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第二話:依頼

 

 ニブルの街の名主(なぬし)であるスピアーズは、領主への貢納の責務を担う役割をしている町人だ。街の人は、町長と呼んでいる。

 スピアーズは、六十代半ばほどで、頭髪はなく禿げ上がっていた。目は窪み、目の下はたるんで生気がなく見えた。二人掛けのソファの中央に座った姿は、どことなく気落ちしているように見える。


「はじめましてですな。町長をしておるスピアーズです」


 町長は、生気がない目をしていたが、目を()らさずに俺の目を見て言った。

 どういう男なのかと見極めようとしているのだろう。


「サルバトーレ様の噂は聞いております。西地区(バーン)だけでなく、東地区(スラッツ)も再建させる手腕、裏組織の者たちをまとめ上げる力、敬服します」


 社交辞令ではなく、この街の誰もが竜牙会(ドラゴンファング)の躍進と、セイヤの手腕を評価しているという噂は、セイヤ本人の耳にも入っていた。

 町長がただ挨拶に来たわけではないことは、見ればわかる。時折、手のひらをズボンで拭っている。緊張で手のひらに汗をかいているようだ。

 そして、意を決したように、両手を膝に置き、頭を下げて言った。


「どうか、手を貸していただきたい」


 町長の絞り出したかのような声が、どうも演技臭い気がした。どうにか、俺に手を貸してもらいたいということか。困っている風を装えば、快く引き受けてくれるだろうという浅はかな考えなら、断ることもできる。


「どんな用件だ? 用件を聞いてから手を貸すかどうか答えよう」

「はい、実は……」



 ◇

 ◇


「その依頼を受けられたのですか?」

「そうだ。数日は戻れないだろう」


 町長が帰った後、そのまま二階のマーガレットの部屋に入ったのだ。そして、たった今マーガレットに依頼の内容を伝えたところだ。


 マーガレットは、ゆっくりとソファに座った俺の足の上に(またが)るように乗って来た。

 俺の両肩に置いた手は温かく、指は長くしなやかで、きめ細かな肌には産毛一つ生えていない。

 こまめに手入れをしているのだろう。


「いつも爪も綺麗にしているんだな。美しい指だ……」

「指なんて褒められたことないです……うれしい」


 対面で見つめ合うと、ブルートパーズ石のように透き通った青い瞳は美しい。

 俺は、マーガレットの腰と背中に手を回して抱き寄せ、口づけした。


「いきなり……口づけとか、まだ明るいのに恥ずかしいです……」

「明るいからいいんだ」

「そ、そんな……明るいところで私の……見たいだなんて……」


 顔を真っ赤にして、うつむくと何に興奮しているのかわからないが、可愛いやつだ。

 もう一度口づけをする。今日は抱いている暇はない。俺は、マーガレットを降ろすと立ち上がりタバコに火をつけた。


「大した仕事ではない。心配しなくても必ず戻ってくる」


 俺は、窓から外を見た。ちょうど裏庭が真下に見え、キッドとティルシーが剣の素振りをしているのが見えた。真面目にやっているようだ。


「どなたを護衛するのです?」

「あの爺さんの知り合いとしか聞かされていない」


 町長の依頼は、カールトン国の南部の町「アルーナ」に、ある人を連れて行って欲しいというものだった。誰を護衛するのかは、当日まで明かせないという。


 俺は、依頼の内容より南部の町アルーナに興味があった。そこに、カトリーナに頼まれた踊り子がいるはずだ。放浪の踊り子だ。今はアルーナにいるらしい。

 それだけでなく、大陸南部にあるスティハーン国との境でもあり、アルーナの街は興味深い。

 まだ一度も訪れていない街だ。何か商売のネタが拾えるかもしれない。


 マーガレットは、机の上にあるグラスに水を注ぐと、一口飲んでから俺の前に置いた。


「どれくらいニブルを離れることになるの?」

「九日後には戻れるだろう」


 そんなにかかるのですねと、寂しそうな顔をする。


「連れて行っては欲しいけど、邪魔になりますよね」

「危険な地域を通ることになる。今回は少人数だからお前を危険に晒すことはできない」


 国境付近には樹海があり、魔物が跋扈(ばっこ)する地域だ。魔物は、古代神話の時代に闇の女神が生んだ異形の生き物で、ダンジョンにいるモンスターとは違い魔石もドロップ品もない。

 魔物の樹海を通る必要はないが、何が起こるかわからない場所に少人数で行くのは危険だ。


「では、また一緒に行きましょう。私もアルーナに行って見たいわ」

「ああ、いつか、ティルシーやアナベルも連れてみんなで行こう。いい温泉もあるらしい」


 南国は火山が多いためか、良質の温泉が湧いている場所が多いと聞く。カールトン国も温泉が湧くが、俺の家のように湯をためた湯船を持つ風呂は、町人にはまだまだ普及していない。

 そのため、温泉は町人や貧民にとっても憩いの場となっている。


「男女が一緒に風呂に入るのもたまにはいいだろう」


 俺の言葉に、即座に反応してマーガレットが、耳まで顔を真っ赤にする。

 ……やばい、振ってしまった。


「男女が一緒にって……んんぅ……男の人と風呂とか……そんな……ああん」


 太ももを擦り合わせて、身をよじるマーガレットが何やら妄想を始めたので俺は部屋を出た。


 扉の外にフェリーチェが立っていて、ニタリと笑うと俺の腕にしがみついてきた。


「そんな関係だったのかしら、お姉さまと仲がよろしくて。私にもチューを……」


 フェリーチェが目を(つむ)り唇を突き出したので、手の平で押し戻す。


「うぷぷっ、ちょっと何をするんですか! レディの顔に手を押し付けないでくださらないかしら」


 慌ててフェリーチェは、俺の手を押し戻し、両手で顔を払う。その仕草がおかしくて、俺は笑ってしまった。元気になってよかった。笑った俺をキョトンと見つめるフェリーチェの手を取る。


