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第一話:目撃者① (表紙絵あり)

挿絵(By みてみん)




 ミオンはまだ18歳になったばかりだった。

 身寄りがなく娼婦となって街に立っていたところを、俺が声をかけたのがきっかけだ。

 出会った時は、着ている服も薄汚れ、どこぞの奴隷が逃げてきたのかと思った。

 だが、両親が死んでから行き場所を無くし、その時に声をかけてきた男にいいように使われて娼婦として客を取らされていた。


 普段の俺なら痩せ細って薄汚れた女を気にするようなことはないのだが、気になり話かけたのだ。

 ミオンの顔が俺の元冒険者仲間(パーティメンバー)とどこか似ていたからだ。

 俺は、その女を助けるためミオンの男に話をつけ、引き取ることにした。

 正直、話をつけたとは言い難い、半ば強引に奪ったようなものだ。その男は、眠らせてダンジョンの地下三階に置いてきた。


 奴に力があれば、戻ってこられるだろう。なければ魔物(モンスター)に食われるだけだ。

 あの男の生死には興味がないが、ミオンが受けた仕打ちに比べたら生易しいはずだ。


 笑顔を取り戻したミオンは、気立ての良い女だった。

 両親に大切に育てられたのだろう、素直な性格で誰でも信じてしまうところがあった。

 娼婦でいいと言うので、客層の良い一角に立たせることにした。


 もともと美しく着飾ると見栄えする容姿だったため、自立して生活するには十分な稼ぎを出してくれた。


 娼婦には見えない化粧気の薄い、村娘のような雰囲気のミオンはすぐに客がついた。

 固定客も数十人はいただろう。

 月に1000ガメルを稼ぐこともあった。

 一般家庭の一ヶ月の生活費が200ガメルあれば中流と言われている。

 ミオンがあまりに人気が出たため、今は俺の愛人がしている娼館で働かせていた。

 稼ぎはさらに増えたが、生活できるだけのお金があればいいからと、200ガメルだけを手元に残し、残りは俺に渡していた。

 欲のない女だったが、食べることが好きで、よく食事に連れ回した。


 そのミオンが、今日の昼間に何者かによって無残にも殺された。

 俺が部屋に行った時にはすでに殺されていた。誰かが呼んだのか、自警団の連中がすぐに駆けつけてきた。


 自警団にあれこれ詮索されるかと思ったが、簡単な取り調べだけでその場で解放された。

 あまり関わりたくないというのが自警団も本音なのだろう。

 なんせ、この町はトラブルが多い。

 ケンカは当たり前で、冒険者同士の喧嘩が殺し合いに発展したこともある。ただ、そんな殺傷事を起こすのは、ほとんどが冒険者くずれの荒くれ者たちの仕業だ。

 やつらは、モンスターを倒してドロップしたお宝を売って金を作るのより、町人を脅して金を巻き上げる方が手っ取り早いと考える人間のクズだ。


 弱い町人や、駆け出しの冒険者は格好の餌食となっていた。その他にも、置き引きにスリなども多く、この街の治安は以前から悪い。



 夕方、俺は娼館を任せているアンに会いにきた。

 アンはハーフエルフで年齢は俺より年上だが、見た目は二十歳そこそこに見える、目を見張るような美女だ。

 身長は高く豊満な胸が目を引く。引き締まった腹はキュッとくびれ、腹はうっすら筋肉が浮き上がっている。しなやかにくびれた腰は、女たちでさえも憧れる。


 体型だけでなく、透き通るような透明感のある白い肌、長い睫毛に切れ長で色気を感じさせる目。

 手足の長さ、顔の小ささ、街ですれ違ったら誰もが目で追ってしまうほど美しい。


 この女には高級娼婦として、店を持たせている。

 街に立っている女たちはヒモ男や《《組》》と呼ばれる裏稼業の奴らに管理されているが、アンには店を構えてそこで客を受け付けていた。


 アンの部屋は、この店の三階にある。地上階は受付と待合室、二階は客を取る部屋だ。

 俺は三階に続く階段を上がると、ちょうど開店前のアンが着替え終わったところだった。


「いらっしゃい。セイヤ。来てくれたのね」


 綺麗に片付けられた部屋に、ほのかな甘い香りが漂いアンのしなやかな肢体が一層美しく見えた。ただ、目元にはどことなく疲れているように見えた。


「突然すまない……ミオンが殺されたのは知ってるな」


 部屋に置かれた長椅子に俺は座ると、アンが俺にぴったりと体を寄せて隣に座った。

 密着したアンの太ももから暖かい体温を感じる。何をするわけでもなく、ただ体を触れているだけでアンは幸せなのだと以前言っていた。


 俺は、そんなアンの肩に手を回し、ぐっと引き寄せた。大きな胸が俺の体に押し付けられる。甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「ええ、知ってるわ。自警団がアンデッドが出たかもしれないから戸締りをするように言ってきたの。何があったのか聞いたら、ミオンが殺されたって言ってたから……」


