第八話:慈愛の女神
俺とキッドは、サリーの店へ戻って来た。
武器と防具の店らしからぬ、花で作ったリースがドアに飾られている。
毎朝、ララが手作りしてはドアに飾っているらしい。
「お前もついてこい」
俺は、サリーの店の看板をしげしげと見ているキッドに言った。
キッドは、軽く頷くと興味深そうにドアに貼られた注意書きを読んでいる。
―――― 男性お断り!――――
「あのー、セイヤさん。男性お断りって書いてますが……」
「いいんだ。その張り紙を見て引き下がるような男には売らないってことだ」
「そうなんですか!?」
驚き、のけぞったキッドは、クスッと笑う。
サリーは商売上手なのか、商売下手なのかわからないな。
「いらっしゃいませ〜」
ドアを開けると、何やら棚を掃除していたララが、パッと振り返る。
サリーは店のカウンターで頬杖をついて暇そうにしていたが、俺の顔を見るとうれしそうな笑顔になって出迎えてくれた。
「セイヤさん、お帰りなさい」
「ああ、暇そうにしているところを見ると、俺の武器はできたみたいだな」
サリーが、出来たよというと同時にカウンター裏から作業場へ駆けて行った。
この店を貸すときに、俺の武器を作るように頼んでいたのだが、さっき街で話をした時は柄の模様で悩んでいると言っていたはずだ。それがもう出来ているということは、ある程度まで完成していたんだろう。
俺の後をついて入って来たキッドを見て、サリーが目を輝かせている。
客を連れて来てくれたと勘違いしたのか、それともサリーの好みなのか……
「あの〜、こちらの方は…………」
ララはキッドの方を見ると、目が合ったようで軽く会釈をした。
キッドも目の前の可憐な女性にドキマギした様子で、ちょこんと頭を下げた。
「キッドです。僕、武器屋に来たのは初めてです」
「お前たちにキッドを紹介しに行きたわけじゃない。俺の武器の方はどうなっている」
サリーは手をパンと一つ叩くと、そうだそうだ、と言いながら店の奥の作業場へ駆けて行った。
俺はキッドに店の中でも見て待ってろ、と言ってからサリーの作業場へ行った。
サリーの店の作業場は、それほど広くはなかったが、女職人らしく色とりどりの工具が置かれている。
そして奥には、ドワーフだけが使うことができるという、あらゆる鉱物を溶かすことができる炉があった。
「セイヤさん、さっき出来たばかりなんだ。どう? あたいの全力を注いだ逸品だよ!」
サリーが剣を大事そうに両手で抱え、俺の前で布をさっと外した。
「これは、片手剣か? 細身だが突剣とは違うようだが――――」
「刀って言うんだ」
サリーが作った剣は、突剣よりは厚みがあり平たく、片面のみに刃が付いていた。
柄には、黒と紫の糸で作られた組紐を巻きつけてある。
「この刀に、セイヤさんがくれた魔石を溶かして入れてあるんだ。 あの魔石って氷竜に由来するものじゃないかな? あたいは初めて扱ったけど、ものすごい力を持ってるよ、これ!」
サリーは、手に持った長刀を俺に手渡した。
その刀は見た目に反して、ズシリと重みがある。だが、片手で持つと長い刀身の割に、重心の位置が良く、重みを感じない。
「どう?」
サリーは、俺の顔をしげしげと見て感想を聞きたいのか、どう? どう?と二回繰り返した。
「悪くはない。これは見たこともない形だが、俺のために誂らえたとわかる」
「素直に、褒めてくれよ〜」
「よくやった、サリー。お前はすごい職人だ」
サリーの背中に手を回し、ぐっと引き寄せ、頭を撫でてやった。
褒められて照れたサリーは、俺の背中に手を回し、抱きついて胸に顔を埋めた。
「セイヤさんに褒めてもらえるか、心配だったんだ。……でも、自信作だから褒めてもらえるとも思ってたけどね」
「ああ、良い仕事をしてる。しっかりお代も払ってやらないとな」
「いいよ、お金はいい。セイヤさんには助けてもらったし、それになんだかんだでお客さんを連れて来てくれているよね? あたい気づいてるよ、お店に来た人がみんな、セイヤさんはたまには店に立ち寄るのかって聞くんだもん」
「お前の商売が軌道にならないと、貸した金が返ってこないと困るからな――――」
「えー、そっち?」
俺とサリーは、笑いあった。明るくていい女だ。腕もいい。
俺の身長と手の長さ、戦い方までサリーは知ってるかのように、手に馴染む。
サリーから身を離すと、軽く振ってみた。一閃した刃が滑らかに空間を切る。一切の空気抵抗も感じなかった。
「セイヤさん、刀に魂入れをして、その刀はセイヤさんだけのものになるんだ」
「魂入れ……、どうやるんだ」
魂入れとは、ドワーフ族だけが行える最高級の武器に魂を宿らせる儀式だ。
俺も話には聞いたことがあるが、古代の伝説だと思っていた。
実際に魂を宿らせることができるのなら、興味がある。
「セイヤさん、刀を横にして両手に持ってみて」
