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第七話:闇深き恨み

 

 昼間だというのに空には厚い雲がかかっている。

 風が少し出てきただろうか。

 頬を風が打つ。一面の雑草が、風に揺られカサカサと音を鳴らす中、異様な土を掘り返す音が再び聞こえてた。

 地面には、無数のアンデッドたちが這い上がってきている。その数は先ほどと同等。

 百体はいるだろうか。数が多くてもあの程度のアンデッドでは脅威にもならない。


 地面から這い出た奴らを横なぎに切り飛ばすと、ナミを締め上げているヤツを見た。

 フードで顔が見えないが、口元が笑っているように見える。

 その隣で、ジョーと思われる男は勝ち誇った顔をしている。

 全く馬鹿な男だ。ナミをただの小さな女だと思っていたら痛い目にあう。


 そう思った瞬間、ナミは首を締め上げている二の腕に思いっ切り歯を立てていた。


「いてぇぇえ。このくそアマ!」


 男は激痛に耐えかね反射的にナミの頭へ拳を振り下したが、すでにナミは腕からすり抜けた後だった。


 ナミが言うには、自分の前歯は岩をも砕くそうだ。大げさに言っているだけだろうが、痛いのは間違いない。

 男の二の腕に、くっきりと歯型がついていた。


 俺は、土から次々と湧き出てくるアンデッドを横薙ぎに切り捨てている。

 戦闘力は高くはないが数が多いだけに、面倒だ。

 呪文紙を早く取り除かなければアンデッドはそれ以上出てこないはずだ。

 早く取り除いておかなければ……


 呪文紙は元々、魔法が使えない一般の人にも魔法が使えるようにする魔道具だ。

 そこには魔法の呪文が書かれており呪文紙で火を起こしたり、水を瓶いっぱいにしたりする便利な生活魔法が主な用途だが、攻撃魔法なども呪文紙にすることができるため悪用する者もいる。いわずもがな、この男だ。


 アンデッドを切り捨てながら、地面に貼られた呪文紙まで一気に走った。

 雑草が茂った中の呪文紙を、俺は剣でひと突きする。

 案の定、魔法の効果が止まったのかアンデッドが土から這い出てくるのが止まった。

 すでに地上に出て、襲いかかってくる奴らを切り落とす。


 魔剣の刀身は俺の魔力に応じて自在に長さを変えることができる。

 一度に、数十体を草でも払うかのようにアンデッドを切り分けていった。

 あっという間に全滅。周りは静かになった。

 

