第二話:早朝の襲撃②
俺たちは、悪魔爪組の奴らが放火したという一軒の建物にたどり着いた。
サリーの店からそれほど離れていない。
木で作られた二階建ての建物は柱と少しばかりの梁だけを残し、ほとんどが炭と化していた。
この辺りは密集して家が建っているが、両隣は石造りだからか燃え移っていなかった。
住んでいたのはまだ若い夫婦で、命からがら逃げることができたようだ。
夫婦は家を失い、膝をついて泣いていた。
近所の者たちがその二人に声をかけ、二軒隣の食堂へ連れて行く。
しばらくその様子を見ていたが、ララとサリーは俺の腕をぎゅっと掴むと言った。
「お可哀想に、あの夫婦はあそこの食堂で働いていたんですよ。わたしも何度か食事をしに行きましたが、とても働き者でした。どうしてこんなことになってしまったのでしょう」
ララは、二人を見て同情し目を潤ませている。サリーも、肩を抱かれて食堂に入って行く二人を見て痛ましくて見ていられないと目を伏せた。
あの夫婦は、周りに支えてくれる人がいるのなら、立ち直ることができるだろう。
もし、何もかも失ってしまったとしても街の者たちが手助けする。
この街は助け合いの精神が根強く残っているのは、この二年でよくわかった。
「あの者たちは大丈夫だろう。とりあえず、燃えた家を見て確認する」
俺は、焼け落ちた木造の家を見て回る。既にほとんどの物が炭になっているが、食器などは煤で真っ黒になっていた。
家の中からの出火ではないようだ。もし、火元が家の中なら一番激しく燃えているところが出火元だとわかる。
俺は、裏手に回ると周囲をくまなく見て回った。
この家は、一番激しく燃えたと思われるのは家の裏手だった。
ララが、焼け落ちた家の前から声をかけてくる。
「セイヤさん、見て何かわかるのですか?」
二人は煤だらけで服が汚れるから来るなと言っておいた。遠くで俺の様子を見ているだけでは、俺が何をしているのか気になるのだろう。
俺は黙って待っていろと告げると、燃えた壁や土台を見た。
何か手がかりがあればいいのだが……
「とくに不審な点は見当たらないが、この場所から燃え広がったのは間違いないだろう」
俺は通りで待つ二人に言うと、「そんなことまでわかるんだ、スゲェー」と驚いている。……ただの野次馬だな。
一通り見て回ったが、とくに不審な点はなかった。
大切な家をこんな風に焼き尽くされてあの夫婦も気の毒だ。
俺は、建物ではなく地面も見ることにした。すると、地面がシミのようになっている。
水をかけてできたものではない。指で触って感触を確かめる。間違いない油だ。
二人の元に戻ると、先ほどの若夫婦に話を聞くために食堂に向かった。
「ねぇ、セイヤさん。自警団の連中はこの辺りを調べていないのでしょうか?」
本来なら、すでに自警団が集まってきて調査しているはずだ。だが、今日は調べている様子はない。
あいつらはそれどころではないはずだ。団長が殺されたようだからな。
勝手な単独行動を慎み、団体行動が原則のあいつらは、団長がいないと指揮できる者がいない。だから思うように動けず後手に回っているのだろう。
実際、自警団とはいえ元は町人だ。少し腕っぷしの強い男が集まっているが頭がキレる者がいない場合も多い。
ニブルの街の自警団は団長以外は、決められたことをきちんとすることには長けているが、突発的な出来事に対処できるほどの男が少ない。
「あたいにも何か手伝えることはないかい?」
「私も何かお手伝いさせてください」
二人は、俺の腕にしがみついたまま俺をまっすぐに見つめ懇願した。
俺はこの女たちを巻き込みたくはない。
ただの放火ではなく、何かきな臭い気がするのだ。
「サリー、俺の武器は作ったのか?」
俺はサリーと出会った日、俺の武器を作るように言っておいた。
あれからずいぶん経っている。
「今、着手してる。刀身はできていて、あとは柄の部分をどうするか悩んでるんだ。でも、もう二、三日でできるはずだよ」
「少し早めに必要になりそうだ。急げるか?」
この娘たちを危ない目に遭わせるわけにはいかない。
それに、これから悪魔爪組と一戦交えるとなると、魔剣一本では長期戦には向かない。あの魔剣には弱点がある。
サリーに武器を急ぐようにもう一度念を押す。
「わかった。セイヤさんの武器を急いで作るよ。……行くよ、ララ」
そう言うと、サリーはララの手をとって店に戻って行く。
二人は、行きかけてからもう一度こちらを振り向くと、ちょこんと頭を下げた。
そして走り出したサリーに、そんなに引っ張らないでくださいよーと弱々しい声を出して、ララは引きずられるようにして去った。
◇ ◇
食堂に戻ると、身を寄せ合っている夫婦が力なく座っていた。
さきほど、通りにいた若夫婦だ。
「おい、お前たち災難だったな。大丈夫か? 怪我していないか?」
俺の問いに、旦那の方は大丈夫ですと答えた。
「少し、話を聞かせてくれないか」
「……はい、私たちにわかることなら」
かなり落胆している。自分の家が焼け落ちて何も残っていないのだから当然か。
気の毒だが、まずは犯人をあぶり出して報復しなければならない。
この西地区は俺の縄張り。ここまでされて黙ってはいられない。