俺は、言われた通りに右手に柄を、左手に剣先を向けて手のひらに乗せた。
「そう、そして目の高さに掲げて。……そう、その状態。これから私のいう通りに呪文を言ってね」
「ああ、そっくりそのまま言えばいいんだな」
「そうそう」
◇◇
一瞬光に包まれたような気がした。呪文を言い終わったと同時に目の前が真っ白になったのだ。
真っ白な空間、周りの景色が一切消滅し、音さえも聞こえない静寂の空間。
サリーの声も、そばにいる気配すら感じなかった。
しばらくすると、耳ではなく、頭の中から声が聞こえてきた。
―― 汝が我の氷竜を倒した者か……
我は慈愛の女神マーファ
汝の名は…… ――
「セイヤ・サルバトーレだ」
俺は臆することなく、尋ねられた名を答えた。
さらに白い光は青白く輝き、暖かい光となって俺の全身を包んでいく。
姿はないがはっきりと存在を感じる。
古代神がダンジョンに竜を置いたというのは本当だったようだ。
―― 冥加極まる武器となり、汝の助けとなる
この武器に名を授ける 『セイレーン』
汝の慈愛で成長する さらに精進せよ ――
光が遠くの一点に向かって収束して行く。俺の周りがはっきりし元のサリーの作業室の光景が見えた。
一瞬の出来事だったが、両手に掲げるカタナ…… セイレーンが息づいているように感じた。
「どう? 魂入れはできた?」
「ああ、おそらく……」
サリーは、その後は何も聞かなかったが、この娘なら俺の身に何が起きたのか知っているのだろう。
このドワーフの娘は、紛れもなく超一流。他の武器職人にこのような奇跡を起こせるとは思えない。
「サリー。お前の武器にはいつも魂入れをするのか?」
「そうだよ。ただ、セイヤみたいな最高クラスの魔石なんて見たことも触ったこともなかったから、普通の魂入れとは違うけどね。 いつもは、呪文を唱えて名前を自分でつけて終わり。 セイヤは、たぶんだけど神に名をもらったんでしょう」
さすがだ。ただの娘ではないと思っていたが、神官並みの霊力を持っているということか。
氷竜から出た魔石を使って、ドワーフに武器を作らせると古代神と対話できることは驚いた。
俺の知る限り、そんな情報はどこにもなかった。勇者ベルでさえ書き残してはいない。
サリーから黒くて赤い炎の絵が描かれた剣を収める鞘を手渡された。
愛刀を鞘に入れると、刀身から感じる脈動が止まった。なるほど、鞘に刀を入れると眠り、鞘から出すとセイレーンが準備態勢になると言うことか。
俺が、鞘から刀を抜いたり、刺したりしているのを横目に見ていたサリーが、
「さあ、セイヤさん! ララたちが待ってるからあっちに行こうよ」
そう言うと俺の手を引いて作業場を出る。俺は、慌てて愛刀をズボンのポケットに入れると、スルッとポケットの中に収まった。
このズボンのポケットは魔法空間につながっている。ポケットの間口もある程度は伸縮して、片手で掴めるものであれば大きいものでも飲み込める。
ポケットの中がどうなっているのかわからないが、取り出す物を思い浮かべるだけで手に掴め、取り出すことができる。
そのため俺は金も、武器も、防具も、煙管も、ほとんどズボンのポケットに入れているのだ。
もちろん、左右のポケットは別々の空間につながっているわけではなく、右から入れて左から出すこともできる。
いつだったか、俺がガラにもなく子供たちの前で、右から入れたリンゴを左から出した時は、拍手喝采となった。
おじさん、すごい! って言われてからは、二度としないと決めたのだが……
ララとキッドは、武器を一通り見終わって、二人で椅子に座って話をしていたが、俺たちが戻ると慌てて立ち上がった。
「いいんだ、もうしばらくかかるから座っていてく―― 」
俺がキッドに言いかけたところで、店のドアがばーんと音を立てて開く。
大きな耳を後ろに垂らした、ナミが帰って来た。
「兄貴! やばチック! 超やばチックだどー!」
ナミは血相変えて店内に入ると、俺に向かって言った。
「マーティンがボコボコにやられたどー」
サリーもララも、キッドも突然の訪問者に驚いているが、それよりマーティンが何者かにやられたという話を聞いて、顔を見合わせている。
今朝、マーティンは事務所にいた。その後は西地区で放火の後始末などをしていたはずだ。
「ナミ、どうなっているのか話せ! キッドはここにいろ!」
俺は、一気にまくし立てるとナミを抱き上げ、そのまま事務所へ走った。
<登場人物>
セイヤ・・・竜牙会の親分。元冒険者で氷竜攻略し、氷竜の魔石で武器をサリーに作らせる
サリー・・・武器職人の巨乳ドワーフ。ドワーフの不思議な力で武器に魂入れをする
ララ・・・・サリーの店の美脚な店員。普段はおっとり系。
キッド・・・駆け出しの冒険者、にもなれない若者
ナミ・・・・セイヤの相棒。諜報活動要員。小さな兎族の女性。これでも20代
マーティン・竜牙会の構成員の一人。





