第九話:相棒
マーティンは、左肩から腹の辺りまで一直線に切り傷があった。
血が滲んだ布が巻かれているが、まだ血は止まっていないようだ。
ナミの話では、東地区の奴らがマーティンを切りつけたらしい。
偶然にも、瀕死のマーティンを通りがかった町人が見つけ、すぐ事務所に連れてきてくれたようだ。
息も絶え絶えだったマーティンに、ポーションを飲ませて精気を取り戻させ、さらに傷の手当してくれたらしい。
ポーションは、気力や体力など精気を回復してくれるが、傷を治してくれるわけではない。
また、ポーションも気力を全て回復してくれるわけではない。この街のポーションは、風邪を引いたときに飲んで、少し症状が弱まる程度の飲み物だ。
傷の手当は、神聖魔法の回復が必要だが、俺は回復魔法が使える者を知らない。
若い衆は、患部に布を当てて圧迫して、血を止めようとしている。
だが、切創された傷は肩から斜めに長いため押さえきれていない。血は簡単に止まらないのだ。
外が騒がしい。俺とナミが事務所に戻ったときには、人だかりができていた。
竜牙会の構成員であるマーティンが、やられたという情報は一気に街中を伝わっていた。
俺は、二年前に悪華組を壊滅させ、代わりに俺が事務所を構えた。
今までのようなならず者の集まりではなく、仁義を重んじる組織として街の人たちとは良い付き合いをしている。
だからこそ、心配なのだ。俺たちが、暴走しこの街が抗争に巻き込まれてしまわないかと……
ジョーを除く五人が集まってマーティンの周りで心配そうに見ている。
膝をついて、泣いている者もいた。そいつの肩に手を置くと、立ち上がらせた。
「悲しむのはまだ早い……」
俺はそう言うと、青白く生気のないマーティンを見た。
そう長くはないかもしれない…… 放っておけばだが……
「誰にやられたか、覚えているか?」
マーティンは意識はあるため、俺の問いに反応して俺の方に顔を向けた。
もう一度、誰にやれたのか聞いたが、口をパクパクするだけで声になっていない。
「すまないが、これを飲ませてやってくれ」
俺は、ポケットから取り出したハイポーションを、マーティンの脇にいた若い衆の一人に手渡した。
そいつが飲ませている間、涙を流しているナミを抱き寄せる。
「兄貴…… この子なんとか助けてやってほしいど」
大粒の涙がぽとんと俺の腕に落ちた。ナミは普段は事務所で姉貴と呼ばれて若い衆に好かれていた。
懐かれたナミも悪い気がしなくて、彼らとよく酒を飲みに行っていた。
だから、マーティンの瀕死の状態は見るに堪えないのだろう。
なんとかして欲しいと俺に懇願した。
できるだけのことはするが、無理なら苦しまないように逝かせてやる。
ハイポーションを飲んだマーティンは意識が少しはっきりしたようだ。
だが血が止まったわけではない。俺は、若い衆に布を縫うときに使う針と糸を持ってくるように言った。
一人の手下が短く返事をすると、外へ飛び出した。
事務所の外に集まっている町人に向かって針と糸を貸してくれと叫んでいるのが聞こえたが、しばらくすると針と糸を持って戻って来た。
「兄貴、針と糸を借りて来ました!」
「よし、貸せ!」
俺はポケットから強めの酒びんを取り出す。
若い衆は、どこにそんなものが入っていたのかを目を丸くしている者もいた。
マーティンの傷口を押さえている布の上から、酒をかける。
俺の生まれた家では、傷口は強めの酒で洗っておけと祖父から聞かされて育ったが、普通の町人にはそんな風習はない。
酒で浸された布をそのままにして、俺は肩から順番に布をめくりながら皮膚を糸で縫っていった。
ナミも、若い衆も何をしているのかわからないようだが、俺は祖父から切り傷は糸で縫っておけば引っ付くと聞かされ、冒険者になってからも傷を縫うことで治りが早いことを身を以て経験している。
「兄貴…… 人を布みたいに縫っても大丈夫なんですか?」
若い衆が、俺がマーティンの傷を縫っているのを見て心配そうに聞いてきたが、俺はやかましい、と一喝して黙らせた。
細かい作業だ、集中したい……
「よく我慢した、根性を見せたな!」
俺が、マーティンにそう言うと、歯を食いしばって顔を引きつらせていたマーティンに力が抜けた。
相当痛かったはずだ。傷を受けたときよりも縫っている時の方が痛かったかもしれない。
それでも、声も上げずに暴れずに我慢したのだ、こいつも根性はある。
「悪いが、きれいな布を持って来て、乾いたままでいいから今縫ったところに当てておいてやれ。すぐに血は止まる」
◇
◇
ナミから放火した奴らと今回マーティンを襲った奴らは悪魔爪組だと報告を受けている。
最近やけに、俺の周りの者にちょっかいを出してくるやつがいると感じていたが、ついにうちの若い者まで巻き込まれてしまった。
俺たちに手を出さなければ、西地区だけでひっそりと生きていきたかったが、奴らは東地区よりもこちらが金になると思い、縄張りを侵してきたのだ。
そっちがその気なら、東地区も俺のものにしてやろう。
「これから、ナミと俺は東地区に行き、 悪魔爪組を叩き潰してくる。お前たちは、マーティンの様子を見ていてくれ。それと、ジョーはデイモンのところにいるから、二人を俺の後に続くように伝えてくれ」
俺は、ナミを抱き寄せると、若い衆に向かって一気に言うと事務所を出る。
街の人たちは、俺が事務所から出ると、慌てて離れた。
一人、花屋の親父さんが心配そうな顔をして俺に近寄ってきた。
「親分さん、わたしらになにかできることはありませんか?」
「お前たちは、警備を固めろ。燃えやすいものは家の外には置くな。それと、自警団はアテにできないが、それでも何かあった時のために自警団は街の巡回をして怪しい者がいないか確認しろと俺が言っていたと伝えてくれ」
「はい、わかりました。さっそく…… 親分さん、気をつけてください」
花屋の主人は俺とナミを交互に見比べながら、心配そうに言った。
俺は、花屋の主人の肩に手を置くと、街のみんなで協力して警備を固めてくれ、ともう一度言った。
「ナミとまたひと暴れするかな」
「はいの! あたいもドカン、ドカンぶち込んでやるど!」
ナミと俺は、拳を合わせた。
ナミを抱き上げ、頬を擦り寄せて笑いあった。
この小さな相棒の強さは俺が一番知っている。
<つづく>
<登場人物>
セイヤ・・・・竜牙会の親分。
ナミ・・・・・竜牙会の諜報、戦闘要員、セイヤの相棒
ジョー・・・・セイヤの舎弟。
デイモン・・・獅子族の元冒険者
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