 気丈なアンでも気落ちしたのだろう、小声でつぶやいた。俺はぐっと肩に回した手に力を入れると、アンは俺の方に頭をちょんと乗せた。

 自警団の連中はアンデッドを探し回っていたから、町人にも注意喚起して回っていたのだろう。

 アンの店でミオンが働いていたことは、自警団なら知っている。だからアンには殺されたことを伝えに来たのかもしれない。


「俺がミオンの部屋に行った時にはすでに息を引き取っていた。もう少し早ければ助けられたかもしれない」

「そんなこと、セイヤは気にしてはダメよ。殺されているなんて知らなかったんだから…… 」


 アンは俺の左手を握り、ぎゅっと力を込めた。俺は、心の棘が抜かれるような安心感が湧いた。俺がアンを慰めに来たと言うのに、逆に慰められるとは……


「俺は大丈夫だ。ところで、そのほかに何か聞いていないか? 客とトラブルになっていたとか」


 首を振って否定するアン。


「ミオンちゃんに変な客がついたとは聞いていないし、殺されるような覚えがないわ」


 俺の情婦たちは、恨まれたり妬まれたりするような女ではない。

 だから、俺も殺した奴に覚えがなかった。


「そうか。……何か思い出したら教えてくれ」

「わかった。ねぇ、セイヤ……アンデッドはどうなったの?」


 心配そうに俺を見るアンに、俺はアンデッドは見つかっていないと伝えた。

 アンは自警団が言ったことを間に受けているが、あの場にいた俺は違うと思っている。


「殺したのはアンデッドではないはずだ」

「それじゃぁ、誰かに殺されたってことなの?」


 アンはモンスターではなく人間に殺された可能性があると聞き、驚いて絶句している。

 俺はそっと小刻みに震えている肩を撫でてやった。


「あぁ、おそらくな。状況的には、アンデッドの可能性は低い」


 たしかに、あの腐臭は生ける屍(ゾンビ)のものだろう。

 しかし、ヤツらには自我がない。わざわざ街に入り、ミオンの部屋に上がり込むなど考えられない。考えられるとすれば、ミオンの部屋に招き入れられた者がいる。

 現場の状況から見ても、必ず何者かがその場にいたと考えられる。


 あの部屋に入った時に違和感があった。それは、二組の食事の用意があったことだ。

 もし、仮にアンデッドが殺したのなら、ミオンはモンスターと食事をするつもりだったのか? それはありえない。


 しかもミオンは、正面から剣で刺されていた。

 背中からではなく、正面からということは向き合っていたのだろう。

 抵抗した後もなかったから、顔見知りのやつだろうと検討をつけていたが、今のところ全く情報がなかった。


 ◇ ◇


 ミオンの話は早々に切り上げ、しばらく店の売り上げの話や客の話を聞いた。

 アンは仕事中に客の男たちから、いろんな話を聞き出している。

 客から聞いた情報が金になるか自分で判断せず、何でも細かに報告させている。


「しっかり店の経営ができているようだな。何かあったら遠慮するな、俺に言えば必ず助ける」


 アンは経営者としても優秀だった。俺が何かアドバイスしたことなどない。

 全てアンの手腕でこの娼館を支えている。いい女だ。金を生む女は頭もいい。


「ええ、いつもありがとう。何かあったら必ず連絡するわ」


 にこりと笑顔になったアンは、整った美形の顔立ちが、さらに目尻が下がり愛嬌のある可愛い顔になる。

 しばらく唇を重ね、お互いの感触と愛情を確かめ合った。


「アン、こっちに来い……」


 アンを抱き寄せると、力を抜いて俺の身体にしなだりかかると、フワッと花の香りが立ち上る。髪にエルフの里特製の香水を付けている。

 くびれた腰を抱き寄せ、アンの頬に手を当て俺の方に顔を向けさせた。

 色白の肌はきめが細かく陶器のような美しさだ。瞳は深い緑がかった青色で、つい引き込まれて見つめてしまう。

 この美しさは、この街の娼婦の中だけでなく、貴族、町娘も含めても人族の中では(かな)うものはいないだろう。


「むしろ、こんな時だ。アンに少しでも元気になってもらいたくて会いにきた」

「少しでも気にかけてもらえてるなら嬉しいわ……」


 アンは、ありがとうと言う。