 ナミに噛まれた腕を押さえて苦渋の表情を浮かべた男のそばまで近づいた。


「お前の友達はいなくなったぞ。次はもっと強いモンスターを出してくるんだな」


 男の首に剣を突きつけて言うと、周囲を見た男は観念したかのように膝をついた。

 地面に拳を打ち付けて肩を震わせる。男から戦意がなくなっている。


 俺は剣鞘をズボンに入れると男に問うた。


「お前は誰だ、何のために俺たちを狙った」


 男はこちらに目を向ける。目に涙をためている。泣いているのか。


「ちくしょー、お前だけは許さねえよ。俺のことも覚えちゃいなんだろうが」


 男は、戦意喪失していたと思ったがまだ目には怒りの色が見える。


「お前と会った記憶はない。お前がジョーなのか?」

「そうだ。お前は俺の姉さんを殺したんだ!」


 この男の姉? 俺が殺した? 全く覚えがない。

 覚えがないし、俺は女を殺したりはしない。そう答えると、ジョーは悔し涙を流しながらも、一気にまくしたてた。


 こいつが俺に逆恨みしている理由がわかった。

 悪華組(デモゴルゴン)の組長の情婦がジョーの姉で、俺が口説いた女だった。

 情婦だった女は、組長に脅されて愛人をさせられていたのを俺は知り、女を助けたいと思ったのだ。女を力で従える奴は許せなかった。

 だから口説き落とし、組長から受けた恐怖の呪縛を解いた。

 当初は、女を引き取りたいと組長に話を持ちかけたが、決裂し対立した。


 悪華組(デモゴルゴン)は女を人質に取り、俺に子分になれば女をやると言ったが、俺は断った。

 そして、組長はあろうことか俺の目の前で女を殺した。


「お前の姉を殺したのは悪華組(デモゴルゴン)の奴らだ。俺が殺したわけじゃない」

「そんなわけがない。俺は聞いたんだ。お前が姉を人質にとって降伏しろと迫って、見せしめで殺したんだ!」


 ジョーが誰かにそう吹き込まれたのだろう。

 裏で絵を描いている奴がいるのかもしれない。


「もう一度言う。俺は殺していない。殺したのはあいつらの方だ」

「嘘をつくな。俺はその場にはいなかったが、見ていた人がそう言っていたんだ」


 ジョーは、怒りを露わにし吐き捨てるように言った。


「どこの誰だ、お前にそんなことを言ったのは」

「誰だっていいだろうがっ! お前がちょっかいを出さなければ姉さんも死ぬことはなかったんだ」

「ちょっかいを出したわけではない。お前は姉がどういう状態だったのか知っているのか?」

「どういう意味だ!」

「お前の姉さんは、デモゴルゴンの奴らに薬漬けにされていた。愛人ではなく、性奴隷にされていんだ。俺はそれを知って助けたかった」


 ジョーは、嘘だ!嘘だ!と、うわ言のように繰り返した。

 嘘だと言う言葉に力はなく、信じたくないという気持ちの方が強く感じられた。

 ジョー自身も、身に覚えがあるような口ぶりだ。薄々、姉の状態に気づいていたのかもしれない。


「お前の姉を助けることができなかった、という意味では俺も同罪かもしれないな」


 男は、泣き崩れた。地面に頭をこすりつけて泣いている。



「あれれ?もう終わっちまったのかい?」


 黒ずくめのローブを着た魔術師が、近寄って来て言う。


「お前はてっきりナミを追いかけて行ったと思ったが、そこにいたのか」

「あらあら、私のことなんて全然気にもしていてくれなかったんだねぇ」


 そう言うと、魔術師はフードを後ろにずらして顔を見せた。

 紫色の長い髪がぱらっと背の方に落ちる。ウェーブのかかった紫の髪にはクルッと丸まった羊のようなツノがある。


「マーリンか! お前がどうしてここにいる」

「なぜって? セイヤに会いにきたに決まっているじゃない。せっかく二年ぶりに再会したのに、もう少し感動とかしてくれちゃったりしないわけ?」


 感動はしたが、何も今に姿を表す必要はないだろう。本当は思わずハグしたい衝動にかられるほど嬉しかったが、それを悟られないように必死に抑える。


「ジョーとはどういう関係だ。なぜ、この男の手下になっている?」


「この坊やが魔族の村にひと月前かな、訪ねて来て殺したい男がいるから呪文紙を作ってくれって言ってきたのさ」

「なるほどな。で、マーリンが呪文紙を作ったのか」

「違うわよ、こんな弱っちいアンデッドが出る呪文なんて私なら作らないわ」


「それなら、なぜマーリンがここにいる」

「この男の口からセイヤの名前が出たからね。なぜ殺したいのか聞いたわ。セイヤはそんなことをする男ではないって言ったんだけどね、この男の恨んだ心が強くてね。だから、念のためについて来ちゃった」


