第七話:若い二人の戦士
「うりゃあー! このぉー!」
ティルシーは、踏み込んだ足に力を込め、一気にキッドのわき腹へと剣を叩き込む。
俺の耳にまで骨の軋む音が聞けてきそうな、一撃だ。
見事に、わき腹をなぎ払った剣は止まらず、さらに身を翻したティルシーは上段からキッドの肩めがけて振り下ろした。キッドは、かすかに頭を傾けて避けたが、ティルシーの剣は肩当てに向かってまっすぐに打ち付けた。
バンッ!と大きな音がした。
「痛てぇーっ!」
その場に膝をついたキッドは、剣から手を離して打ち付けられた左肩に手を当て、ティルシーに向かって言った。
「ま、参りました! ……っちくしょー!」
ティルシーは、まだ戦闘態勢を解いていなかったが、アスガーが両者の間に割って入ったことで、ティルシーは剣を下ろした。
肩で息をし、うつむいたキッドの額から大粒の汗が流れ落ちていく。
二人の戦いは、ほんの数手で決まってしまった。ここにいるみんなの予想通りだ。
「あんたねー。剣が全然使いこなせてないじゃないのっ! よくそれで私と戦おうって思ったわね! 木剣でその程度なら、あなたの大剣なんて当てられっこないよ。」
キッドは、しばらく俯いていたがまっすぐティルシーを見上げて言った。
「僕は、この大剣を使いこなせないといけないんだ…… これは父さんが残してくれた剣だから……」
「いくらお父様の剣だからって、あんたの力じゃ無理だって」
ティルシーは、この無鉄砲な少年を本気で心配しているようで、今にも頬を引っ叩く勢いだ。
「キッド。この子の言う通りだ。まだお前はその剣を使う資格がない。体ができていないのでは実戦では使えん。剣の稽古をしていたというが、剣の稽古より先に体を作れ」
俺は正直に感じたままを言った。そして、キッドを起こそうと手を差し出したが、その手をキッドは振り払うと、剣を地面に突き刺し、杖代わりにして立ち上がった。
「お前がギルドで剣を背中から降ろす時から、俺はこう言う結果になることは見えていた」
俺がそう言うと、ハッと俺の方を向いて言った。
「えっ? それだけでわかるんですか……」
キッドは、呼吸を整えるため大きく深呼吸し、俺の言葉に驚いた顔を見せた。
「剣を降ろす時から、負けるってわかってたんですか?」
「そうだ。お前の両手剣は大きくて厚みがある。その重い剣を自由に振り回すためには、ティルシーの太ももよりも太い腕が必要だ。だが、お前の腕は両手剣向きではない。だから剣を置く時に腕の力がないことは、すぐにわかった」
「セイヤーっ! だーれーがっ、私の太ももが太いってぇ~!」
ティルシーが、俺に向かって木剣を投げつけてくる。
比較のために言ったが、たしかに本人を前に言う言葉じゃなかったか。
「太いとは言っていない。お前の足より太くないとキッドはその剣は使えない、と言ったんだ」
「だ~か~ら~っ、いちいち私の足と比べなくてもいいじゃん」
ティルシーは、顔を赤くしてふくれっ面になる。怒っているように見えるが、どうやら俺が太もものことを言ったことで自分の格好を意識してしまったようだった。
防具とはいえ、下は皮のパンツだけで、足は全て見えている。
しかも、動きすぎて尻に食い込んでいる。
「セイヤさん、俺はどうしたら…… どうしたら強くなれますか?」
真剣な眼差しで俺を見上げる少年。
模擬戦では負けたが、ティルシーに負けても心は折れていないようだ。
俺は、アスガーに向かって言った。
「しばらく、キッドを世話してやってくれないか」
「それはいいのですが、私もティルシーの稽古だけでも精一杯でして、仕事もありますし……」
「どうせ昼間は冒険者も来ないだろう。昼の空いた時間にティルシーと一緒に稽古をつけてやってくれたらいい。アスガーが仕事中はキッドに体づくりのため水運びでも、なんでも雑用をさせていい」
キッドの肩を引き寄せ、アスガーの方に体を向けさせると、頭を押さえつけキッドの頭を下げさせた。
「キッド、きちんと指導を乞え。昔とはいえ、元炎龍を倒した勇者のパーティの一員だぞ」
俺のその言葉に、キッドは驚いたような目で、アスガーをまじまじと見た。
「ちょっと、あんた。アスガーはこう見えてもすごく強いんだから! 私なんて一度も勝ったことないんだからね」
「これティルシー、そんなこと何の自慢にならんわい。第一、こう見えても、ってなんじゃ」
アスガーは、豪快にアッハッハと笑うとキッドに向かって改めて言った。
「お前さんが、本当に強くなりたいのなら、このティルシーの倍は鍛えなければならん。そのためには、毎日気を失うほどの稽古が必要じゃ。しかも、それ以外に体つくりをして基礎体力もあげなければならん。できるのかな」
キッドは、自分がまだまだ未熟だと言うことは感じていたが、はっきりと言われたことで気づいたのだろう。アスガーに「当然です」と答える。