 はにかんだアンは年上だというのに、少女のように恥ずかしそうにしている。

 俺はアンは上級の彫刻師が作ったかのような美しい肢体をしている。

 華奢な体つきだが、出るところは出ていて、締まるところは引き締まっていた。

 きめ細かい肌に触れるだけで心が落ち着き癒される。


 ◇ ◇


 俺は、ベッドから抜け出すと煙管の先端に葉を押し込め、指で軽く押す。

 押し込みすぎると煙管はうまく吸うことができない。

 部屋のランプの火に煙管を近づけると、葉に火が移る。深く吸い込み吐き出した。

 エルフは蝋燭(ローソク)で灯を取ることを好む。この街の人は、生活魔法を示した呪文紙を買って壁や天井に貼り付けて照明とするため、蝋燭の炎を見かけることが少なかった。

 俺は蝋燭の火の揺らぎが好きだ。アンも蝋燭の灯りが落ち着くと言う。

 煙草を吸い終わると、俺は服を着ながらベッドのアンを見た。


「俺はそろそろ戻る」


 火の消えた煙管の灰を皿の上に出すと手早く身支度し、ズボンのポケットに煙管を入れた。

 アンは、落ち着いたのか上体を起こして下半身だけシーツをかけた状態で俺を見て言った。


「セイヤ、たまには泊まっていけば? 今日はお店を閉めてもいいんだし…… 」

「ダメだ。店を閉めたら常連の客が、無駄足を踏むことになる、それに俺はミオンを殺した犯人を探す。」

「そうよね……ごめんなさい。私もミオンちゃんの(かたき)を絶対にとって欲しい。妹みたいに可愛がっていたんだから……」


 アンの店にミオンを連れて来た当初、アンは嫉妬していたはずだ。俺の愛人だと知っていたからだ。自分以外の愛人を連れて来る俺の無神経さを(なじ)られるものだと思っていた。

 だが、アンはミオンを何も言わずに受け入れ、心配したような意地悪をしたり、邪険に扱うこともなかった。

 そのため、ミオンもこの女を姉のように慕い、アンの言うことはよく聞いていた。

 アンも、いつしか妹のように可愛がっていた。

 ミオンの素直な性格と、身寄りがなくても気丈に生きていく姿に、自分を重ねたのだろう。


「……ねぇ、もしミオンちゃんではなくて、私が殺されていたとしても、今みたいにセイヤは怒ってくれる?」

「あたりまえだ。俺は、アンでもミオンでも、誰一人として不幸にはしたくない。もし、アンに何かあった時は命をかけてでも守ってやる。もし、殺されたなら全力で仇をとってやる」


 パッと花が咲いたような笑顔になったアンは、うれしいと俺の胸に顔を埋めた。

 誰一人として、俺の女を不幸にするやつは許さない。俺の握る手に力がこもった。


「アン、お前も戸締りには注意しろ。それと犯人が捕まるまで外をひとりでは歩くな」

「わかった。心配してくれてるのね…… うれしいわ」


 アンは、1階まで裸にシーツを巻きつけただけの格好で、ついて来た。


「何かあったら、俺かナミに連絡してくれ。また店が終わる頃にナミをよこす」

「うん、わかった。セイヤも気をつけてね」


 アンは、ハーフエルフでも見た目は人間と変わらない姿をしている。

 違うのは、耳が少し尖っているのと、年齢が二十歳そこそこで止まったように変わらないことだ。

 純粋なエルフとは違い、寿命も人間に近いが老化の速度はかなり遅いのだろう。

 年齢も俺より年上だとは聞かされている。だが女の年齢は聞いても意味がない。

 女は見た目で所作が大切だ。幾つになっても女は若く見られる努力をする。

 年齢なんぞ聞くだけ野暮だと言うことだ。


 名残惜しそうに体を寄せてくるアンに、口づけをすると少女のように頬を赤らめる。

 相変わらず可愛いやつだ。それに、俺を疲れさせない気配りができる。

 そっと彼女の肩を持ち、体を離す。アンの長い睫毛に切れ長で大きな瞳が潤んでいた。

 また来る、と言い残し、家を出た。

<登場人物>

主人公 セイヤ・サルバトーレ

ミオン セイヤの愛人。娼婦をしていたが何者かに殺害された。

アン  セイヤの愛人。娼婦。ハールエルフ。

ナミ  セイヤの相棒。情報、諜報活動をしている。兎族


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