三章
城の近くにある、今は使われていない寂れた訓練場。
そこは友と変わらぬ友情を誓った場所。
ラズニールとの【約束の場所】であった。
訓練場と言っても、主に従騎士が使う場所の為、整地などされておらず、土を盛って固め、整えただけの地面。
武具も、箱に無造作に入れてあったものだ。
自分が聖騎士になった頃、新しい訓練場が作られたため、今となってはここを使う者はまずいないだろう。
確かに隠し場所としてはもってこいだ。
ディーンは周りを見渡してみる。
寂れてはいるが、設備や道具はそのまま残っている。
二人で技を競いあったあの頃の光景が、この場所にいると今でも鮮明に思い出される。
「訓練用の剣や盾も置いてあるな。古く、傷だらけだからそのままにされたのか」
落ちている剣を拾うと、それを空にかざしてみる。
所々欠けた、刃のついていない剣。
(あの頃が一番良かったな。友と技を磨き、ひたすらに上を目指していたあの頃が)
(・・・おっと、そんなことを考えてる場合じゃなかったな)
名残惜しそうに剣を置くと、改めてディーンは訓練場を見渡してみる。
無造作に置かれた武具、打ち込み用に地面に突き刺さったカカシ、体力を鍛える為の走り込みスペース、自分の記憶にある物は、全て残っているように見える。
「そういえば端っこに、食べ物や飲み物の入った木箱が置かれてたな。さすがにないかな?」
なんとなく気になったため、ディーンは当時木箱が置かれていた場所に足を進ませてみる。
そこにあったのは、バラバラに壊れた木箱の残骸だった。
特別、雨避けをしていたわけでもないため、おそらく自然に朽ちて壊れたのだろう。
「まあ、当然だよな。むしろ無事に残っていたらおかしいくらいだな」
身を屈め、木片を手に取ってみる。
所々腐っているようだ。
周りに転がっている木片も同じ感じだ。
他に気になる物は無さそうなため、その場を移動しようとした時だった。
木片が散らばる場所に、何かしらの一部が埋まっているのが、目に飛び込んできた。
周りの木片に紛れており、じっくりと見なければ気付かない物だった。
(木材で出来た何かが埋まっている?とりあえず掘り出してみるか)
ディーンは土に埋まっている何かを、手で少しずつ掘り出していく。
土自体は最近掘られたようで、道具を使うことなく容易に掘り返すことが出来た。
掘り進める内に、段々と埋まっていた物が姿を現す。
それは木材で密閉された箱のようなものだった。
中に何か入っているようだが、しっかりと封がされている為、壊すしか手はなさそうだ。
「ハンマーは手元にないからなあ・・・剣を使うか」
そう言うと、エミリアから受け取った剣を鞘から抜いて構える。
鞘から抜かれた漆黒の剣が鈍く光る。
まさか最初に切るものが木とは、剣も思いもよらなかったであろう。
「こういう剣の使い方はどうかと思うが、まあ許してくれ」
剣に謝りを入れると、ディーンは素早く剣を振るう。
狙うは箱の上部分である。
変な切り方をすれば、中身が壊れるかもしれない。
そうならないために、上の蓋みたいな所だけを切ることにしたのだった。
とはいえ箱は四隅を釘でしっかりと止められており、当たり前だが、剣のような金属刃では、当たりどころによっては欠けたり折れてしまう。
ディーンは釘がない場所を狙って剣を振るったが、振った瞬間、腕に痛みが走り、狙いが外れて釘のある場所を切り払ってしまった。
(しまった、もろに釘の場所を切ってしまった・・・)
やってしまったと思いつつ、剣に目を向けてみる。
欠けるどころか、傷一つ付かなかった漆黒の剣がそこにあった。
「確かに釘を切ったはずだが、これは」
痛みで気付かなかったが、切った時の感触はなかった。
つまり、それほどまでに切れ味が凄いということだ。
エミリアには本当に感謝しきれない、この剣はこの先も必ずや自分の助けになることだろう。
心で礼をしつつ、改めて斬り飛ばした箱に目を向けた。
箱の中には更に小さな箱が入っていた。
青と赤で彩られた、綺麗な箱だ。
「中身ごと斬るなんてことは余計な心配だったな」
ディーンがそう言うには理由があった。
箱には王家の紋章が飾られており、恐らくラズニールが国王から預かったものだったのだろう。
とすれば間違いなく宮廷魔術師によって、不壊、不腐等の力が付与されているはずであり、斬ったり、壊したりなど出来ない筈である。
「・・・鍵が掛かっているか。ならこれで」
懐からあの鍵を取り出し、鍵穴に差し込んでみる。
抵抗なく入ると、鍵は滑らかに回り、その縛めを解き放った。
カチッと音を立て、蓋が開く。