「お前たちは、火をつけた者を見ていないのか?」
「私たちは眠っていましたので…… パチパチと木が燃える音で目が覚めて、その時にはもう真っ黒な煙に巻かれていました。それで必死に妻の手を取って逃げたので何も見ていないんです。なぜこんなことに……」
火をつけられるような覚えもない、と旦那のほうが言うと嫁の肩を抱いた。
嫁の方は、放心状態のようで何を聞いても答えず震えているばかりだった。
二人の話を一通り聞いたが、犯人を特定するような情報はなかった。
「ところで、裏手に油を入れた壺などは置いていなかったか?」
「いいえ、裏には何も置いていなかったはずです。それが何か?」
出火元とも思われるところの地面のシミは油だった。そして、この夫婦は油は置いていなかったという。ということは、何者かが持ち込んで油をかけ、火を放ったのだろう。
食堂の店主が俺たちの様子を見ていたが、話がひと区切りついたのを見計らって口を開いた。
「親分さん。こいつら、毎日二人でせっせと額に汗を出して働いて貯めた金で、やっと家を買ったところなんです。見ての通り、まだ若い夫婦でこれからって時に、こんなことになって可哀想で……」
「だからなんだ?」
食堂の店主は俺のぶっきらぼうな返答にたじろぎながらも、二人をなんとかしてやれないかと言ってきた。
若夫婦の事情は俺にとってはどうでもいいが、俺が面倒を見ている街だ、困っているようなら助けてやる。
「わかった。お前たちが住む家は俺が貸してやる。金は後でいい、その代わり今まで通り働け。家賃はいただくが、元の生活を取り戻すための金も工面してやろう」
「はい、ありがとうございます。馬小屋の片隅でいいから間借りするしかないと諦めていました。お金も貸していただけると助かります」
若い旦那の方は、嫁に向かってよかったなと言うと、若い嫁は俺に頭を下げた。
頬を伝う涙がさらに大きな粒となって流れる。少しは落ち着いたようだ。
「お前たちは、まずは今までの生活を取り戻せるよう、明日からしっかりと働け。それに、店主はこいつらが着れる服を近所の者から集めるんだ。着なくなった服や使わない品があったら、持って来てもらえ。この二人だけでなく、家を燃やされた者たちの生活を取り戻すために力を合わせるんだ。いいな」
店主は深々と頭を下げ、さっそく取り掛からせていただきますと言うと近くにいた店の使用人にそれぞれ指示を出した。
「店主よ。他に何軒が火をつけられたのかわかるか?」
「四軒です。どこも、木で作られた古い家ばかりで、あっという間に燃え尽きてしまいました。逃げ遅れたと者もいたようで、住人がまだ見つかっていないと言う話も聞きました」
俺は食堂を出ると、放火されたという四軒を回ってみたがいずれも油をまいて火をつけられた痕跡があった。
それと、時間的にほぼ同時に火を放たれているようだった。
「兄貴! ここにいたんだ、探したど」
亡くなった者たちが集められている自警団の建物から出たところで、ナミが呼び止められた。ナミは兎耳を帽子で隠して、男装している。
「兄貴、いろいろわかったど。燃やされた家は油をまかれて火をつけられてた。油は油売りの親父が昨日売ったものだというところまでは掴んだど」
「どっちの油売りだ。ドワーフの親父か」
この街には油を売っている店は二軒だけだ。
鉄を錆びなくするために鍜治屋や防具屋などが必要とするため、油は壺で売られている。
ナミが油売りの親父というと、頑固そうなドワーフの親父だろう。
「そう、ドワーフのおじさん。なんでわかったんだ? ……あの親父さんが言うには、東地区の奴らだそうだ」
街で聞いた通りのようだな。
「東地区の者が、なぜわざわざ西地区まで来て油を買ったんだ。向こうで買って持ってくればいいものを」
「知らない! 油の壺は一人で持つには、とっても重いからさ。持ちたくなかったんじゃないか? 何の罪もない人の家に油をまいて火を放つなんてとんでもねぇ奴らだど!」
ナミは口泡を飛ばしながらまくし立てた。
確かに、持ってくるとなると荷車に乗せて来るしかない。
荷車だと置いて逃げるわけにはいかないから、こっちで買っておき、隠しておいたのだろう。
「ナミは、このまま誰が火をつけたのか探ってくれ。できれば背後関係も頼む。五人も命を落としたんだ、見つけ出して叩き潰す」
「はいよ! まかせておくれ」
俺の相棒である兎人族のナミは、遠くからでも囁き声さえ聞き取れる。建物の中にいても外から聞くことができるほどの聴覚の持ち主だ。
話し声や足音で何人か、男か女かまで離れていても判別できる。
しかも背が小さくどんな場所でも入っていけるため、腕力も魔力も持たない女だが俺は相棒としてとても頼りしている。
「セイヤはこれからどうするの?」
「俺は、下の者に街の見回りと、被害にあった者たちの手助けをするように指示しに事務所に出る」
「わかったど。とりあえず東地区にいって来る」
何かわかったらすぐに戻ってこい、とナミに言うと、俺は手下がいる事務所に戻った。
ブックマークが増えていてうれしいです。
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