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エピローグ:勇者ベルの死

 東地区(スラッツ)の制圧から数日経ったある日、勇者ベルの訃報(ふほう)が届いた。

 国中が悲しみに包まれ、帝都からも馬車が列をなしてオーガスト邸へと向かった。


 カールトンの国王の側近たち、ニブルの領主、それに貴族たちがオーガスト邸宅に次々とやってくるため冒険者ギルドは数日は受付を急遽中止した。

 その間、ダンジョンで狩りをする職業冒険者たちのために、入口で入場者の受付を竜牙会(ドラゴンファング)が請け負った。

 ダンジョンの入り口には献花台が置かれ、冒険者たちも次々と訪れては花を手向けて行った。


 冒険者にとって、勇者ベルの存在は大きかった。勇者ベルの冒険譚はマーガレットが執筆し、書物となった。

 文字の読めない者のために、吟遊詩人たちは書物を書き写し、叙事詩(じょじし)にして諸国を回った。

 ある吟遊詩人は書物を元に、より事実に基づいた叙事詩に作った。冒険者たちだけでなく、男たちに人気があった。

 また、ある吟遊詩人は抒情的(じょじてき)に、勇者ベルの心を情緒豊かに詩にした。その詩は女性や子供に好まれ英雄譚は、小さな子供から大人まで知られていた。


 勇者ベルは、この街にとっては、心の支えになるほどの大きな存在感を持っていた。

 ダンジョンの最上層にいる炎竜(サラマンダー)を倒したのは、ベルが建国以来初めてのことだった。

 何人もの冒険者が挑戦し、国家騎士団などの精鋭部隊を送り込んでも炎龍は倒せなかった。

 それを、勇者ベルは四人のパーティだけで倒したのだ。

 炎竜を倒すと莫大な金貨、白金貨、宝石、宝箱が手に入る。

 ベルはその金を街の発展のために使った。それで貧しい人は救われ、街は整備され、人々は豊かになった。

 もちろん、国全域には行き渡らず未整備の土地も多かったが、不満を漏らすものはいなかった。

 人々は英雄の存在を心の拠り所とし、誇りを持つことができた。



 勇者ベルの長女マーガレットは鈍色(にびいろ)のドレスを着ていた。喪に服す時は灰色一色の衣装がこの国のしきたりだった。

 ティルシー、アナベルの姉妹も鈍色の衣装で、勇者ベルに別れを言いに来た客人の相手をしていた。

 俺は、静かに邸宅に入り、アスガーに一礼すると二階へと上がった。


「セイヤさん……」


 俺がマーガレットの部屋に入ると、彼女は待ちわびたかのように駆け寄って俺を抱きしめた。

 たくさん泣いたのだろう。睫毛が濡れて光っていた。


 俺も、マーガレットもこんな日が来るだろうとは想像していた。だが、悲しみは事前に予感していても緩和されるものではない。


「今は泣けばいい。別れとはそういうものだ……」

「はい……」


 マーガレットの肩が小刻みに震えている。俺は、力を込めて抱き寄せ、深い悲しみを共有した。


 俺がこの国に来た二年前、縁竜のダンジョンがどんなものかと軽い気持ちでギルドを訪れた時、偶然ギルドにいた勇者ベルに会った。

 俺と背丈は変わらないが、身に(まと)った空気感は重厚で、圧倒された。

 数々の修羅場を通った者だけが身につけた、気迫に似た空気感。

 ベルが言った。お前も俺と同じ匂いがする……と。


 俺の首にかかった、氷竜(アイスドラゴン)の首飾りを見て、ベルは気づいたのだ。

 水色をした宝石に白い龍が彫られ、白金にはめられた首飾りは氷竜を攻略した時にドロップしたものだ。

 ベルの首にも同じような首飾りが掛けられていた。赤いルビー石に(ドラゴン)が彫られたものだった。

 氷竜と炎竜。二人の攻略者は、この時初めて出会った。


 お互い、言葉は少なかったが意気投合し、ベル・オーガストの邸宅にしばらく世話になった。

 俺がなぜ勇者とならずに国を捨て、カールトン国に来たのか、この国で何をなすのかを話しした。ベルは、決して俺の話を止めることはなく、また否定もせず、ただ頷いて聞くだけだった。

