき)りに言うので、その条件を飲んだが気がかりが多い。あの、含んだような言い方も気に入らないが、何かを隠している気がした。

 誰を護衛しろというのだろうか……

 その答えが、今わかった。


 昼飯の後、俺は町長の屋敷の前に行くと、すでに場所が停まっていた。御者が一人、メイドが二名、そして町長が立っていた。女性のメイドは高齢のようだが背筋はピンと伸ばしていた。この屋敷に長く務めているのだろう。

 町長は、禿げ上がった頭をハンカチで拭くと、そのまま顔を拭き、顎の下を拭いた。今日はそれほど暑いわけではないが、汗が止まらないようだった。

 町長は、俺の姿を見かけると走って俺に寄ってきて、頭を下げた。


「お待ちしていました。すでに、馬車に乗ってお待ちですので、どうぞ一緒に乗ってください。それと、これに依頼内容と注意事項を記載していますので、後ほどご確認ください」


 そう言うと、町長は小さく畳まれた紙片を俺に渡すと、さあさあと俺の背中を押すようにして急かした。


「お荷物はないのでしょうか?」

「ああ、手ぶらで悪いが、身分証と金だけ持っていけばいいだろう。何か必要なのか?」


 俺が手ぶらで来たので、ここにきて護衛を断られるのではないかと心配したのだろう。俺の荷物は全て魔法袋になっているポケットの中だ。


 馬車の前車輪は小さめで、後輪は客席があるため大きな車輪が付いている。いずれもホイール部分が赤く塗装されている。

 さらに、黒塗りの客席は前部は窓があり外が見えるようになっているが、中からカーテンが閉められていた。

 客席後部は本来は全開にすることができるが、今は幌がかけられ中が見ることができない。

 高さ、幅、長さとも貴族が乗っているものと遜色がない。やはり身分の高い者が乗っているのは間違いなかった。


 メイドが馬車の扉をスライドさせる。対面式で二名ずつ座れるようになっている四人乗りの馬車だ。

 客席には一人の女性が座っていた。髪は金髪で長く、胸のあたりまであった。ただ、ベールを被っていて顔は見えない。口紅をつけた真っ赤な唇の端が少し上がった気がした。微笑んでいるようだ。

 俺は、ステップに足を乗せて一気に客席に乗ると、女の対面に座った。


「悪いな、待たせたか?」

「いいえ。私も先ほど来たところですから、お気になさらないで」


 女はそう言うと、また口角が上がった。赤い唇はぷっくりとして厚みがある。柔らかそうな唇だ。その他の顔が見えないが、鼻の横から口角にかけて豊麗線(ほうれいせん)が微かに刻まれている。

 年齢は高いようだが肌のハリが若い。どこかの奥方かもしれない。

 服装は、フリルのついた白いシャツに小さな臙脂色(えんじ)のリボンがついている。スカートはくるぶしまで丈のある黒いプリーツスカートだ。

 良い仕立てだと、チラっと見ただけでわかる。貴族の女なのだろう。だが町長の家族のものではないはずだ。


 扉のところで、町長がよろしくお願いしますと深々と頭を下げた。その横を、一人のメイドが乗り込んで女の隣に座った。この女の付き人か。

 メイドは乗ると、町長に失礼しますと軽く頭を下げると扉を閉めた。このメイドも町長もこの女には挨拶はなかった。普通なら、もし俺が着く前に挨拶をしていても出発間際の見送りで何か言葉をかけるはずだ。

 出発まで町長は、汗を垂らして何かを急いでいるようにも見えた。何かあるが、それが何かはわからない。

 はっきりしている事は、この女をアルーナに無事に送り届けると言うことだけだ。

 行き先は御者に伝えているのだろう。軽く振動が起きると、ゆっくりと馬車は前進した。



 ニブルの街の町長の家は、北地区(カーヴ)にあり、南町アルーナまでは国街道で一本道だ。道に間違えようがない。南部の町アルーナの手前には、魔物が住む森があるため国街道は大きく迂回するようになっているが、たまに急いでいる者は冒険者を護衛にして複数台の馬車で森を抜けていく場合もある。

 今回は護衛が俺一人のため、その森を抜ける予定ではないはずだ。俺は、窓から外を見る。速度はゆっくりだ。この調子ならアルーナまで予想していた通り四日はかかるだろう。


 女は、ベールを被ったままだ。最後までこれを取ることはないのだろうか。そんなことはどうでもいい。この女が誰であろうと、依頼を受けたのだ。何があっても守ってやる。

 俺は、窓から見える北地区の町並みを見た。キャサリンの屋敷の前をちょうど通るところだった。手入れされた庭に一人の若い女性が立っているのが見えた。キャサリンだ! 女は手を振った。それを、俺は目で追った。

 キャサリンには、俺が九日ほどアルーナに行くことは手紙で伝えている。見送ってくれるために、あそこに立っていたのか。戻ったら、真っ先に会いに来てやりたい。


 馬車は、ゆっくりと進み北地区から南地区を抜け、薄暗くなる夕刻には一つ目の宿場町についた。


<つづく>


お正月休みの間は、一話から推敲と訂正の作業をしますので、次話の更新はないかもしれません。

今年は、大変お世話になりました。多くの方に読んでいただき、また感想をいただけて楽しく執筆できました。

来年も悪党伝をよろしくお願いいたします。


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