「ついて来ちゃった、じゃないだろ! 説得してヤツを止めてくれよ。こいつは俺の女を一人殺しているんだぞ」

「私のところに来た時には、すでに殺した後じゃない? 私のせいじゃないわ。そんなことより――――」


 マーリンは、腰をくねらせて『会いたかったのーっ!』と、ローブの前を開けて甘えた声で言った。


 豊かな胸が左右に揺れて、先端についた宝石がキラキラと輝いている。

 くびれた腰から尻にかけての張り出しは素晴らしく、それでいて褐色の肌は吸い付きそうなほど光沢を持っていた。

 相変わらず美しい人だ。しかも、男なら誰もが魅了されるほど官能的だ。

 どんな男だって、マーリンを見た瞬間に前かがみになってしまうだろう。



「ナミ、いるか?」


 ナミを呼ぶと文字通りの脱兎のごとく走り寄って来て、マーリンを見て目を見開く。


「な、なに? このハレンチが服着て歩いてるような女は!」

「誰がハレンチだ、ゴラァ! 兎人族のチビすけ、文句があるのか?」


 今にも取っ組み合いになりそうな雰囲気の二人の間に入り、俺は二人を引き離す。


「やめろ二人とも。マーリンも、ローブを閉めろ。むやみに肌を晒すな。目のやり場に困る」

「なにをいまさら。今まで何回も私の裸なんて見るし、舐めまわしてたのに……もしかして、自分の女の肌は誰にも見せたくないってやつかい?」


 それを聞いたナミが目を白黒させて、慌てて言う。


「あわわわ、兄貴そんなことしてたのかーー!」


 ナミが卒倒しそうになりながら、俺の腕を掴むとマーリンは面白そうにクスっと笑うと、ナミに聞こえるように言った


「セイヤは強い男だけど、女にはからっきしダメでねぇ。奥手というかなんというか」

「それは昔の話だろ。今は違う」

「そうね、私がたっぷりと仕込んであげたもんね」


 やめろ、それ以上言うな。

 ナミはマーリンの言葉に驚いて、俺の顔とマーリンの顔を交互に見ていた。

 俺が慌てている姿をナミは初めて見たはずだ。


 マーリンといると、俺はまだまだ未熟だと感じさせられる。だから苦手だ。

 何しろ本気で愛した最初の女だ。それに大きな恩もある。


 マーリンを見るナミの目が嫉妬でメラメラと燃えているのを感じた。

 とりあえず、ナミがマーリンに食いつく前に、引き離さなければ。


「ナミ、すまないがレオンとマリンを連れて来てくれ」

「わかったどー。でも二人して、この場でおっぱじめないでくれど」

「そんなことするわけないだろ。早く行け」


 ナミは、小屋の裏手の柵に隠れていたレオンとマリンの方へ向かった。

 あの二人はアンデッドに襲われていないはずだ。


「マーリン、会いに来てくれてうれしいよ」


 素直にそう思う。このカールトン国に来て二年。それまでは、一緒に暮らしていたのだから。俺の師匠でもあり、心の支えだった人だ。


「セイヤも、元気そうだね。なんか面倒に巻き込まれちゃってるみたいね」

「面倒というほどではない。この国には骨のあるヤツが少ないからな」

「氷竜殺しのセイヤ・サルバトーレに勝てるのは、勇者ベルくらいだろうね」

「勇者ベルは高齢だ。今は病気がちでここ1年ほどは静養してる」


 ふと、地面に這いつくばって泣いていたジョーを見ると、いつの間にか、縄でぐるぐる巻きに縛り上げていた。ナミがしたのだろう。相変わらず手際がいい。

 まずはこいつからはミオン殺しについても聞かなければならない。


「再会を喜んでいる場合じゃない。この男から俺の女を殺した経緯を聞かないといけないからな」

「私が聞いておくわよ。矯正もしておくけど……」


 マーリンがこの場にいるのは、幸いかもしれない。

 ジョーを預けるのも良いだろう。だが、マーリンがミオン殺しに手を貸した可能性は?

 いや、ないだろう。もしマーリンが絡んでいるのなら、もう少し証拠を残さずに手際よくするはずだ。

 殺されたミオンも死んだことに気づかないくらいに。


 だが、ジョーは違った。稚拙な手口だ。

 アンデッドをミオンの部屋で呪文紙を使って殺させ、アンデッドに殺されたように見せかけたつもりなのだろうが、あの場にジョーがいたことはわかった。


 明らかにミオンの部屋には誰か他の者がいた形跡があった。

 テーブルの上にあった二つの食器。

 自警団はあの食器はミオンと俺のだと思っていたようだが、俺はミオンの部屋で食事をとることはない。ミオンもそれを知っているからあらかじめ食事の用意をしておくことはない。

 つまり、誰かが来ていたはずだ。

 そう思ったからこそ、今ジョーにたどり着いている。


 稚拙だが残忍。俺への復讐心を満たすために、俺を狙わずに女を殺すと言う卑劣で歪んだ性格。性根が腐っているのなら、魔族に引き渡すのもいいだろう。


「ねぇ、この男をどうする? 土にでも埋めるのなら手伝うわよ」


 マーリンは、縛り上げられてうなだれているジョーの頭を足で小突いた。


「どうもこの男の話ぶりからまだ黒幕がいそうだ」

「なら私が聞き出しておくわ。それでいい?」


 ああ、任せると俺はマーリンに返事をする。


「とりあえず、全てを聞き出したら連絡してくれ。レオンたちを襲った理由も知りたい」


 俺はそう言うと住んでいる場所を書いた紙をマーリンに渡した。

 この女なら、ジョーの心の奥底から言葉を搾り取り、さらに復讐心に燃える心を矯正することができるだろう。


「じゃあ、セイヤ。またね。そっちのお嬢ちゃんは眠らせているだけだから、もう少しで起きるはずよ」


 そう言うとマーリンはジョーの首根っこを掴むと魔法陣が周囲に浮き上がり、黒い霧となって消えた。



「兄貴とあの魔族の女が、どんな関係か気になるど!」


 魔族の中でも最強の女だ。そして、俺の師匠でもあり、恋人でもある。

 ナミには俺の過去を話したことがあったが、マーリンの話はしていなかったな。


「俺の女だった人だ。ナミとは正反対だろ」

「ど、ど、どこを見てるど! 胸はおいらも立派なもの持ってるど!」


 両手で、胸をすくい上げるとたゆんたゆんと揺らす。

 そんなことをしなくても、見ればわかる。


「ナミも魅力的なナイスバディだ」

「兄貴もおいらの魅力に気づいたか! あんな女に負けてないど」


 かなり色っぽさ、艶やかさで負けているとは思うが、今ここで言う必要はない。


 さぁ、戻ろう。今日はミオンの弔い酒を飲むぞ。


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<登場人物>

セイヤ・・・主人公

ナミ・・・・兎族の女。セイヤの相棒で情報屋。耳がよくすばしっこい

マリン・・・娼婦をしている。レオンの女。

レオン・・・セイヤとは東区でたまたま知り合った仲。なぜか事件に巻き込まれた。

マーリン・・魔族の官能的ボディを持つ女。魔術師であり、セイヤとは古い知り合いらしい。

ミオン・・・セイヤの情婦だったがジョーに殺された

ジョー・・・デモゴルゴンの組長の愛人がジョーの姉。セイヤに姉を殺されたと思い込んでいる


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