 そしてベルの(うれ)いも俺は聞いた。姉妹たちのことを特に心配していた。


 ベルが病床に()した時、娘たちを頼むと手をとって懇願された。俺は二つ返事で承諾した。

 もちろん頼まれなくてもそのつもりだった。

 三姉妹を将来にわたって俺が生きている限り守る、とベルに誓った。


 俺は、すでにマーガレットと関係を持っていた。マーガレットは聡明だが、目の離せない危うさがある。

 人を疑うことを知らず、誰に対しても分け隔てなく接する良さがある反面、危険な目にさらされることが予想された。

 いつしか、俺はマーガレットを抱くようになった。

 マーガレットも、ベルと親しく話をする俺に心を許し、そして愛してくれるようになった。


 ベルに出会ってから数日後、容体はさらに悪化し、会話ができなくなった。

 あれから一年半ほど経った今、勇者ベルは永眠した。


 数少ない、俺が心を開いて話せる理解者。

 まさに英雄、勇者の名にふさわしい人物だった。



 ◇

 ◇


 勇者ベルの死からひと月ほどが過ぎていた。


 西地区(バーン)東地区(スラッツ)にそれぞれ事務所を置いた。

 竜牙会(ドラゴンファング)の構成員は150名ほどになっていた。当初の七名は舎弟で、その他は若衆だ。

 まだまだ、東地区の再建は難しいが、一つ大きく変えたところがある。


 娼婦が多い東地区(スラッツ)の女たちを守るために、アンが娼婦ギルドを立ち上げた。

 他国にもあるがカールトン国にはなかったので、領主を通じて認めてもらった。

 アンが経営する高級娼館「ジェラシーズ」を改築し、ギルドを一階に設けた。

 娼婦には、きれいな住まいを竜牙会が提供し、悪い男とは手を切らせた。

 また、東地区(スラッツ)の娼婦が住んでいた建物は、改装し清潔な建物にするように計画した。その間、女たちは竜牙会が用意した宿舎に住むことになった。


 俺は西地区(バーン)中心にあるクリープヒルで、ナミと朝食を取りながらベルの死について、一通り話をした。


「勇者は永眠したけど、心の中にはベルはいるど。それに兄貴もベルと同じくらいすごいど!」

「比べ物にならん……」

「そっかなー。でも兄貴はすごいど」


 パンくずを口の周りにたくさん付けたナミを撫でてやる。

 気持ち良さそうに、耳をたらし、目を細めるナミの顔を手で拭って、粉を落としてやる。


「ああ、兄貴……な、何を……うぐぐぐ」


 手のひらで、顔中を撫で回してやると笑った。ナミも照れ笑いしている。


 平和を享受(きょうじ)するのは早い。ミオンの件も早くカタをつけなければならない。

 ジョーの背後にも、悪魔爪組(デビルクロウ)の背後にも、俺に恨みを持つ者の存在が感じられていた。

 時間はかかっても、必ず見つけ出し、息の根を止めてやる。


「おかわりはいかがですか?」


 マリンが水を持って来て、俺のグラスに注ぐ。

 このクリープヒルの市場(マルシェ)でレストランを経営させている。

 味もそこそこだが、何よりマリンの笑顔で朝から元気づけられる街人も多く、盛況だ。

 レオンは、高級娼館「ジェラシーズ」で給仕として働くことになった。気の利く優しい男だから、女たちをうまく補助してくれるだろう。


 マリンとナミがおしゃべりを始めたので、俺は席を立った。


 さて、キッドたちとダンジョンに入るとするか…… 炎竜の二度目の攻略者となるのも悪くはない。

 勇者ベルに、炎竜の攻略法は聞いている。だが、俺はもう竜殺しはどうでもいい。

 キッドたちに任せよう。

 そのためには、あいつらを鍛えてやる必要がある。


 力がある者が、力のない者を守るのだ……

 あの時の失敗を繰り返さないために――――


<第二章 完>


第二章はこれで終わりです。

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