中には数枚の紙が入っており、それらは一目で上質とわかる紙であった。
ディーンはそれらを手に取り、内容に目を通してみる。
「こ、これは、この内容は!」
驚きのあまり、紙を持つ手に力が入る。
紙には取引内容や金銭の額、品物の種類といったものが、日付や場所と共に書かれていた。
いわゆる裏帳簿と呼ばれるものだろう。
これが原本か写しかはわからないが、書かれていることは事実だろう。
「これがガルバルドが行ってきたことか。この事を隠すためにラズニール達を・・・許さんぞ、ガルバルド!!」
憤怒の表情を浮かべるディーンだったが、何かが近づく気配に気付き、紙を懐にしまい剣に手を掛ける。
(人か、数人はいるな。追手だろうか)
後ろを振り向くと、四人の男が近付いて来ていた。
鎧はなく、簡素な服装をしている。
武器も見たところ、小剣やナイフのようだ。
追手ならば神官騎士や暗殺者を使う筈だ。
となればこいつらは盗賊か何かだろうか。
「俺に何か用か?」
ディーンが男達に冷たく言い放つ。
先頭に立っていた長身の男がニヤリと笑った。
「へへへ、俺ら貧乏でして、いくらか恵んでいただけないかと思いまして、なあお前ら?」
男の声に、残りの三人がニヤニヤしながら大袈裟に首を縦に振る。
ディーンはため息をつくと、銀貨の入った袋を投げ渡した。
「それをくれてやる。さっさと立ち去れ」
そう言ったディーンに、男達はわざとらしく頭を下げる。
「おお、ありがとうございます。こんなにもたくさんのお金、助かります。ですが、これでは足りませんねえ」
下卑た笑みを浮かべながら、長身の男が答える。
(やはりこの証拠の紙か?だとすれば)
「・・・何が目的だ?」
そう言ったディーンに、長身の男はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら答える。
「勿論、あなたが持っている剣ですよ。それを売れば金貨数百枚は下らないでしょう」
「断ると言ったら?」
「一対四ですよ?いくら騎士様とはいえ、歩が悪いのではありませんかねえ。大人しく渡した方が身のためですよ」
「そうか、なら答えは決まっている。剣は渡さん、失せろ!」
依然としてニヤニヤしている男達に、ディーンの怒号が突き刺さる。
「そうですか、それは残念です。なら力ずくで頂くとしましょうか、その命ごとな!」
会話が終わるや否や、男達は武器を抜き、ディーンへと向かっていく。
長身の男は一歩下がると、投げナイフをディーンの兜目掛け、投げつける。
兜は鉄壁ではなく所々に隙間があり、そこを正確に狙ってくるのである。なかなかの腕をしているようだ。
投げナイフの動きに合わせて他の三人も正面、左右からナイフや小剣で斬りかかってくる。
(良い連携だな、盗賊にしておくには勿体無いな)
飛んでくるナイフを腕で弾きとばし、自身は後ろに飛び退いた。
斬りかかった男達が驚きの表情を浮かべる。
全身鎧の騎士が素早く動けるとは思わなかったのだろう。
普通の全身鎧ならばナイフを弾いた後、間違いなく鎧の隙間に剣を突き立てられていたに違いない。
後ろに飛び退くことなど普通の鎧では不可能なのだから。
だが、今身に付けている鎧はただの全身鎧ではない。マジックアーマーである。
羽のように軽いこの鎧には動作もないことだった。
予想外の事に左右の男達の動きが崩れ、正面の男に左右の剣が突き刺さる。
「げふぁ」
深々と剣が突き刺さり、男は血を吐きながら倒れこんだ。
呆然とする隙だらけの二人をディーンは見逃さなかった。
一気に詰め寄ると剣を抜き、二人を一太刀でなぎ払った。
鮮血が宙を舞い、男達の体の上下が離ればなれになる。
声を出すことも許されず、二人の男だったものが血溜りへと沈んでいく。
返り血を浴びたディーンが、残った男に視線を向ける。
ビクッと男が体を強張らせ、後ずさった拍子に後ろへと倒れこんだ。
「さて、後はお前だけだな。悪いが見逃すわけにはいかない」
そう言い放ち近づくディーンに、長身の男が慌てて命乞いをしだした。
「で、出来心だったんでさあ、ゆ、許してくだせえ。この通り銀貨も返しやす、だか・・・」
言葉を言い終える間も無く、男の首が宙を舞う。
「悪いが生かしておく理由はないからな。あの世で後悔するといい」
(聖騎士ギルバートなら生かして帰しただろうが、俺は黒騎士ディーンだ。邪魔をする者は誰であろうと斬り捨てるだけだ!)
血に濡れた漆黒の剣を一振りし、付着した血を払い鞘へと納めた。
ディーンが去った後に残ったのは、相手の力量を見誤り、血の海へと沈んだ愚かな四人の死体だけであった。