「しばらく、アスガーに稽古をつけてもらえ。冒険に出るのは、ティルシーと互角以上になった時だ。まだダンジョンに入るには早い。地下一階層でも今のお前では命を落とすぞ」
キッドは、俺の言葉に頷く。自分の力量がわかって、一つの目指すところが示されたのだ。
「わかりました。アスガーさん、ティルシー、よろしく」
キッドは、そう言うと二人の前に片膝をついて頭を下げた。
ティルシーは、ふんっと鼻を鳴らしそっぽを向くが、キッドが気になっているのがわかる。同年代の練習相手ができたことが嬉しいのだろう。
「セイヤ~、このポンコツってどこに住んでるの?」
ティルシーは、キッドの方を見ずに、キッドを指をさして言った。
「俺に聞くな。直接、キッドに聞けばいい」
キッドは、立ち上がると俺の方に向いて言った。
「僕はまだ住むところがないんです。今朝早くにこの街に来たから…… だから住む所を探さなきゃ……できれば、雑用でもなんでもしますので、ここに」
キッドははにかんで言うと、ティルシーに向かって頼むと頭を下げた。
「ぜったい嫌だよー。こいつ、私と一緒に住む気満々じゃんかー!」
ティルシーは、大げさに自分の胸を両手でかばうように隠して、こいつ私を狙ってるんだわって喚いていたが、アスガーに一発鉄拳を頭に落とされて静かになった。
「ち、ちがうよ! 僕はどこだっていい。馬小屋でも、なんだったらダンジョンだっていい」
「言っておくが、ここにはお前は住めない。ここは勇者ベルの邸宅でもあるんだ。ただのギルドではない」
「勇者ベルの…… 家 ……って、てことは! この女は!?」
「あんた、なに? もしかして、勇者ベルの家だって知らずに来たわけ?」
ティルシーは、拳を落とされた頭をさすりながら、キッドの方にズカズカと歩いてくると仁王立ちになっていった。
「そうよ、私があの勇者ベルの可愛い娘、ティルシーよ!」
「・・・・・・」
アスガーもキッドも、俺も聞こえなかったことにした。
「それより、キッドは金は持っているか?」
俺がティルシーを無視してキッドに話しかけると、ティルシーは地団駄を踏んで悔しがった。
「あの、お金はあまり持っていません。ダンジョンで稼げばいいかと思って…… 甘い考えでした」
落胆の表情を浮かべ、ボロボロの袋から金の入っている袋を取り出した。
白金貨二枚と金貨五枚、そして1ガメル銅貨が七枚が入っていた。
「全く持っていないわけではないようだな。俺は投資家だ。お前が冒険者になってダンジョンに入るようになったら、ドロップアイテムを売って金を俺に返せ。その間、お前の住む場所も食い物も、武器や防具も俺が都合つけてやる。どうだ?」
「ほんとうですか! そんなに出してもらっていいんですか? すぐに返せとか、僕を奴隷に売るとかないですよね?」
キッドは、俺が気前よく生活費を出すと言ったことが信じられなかったようだ。俺は、人を見る目はある方だと自負している。この少年は、今は全くの木偶の坊だが、いずれは稼いでくれると踏んでいる。
出世払いというやつだ。こいつが体力をつけ、剣の腕をあげると俺に金が入る。
キッドは《《金を生む》》男だと俺の直感で判断した。
「今持っている白金貨二枚は、稽古をつけてもらう稽古料だと思ってアスガーに渡せ。他はお前が持っていていい。だが、俺は口約束はしない。この後、俺の事務所に来るんだ。条件を紙に書いておく。契約だ」
「はい、ありがとうございます。この金がないと困るんですが、勇者ベルのパーティーの方から直接稽古をつけてもらえるだけでも光栄です。白金貨二枚なら、安いものです」
そういうと、キッドはアスガーに白金貨二枚を手渡した。
「このお金は、あなたのために預かっておきますよ」
アスガーは、目を細めて屈託のない笑顔でキッドを見た。
「ティルシー、俺たちは帰るがマーガレットのことを頼む」
「はいはい、わかってますよー」
ティルシーは、俺に向かって手を振り、キッドにはそっぽを向いた。
その後、アスガーと門の前まできて見送ってくれた。
「キッド。お前は今日からこの町の住人だ。まずは、力をつけろ、強くなれ。アスガーとティルシーならお前を冒険者になれるようにしてくれるだろう」
「はい、頑張ります!」
キッドは、目を輝かせはっきりと宣言した。
元冒険者にして、この国唯一の魔法剣士だった父親の息子だ。必ず強くなるはずだ。
それまでは、俺がこの少年の面倒を見てやろう。
それだけやっても、投資した分は回収できるだろう。
キッドとオーガスト邸を出て、事務所に戻る途中に今朝放火があった所を通った。
焼け落ちた家の周囲は、まだ煙か蒸気がくすぶっている。
焦げた匂いが一帯に漂っていて鼻腔を刺激する。
「今朝、僕がここを通った時に走って逃げてた男とぶつかったんです。あいつがこの家に火を点けたのかもしれないです」
キッドは、燃えた家をぼんやりと眺めた後、今朝自分が遭遇したことを思い出すかのように空を見上げた。