「子供のお前には、まだ早い」

「まあ、私はこれでも立派な女ですわ。まだ胸は蕾ですが、(とう)が立ったお姉様方より将来育った時の楽しみがありますわ」


「それは失礼なことを言った。では、唇を出せ。さっき、マーガレットにしたこの口でいいのならな」

「ややっ、それはイヤ! 洗ってきてくださるかしら」


 俺は、おかしくて笑った。また今度だ、とフェリーチェに言うと手を引いて一階に下りた。

 フェリーチェは、俺と手を繋いで歩くのが嬉しいのか、おとなしくついてくる。

 父親を何者かに殺され、仲間たちは竜牙会にほとんどが吸収されたが、今はフェリーチェと別れ離れしている。不安も多いだろう。しかも、まだ十三歳だ。


「フェリは、アナベルとは仲良くやっているのか」

「アナベルとは、毎日一緒にお風呂に入っていますわ。仲良くはしてるかしら」


 アナベルは十二歳、フェリーチェは十三歳だ。歳も近いが、アナベルは人見知りが激しい。だが、アナベルは頭が良い。むしろずる賢く狡猾(こうかつ)な一面がある。

 いじめられていないか不安だったが、大丈夫そうだ。


 冒険者ギルドには、多くの冒険者が談話所で談笑している。今日の成果をパーティごとに話し合っているのだろう。だが、メイド服に身を包んだ金髪の美しい少女を見た冒険者たちは、一瞬静まる。

 あからさまに、可愛い娘がおるぞと指を指す奴もいたがフェリーチェは気にしないようだ。

 おそらく、毎日こんな風に冒険者に好奇の目で見られているのだろう。


 俺は、そのうちの空いている席に座ると、フェリーチェも横に座らせた。


「どこに行くのかと思ってついてきたら、ここでおしゃべりするのかしら?」


 キョロキョロとギルド内を見回すと、冒険者たちと目が合うたびに小さく手を振った。なるほど、この年齢で男どもを手玉にとる方法がわかっているようだ。


「フェリは魔法が使えるが、誰に習った」


 俺は疑問に思っていることを単刀直入で聞いて見た。あの日から、なるべく過去のことは聞かないように気を使っていたが、もう大丈夫だろう。


「お母様かしら。私のお母様は魔術師でしたわ。私が十歳の頃に病気で亡くなったけど……」

「悪いことを聞いたな。すまない」


 俺は、フェリーチェの肩を抱き、赤ん坊をあやすように軽く肩を叩くとフェリーチェは平気よと答えた。

 魔術師の母親から習ったと言うことは、フェリは魔法を使う素質があると母親が気づいたってことか。


「お前の父親が殺された時のことは、何か知ってるのか?」

「いいえ、何も知りませんわ。組のみんなが、あなたに殺されたと言っていたから、私もてっきりあなただと……」

「それなんだが、組の者は誰に聞いたのか知ってるいるか?」


 フェリーチェは、ルーセン杉の机を、指先でトントンと叩くと指を横に振る。

 やはり知らないか。


 ナミに調査させているが、元悪魔爪組の構成員たちは皆同じように知らなかった。

 誰かに吹き込まれたとしたら、その発信源があるはずだ。それがわからなかった。


 一体誰が、誰から聞いたのか……



「へー、こんなところで二人で休憩してるんだー」


 ティルシーが練習が終わったのか、ギルド内に戻ってきた。


「俺は、しばらく仕事でアルーナに行かなければならない。十日はかからないから、俺がいない間にもっと強くなれ。それと、フェリも一緒に行くから三人での戦い方をアスガーに習っておけ」


「はいはい。連係できるように練習しますよ。いいなぁ、アルーナかぁ。果物が美味しいらしいから、買ってきてね」


 ティルシーは両手を合わせてお願いねと、念を押した。そして、カウンターの裏の扉から二階に上がって行った。


「フェリも、しっかり練習しておけ。狙ったところに魔法が打てるようにするんだ。今のフェリだと、味方にも当てかねない」

「確かに、まだその点は反論できませんかしら。でも、どこで練習すればいいかしら」


 俺は、カウンターにいる元勇者ベルのパーティメンバーを指差して言った。


「あのおじいさんに頼め。元勇者のパーティで魔法で炎竜(ファイヤードラゴン)を倒した男だ」

「嫌ですわ。もっとシュッとした若い男の人がいいですの!」

「そう言うな。あの人ほど適任はいないんだ」

「そこまで言うなら、わかりましたわ」


 俺は、事前にフェリーチェの指導を頼んでいる。だが、自分でお願いして指導してもらうことにした。それも、この娘のためだ。今まで組長として担ぎ上げられ、男どもが自分のために右往左往して世話を焼いてくれていた時とは違う。

 なんでも自分でできるようにしてやるのも、俺の務めだ。

 俺は、オーガスト邸を出ると西地区(バーン)の娼婦ギルドへと向かった。


<つづく>


【裏話】

フェリーチェは十歳くらいにみえるが、実年齢は十三歳。

セイヤに殴られたことを実は根に持っています。


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